ススメ☆ラッシー(完結)
最終章
真実の言葉
(秀行さん)
(秀行さん、起きてください)
俺は自分を呼ぶ声に気づいた。なんなんだ、いったい? 俺は眠いんだ。
ぺろぺろと頬をなめられる感触がする。ええーい、くすぐったい!
「……たくっ、だれだぁ?」
寝ぼけ眼で起き上がる。見渡すとあたりは暗かった。というか、闇の中に俺がいるといったほうがいいかもしれない。
(秀行さん)
呼ばれて振り向く。そこにはお座りをしているラッシーがいた。
「今の、もしかしてラッシーか……?」
(はい、そうです)
ラッシーのシッポがこれでもかと言うくらい振られていた。
「そっか……」
(驚かないんですね)
ラッシーが不思議そうに首をかしげる。
「まあ、あれだけ体験すればなぁ」
苦笑交じりに答える。ほんとにいろいろあった。楽しいような、悲惨なような、まあ、あれはあれでいい経験だったのかもしれない。
「ところで、ここはどこだ?」
(そうですね、俗にいう三途の川と言う所です)
かわぁ? どこにもそんなものは見えないが。まあ、やっぱり死んだんだろうな俺。……しょうがないか……。
まあ、気分を切り替えよう。それよりもラッシーに質問があったんだ。
「なあ、なんで俺がラッシーになってたんだ?」
事の発端はこれだったからな。これだけは聞いておかなくては。
(そうですね。秀行さん、飲み会に行った事は覚えていますか?)
「ああ」
(じゃあ、特性ブレンドを飲んだ事も……?)
「ああ、あれはきつかったよなぁ」
思い出すのもいやだったが、いまは懐かしい。
「んで、それがどうしたんだ?」
(秀行さんは、その特性ブレンドを飲んで、そのまま意識がなくなり、死んでしまいました)
「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
そんなありか? ということは俺の苦労はすべてあの一杯のせいだと言うのか? たしかに意識が白くなった覚えがあるんだが……
「本当に?」
(はい、間違いありません)
ああっ、俺の馬鹿! なんで、ちゃんとセーブして飲まないんだ。お酒っておそろしいよぉぉ。もう一滴もお酒は飲まないぞ。……もう飲む機会はないけど。
「しくしくしく」
(まあ、幸い私が気づきましたから。魂に活力を与える方法でなんとか生きかえらせることができました。でも、その時に力を使いすぎて眠りにつくしかなかったのです。だから、私は与えたばかりの力が色濃く残る、秀行さんの魂の中で休ませてもらったんです。と言っても元は私の魂。どうしても私の体になってしまいますから。すみません……大変だったでしょう?)
ラッシーは説明しながら申し訳なくなったのか、耳がぺたっと倒れていた。
「……いや、気にしていないよ。むしろ助けてもらったんだから、感謝しているくらいだ。……ラッシー、本当にありがとう」
(秀行さん……)
そのつぶらな瞳を見ていると本当にラッシーと話しているんだと、あらためて実感する。ちょっと前には信じられなかった事態だ。なんだか、おかしくなってくる。
「そう言えば、けんちゃんどうしたんだ?」
ふと、思い出して聞いてみる。意識を失ってあれから先は知らないんだ。
(はい、秀行さんの活躍もあって、無事意識を取り戻しました)
「ほんとか!? よかった! 本当によかった!!」
これで上手くいっていなかったら、さすがに俺が浮かばれないしな。でも、よかった。助かって。がんばったかいがあったなぁ。
(ちょっと見てみますか?)
