短編小説
あの雨の下で(後編)
時計の針が午前零時を刻んだ。全ての準備を終えた私は車に荷物を積み込みアクセルを踏んだ。装備は、ベレッタM92FSに、大小合わせてナイフが四本。それぞれ不審に思われないよう、内ポケットにきれいに収めている。
念のために足元にもバックアップ用の小型拳銃を差し込んだ。万が一にも危険はないだろうが、それでも用心するにこしたことはない。
三人目、最後の男。これで復讐は終わりだ。最後にしたのはそれなりの理由がある。前の二人の男は一人暮らしだが、この男は妻帯者だった。
よくこんな男と結婚したものだとは思うが、事実だから仕方がない。
そのため、私の計画は必然的に男の妻が居ない時に行わなければならなくなった。対象以外に危害を加えることは、私の趣旨に反する。1人殺せば2人も3人も変わりないと言う人も居るかもしれないが、それは違う。私は殺人鬼ではない。そんなものにはならない。人の悲鳴を聞くのもいやだし、体もナイフを沈める感触は思い出すのも気持ち悪い。
でも、やらなければならない。だから実行しているにすぎない。
男の家には盗聴器を仕掛けている。だから、妻が今日の夕方から里に帰る事はわかっていた。男は、仕事の都合上、翌日の夕方から追いかけるようだ。
これは、またとないチャンスだった。その間、男は一人。私に殺してくれと言わんばかりに、無防備だ。狙われている自覚はないのだろうか。自分の仲間が殺され続けているのに。
ここまで考えて、あのメッセージは伝わらなかったなことに軽い失望を覚えた。わざわざ殺した上に性器まで打ち抜いたのは、残った男にプレッシャーを与えるため。それなのに、男は関係ないかのごとく普段通りの生活を続けていた。危機感が根本的に足りないのだ。それは、日本という国柄のせいなのか、それとも男の思慮の無さか。どちらにしても、もうどうでもいい。その甘さを思い知らせてやるだけだ。
夜空は急速に機嫌を悪くしていた。
ポツポツとまばらだった雨は、勢いを強め大地に降り注ぐ。
まるで、あの日のように空は泣いていた。
男の家から距離をとり、車を止めた。あらかじめ下調べをしておいたため、周辺の様子はわかっている。エンジンをすぐに切りアイドリングの音を最小限に収めた。夜間に車の音は意外なほど響く。この辺りは民家も少ないとはいえ、油断はできない。人間の記憶というのは実に優秀なもので、普段は忘れてしまうような些細な違和感を、不意に思い出すことがある。それが非日常的な事件と関わりがあるとすれば、なおさらだ。
車から降りる前に装備の最終確認を行う。
うん、大丈夫。予備の弾も問題ない。
私はドアを開けると夜の世界に降り立った。夜中に蠢く闇のように静けさを意識する。イメージの力は案外バカにできない。一流のアスリートになればなるほど、想像力を重視する。私はできる限り気配を消し、足を進めた。
男の家に、着いた。
家は周囲をぐるりと庭木に囲まれており、中の様子が上手く見えない。好都合だ。進入するには若干リスクが伴うが、進入した後の行動を他者に見られる心配がない。だから少しばかり時間をかけても平気だ。この住居の下調べをした時、まず思ったのがそれだった。
――始めようか……。
家の構造を頭に思い描く。図面が、瞬間的に再生される。
こういう時にはつくづく便利な能力だと思う。
二階建ての構造になっており、一階は居間と台所と応接間、そして空き部屋が一部屋。二階は夫婦の寝室と男の部屋になっている。子供はいなかった。
私は躊躇せず庭木をまたいだ。その先には若干段差がある。軽く跳躍して降りたつ。
――着地成功
うん、今日の体のキレは良さそうだ。
周囲の様子を確認する。異常は特にない。
「……ふぅ」
一つ息をつき、緊張で少しばかり弾んだ息を整えた。そしてすぐにまた走り出す。
空き部屋の窓の下まで来た。身を隠しながら中を覗き込む。人気はない。
窓の鍵が開いているか確認する。警報装置の有無を確かめた後、軽くゆする。鍵はかかっているが特に問題ない。
ガラス切りを取り出し、コンパスの要領で窓に穴を開けた。ガラスを断つ音は、多少耳障りが悪いが響かない。便利な道具だ。近頃はこんな道具でさえ、インターネットで簡単に入手できる。
余計なことは考えてはいけない。軽く頭を振って意識を切り替える。
穴から手を入れ、鍵をはずす。
慎重に窓をあける。音もたてずに窓は開いた。私はそこから中に滑り込んだ。
そして同時に、壁に背をつけ懐から抜き出したベレッタをポイントする。左右に目線をはしらせ、どのような状況にでも反応できるように構える。
幸いと言っていいのか、空き部屋に男はいなかった。普段使っていない部屋に、こんな時間に好んで来る奴もいないだろう。進入場所として選んだのもそんな理由があったからだし。
壁に背をつけたまますり足で移動する。空き部屋のドアを開けると、すぐに廊下にでることができた。
私はまず居間に行くことにした。男がまだ起きていて、テレビを見ている可能性がある。深夜とはいえ必ずしも寝ているとは限らない。今夜だけは何があろうと失敗するわけにはいかない。可能性があるのなら、すべて消去していかなきゃだめだ。
壁を背にしながら移動する。死角を消し、視界を広く確保する。
居間に到着した。ドアをほんの少しだけ開けて中を覗き見る。カーテンを閉めきっているため、闇に慣れた目にも室内は暗かった。不意打ちをうける可能性はほとんどない。とはいえ、やはり侵入者にとってこの闇は不利だ。動きが極端に制限される。本来ならこういう場合、ドアを蹴り開けて進入するのがベターなのだが、もしここに男がいなければ気づかれる恐れがある。
私は闇に目が慣れるのを待った。一番濃い暗闇を見つめる。そうすると徐々にものが見えるようになってきた。人間の暗順応を利用したやり方、これも教わった技術。
――よし、慣れた。
居間に飛び込む。ベレッタは構えたまま。いつでも撃てる準備を整えておく。
広いリビングルームにはまったく人気がなかった。だけど、念のため気を抜くわけにはいかない。部屋のすみずみまで眼を向け確認する。ソファーの裏も、押入れの中にも男はいない。
――次!
