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小説

坂上組
(二)

 ぬかるんだ道のあちらこちらから夏の陽炎が立ち始めている。
 竹芝道場の三傑、吉田、藤野、奇蘇太郎は、無言で歩いていた。
 ─本当に三人で行くんですか
 ─相手は百人という話を、今朝がた百姓たちが話していましたが
 古参の門人の心配そうな表情をしながら忠告してくれる。それを振りきって出てきた三人であった。
 奇蘇太郎は、
(吉田君が素直に謝ってくれるとよいのだが)
 と思うが、恐らくそうはならない、と読んでいた。今朝道場の前で待ち合わせた際、吉田の体は武道家特有の闘気をまとっていたのである。
 もしうまく事が運ばなければ、その時は竹芝道場を預かる身として、自分が潔く謝罪しよう、と考えていた。決して争いを起こしてはいけない。
(それが父から道場を預かった私の責任だ)
 そう考えていた。

 道場を出て五百メートルも進むと、大きな松の木のあるY字形の分かれ道に出る。
 青く晴れ上がった空を見上げてながら、藤野が何かに気づいたように口を開いた。
「若先生、この木の由来をご存知ですか」
「ああ、はい。父から聞いています。承平の御代に平将門公が関東に新しい国を拓いた際に、旧国府へ税を持っていく者が絶えないので、新国府への道を示すために植えたと…‥そう聞いていますが」
「よくご存知ですね。この松の別名は『国府の松』というらしいです。何でも松と反対方向へ行くと旧国府の道だそうで……」
 たわいもない話をする二人を、吉田は不思議そうな顔で見ていた。
 吉田にとっては、今日は乾坤一擲、密かに坂上組と決着をつける日と心に決めているのである。二人には黙っていたが、謝罪する気など髪の毛ほども頭にない。ないどころか、
(坂上三蔵めに、手をついて謝らせてやる)
 と、固く誓っているのである。 
 やがて、三人の前に坂上組の大きな門が見えてきた。

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