小説
竹芝道場
(五)
「藤野、貴様も分かっているだろうが、やくざ者はいったん面子を潰されたら必ず報復をしてくるぞ。まあ、貴様ほどの腕なら引けはとらないとは思うが」
「石川さん、それはご心配には及びませんよ。こちらはただ単に謝りにいくだけですからね」
言いながら藤野は昼間の坂上の顔を思い出していた。
(素直に謝罪に応じてくれれば良いが……)
「大先生と若先生が二人で吉田に頭を下げさせれば一件落着ですよ」
それを聞いた吉田は、噛みつくように、
「藤野先輩、嫌ですよ、私は死んでも謝りません」
「貴様が謝らなければ、お結さんお面倒はどうする?貴様が毎日東京まで行って食料を調達するか?えっできるのか」
二人の声が大きく道場に響いた。石川は困ったような顔をして二人を見ている。
その時、がたたっと音がした。道場の入り口で誰かが躓いたようである。みなが一斉に音のする方を見た。
奇蘇太郎である。
「みなさん、父は私と藤野さんの二人で謝罪に行くように、とのことでした」
「ええっ私がですか?」
藤野が驚いて立ち上がった。
「若先生、あ、謝りにいくのですか」
と、今度は吉田が立ち上がりながら訴えた。
二人を奇蘇太郎は片手で制して、
「とにかく今日は吉田君もいったん帰ってください。藤野さん、明日は朝八時に道場前に来てください。お願いしますよ」
「若先生、私も行きますっ。わ、若先生っ]
喉から絞り出すように吉田は訴えたが、
「いけません。吉田君が行けば向こうも感情的になってしまいます。ですからあなたは連れていきません」
眼鏡を人さ指で上げながらぴしゃりと言うと、吉田は顔を真っ赤ににしてまた座った。
おのおの天井を見る者、下を向く者、腕を組んで思案する者、皆黙っている。
窓は一応ガラスでできているが、灯りは数本の百匁蝋燭であった。どこから微かに湿った風が入って来て、灯りが道場の人間の影を、ゆらゆらと揺らせていた。
(一雨来るかもしれんな)
藤野はぼんやりと思った。
その時、彼は腰にぶら下げていた大根─青首大根─がなくなっているのに気がついた。
「石川さん、それはご心配には及びませんよ。こちらはただ単に謝りにいくだけですからね」
言いながら藤野は昼間の坂上の顔を思い出していた。
(素直に謝罪に応じてくれれば良いが……)
「大先生と若先生が二人で吉田に頭を下げさせれば一件落着ですよ」
それを聞いた吉田は、噛みつくように、
「藤野先輩、嫌ですよ、私は死んでも謝りません」
「貴様が謝らなければ、お結さんお面倒はどうする?貴様が毎日東京まで行って食料を調達するか?えっできるのか」
二人の声が大きく道場に響いた。石川は困ったような顔をして二人を見ている。
その時、がたたっと音がした。道場の入り口で誰かが躓いたようである。みなが一斉に音のする方を見た。
奇蘇太郎である。
「みなさん、父は私と藤野さんの二人で謝罪に行くように、とのことでした」
「ええっ私がですか?」
藤野が驚いて立ち上がった。
「若先生、あ、謝りにいくのですか」
と、今度は吉田が立ち上がりながら訴えた。
二人を奇蘇太郎は片手で制して、
「とにかく今日は吉田君もいったん帰ってください。藤野さん、明日は朝八時に道場前に来てください。お願いしますよ」
「若先生、私も行きますっ。わ、若先生っ]
喉から絞り出すように吉田は訴えたが、
「いけません。吉田君が行けば向こうも感情的になってしまいます。ですからあなたは連れていきません」
眼鏡を人さ指で上げながらぴしゃりと言うと、吉田は顔を真っ赤ににしてまた座った。
おのおの天井を見る者、下を向く者、腕を組んで思案する者、皆黙っている。
窓は一応ガラスでできているが、灯りは数本の百匁蝋燭であった。どこから微かに湿った風が入って来て、灯りが道場の人間の影を、ゆらゆらと揺らせていた。
(一雨来るかもしれんな)
藤野はぼんやりと思った。
その時、彼は腰にぶら下げていた大根─青首大根─がなくなっているのに気がついた。