居間と部屋続きになっている応接間へ向かう。一見して隠れるスペースなどない。部屋の主の趣味なのか、客人を迎えるための部屋は、大きなソファーとガラス製の机があるだけでこれといって装飾物などはなかった。一通り見て回る。いない。
――次
台所。一般の家庭においてもっとも反撃に適した器物がそろっている所。ここにもひと気はないが……。
その時、何かが動いた。
すばやく反応して、壁の影に身を隠す。そして、ベレッタを握りなおすと私は踊り出た。動いた標的を確実にポイントする。
しかし――
銃の先にあるものは、もちろん男でもなんでもなく、ただの紙だった。冷蔵庫に貼り付けていたメモ用紙が風に揺られていた。
「ふぅ……」
思わず胸を抑えてしまう。
まったく驚かしてくれる。
時計をみる。作戦を開始してからもう五分が経っていた。予定時間の半分を経過していた。
二階に向かう。ベレッタを構えたまま、階段を慎重に上がっていく。住み慣れた家の中に人の気配があると、家人にはわかるものだ。階段の音をできるかぎり鳴らさないように注意する。
階段を上がった先は二つの部屋に分かれていた。図面によると右側が寝室だ。私はそのドアを少し開けると中を覗き込んだ。
――いる
ベッドの上に暗闇でもわかる影が一つ。蒲団を盛り上げて存在を主張していた。
唇が吊り上るのを抑える事ができない。歓喜の感情が私の中を暴風のように荒れ狂う。獣性が牙を剥き出しにする。
さあ、狩りを始めよう。
ベレッタを構える。対象は動かない。
様々な思いが込み上げてくる。傷つけられた記憶が再生されていく。しかし、それももうおしまい。この引き金を引くことで私は全てを断ち切ってみせる。
私は躊躇なく銃を撃った。
サブレッサーをつけているためポスンポスンと間抜けな音がした。
蒲団には二つの穴が開いていた。これから徐々に真っ赤に染まるはずだ。分厚い蒲団を染め上げるには大量の血が必要だが、私は少しばかり待つ気になった。復讐が終わっていて気が抜けたのかもしれない。
タバコに火を点けた。明滅するように先に明かりがともる。紫煙がゆらりと立ち昇り、上空で円を描いた。ベッドの端に腰かけ、妙にけだるげな気分でそれを私は見つめていた。
これで、私の復讐はおわった。
悪夢にうなされることもなくなるはずだ。
けど……、そこに待っていたものは喜びでも、胸をうち震わせるような感動でもなく、むなしさだった。胸の中にぽっかりと穴が空いたような気がする。
始めからわかっていた事だ。
過去を清算すると意気込んでみても、やっている事はただの人殺し。私が尊厳を奪われたように、無理やりこの男達から生命を奪うだけのこと。どんな理由を自分の中につけようと、やっていることに大差はない。
むなしさが少し増した気がした。それでも……
でもこれで歩いていけるとは思う。人を殺したことに関しては、私は一生罪悪感を抱きつづけるとは思う。でも、この男たちを殺したことに関しては、世間がどう思おうと私自身何ら罪とは思わない。それは、私に与えられた正当な権利を行使しただけのこと。
蒲団に血が染み渡るのを待った。これが赤く染まったら退散しよう。本当はもうここから消えていなくてはならないのだけど、なんとなくそんな気がしなかった。予定時間はとっくに過ぎているのに。
タバコを2本吸った。まだ蒲団は赤くならない。
3本目を吸おうとしたとき、不意に違和感が襲った。
――おそすぎるのではないか?
いくらなんでも時間がかかりすぎだった。
私は慌てて蒲団を剥ぎ取る。
そこには座布団を丸めているものがあった。真中のほうに小さな穴が二つ開いている。
頭から血の気が引いていった。
(……どうして!?)
体から力が抜けそうになる。
私はおびき出されたのだ。なんで気づかなかったんだ。
部屋の扉をあけ、すぐさま階段を駆け下りる。玄関には何か罠がしかけてあるかもしれない。侵入したルートから逃走するしかない。
空き部屋に入った。窓を開けようとする。だが、窓は錆付いたかのように動かない。
(え!?)