「あっ、うん。できるなら」
(では、少しこちらに来てください。それで、私のシッポをつかんでください)
「……こうか?」
いわれた通りやってみる。その途端、映像が流れ込んできた。
「ん……んん」
軽い声と共にけんちゃんが目を覚ました。病室は相変わらず暗く、まだ夜なのだろう。
「健太!?」
美樹さんが驚きの声をあげた。見る間に瞳が潤んでくる。
「んん……みきねえちゃん? ……どうしたの」
けんちゃんはいつもの口調だった。今まで何をしていたのかわからないのか、首をきょろきょろと動かす。
「っ……なんでもないのよ。…………おはよ」
美樹さんは泣いていた。肩を震わせながら、けんちゃんに悟られまいと、静かに泣いていた。
「……うん……おはよう。お姉ちゃん、ボク、ラッシーと遊んでる夢みたよ……。すっごい楽しかった」
「そう……、よかったわね」
美樹さんが泣き笑いのような表情で微笑んだ。
時が止まったような病室の中、彼らの声が静かに木霊していた。
「よかったなぁ、けんちゃん」
なんだか、胸があったかくなった。自分の事のようにうれしくなる。
(みんな秀行さんのおかげですよ)
ラッシーも何処か嬉しそうだった。
「そんなことないさ、たぶんみんなの力さ。けんちゃんの体力、唯のサポート、ラッシーの力、そのどれが欠けても上手くいかなかったよ」
本当にそう思った。俺一人の力などたかがしれているし、唯のサポートがないとあそこまで行けたかどうかもわからない。
(でも、私は秀行さんの事、誇りに思いますよ)
ラッシーが本気で言っている事が伝わってきた。うれしいんだが、なんかそんな風に言われると背中が痒くなる。
「ばか、そんなこと真面目に言われたら照れるだろ」
(ふふふ、そうですね)
ラッシーはにこやかに笑った。犬の顔なのに、確かに笑った事がわかったのだ。
さて……、なごやかな会話も、そろそろ終わりにしないとな。なんたって俺死んでいるんだし。
「ラッシー、俺……そろそろ行くわ。あんまり迷っていると、黄泉の国の扉が閉められちまう」
辛気臭いのは、真っ平ごめんだ。自分で選んだ結果だ、笑って受け止めてやるさ。うん、うん……。元気出さなきゃな。案外死後の世界っていうのも悪くないかもしれないな。先に待っている人もいるし。少々早いが会いに行くか。
(秀行さん、川見えますか?)
ラッシーはどこか厳かに口を開いた。
「いや、見えないが……」
噂に聞く三途の川を、冥土の土産に見ておかなくては。
(私には……はっきり見えます)
「どこ、どこ?」
(ちょうど、私の真向かいです)
しかし、ラッシーの言う所には何もなかった。ただ、暗い空間が延々と続いているだけであった。
「どこにもないけど……?」
(それが、生あるものと死者の差なのです。生きているものにはこの場所は見えません)
ラッシーは静かに言った。事実を事実として受け止めた強さがそこにはあった。
「ラッシー、いったいどういうことだ? 死んだのは、俺じゃないのか!?」
わからなかった。俺は確かに自分の魂が消えていくのを感じたんだ。消えていく……?
「消滅していない!?」
たしか、唯は消滅と言ったはずだ。それなのに俺はこうして存在している。
(そうです。あの瞬間、私はあなたを救いたくて全ての力を使い切りました。その結果、魂に生きる力が残らなかったのです)
「そんなっ! 俺の身代わりになったと言うのか!?」
だとしたら、なんて事をしたんだ。そんなことされても、俺は喜ばないぞ! 本気で腹が立ってきた。
(いえ、そんなことありません)
「じゃあ、いったい?」
理由が思いつかなかった。何のためにラッシーは死んだのだ。
(寿命……ですよ。秀行さん、私が何歳か覚えていますか?)
