短編小説
消火器(ホラー注意)
――何かがいる。
そう感じたのは、いつからだろうか。
焼けつくような焦燥感が胸を突く。
先ほどから体全体にねっとりした汗をかき、気持ちがわるい。だが、立ち上がる気にもならない。いや、立ち上がれない。
ベッドから、半身を起こしただけの状態で俺は固まっていた。支えている腕がぶるぶると震える。
闇夜になれた目で、俺は目だけを動かして殺風景な部屋を見渡した。引っ越しをしてから碌に手を入れてないため、もともと備え付けてあった僅かな家具しかない。ワンルームの部屋に冷蔵庫、テレビ、机、タンス、そして、消火器。
何事もないはずなのに、何もいないはずなのに、誰かが俺を見ている。そう自覚した瞬間、体が動かなくなった。
心臓の鼓動がうるさい。耳の奥で反響し、ドクン、ドクンと自己主張が激しい。ひどく気分が悪い。悪寒が背筋を這い上がり、汗をかいている筈なのに体が冷たい。
不意に、ひやりとした感触を首に感じた。
「―――っぅ」
何かが喉に巻きつく。声が出ない。体が動かなくなる。
抵抗――できない。
冷気は熱を奪っていき、嫌な感触が首から、体全体に広がる。
そして、次の瞬間。
俺の視界に飛び込んできたのは、眼窩をくり抜かれた女の顔だった。顔だけだ。後は何もない。瞳の変わりに血を湛え、乱れた髪がそれを覆っている。口は半開きに開いており、よだれがぼたぼたと零れ落ちていた。
女はニタリと笑うと、俺に口づけた。口中を生臭いものが這い回り、喉の奥にそれが落ちていく。
俺の意識は白濁し、消えていった。
次に目が覚めたのは、ずいぶん後の時間になってからだった。俺はあたりを見回す。しかし、先ほどの怪異は一片たりともその痕跡を見出すことができなかった。
先ほどの怪異の中で、部屋の片すみにある消火器が妙に目についた。そう思い見つめていると、背筋がまたヒヤリとした。また、何かが起きそうな雰囲気だった。
俺は、もうこれ以上ここにいたくなかった。友人にSOSの連絡を入れ、身体一つで逃げ出した。
次の日、大家に苦情を言うと、老齢の彼はため息をつきながら、この部屋の言われを語った。
なんでも、この部屋で半年ほど前、殺人事件が起きたそうだった。
被害者は若い女で、犯人は粘着質なストーカー的男であったそうだ。さんざん付きまとい、自分は彼氏だと言い張り夜道で告白まがいのことをし、詰め寄ったこともあったそうだ。インターネットなどで自分のブログを開設し、自分が彼女と如何に相思相愛なのかを書き綴る。もちろん彼の脳内だけのことなのだが、内容は徐々にエスカレートしていった。ブログ内では彼女の部屋に招待されたことや、ついに下着を見るような関係になったなど、証拠写真付きでアップされていた。
そんな犯人も最初は、覗くだけだった。
だけど、次は彼女がいない間、部屋の中に入るようになった。
そして、次は彼女がいる時に部屋の中に潜むようになった。
最後には……、乱暴に抵抗した彼女を殺害し、証拠隠滅に遺体を解体した。遺体はトイレから骨や肉と細かく砕き破棄されていた。しかし、頭部だけは見つかることはなかった。つかまった犯人は、愛していたのに裏切られたとさかんに叫んでいた。そのため、当初は男女の痴情のもつれかと思われた事件だが、彼の性格やブログの内容がしれるにつれ、事件の全容が明らかになり、世情を騒がせた。
この事件を大家から聞き、俺は世間をにぎわせたあの事件かと理解する。しかし、この部屋が事件の現場だと知って驚いていたのもそうだが、備品だからだとはいえ、殺された当時の物が、まだ室内にあるのは相当に気分が悪いことだった。消火器に妙に寒気を覚えたのはそのせいかもしれない。
老齢の大家を責めるのも気がとがめたので、俺は消火器などの事件の遺留品の除去を頼んだ。もちろん、契約に不都合があったのだから、一方的に解除をすることは可能だったろうが、やはり引っ越してきたばかりで次に移るのは面倒だ。これで収まるのなら、問題ない。
俺は、大家とともに、部屋の中に入り、消火器など、事件当時から置いてあった数点を運び出すことにした。そうやって作業していると、大家の声が聞こえた。
「あれ、安全装置がないぞ?」
俺はその言葉に振り向き、かの消火器を確認する。確かに誤作動を阻止するためのピンがなかった。
「おかしいなぁ、前に確認したときはなんともなかったのに」
大家がぼやくようにいうかたわら、俺は嫌な予感が止まらなかった。彼から消火器を受け取り、レバーを握る。大家は制止しようとしたが、そんなことはどうでもいい。
力強く、レバーを握り締める。だが、一向に白い粉末は出てくることはなかった。
「壊れているのかなぁ」
大家が消火器をゆする。俺の嫌な予感は確信に変わった。
工具を取り出し、消火器のふたを開ける。頑丈に作られているはずなのに、いやに簡単に開いた。中には何かが詰まっていた。逆さにするとそれは、ずるりと中からすべり落ちた。
――消火器の中には
「ひぃぃいいいいいいいいいいい!!!!」
大家の絶叫が響き渡る。
――その中には
髪の長い女の頭部だけが変形して入っていた。
ニタリと女が笑ったような気がした。
そう感じたのは、いつからだろうか。
焼けつくような焦燥感が胸を突く。
先ほどから体全体にねっとりした汗をかき、気持ちがわるい。だが、立ち上がる気にもならない。いや、立ち上がれない。