疑問に思うのと後ろを向いて撃つのは同時だった。生まれた気配に向かって間髪いれず二連射。
とさりっ、という音を立てて廊下に人影が倒れた。目を凝らしてみる。武装したこの国の警官だった。拳銃を引き抜いている。
倒れた人影に近づこうとした瞬間、足元に跳弾が起こる。慌てて部屋の中に戻る。
――囲まれている。
本能的に理解した。
銃のマズルフラッシュの数だけでも相当な人数が待機していることがわかる。突入部隊だけでこの人数なのだ。外にはどれだけの人員をそろえているのか。考えるだけで肌があわだつ。
この装備では大勢を相手にする場合、火力が足りなさ過ぎる。残りの弾薬は三ケースとベレッタの中に十二発。そしてバックアップ用の小型の銃に六発。威力のないベレッタでは一発撃つだけではしとめるには足りない。二発もしくは三発撃たなければ相手に余力を残してしまう。もしこれがマグナムだったならばと考えてしまう。着弾の衝撃で急所ではなくても相手がショック死してくれる。しかし、私にはその反動が強力すぎて扱えない。ないものねだりをしても仕方がない。いまある装備で何とかしなくては。
窓を蹴破った。破片が四方八方へ飛び散る。それを確認すると、部屋の入り口付近まで戻り、牽制に弾をばらまいた。相手の銃声が一瞬止む。
――今だ!
私は引き返して、窓から外に飛び出した。植木を隠れ蓑とし、外の様子を伺い見る。覗いてみると十重二十重に囲まれていた。
どうすればいい。
ここに網を張っていたということは、私が来た方向までは気付かれていないはずだ。ならば、車は無事と考えてもいいだろう。もし、だめなようなら近隣の家のどこかに侵入し車を確保するしかない。
まだ、大丈夫だ。脱出経路は確保できる。私はこんなところでは終わらない。
家の裏まで回りこむ。その際一人の警官がバックアップ用に詰めていた。気配を殺し、後ろに回りこむ。口を抑える。同時にナイフでのどを掻ききった。ビクンビクンと腕の中の体が痙攣する。動かなくなった物体を引きずる。そして、植木のところまで行くと外に蹴りだした。銃声が集中する。
しばらくして、止んだ。
私は飛び出した。側面に五人の警官。一度でポイントを済ませ、後は勘に任せ残りの弾を撃ち尽くす。激しいマズルフラッシュはなく、ボスンという間の抜けた音が連続で起こる。しかし、確実に倒れる警官たち。
銃撃が一拍遅れてやってくる。私は前転の要領で思いっきり跳んだ。転がるように曲がり角まで走る。なんとか傷を負わなくてすんだ。
包囲は予想以上厚かった。いったい何人いるんだろう。
物量とはっきりいって脅威だ。どんな熟練者も挟まれれば終わり。私は一人でしかないし、先生と比べて、熟練者とは言いがたい。圧倒的に不利な状況だった。
だけど、ここで諦めるわけにはいかない。
私は隣の家に侵入した。弾倉を変え新たな弾を装填する。狙いを定め、すぐに撃った。倒れる警官。散発的に銃撃が打ち返される。
それを見届けず、走り出す。
次の家に回る。躊躇せず撃った。今度は二人倒れた。
同じ要領で続けていく。私が撃つたびに確実に人が倒れていった。
次第に警官たちはジェレラミンの盾を外側にして円を描くような体制になる。
狙い通り。
これこそが私が待っていたことだ。私は最後の弾倉を装着する。そして隠れていた家を抜け裏通りまで駆け出た。うまく目を集中できたようだ。
激しい動きをしすぎたせいで、心臓が破裂しそうに動悸をうっていた。
でもまだ終わっていない。気を抜くな。
ここから車までは随分離れている。今は時間との勝負。一分一秒の遅れが命取りになる。
身をかがめ走る。周りに警官が居ないか細心の注意を払う。曲がり角にくるたび、一瞬止まり周囲を確認する。
車までなんとか逃げ延びることができた。車には特に細工などしていないように見えた。
逃げられる。そう思った。
キーをまわす。頼もしいエンジン音がする。私はギアをローにいれ、急発進をする。車は勢い良く走り始める。今は逃げることが先決。少しでも遠く離れたところに行かなければならない。山道を逃げるのがこの場合よいだろう。人気が少ないから遠慮せず走れる。
しかし、すぐさま追っ手がついた。バックミラーに移る明滅する光。耳慣れたサイレンの音。焦燥感が心の中に生まれる。
思いっきりアクセルを踏む。焦燥感が胸を焦がす。ギアチェンジを行おうとしても手がかじかんだようにもたつく。カーブではドリフト気味に車体を滑らせる。しかし、確実に距離はせばまっているのが感じられた。手のひらにじっとりと汗をかき、ハンドルがすべる。
前方に何かが見えた。目を凝らす。
後ろから追ってきているものと同じ明かりが見えた。全身の毛穴が開いた。飛び出す汗。近づくにつれはっきりと様子が映った。
検問だ。
どうやら、どうしてもここで止めたいらしい。
――まだ、つかまるわけにはいかない。
私はフロントガラスに銃を叩き込んだ。こなごなになり白くなるガラス。風が飛び込んでくる。猛スピードで運転する中、私は右腕一本で銃を構えた。重なり合うパトカー。そこに点在する人。
右端の手薄なところにある一台を選んだ。車のタンク部分、そこを狙う。
一挙動で残りの弾をすべてうち尽くす。しかし、対象の車になんら変化はない。失敗か? 私の心に絶望の影が忍び寄る。
しかし――
一拍おいてパトカーは爆発した。爆圧で他の車も弾き飛ばされる。
――道が出来た!
炎と黒煙が舞い上がっていた。しかし、私は躊躇うことなく突っ込む。開いたフロントガラスから火の粉が侵入してきた。熱の塊が私をなめまわす。
「くぅ……」
痛みのあまり声を漏れる。
でもこれも少しの辛抱。早く……早く終わってほしい。
――抜けた。
黒い煙をついに突っ切った。前方にはガードレール。
(……ガードレール?)
