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小説

暴れん坊
(四)

 その日藤野幸一は機嫌がよかった。戦争が終わって食糧難のこの時代、田舎にあるここ竹芝道場ではそれほど食料に困っていなかった。通ってくる近在の農民が食料を月謝代わりに届けてくれるのだ。
 今日もたまたま近くの農家から、取れたての青首大根を貰って帰る途中だった。今年の大根は良いのが多いな、などと、のん気に歩いていたら、向こうから何か言い合う声が聞こえてくる。
 どこかで聞いた声だ。
─よくも竹芝先生の顔に泥を塗りやがったな
─許してくれ、もうもう、許してくれ
 瞬間、藤野には、このところ近在で噂になっている坂上三蔵に対して、いつも自分に文句を言っていた吉田の顔が浮かんだ。
(これは、いかん)
 藤野は大根をすばやく腰紐を使って腰に結ぶと、カツカツと下駄を鳴らして肥溜めに走った。途中、小石に足をとられそうになりながら、ようやく吉田と坂上のところに着くやいなや、素早く藤野は吉田の後ろに回ると両脇下から羽交い絞めにして、吉田をがっしりと抑えた。
「ばか!やめろ、やめんか!」
 藤野は必死で振りほどこうとする吉田の大力を、そのまま後ろへ向ける。
─どさっ
 と音がして吉田は尻餅をついた。見上げると鬼のような形相で藤野が立っている。「ばかもの!」
 一発、藤野の鉄拳が吉田の頬げたを張ると、すぐさま、藤野は側の竹竿で坂上三蔵をひっぱり上げた。
 坂上は胸と背中をしたたかに打たれたらしく、それでも藤野の差し出した竹竿を何とかつかむと、よろけながら肥溜めからはい出た。
 蝿たちが坂上の周りをうるさいほどたかっている。

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