ベッドから、半身を起こしただけの状態で俺は固まっていた。支えている腕がぶるぶると震える。
闇夜になれた目で、俺は目だけを動かして殺風景な部屋を見渡した。引っ越しをしてから碌に手を入れてないため、もともと備え付けてあった僅かな家具しかない。ワンルームの部屋に冷蔵庫、テレビ、机、タンス、そして、消火器。
何事もないはずなのに、何もいないはずなのに、誰かが俺を見ている。そう自覚した瞬間、体が動かなくなった。
心臓の鼓動がうるさい。耳の奥で反響し、ドクン、ドクンと自己主張が激しい。ひどく気分が悪い。悪寒が背筋を這い上がり、汗をかいている筈なのに体が冷たい。
不意に、ひやりとした感触を首に感じた。
「―――っぅ」
何かが喉に巻きつく。声が出ない。体が動かなくなる。
抵抗――できない。
冷気は熱を奪っていき、嫌な感触が首から、体全体に広がる。
そして、次の瞬間。
俺の視界に飛び込んできたのは、眼窩をくり抜かれた女の顔だった。顔だけだ。後は何もない。瞳の変わりに血を湛え、乱れた髪がそれを覆っている。口は半開きに開いており、よだれがぼたぼたと零れ落ちていた。
女はニタリと笑うと、俺に口づけた。口中を生臭いものが這い回り、喉の奥にそれが落ちていく。
俺の意識は白濁し、消えていった。
次に目が覚めたのは、ずいぶん後の時間になってからだった。俺はあたりを見回す。しかし、先ほどの怪異は一片たりともその痕跡を見出すことができなかった。
先ほどの怪異の中で、部屋の片すみにある消火器が妙に目についた。そう思い見つめていると、背筋がまたヒヤリとした。また、何かが起きそうな雰囲気だった。
俺は、もうこれ以上ここにいたくなかった。友人にSOSの連絡を入れ、身体一つで逃げ出した。
次の日、大家に苦情を言うと、老齢の彼はため息をつきながら、この部屋の言われを語った。
なんでも、この部屋で半年ほど前、殺人事件が起きたそうだった。
被害者は若い女で、犯人は粘着質なストーカー的男であったそうだ。さんざん付きまとい、自分は彼氏だと言い張り夜道で告白まがいのことをし、詰め寄ったこともあったそうだ。インターネットなどで自分のブログを開設し、自分が彼女と如何に相思相愛なのかを書き綴る。もちろん彼の脳内だけのことなのだが、内容は徐々にエスカレートしていった。ブログ内では彼女の部屋に招待されたことや、ついに下着を見るような関係になったなど、証拠写真付きでアップされていた。
そんな犯人も最初は、覗くだけだった。
だけど、次は彼女がいない間、部屋の中に入るようになった。
そして、次は彼女がいる時に部屋の中に潜むようになった。
最後には……、乱暴に抵抗した彼女を殺害し、証拠隠滅に遺体を解体した。遺体はトイレから骨や肉と細かく砕き破棄されていた。しかし、頭部だけは見つかることはなかった。つかまった犯人は、愛していたのに裏切られたとさかんに叫んでいた。そのため、当初は男女の痴情のもつれかと思われた事件だが、彼の性格やブログの内容がしれるにつれ、事件の全容が明らかになり、世情を騒がせた。
この事件を大家から聞き、俺は世間をにぎわせたあの事件かと理解する。しかし、この部屋が事件の現場だと知って驚いていたのもそうだが、備品だからだとはいえ、殺された当時の物が、まだ室内にあるのは相当に気分が悪いことだった。消火器に妙に寒気を覚えたのはそのせいかもしれない。
老齢の大家を責めるのも気がとがめたので、俺は消火器などの事件の遺留品の除去を頼んだ。もちろん、契約に不都合があったのだから、一方的に解除をすることは可能だったろうが、やはり引っ越してきたばかりで次に移るのは面倒だ。これで収まるのなら、問題ない。
俺は、大家とともに、部屋の中に入り、消火器など、事件当時から置いてあった数点を運び出すことにした。そうやって作業していると、大家の声が聞こえた。
「あれ、安全装置がないぞ?」
俺はその言葉に振り向き、かの消火器を確認する。確かに誤作動を阻止するためのピンがなかった。
「おかしいなぁ、前に確認したときはなんともなかったのに」
大家がぼやくようにいうかたわら、俺は嫌な予感が止まらなかった。彼から消火器を受け取り、レバーを握る。大家は制止しようとしたが、そんなことはどうでもいい。
力強く、レバーを握り締める。だが、一向に白い粉末は出てくることはなかった。
「壊れているのかなぁ」
大家が消火器をゆする。俺の嫌な予感は確信に変わった。
工具を取り出し、消火器のふたを開ける。頑丈に作られているはずなのに、いやに簡単に開いた。中には何かが詰まっていた。逆さにするとそれは、ずるりと中からすべり落ちた。
――消火器の中には
「ひぃぃいいいいいいいいいいい!!!!」
大家の絶叫が響き渡る。
――その中には
髪の長い女の頭部だけが変形して入っていた。
ニタリと女が笑ったような気がした。
プロフィール
- ニックネーム
- ケイロン
- 性別
- 男
- 血液型
- A型
- 生年月日
- 19○○年5月23日
- 現住所
- 岡山のどこか
- 所在地
- 岡山のどこか
- 職業
- 教師っぽいこと
- 自己紹介
- 小説を読むのも書くのもすきなのでHPを立ち上げました。
お時間が許すのなら、作品を読み、感想でもいただけたら嬉しいです。
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