それを認識するまもなく私はそこに突っ込んだ。浮かび上がる車体。悲鳴をあげる体。ガードレールの先は谷底だった。暗い闇が待ち受けていた。フロントガラスが割れていたため衝撃で前に飛び出す。
気づけば私は空を飛んでいた。あの日と同じように現実感がなかった。1つだけ違うところがあるとすれば、ふわふわとした感じではなく落下しているという事実。大きく口を開いた闇が私を待ち構えていた。
エピローグ
気がついてまずしたことは周囲を見渡すことだった。雨は相変わらず降り続けていたし、まだ夜のようだ。パチパチと車が燃える音がする。気絶していた時間はそんなに長くなかったのかもしれない。
「……っっつつつ」
体を動かそうとしたら、ひどく痛んだ。様子を見ると、太ももに大きな木片が刺さっていた。背中まで貫通している。このまま、ほうっておけば血は出ないだろうが、確実に細胞が壊死する。
私は決意した。
「っつつうう……ああああああああああああああああああああ!!」
こどもの腕くらいの枝を引き抜いた。痛みのあまり声が漏れる。一瞬意識が飛びかける。このまま倒れることができたらどんなに良いだろうか。でも、まだここでは休めない。
私は、たやすく断ち切れそうな意識を手繰り寄せた。
少しでもこの場所から離れなくてはならない。燃えた車という格好の目印があり、このままここにいれば見つけてくれと言っているようなものだ。
なんとか立ち上がろうともがく。震える腕を無視し、体を起こして歩き出そうとする。だけど、体はまったく言うことを聞いてくれそうになかった。
もう少しだけ。もう少しだけ、がんばって。私の身体。後でいくらでも休ませてあげる。無茶な特訓もしないから。力を入れさせて! お願い!!
意思の力を総動員し、身体中の力を集める。地面に手をつき、身体を起こそうとして――自分がもう歩けないことに気づく。
足の骨が折れていた。
木片が刺さっていた方とは幸いにも逆だったが、なんの慰めにもなりそうにもなかった。
「……ふ…ふふふ」
ここまで駄目だと笑いがこみ上げてくる。相変わらず足からは血が流れ続け、雨水とまじあっていた。
私は震える手を押さえつけてタバコを取り出した。しけていて火がつかないかと思ったけれど、なんとかついてくれた。
「……ああ、……おいしいなぁ」
胸いっぱいに紫煙を取り込む。しびれるような感触が私の中に広がった。
雨水が火照った傷に心地よかった。なんだか、私が駄目になりそうなときは、いつも雨が見守ってくれているような気がする。しとしとと振り続ける雨は今日も私に優しかった。
今度の目覚めはどんな風になるだろう。
私は、そこまで考えて意識を手放した。
1年後
男は今日も暑いと思っていた。仕事帰りにビールの一杯もいいかと思いながら足を進める。
あの事件があって、もう一年近くにもなる。犯人は谷底に飛び込みあえない最後を遂げたと新聞では報じられた。男か女かは分からないが、なんとも凶悪な犯人だったらしい。捕縛しようとした警官七名が死亡。十数人が怪我をおった。よくそんなやつに狙われて無事だったおもう。
男は犯人に心当たりがあった。殺された友人と男に共通することはただ1つ。あの晩の暴走だけだった。
白くとろけるような肌をもった女性を衝動のまま襲った。酒が入っているとはいえ、自分でもよくやったとは思う。しかし、いい女だった。泣き叫ぶ声も、初物の感触も最高だった。酒でたとえるなら最上級の美酒だ。普通なら一度でなえるのに体の震えが収まらなかった。盛った十代の連中みたいになんども女の中で放った。放つ度、女が絶望的な表情を浮かべる。それがまた欲望に火を灯した。
男はあの行為以来、嫌がる女性を無理やりというシチェーションに興味を持った。女房相手にはそうもいかず、風俗の専門店で相手を探していた。またインターネットでナンパした女を無理やりしたこともあった。
しかし、何かが足りなかった。あの日味わった美酒に比べるとすべてが色あせて見える。やはり作り物ではない、真実があの場所、あの時にあったからだろうか。
危険だが、またしてみても良いかもしれない。今度はばれないように、周到に用意をしてからしよう。もう若くもないんだし、衝動的にするよりも計算してやったほうがいいだろう。
「あの……? 少しよろしいでしょうか?」
若い女性の声に振り向く。艶やかな長い髪を伸ばした綺麗な女性がいた。男の好みだった。
「どうしたんだい? 何かお困りですか?」
余所行きの笑顔を向ける。
女はどうやら道に迷ったようだった。困ったそぶりを見せている。
しかし、見れば見るほど良い女だった。ちょうどいいかもしれない。チャンスがあればいただいてしまおうか。
「よろしければ、案内しましょうか?」
男がそう切り出すと、女は助かったという風に微笑んだ。
背を向けエスコートをしようと歩き出す。
――トンっ
不意に身体に衝撃が走る。
女は転倒でもしたのだろうか。男の身体にしがみついてくる。
「だい……」
大丈夫ですか? といおうとして、口からでる血に邪魔される。
血?