「えっと、お袋や唯と一緒に家に来た時が八歳だったから、今は九歳か?」
(いいえ違います。実は私、百年以上生きているんですよ)
「はい?」
(ふふふ、驚きましたか。霊犬として生を受けて、長い時を過ごしましたからねぇ。唯さんのおばあさん時からお手伝いしていたんですよ)
ラッシーは達観しているようだった。
(さすがにこれ以上生きると、化け物ですからねぇ。潮時です。最後にご主人様の大切な人を助けられるのなら、むしろ本望ですよ)
「ラッシー……」
胸が一杯になった。たぶん半分は嘘なんだろう。何となくだが直感が働いた。寿命だという事も、本当かどうかもわからない。きっかけを作ったのはやはり俺なんだ。だからこそ心配かけないように、ラッシーはあえて寿命と強調したのだ。
「俺さ……、お前と過ごした時間、本当に楽しかった。短い時間だったけど、いっしょにいれて良かった。散歩した事。川原で遊んだ事。どれもかけがいのない思い出だ。本当に大事な家族の一員と思っているよ」
ラッシーの心意気に答えてみせる。それに、湿っぽい別れはいやだ。何年、何十年先かはわからない。でも、またいつか出会う時がきっと来る。それまで……しばしのお別れだ。
(私もです。ありがとうございました。大事にしてくれて本当に嬉しかったです。…………じゃあ、……行きますね)
ラッシーは歩き始めた。歩く度にその姿が透けていく。
「ラッシー!」
たまらず呼び止める。
(なんですか……?)
何を言えばよいのだろうと考える。
考えてみて一つの言葉が出てきた。
そう、これしかないよな。再会のあいさつと言えば――
「またな」
にっこり笑って言った。別れは笑顔でしないとな。最後の記憶が泣き顔なんて、かっこ悪いだろ。
(ええ、また会いましょう)
ラッシーも笑った。そして、その笑いが消えぬ間にその姿は掻き消えた。
気が付けば闇の中に一本の輝く道があった。光り輝く道は俺の帰るべき場所に続いている。
《秀行、がんばったわね……》
懐かしいあの人の声が聞こえた。もう何年も聞いたことのなかった声だ。ラッシーも最後に粋な事をしてくれるなぁ。
「さあて……、帰りますか」
俺は歩き始めた。振り返ることはしない。悲しむような事はしない。でも、今だけは泣く事を許してくれ。大切な家族のために……。
……まぶしいなぁ
あまりのまぶしさで目がさめてしまった。開け放たれたカーテンから朝日が飛び込んでくる。気のせいか、海の匂いがする……て気のせいじゃない!?
俺の体の上には塩がこれでもかと言わんばかりにまかれていた。髪の毛の間にもびっしりと。いきなりブルーになる。ああ、新巻ジャケってこんな気分なのだろうか。俺、シャケに生まれなくて良かった。
「塩はいやだぁ!」
とりあえず叫ぼう。主張する事は大切だ。
「起きて、第一声がそれですか?」
呆れたような唯の声が聞こえてきた。
「よっ、おはよう!」
「おはようございます。体の調子はどうですか?」
言われてみて確認する。うん、……どこもおかしなところはないな。
「大丈夫。逆に元気が有り余っている感じがするぞ。何日も寝ていたせいかな」
「そうですか、じゃあ、遠慮なくできますね」
「へっ? なにを?」
俺の言葉が終わるか終わらないかの内に、唯に殴られた。しかもグーでだ。
「おっ、おまえ何を……」
「心配させた罰です。一発ですますのはラッシーに免じてです」
よく見れば唯の目の辺りが真っ赤になっていた。本気で心配してくれたのだろう。
「悪かったな……」
考えてみれば、無茶苦茶やったよな俺って。
「ラッシーの体、どうしたんだ?」
とりあえず話題を変えよう。なんか気まずいし。
「埋葬しました。我が家の庭に埋めてあげました」
「そっか……大変だったな……」
大型犬のラッシーを運ぶとなると相当の労力だっただろう。よく唯一人で運べたな。俺でも無理だぞ。
「いえ、彼らがいましたから」
「彼ら……?」
「はい……。来なさい」
唯の言葉に従い、人形がぞろぞろと病室に現れた。大活躍したキティちゃんもいる。しかし、相変わらず不気味な光景だ。
「いっ、いや、別に連れてこなくいいから」
「そうですか……」
唯は残念そうに人形をしまっていく。「かわいいのに」と言う呟きが聞こえてきたが、無視だ、無視。
「また、日常の始まりだな……」
唯とのたわいもない会話。それを通して実感する。帰ってこれたのだと。
「ええ、そうですね」
唯が柔らかく微笑む。普段笑わない奴だけに、その笑顔はとてもきれいに見えた。
「まずは、ここから退院しないとなぁ」
俺は誰に向けることなく言う。
――俺は生きている。
それを実感する。母さん、ラッシー、俺はまだそっちへ行くわけにはいかない。でもそれは、すこし遅れて行くだけの事。だから、これから俺がどうやって生きていき、どんな大人になっていくのかを見守っていてくれ。大丈夫、母さんにもらった命、ラッシーに助けられた命だ。一生懸命がんばっていくさ。
季節は春。出会いの季節だ。
朝日に照らされた木々が優しい風に揺られている。草木は芽吹き、生命力に満ち溢れている。
風に乗り病室にまで木々の匂いが運ばれてきた。
俺はそれを胸一杯吸い込んだ。
終
追記
「兄さん、何言っているのですか?」
へ?
