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小説

暴れん坊
(五)

「坂上さん、何があったか知らないが、とにかく体を洗いましょう。うちの吉田には後できちんと挨拶に行かせますので」
 藤野は鼻のひん曲がるような臭いを我慢しながら言った。
 肥溜めから這い上がった坂上は、出てすぐに両膝と片手を地に付けて、ぷふうっと大きく息をついた。ぽたぽたと腰から汚物が、乾いた地面に滴り落ちる。
 蠅が坂上の周りをたかっていた。それを片手で払いながら、坂上は何かを探すように、首を伸ばして左右を見た。
 一町ほど向こうに、畦の間を流れている小川がある。
「……けっちくしょう」
 藤野や吉田に聞こえるともなく呟くと、坂上は急いで小走りするよう小川に向かった。そして、小川に着くやいなや、ざぶりと水に入って着物と体を擦った。
 坂上が体を擦るたびに、着物を握るたびに、汚物が黄色い流れとなって流れていく。胸と腰が痛いとみえて、さかんにさすっては顔を歪めている。
 いったん合気柔術を修めたものが放った突きは、拳足であろうと、竹であろうと、相当な威力を持つ。
 ましてや坂上は腕も極められている。それも道場で一、二を争い吉田の技である。
 自分の体をさする腕もまた、言いようもない相当な痛みのはずだった。
 浅い小川なのであろう。冷たい水に横になり、また、しゃがみ込みして必死に体を洗う坂上の様子は、何やら藤野には滑稽でもあり、また、厄介な事とも思われた。
 藤野は、傍で憮然とした表情で立っている吉田を見た。吉田は黙っていた。藤野に張られた頬げたが赤くなっている。
「短慮にもほどがあるぞ吉田。事情は何となくは、分かる。分かりはするが」
 ここまで言いかけて口をつぐんだ。吉田の目には、何の反省もないのだ。それどころか、
(どうして藤野先輩は、俺を止めたんですか)
 とでも言いたそうな目をしている。下唇がつんと突き出されているところは、まるで子供である。
 藤野は軽くため息をつくと、再び、遠くの坂上三蔵の様子を覗った。
 着物と体を洗い終わったのか、坂上三蔵はぱんぱんと、着物をはたく音が小さく聞こえる。藤野と目が合うと、凄む様にして何か言ったが、それは藤野には聞こえなかった。
(大変なことになりそうだ)
 藤野の気が重くなった。
 吉田は相変わらず憮然として斜めを向いている。
 晩冬の風が冷たく藤野の頬を撫でていた。

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