「なっ!? これは!?」
後から後からあふれるようにわいてくる。
意識が急激に暗くなる。
「あぁ……、よかった。やっと終われる」
男が最後に見たのは、満足そうに微笑む女の姿だった。気のせいか、あの日の女に似ているような気がした。
―完―
念のために足元にもバックアップ用の小型拳銃を差し込んだ。万が一にも危険はないだろうが、それでも用心するにこしたことはない。
三人目、最後の男。これで復讐は終わりだ。最後にしたのはそれなりの理由がある。前の二人の男は一人暮らしだが、この男は妻帯者だった。
よくこんな男と結婚したものだとは思うが、事実だから仕方がない。
そのため、私の計画は必然的に男の妻が居ない時に行わなければならなくなった。対象以外に危害を加えることは、私の趣旨に反する。1人殺せば2人も3人も変わりないと言う人も居るかもしれないが、それは違う。私は殺人鬼ではない。そんなものにはならない。人の悲鳴を聞くのもいやだし、体もナイフを沈める感触は思い出すのも気持ち悪い。
でも、やらなければならない。だから実行しているにすぎない。
男の家には盗聴器を仕掛けている。だから、妻が今日の夕方から里に帰る事はわかっていた。男は、仕事の都合上、翌日の夕方から追いかけるようだ。
これは、またとないチャンスだった。その間、男は一人。私に殺してくれと言わんばかりに、無防備だ。狙われている自覚はないのだろうか。自分の仲間が殺され続けているのに。
ここまで考えて、あのメッセージは伝わらなかったなことに軽い失望を覚えた。わざわざ殺した上に性器まで打ち抜いたのは、残った男にプレッシャーを与えるため。それなのに、男は関係ないかのごとく普段通りの生活を続けていた。危機感が根本的に足りないのだ。それは、日本という国柄のせいなのか、それとも男の思慮の無さか。どちらにしても、もうどうでもいい。その甘さを思い知らせてやるだけだ。
夜空は急速に機嫌を悪くしていた。
ポツポツとまばらだった雨は、勢いを強め大地に降り注ぐ。
まるで、あの日のように空は泣いていた。
男の家から距離をとり、車を止めた。あらかじめ下調べをしておいたため、周辺の様子はわかっている。エンジンをすぐに切りアイドリングの音を最小限に収めた。夜間に車の音は意外なほど響く。この辺りは民家も少ないとはいえ、油断はできない。人間の記憶というのは実に優秀なもので、普段は忘れてしまうような些細な違和感を、不意に思い出すことがある。それが非日常的な事件と関わりがあるとすれば、なおさらだ。
車から降りる前に装備の最終確認を行う。
うん、大丈夫。予備の弾も問題ない。
私はドアを開けると夜の世界に降り立った。夜中に蠢く闇のように静けさを意識する。イメージの力は案外バカにできない。一流のアスリートになればなるほど、想像力を重視する。私はできる限り気配を消し、足を進めた。
男の家に、着いた。
家は周囲をぐるりと庭木に囲まれており、中の様子が上手く見えない。好都合だ。進入するには若干リスクが伴うが、進入した後の行動を他者に見られる心配がない。だから少しばかり時間をかけても平気だ。この住居の下調べをした時、まず思ったのがそれだった。
――始めようか……。
家の構造を頭に思い描く。図面が、瞬間的に再生される。
こういう時にはつくづく便利な能力だと思う。
二階建ての構造になっており、一階は居間と台所と応接間、そして空き部屋が一部屋。二階は夫婦の寝室と男の部屋になっている。子供はいなかった。
私は躊躇せず庭木をまたいだ。その先には若干段差がある。軽く跳躍して降りたつ。
――着地成功
うん、今日の体のキレは良さそうだ。
周囲の様子を確認する。異常は特にない。
「……ふぅ」
一つ息をつき、緊張で少しばかり弾んだ息を整えた。そしてすぐにまた走り出す。
空き部屋の窓の下まで来た。身を隠しながら中を覗き込む。人気はない。
窓の鍵が開いているか確認する。警報装置の有無を確かめた後、軽くゆする。鍵はかかっているが特に問題ない。
ガラス切りを取り出し、コンパスの要領で窓に穴を開けた。ガラスを断つ音は、多少耳障りが悪いが響かない。便利な道具だ。近頃はこんな道具でさえ、インターネットで簡単に入手できる。
余計なことは考えてはいけない。軽く頭を振って意識を切り替える。
穴から手を入れ、鍵をはずす。
慎重に窓をあける。音もたてずに窓は開いた。私はそこから中に滑り込んだ。
そして同時に、壁に背をつけ懐から抜き出したベレッタをポイントする。左右に目線をはしらせ、どのような状況にでも反応できるように構える。
幸いと言っていいのか、空き部屋に男はいなかった。普段使っていない部屋に、こんな時間に好んで来る奴もいないだろう。進入場所として選んだのもそんな理由があったからだし。
壁に背をつけたまますり足で移動する。空き部屋のドアを開けると、すぐに廊下にでることができた。
私はまず居間に行くことにした。男がまだ起きていて、テレビを見ている可能性がある。深夜とはいえ必ずしも寝ているとは限らない。今夜だけは何があろうと失敗するわけにはいかない。可能性があるのなら、すべて消去していかなきゃだめだ。
壁を背にしながら移動する。死角を消し、視界を広く確保する。
居間に到着した。ドアをほんの少しだけ開けて中を覗き見る。カーテンを閉めきっているため、闇に慣れた目にも室内は暗かった。不意打ちをうける可能性はほとんどない。とはいえ、やはり侵入者にとってこの闇は不利だ。動きが極端に制限される。本来ならこういう場合、ドアを蹴り開けて進入するのがベターなのだが、もしここに男がいなければ気づかれる恐れがある。
私は闇に目が慣れるのを待った。一番濃い暗闇を見つめる。そうすると徐々にものが見えるようになってきた。人間の暗順応を利用したやり方、これも教わった技術。
――よし、慣れた。
居間に飛び込む。ベレッタは構えたまま。いつでも撃てる準備を整えておく。
広いリビングルームにはまったく人気がなかった。だけど、念のため気を抜くわけにはいかない。部屋のすみずみまで眼を向け確認する。ソファーの裏も、押入れの中にも男はいない。
――次!