「退院できるわけがないじゃないですか。だって兄さん、精神病だもの」
そういえばそうだったぁぁぁぁぁぁ、忘れてたぁぁぁぁぁ!
「ほほほほ、またお見舞いにきてあげます。ちなみに退院は医師の許可がないとできませんからね」
がーん……
「では、失礼します」
バタンと言う音と共にドアが閉まる。
元はといえば、唯が変なのを俺の中に入れたせいなのに。なんで俺がこんな目に遭う!?
ちぃくしょおぉぉぉぉ、理不尽だあぁぁぁぁぁぁぁぁ!
後日、実は親父の友人が医師をやっていたらしく、俺は無事釈放(退院)された。実は唯がからかっていただけだと知ることも――また別の話である。
ほんとに お・わ・り
(秀行さん、起きてください)
俺は自分を呼ぶ声に気づいた。なんなんだ、いったい? 俺は眠いんだ。
ぺろぺろと頬をなめられる感触がする。ええーい、くすぐったい!
「……たくっ、だれだぁ?」
寝ぼけ眼で起き上がる。見渡すとあたりは暗かった。というか、闇の中に俺がいるといったほうがいいかもしれない。
(秀行さん)
呼ばれて振り向く。そこにはお座りをしているラッシーがいた。
「今の、もしかしてラッシーか……?」
(はい、そうです)
ラッシーのシッポがこれでもかと言うくらい振られていた。
「そっか……」
(驚かないんですね)
ラッシーが不思議そうに首をかしげる。
「まあ、あれだけ体験すればなぁ」
苦笑交じりに答える。ほんとにいろいろあった。楽しいような、悲惨なような、まあ、あれはあれでいい経験だったのかもしれない。
「ところで、ここはどこだ?」
(そうですね、俗にいう三途の川と言う所です)
かわぁ? どこにもそんなものは見えないが。まあ、やっぱり死んだんだろうな俺。……しょうがないか……。
まあ、気分を切り替えよう。それよりもラッシーに質問があったんだ。
「なあ、なんで俺がラッシーになってたんだ?」
事の発端はこれだったからな。これだけは聞いておかなくては。
(そうですね。秀行さん、飲み会に行った事は覚えていますか?)
「ああ」
(じゃあ、特性ブレンドを飲んだ事も……?)
「ああ、あれはきつかったよなぁ」
思い出すのもいやだったが、いまは懐かしい。
「んで、それがどうしたんだ?」
(秀行さんは、その特性ブレンドを飲んで、そのまま意識がなくなり、死んでしまいました)
「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
そんなありか? ということは俺の苦労はすべてあの一杯のせいだと言うのか? たしかに意識が白くなった覚えがあるんだが……
「本当に?」
(はい、間違いありません)
ああっ、俺の馬鹿! なんで、ちゃんとセーブして飲まないんだ。お酒っておそろしいよぉぉ。もう一滴もお酒は飲まないぞ。……もう飲む機会はないけど。
「しくしくしく」
(まあ、幸い私が気づきましたから。魂に活力を与える方法でなんとか生きかえらせることができました。でも、その時に力を使いすぎて眠りにつくしかなかったのです。だから、私は与えたばかりの力が色濃く残る、秀行さんの魂の中で休ませてもらったんです。と言っても元は私の魂。どうしても私の体になってしまいますから。すみません……大変だったでしょう?)
