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小説

竹芝道場
(四)

 てっきり奇蘇太郎が吉田を叱りとばすのかと思っていた藤野は、奇蘇太郎が吉田を誉める言葉に驚きながら、あわてて吉田に、
「俺も大先生の奥様からお話を伺っているぞ。坂上は大先生の満州時代の旧知だ。食料も満足でないこの時代、頼んで地回りの坂上に、お結さんの面倒を見てもらっているのだ。今、食料から何から闇でしか手に入らない。いや、闇市でも不足しているくらいだ。それは貴様もわかるな?」
「……ええ、それはまあ」
「その闇市は関東のやくざものが握っている。坂上三蔵は北関東では少しは知られた侠客だ。そんな坂上なら、食料や衣服の調達も普通以上にできるのだ。大先生はそれを見越して、大恩ある方の娘さんを、坂上に頼んだのだぞ」
 藤野はそこでひと息入れると、奇蘇太郎をちらと見た。
「それを、貴様は何も知らない百姓の噂を信じて、とんでもないことをしてしまったんだぞ。若先生はああ仰るが、貴様のやったことは、大先生の顔に泥を塗るようなものだ」
 ここまで言われて、吉田も黙って聞いている男ではなかった。
「先輩が何と言おうと、私は我慢できません。理由はどうであれ、竹芝一門が坂上組のいいようにされているなどという噂は……」
 ここで奇蘇太郎が中に割って入った。
「吉田君、合気柔術の名誉を守ろうとして戦ってくれたことは、非常に嬉しい事です。非常に嬉しい事ですが」
 じっと吉田の顔を見つめると、
「しかし間違いは素直に認め、謝るべき事は謝るのが筋でしょう」
──謝る
 と聞いて吉田の眉がぴくりと動いた。
 奇蘇太郎は構わず静かに、
「坂上さんは父の友人です。あなたはその人をいかに勘違いとはいえ…その、…肥溜めに落として竹竿でつついてしまった」
 言いながらくすりと笑うと、またすぐに真剣な顔になった。
「とにかく、このことは父に話して指示を仰ぎましょう。皆さんは少し待っていてください」
 奇蘇太郎は、大先生と呼ばれる彼の父親の竹芝宗平のもとへ報告するために、道場を足早に出ていった。
 道場内では残された三人が座って待っていた。

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