居間と部屋続きになっている応接間へ向かう。一見して隠れるスペースなどない。部屋の主の趣味なのか、客人を迎えるための部屋は、大きなソファーとガラス製の机があるだけでこれといって装飾物などはなかった。一通り見て回る。いない。
――次
台所。一般の家庭においてもっとも反撃に適した器物がそろっている所。ここにもひと気はないが……。
その時、何かが動いた。
すばやく反応して、壁の影に身を隠す。そして、ベレッタを握りなおすと私は踊り出た。動いた標的を確実にポイントする。
しかし――
銃の先にあるものは、もちろん男でもなんでもなく、ただの紙だった。冷蔵庫に貼り付けていたメモ用紙が風に揺られていた。
「ふぅ……」
思わず胸を抑えてしまう。
まったく驚かしてくれる。
時計をみる。作戦を開始してからもう五分が経っていた。予定時間の半分を経過していた。
二階に向かう。ベレッタを構えたまま、階段を慎重に上がっていく。住み慣れた家の中に人の気配があると、家人にはわかるものだ。階段の音をできるかぎり鳴らさないように注意する。
階段を上がった先は二つの部屋に分かれていた。図面によると右側が寝室だ。私はそのドアを少し開けると中を覗き込んだ。
――いる
ベッドの上に暗闇でもわかる影が一つ。蒲団を盛り上げて存在を主張していた。
唇が吊り上るのを抑える事ができない。歓喜の感情が私の中を暴風のように荒れ狂う。獣性が牙を剥き出しにする。
さあ、狩りを始めよう。
ベレッタを構える。対象は動かない。
様々な思いが込み上げてくる。傷つけられた記憶が再生されていく。しかし、それももうおしまい。この引き金を引くことで私は全てを断ち切ってみせる。
私は躊躇なく銃を撃った。
サブレッサーをつけているためポスンポスンと間抜けな音がした。
蒲団には二つの穴が開いていた。これから徐々に真っ赤に染まるはずだ。分厚い蒲団を染め上げるには大量の血が必要だが、私は少しばかり待つ気になった。復讐が終わっていて気が抜けたのかもしれない。
タバコに火を点けた。明滅するように先に明かりがともる。紫煙がゆらりと立ち昇り、上空で円を描いた。ベッドの端に腰かけ、妙にけだるげな気分でそれを私は見つめていた。
これで、私の復讐はおわった。
悪夢にうなされることもなくなるはずだ。
けど……、そこに待っていたものは喜びでも、胸をうち震わせるような感動でもなく、むなしさだった。胸の中にぽっかりと穴が空いたような気がする。
始めからわかっていた事だ。
過去を清算すると意気込んでみても、やっている事はただの人殺し。私が尊厳を奪われたように、無理やりこの男達から生命を奪うだけのこと。どんな理由を自分の中につけようと、やっていることに大差はない。
むなしさが少し増した気がした。それでも……
でもこれで歩いていけるとは思う。人を殺したことに関しては、私は一生罪悪感を抱きつづけるとは思う。でも、この男たちを殺したことに関しては、世間がどう思おうと私自身何ら罪とは思わない。それは、私に与えられた正当な権利を行使しただけのこと。
蒲団に血が染み渡るのを待った。これが赤く染まったら退散しよう。本当はもうここから消えていなくてはならないのだけど、なんとなくそんな気がしなかった。予定時間はとっくに過ぎているのに。
タバコを2本吸った。まだ蒲団は赤くならない。
3本目を吸おうとしたとき、不意に違和感が襲った。
――おそすぎるのではないか?
いくらなんでも時間がかかりすぎだった。
私は慌てて蒲団を剥ぎ取る。
そこには座布団を丸めているものがあった。真中のほうに小さな穴が二つ開いている。
頭から血の気が引いていった。
(……どうして!?)
体から力が抜けそうになる。
私はおびき出されたのだ。なんで気づかなかったんだ。
部屋の扉をあけ、すぐさま階段を駆け下りる。玄関には何か罠がしかけてあるかもしれない。侵入したルートから逃走するしかない。
空き部屋に入った。窓を開けようとする。だが、窓は錆付いたかのように動かない。
(え!?)
疑問に思うのと後ろを向いて撃つのは同時だった。生まれた気配に向かって間髪いれず二連射。
とさりっ、という音を立てて廊下に人影が倒れた。目を凝らしてみる。武装したこの国の警官だった。拳銃を引き抜いている。
倒れた人影に近づこうとした瞬間、足元に跳弾が起こる。慌てて部屋の中に戻る。
――囲まれている。
本能的に理解した。
銃のマズルフラッシュの数だけでも相当な人数が待機していることがわかる。突入部隊だけでこの人数なのだ。外にはどれだけの人員をそろえているのか。考えるだけで肌があわだつ。
この装備では大勢を相手にする場合、火力が足りなさ過ぎる。残りの弾薬は三ケースとベレッタの中に十二発。そしてバックアップ用の小型の銃に六発。威力のないベレッタでは一発撃つだけではしとめるには足りない。二発もしくは三発撃たなければ相手に余力を残してしまう。もしこれがマグナムだったならばと考えてしまう。着弾の衝撃で急所ではなくても相手がショック死してくれる。しかし、私にはその反動が強力すぎて扱えない。ないものねだりをしても仕方がない。いまある装備で何とかしなくては。
窓を蹴破った。破片が四方八方へ飛び散る。それを確認すると、部屋の入り口付近まで戻り、牽制に弾をばらまいた。相手の銃声が一瞬止む。
――今だ!