ラッシーは説明しながら申し訳なくなったのか、耳がぺたっと倒れていた。
「……いや、気にしていないよ。むしろ助けてもらったんだから、感謝しているくらいだ。……ラッシー、本当にありがとう」
(秀行さん……)
そのつぶらな瞳を見ていると本当にラッシーと話しているんだと、あらためて実感する。ちょっと前には信じられなかった事態だ。なんだか、おかしくなってくる。
「そう言えば、けんちゃんどうしたんだ?」
ふと、思い出して聞いてみる。意識を失ってあれから先は知らないんだ。
(はい、秀行さんの活躍もあって、無事意識を取り戻しました)
「ほんとか!? よかった! 本当によかった!!」
これで上手くいっていなかったら、さすがに俺が浮かばれないしな。でも、よかった。助かって。がんばったかいがあったなぁ。
(ちょっと見てみますか?)
「あっ、うん。できるなら」
(では、少しこちらに来てください。それで、私のシッポをつかんでください)
「……こうか?」
いわれた通りやってみる。その途端、映像が流れ込んできた。
「ん……んん」
軽い声と共にけんちゃんが目を覚ました。病室は相変わらず暗く、まだ夜なのだろう。
「健太!?」
美樹さんが驚きの声をあげた。見る間に瞳が潤んでくる。
「んん……みきねえちゃん? ……どうしたの」
けんちゃんはいつもの口調だった。今まで何をしていたのかわからないのか、首をきょろきょろと動かす。
「っ……なんでもないのよ。…………おはよ」
美樹さんは泣いていた。肩を震わせながら、けんちゃんに悟られまいと、静かに泣いていた。
「……うん……おはよう。お姉ちゃん、ボク、ラッシーと遊んでる夢みたよ……。すっごい楽しかった」
「そう……、よかったわね」
美樹さんが泣き笑いのような表情で微笑んだ。
時が止まったような病室の中、彼らの声が静かに木霊していた。
「よかったなぁ、けんちゃん」
なんだか、胸があったかくなった。自分の事のようにうれしくなる。
(みんな秀行さんのおかげですよ)
ラッシーも何処か嬉しそうだった。
「そんなことないさ、たぶんみんなの力さ。けんちゃんの体力、唯のサポート、ラッシーの力、そのどれが欠けても上手くいかなかったよ」
本当にそう思った。俺一人の力などたかがしれているし、唯のサポートがないとあそこまで行けたかどうかもわからない。
(でも、私は秀行さんの事、誇りに思いますよ)
ラッシーが本気で言っている事が伝わってきた。うれしいんだが、なんかそんな風に言われると背中が痒くなる。
「ばか、そんなこと真面目に言われたら照れるだろ」
(ふふふ、そうですね)
ラッシーはにこやかに笑った。犬の顔なのに、確かに笑った事がわかったのだ。
さて……、なごやかな会話も、そろそろ終わりにしないとな。なんたって俺死んでいるんだし。
「ラッシー、俺……そろそろ行くわ。あんまり迷っていると、黄泉の国の扉が閉められちまう」
辛気臭いのは、真っ平ごめんだ。自分で選んだ結果だ、笑って受け止めてやるさ。うん、うん……。元気出さなきゃな。案外死後の世界っていうのも悪くないかもしれないな。先に待っている人もいるし。少々早いが会いに行くか。
(秀行さん、川見えますか?)
