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小説

竹芝道場
(六)

(何くそっ)
 吉田は心の中で叫んだ。
 窓からやや冷たい空気が入ってきていた。かすかに湿っている風が、雨が近いことを感じさせた。先ほどまでの熱気は今は塵ほどにもこの道場には残っていない。
 古参の門人が帰った後、藤野は吉田、奇蘇太郎と一緒に揺らめく灯火の下でしばらく黙っていた。
 やがて奇蘇太郎が短くため息をつくと、
「どうです、吉田君。少し稽古しておきませんか。明日謝罪に行くとは言っても、やはり相手はやくざ者です。何があるか分かりませんからね」
 竹芝奇蘇太郎は微笑みながら吉田に言った。
 もとより吉田には異存はない。吉田にとっては奇蘇太郎は自分を合気柔術に引き入れた人物でもある。どれくらい自分が技量が上がっているのかを知るには格好の稽古相手なのだ。
 道場の奥あら出てきた、袴姿も凛々しい背の高いその姿は、もう今までの奇蘇太郎ではない。竹芝宗平の息子、二代目合気柔術宗家竹芝奇蘇太郎である。
「では、やりましょうか」
 静かに奇蘇太郎が言った。吉田は勢い込んで奇蘇太郎の前に立つ。
 藤野は正座して二人を見守っていた。
 二人の間の、いつでも人を殺傷できる武器を持った者同士特有の緊張感が、いやでも藤野に伝わってくる。藤野は座りながらじっとりと額に汗をかいていた。
 奇蘇太郎は左手を前にだし、右手を臍の脇につけた構えで吉田に正対する。吉田も同様の構えだが、奇蘇太郎よりも少し両手が高い。背の高い奇蘇太郎の攻めに対する構えであろう。
 最初に緊張の糸を切ったのは吉田であった。
 「やっ」
 裂帛の気合で吉田が正拳突きを放つ。充分踏み込んで放った、あの坂上三蔵を参らせた必殺の突きである。
 奇蘇太郎はそれを寸前でかわしながら、すれ違うように吉田の左側面に入る。入りざま喉に向けて拳を突き出した。
 これは合気柔術独特の「入り身」である。これが決まるとカウンターとなって、通常ならば突かれた方は昏倒してしまう。
 それを察知した吉田は、横から奇蘇太郎の脇腹を蹴上げて距離をとろうとした。これもまた「入り身」を使う相手に対しての、合気柔術の返し技。
 ところが奇蘇太郎は当て身の突きをとっさに掌に換えると、蹴ってきた吉田の足を難なく払い、そのまま足をすくって吉田を一回転させてしまった。
 ─だんっ
 と、大きな音と共に吉田の体が床に打ちつけられた。吉田は苦しそうに顔をしかめるが、すぐに立ち上がった。
 外から湿った空気が入ってきている。

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