私は引き返して、窓から外に飛び出した。植木を隠れ蓑とし、外の様子を伺い見る。覗いてみると十重二十重に囲まれていた。
どうすればいい。
ここに網を張っていたということは、私が来た方向までは気付かれていないはずだ。ならば、車は無事と考えてもいいだろう。もし、だめなようなら近隣の家のどこかに侵入し車を確保するしかない。
まだ、大丈夫だ。脱出経路は確保できる。私はこんなところでは終わらない。
家の裏まで回りこむ。その際一人の警官がバックアップ用に詰めていた。気配を殺し、後ろに回りこむ。口を抑える。同時にナイフでのどを掻ききった。ビクンビクンと腕の中の体が痙攣する。動かなくなった物体を引きずる。そして、植木のところまで行くと外に蹴りだした。銃声が集中する。
しばらくして、止んだ。
私は飛び出した。側面に五人の警官。一度でポイントを済ませ、後は勘に任せ残りの弾を撃ち尽くす。激しいマズルフラッシュはなく、ボスンという間の抜けた音が連続で起こる。しかし、確実に倒れる警官たち。
銃撃が一拍遅れてやってくる。私は前転の要領で思いっきり跳んだ。転がるように曲がり角まで走る。なんとか傷を負わなくてすんだ。
包囲は予想以上厚かった。いったい何人いるんだろう。
物量とはっきりいって脅威だ。どんな熟練者も挟まれれば終わり。私は一人でしかないし、先生と比べて、熟練者とは言いがたい。圧倒的に不利な状況だった。
だけど、ここで諦めるわけにはいかない。
私は隣の家に侵入した。弾倉を変え新たな弾を装填する。狙いを定め、すぐに撃った。倒れる警官。散発的に銃撃が打ち返される。
それを見届けず、走り出す。
次の家に回る。躊躇せず撃った。今度は二人倒れた。
同じ要領で続けていく。私が撃つたびに確実に人が倒れていった。
次第に警官たちはジェレラミンの盾を外側にして円を描くような体制になる。
狙い通り。
これこそが私が待っていたことだ。私は最後の弾倉を装着する。そして隠れていた家を抜け裏通りまで駆け出た。うまく目を集中できたようだ。
激しい動きをしすぎたせいで、心臓が破裂しそうに動悸をうっていた。
でもまだ終わっていない。気を抜くな。
ここから車までは随分離れている。今は時間との勝負。一分一秒の遅れが命取りになる。
身をかがめ走る。周りに警官が居ないか細心の注意を払う。曲がり角にくるたび、一瞬止まり周囲を確認する。
車までなんとか逃げ延びることができた。車には特に細工などしていないように見えた。
逃げられる。そう思った。
キーをまわす。頼もしいエンジン音がする。私はギアをローにいれ、急発進をする。車は勢い良く走り始める。今は逃げることが先決。少しでも遠く離れたところに行かなければならない。山道を逃げるのがこの場合よいだろう。人気が少ないから遠慮せず走れる。
しかし、すぐさま追っ手がついた。バックミラーに移る明滅する光。耳慣れたサイレンの音。焦燥感が心の中に生まれる。
思いっきりアクセルを踏む。焦燥感が胸を焦がす。ギアチェンジを行おうとしても手がかじかんだようにもたつく。カーブではドリフト気味に車体を滑らせる。しかし、確実に距離はせばまっているのが感じられた。手のひらにじっとりと汗をかき、ハンドルがすべる。
前方に何かが見えた。目を凝らす。
後ろから追ってきているものと同じ明かりが見えた。全身の毛穴が開いた。飛び出す汗。近づくにつれはっきりと様子が映った。
検問だ。
どうやら、どうしてもここで止めたいらしい。
――まだ、つかまるわけにはいかない。
私はフロントガラスに銃を叩き込んだ。こなごなになり白くなるガラス。風が飛び込んでくる。猛スピードで運転する中、私は右腕一本で銃を構えた。重なり合うパトカー。そこに点在する人。
右端の手薄なところにある一台を選んだ。車のタンク部分、そこを狙う。
一挙動で残りの弾をすべてうち尽くす。しかし、対象の車になんら変化はない。失敗か? 私の心に絶望の影が忍び寄る。
しかし――
一拍おいてパトカーは爆発した。爆圧で他の車も弾き飛ばされる。
――道が出来た!
炎と黒煙が舞い上がっていた。しかし、私は躊躇うことなく突っ込む。開いたフロントガラスから火の粉が侵入してきた。熱の塊が私をなめまわす。
「くぅ……」
痛みのあまり声を漏れる。
でもこれも少しの辛抱。早く……早く終わってほしい。
――抜けた。
黒い煙をついに突っ切った。前方にはガードレール。
(……ガードレール?)