ラッシーはどこか厳かに口を開いた。
「いや、見えないが……」
噂に聞く三途の川を、冥土の土産に見ておかなくては。
(私には……はっきり見えます)
「どこ、どこ?」
(ちょうど、私の真向かいです)
しかし、ラッシーの言う所には何もなかった。ただ、暗い空間が延々と続いているだけであった。
「どこにもないけど……?」
(それが、生あるものと死者の差なのです。生きているものにはこの場所は見えません)
ラッシーは静かに言った。事実を事実として受け止めた強さがそこにはあった。
「ラッシー、いったいどういうことだ? 死んだのは、俺じゃないのか!?」
わからなかった。俺は確かに自分の魂が消えていくのを感じたんだ。消えていく……?
「消滅していない!?」
たしか、唯は消滅と言ったはずだ。それなのに俺はこうして存在している。
(そうです。あの瞬間、私はあなたを救いたくて全ての力を使い切りました。その結果、魂に生きる力が残らなかったのです)
「そんなっ! 俺の身代わりになったと言うのか!?」
だとしたら、なんて事をしたんだ。そんなことされても、俺は喜ばないぞ! 本気で腹が立ってきた。
(いえ、そんなことありません)
「じゃあ、いったい?」
理由が思いつかなかった。何のためにラッシーは死んだのだ。
(寿命……ですよ。秀行さん、私が何歳か覚えていますか?)
「えっと、お袋や唯と一緒に家に来た時が八歳だったから、今は九歳か?」
(いいえ違います。実は私、百年以上生きているんですよ)
「はい?」
(ふふふ、驚きましたか。霊犬として生を受けて、長い時を過ごしましたからねぇ。唯さんのおばあさん時からお手伝いしていたんですよ)
ラッシーは達観しているようだった。
(さすがにこれ以上生きると、化け物ですからねぇ。潮時です。最後にご主人様の大切な人を助けられるのなら、むしろ本望ですよ)
「ラッシー……」
胸が一杯になった。たぶん半分は嘘なんだろう。何となくだが直感が働いた。寿命だという事も、本当かどうかもわからない。きっかけを作ったのはやはり俺なんだ。だからこそ心配かけないように、ラッシーはあえて寿命と強調したのだ。
「俺さ……、お前と過ごした時間、本当に楽しかった。短い時間だったけど、いっしょにいれて良かった。散歩した事。川原で遊んだ事。どれもかけがいのない思い出だ。本当に大事な家族の一員と思っているよ」
ラッシーの心意気に答えてみせる。それに、湿っぽい別れはいやだ。何年、何十年先かはわからない。でも、またいつか出会う時がきっと来る。それまで……しばしのお別れだ。
(私もです。ありがとうございました。大事にしてくれて本当に嬉しかったです。…………じゃあ、……行きますね)
ラッシーは歩き始めた。歩く度にその姿が透けていく。
「ラッシー!」
たまらず呼び止める。
(なんですか……?)
何を言えばよいのだろうと考える。
考えてみて一つの言葉が出てきた。
そう、これしかないよな。再会のあいさつと言えば――
「またな」
にっこり笑って言った。別れは笑顔でしないとな。最後の記憶が泣き顔なんて、かっこ悪いだろ。
(ええ、また会いましょう)
ラッシーも笑った。そして、その笑いが消えぬ間にその姿は掻き消えた。
気が付けば闇の中に一本の輝く道があった。光り輝く道は俺の帰るべき場所に続いている。
《秀行、がんばったわね……》
懐かしいあの人の声が聞こえた。もう何年も聞いたことのなかった声だ。ラッシーも最後に粋な事をしてくれるなぁ。
「さあて……、帰りますか」
俺は歩き始めた。振り返ることはしない。悲しむような事はしない。でも、今だけは泣く事を許してくれ。大切な家族のために……。
……まぶしいなぁ
あまりのまぶしさで目がさめてしまった。開け放たれたカーテンから朝日が飛び込んでくる。気のせいか、海の匂いがする……て気のせいじゃない!?