それを認識するまもなく私はそこに突っ込んだ。浮かび上がる車体。悲鳴をあげる体。ガードレールの先は谷底だった。暗い闇が待ち受けていた。フロントガラスが割れていたため衝撃で前に飛び出す。
気づけば私は空を飛んでいた。あの日と同じように現実感がなかった。1つだけ違うところがあるとすれば、ふわふわとした感じではなく落下しているという事実。大きく口を開いた闇が私を待ち構えていた。
エピローグ
気がついてまずしたことは周囲を見渡すことだった。雨は相変わらず降り続けていたし、まだ夜のようだ。パチパチと車が燃える音がする。気絶していた時間はそんなに長くなかったのかもしれない。
「……っっつつつ」
体を動かそうとしたら、ひどく痛んだ。様子を見ると、太ももに大きな木片が刺さっていた。背中まで貫通している。このまま、ほうっておけば血は出ないだろうが、確実に細胞が壊死する。
私は決意した。
「っつつうう……ああああああああああああああああああああ!!」
こどもの腕くらいの枝を引き抜いた。痛みのあまり声が漏れる。一瞬意識が飛びかける。このまま倒れることができたらどんなに良いだろうか。でも、まだここでは休めない。
私は、たやすく断ち切れそうな意識を手繰り寄せた。
少しでもこの場所から離れなくてはならない。燃えた車という格好の目印があり、このままここにいれば見つけてくれと言っているようなものだ。
なんとか立ち上がろうともがく。震える腕を無視し、体を起こして歩き出そうとする。だけど、体はまったく言うことを聞いてくれそうになかった。
もう少しだけ。もう少しだけ、がんばって。私の身体。後でいくらでも休ませてあげる。無茶な特訓もしないから。力を入れさせて! お願い!!
意思の力を総動員し、身体中の力を集める。地面に手をつき、身体を起こそうとして――自分がもう歩けないことに気づく。
足の骨が折れていた。
木片が刺さっていた方とは幸いにも逆だったが、なんの慰めにもなりそうにもなかった。
「……ふ…ふふふ」
ここまで駄目だと笑いがこみ上げてくる。相変わらず足からは血が流れ続け、雨水とまじあっていた。
私は震える手を押さえつけてタバコを取り出した。しけていて火がつかないかと思ったけれど、なんとかついてくれた。
「……ああ、……おいしいなぁ」
胸いっぱいに紫煙を取り込む。しびれるような感触が私の中に広がった。
雨水が火照った傷に心地よかった。なんだか、私が駄目になりそうなときは、いつも雨が見守ってくれているような気がする。しとしとと振り続ける雨は今日も私に優しかった。
今度の目覚めはどんな風になるだろう。
私は、そこまで考えて意識を手放した。
1年後
男は今日も暑いと思っていた。仕事帰りにビールの一杯もいいかと思いながら足を進める。
あの事件があって、もう一年近くにもなる。犯人は谷底に飛び込みあえない最後を遂げたと新聞では報じられた。男か女かは分からないが、なんとも凶悪な犯人だったらしい。捕縛しようとした警官七名が死亡。十数人が怪我をおった。よくそんなやつに狙われて無事だったおもう。
男は犯人に心当たりがあった。殺された友人と男に共通することはただ1つ。あの晩の暴走だけだった。
白くとろけるような肌をもった女性を衝動のまま襲った。酒が入っているとはいえ、自分でもよくやったとは思う。しかし、いい女だった。泣き叫ぶ声も、初物の感触も最高だった。酒でたとえるなら最上級の美酒だ。普通なら一度でなえるのに体の震えが収まらなかった。盛った十代の連中みたいになんども女の中で放った。放つ度、女が絶望的な表情を浮かべる。それがまた欲望に火を灯した。
男はあの行為以来、嫌がる女性を無理やりというシチェーションに興味を持った。女房相手にはそうもいかず、風俗の専門店で相手を探していた。またインターネットでナンパした女を無理やりしたこともあった。
しかし、何かが足りなかった。あの日味わった美酒に比べるとすべてが色あせて見える。やはり作り物ではない、真実があの場所、あの時にあったからだろうか。
危険だが、またしてみても良いかもしれない。今度はばれないように、周到に用意をしてからしよう。もう若くもないんだし、衝動的にするよりも計算してやったほうがいいだろう。
「あの……? 少しよろしいでしょうか?」
若い女性の声に振り向く。艶やかな長い髪を伸ばした綺麗な女性がいた。男の好みだった。
「どうしたんだい? 何かお困りですか?」
余所行きの笑顔を向ける。
女はどうやら道に迷ったようだった。困ったそぶりを見せている。
しかし、見れば見るほど良い女だった。ちょうどいいかもしれない。チャンスがあればいただいてしまおうか。
「よろしければ、案内しましょうか?」
男がそう切り出すと、女は助かったという風に微笑んだ。
背を向けエスコートをしようと歩き出す。
――トンっ
不意に身体に衝撃が走る。
女は転倒でもしたのだろうか。男の身体にしがみついてくる。
「だい……」
大丈夫ですか? といおうとして、口からでる血に邪魔される。
血?
「なっ!? これは!?」
後から後からあふれるようにわいてくる。
意識が急激に暗くなる。
「あぁ……、よかった。やっと終われる」
男が最後に見たのは、満足そうに微笑む女の姿だった。気のせいか、あの日の女に似ているような気がした。
―完―
プロフィール
- ニックネーム
- ケイロン
- 性別
- 男
- 血液型
- A型
- 生年月日
- 19○○年5月23日
- 現住所
- 岡山のどこか
- 所在地
- 岡山のどこか
- 職業
- 教師っぽいこと
- 自己紹介
- 小説を読むのも書くのもすきなのでHPを立ち上げました。
お時間が許すのなら、作品を読み、感想でもいただけたら嬉しいです。
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