俺の体の上には塩がこれでもかと言わんばかりにまかれていた。髪の毛の間にもびっしりと。いきなりブルーになる。ああ、新巻ジャケってこんな気分なのだろうか。俺、シャケに生まれなくて良かった。
「塩はいやだぁ!」
とりあえず叫ぼう。主張する事は大切だ。
「起きて、第一声がそれですか?」
呆れたような唯の声が聞こえてきた。
「よっ、おはよう!」
「おはようございます。体の調子はどうですか?」
言われてみて確認する。うん、……どこもおかしなところはないな。
「大丈夫。逆に元気が有り余っている感じがするぞ。何日も寝ていたせいかな」
「そうですか、じゃあ、遠慮なくできますね」
「へっ? なにを?」
俺の言葉が終わるか終わらないかの内に、唯に殴られた。しかもグーでだ。
「おっ、おまえ何を……」
「心配させた罰です。一発ですますのはラッシーに免じてです」
よく見れば唯の目の辺りが真っ赤になっていた。本気で心配してくれたのだろう。
「悪かったな……」
考えてみれば、無茶苦茶やったよな俺って。
「ラッシーの体、どうしたんだ?」
とりあえず話題を変えよう。なんか気まずいし。
「埋葬しました。我が家の庭に埋めてあげました」
「そっか……大変だったな……」
大型犬のラッシーを運ぶとなると相当の労力だっただろう。よく唯一人で運べたな。俺でも無理だぞ。
「いえ、彼らがいましたから」
「彼ら……?」
「はい……。来なさい」
唯の言葉に従い、人形がぞろぞろと病室に現れた。大活躍したキティちゃんもいる。しかし、相変わらず不気味な光景だ。
「いっ、いや、別に連れてこなくいいから」
「そうですか……」
唯は残念そうに人形をしまっていく。「かわいいのに」と言う呟きが聞こえてきたが、無視だ、無視。
「また、日常の始まりだな……」
唯とのたわいもない会話。それを通して実感する。帰ってこれたのだと。
「ええ、そうですね」
唯が柔らかく微笑む。普段笑わない奴だけに、その笑顔はとてもきれいに見えた。
「まずは、ここから退院しないとなぁ」
俺は誰に向けることなく言う。
――俺は生きている。
それを実感する。母さん、ラッシー、俺はまだそっちへ行くわけにはいかない。でもそれは、すこし遅れて行くだけの事。だから、これから俺がどうやって生きていき、どんな大人になっていくのかを見守っていてくれ。大丈夫、母さんにもらった命、ラッシーに助けられた命だ。一生懸命がんばっていくさ。
季節は春。出会いの季節だ。
朝日に照らされた木々が優しい風に揺られている。草木は芽吹き、生命力に満ち溢れている。
風に乗り病室にまで木々の匂いが運ばれてきた。
俺はそれを胸一杯吸い込んだ。
終
追記
「兄さん、何言っているのですか?」
へ?
「退院できるわけがないじゃないですか。だって兄さん、精神病だもの」
そういえばそうだったぁぁぁぁぁぁ、忘れてたぁぁぁぁぁ!
「ほほほほ、またお見舞いにきてあげます。ちなみに退院は医師の許可がないとできませんからね」
がーん……
「では、失礼します」
バタンと言う音と共にドアが閉まる。
元はといえば、唯が変なのを俺の中に入れたせいなのに。なんで俺がこんな目に遭う!?
ちぃくしょおぉぉぉぉ、理不尽だあぁぁぁぁぁぁぁぁ!
後日、実は親父の友人が医師をやっていたらしく、俺は無事釈放(退院)された。実は唯がからかっていただけだと知ることも――また別の話である。
ほんとに お・わ・り
プロフィール
- ニックネーム
- ケイロン
- 性別
- 男
- 血液型
- A型
- 生年月日
- 19○○年5月23日
- 現住所
- 岡山のどこか
- 所在地
- 岡山のどこか
- 職業
- 教師っぽいこと
- 自己紹介
- 小説を読むのも書くのもすきなのでHPを立ち上げました。
お時間が許すのなら、作品を読み、感想でもいただけたら嬉しいです。
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