犬島(完結)
終章
「先輩、結局、その剣どうしたんですか?」
次の日、勇也達は船上にいた。
昼頃まで寝込んでいたのだが、足の怪我が思ったよりひどく、本格的に治療するため、本土に帰る事になった。勇也の足はヒビが入っているどころではなかった。複雑骨折――全治三ヶ月である。島の診療所でもある程度の治療ができるのだが、治癒まで長引きそうだから松葉杖だけ貸してもらうことにした。
そして、他の部員も大なり小なり怪我をしていたので、結局、剣道部の合宿はたった一日で終了となった。
傀儡と成った人々にその間の記憶があるかどうか、それが勇也達にとって、関心の一つだった。もし、操られている事を覚えていれば恐慌を起こすかもしれない。それを心配した。
しかし、住人達はその間の事を覚えておらず、道路上で目が覚めた時、どうしてこのような場所で寝ているのか不審がったらしい。そして、まあいいかと首を捻りながら家に帰っていった。その話を陽子から聞いたとき、なんて大らかなんだと笑いが込み上げてきた。
それから、今回の騒動の発端となった仙石先生。彼の記憶は島に入った時点でなく、健忘症になったのかと真面目に自分の事を心配していた。本当のことを言って、無用の心労を重ねさせる事も無いのでこの件は黙っている事にした。
他の部員も同様だった。夜の記憶が一切無かったので、よっぽど疲れて倒れるように寝てしまったのだと皆、納得していた。田中だけが何者かと戦った夢を見たと言ったが、それは、夢だろうと橋本がごまかしていた。
梢も無事発見されていた。彼女は途中まで覚えているようで、今回の事件を通して、何かを決心したようであった。
ただ、須藤だけがなかなか発見されなかった。心配した一同探すと、橋本がどこからともなく担いで持ってきた。神社にいたという事だった。須藤は結構ひどい怪我をしていて、目に青痣がついていた。第一発見者の橋本は目覚めた須藤に感謝しろよと言っていたが、どうしてあそこにいる事が分かったのか不思議だった。
そして、今回もっとも不思議だったのが、手をやすやすと切り裂いたあの剣だった。その事を早く尋ねたかったが、出発までごたごたしていたため、問う暇がなかった。結局、夕刻の帰りの船に乗るまで、ずるずると聞きそびれてしまった。
そして今、勇也と橋本は夕日を背景に船上の甲板にいた。
「ん、橋本丸か、神社で拾ったんだ」
「なんで命名してるんですか!? それって、神棚に安置されていた剣じゃないんですか? 返さなくちゃダメじゃないですか」
橋本の手には古ぼけた剣が握られていた。相当気に入っているらしく、片時も離そうとしない。
「ふむ、そういう考えもあるな」
「普通、そうです!」
勇也の避難など、どこ吹く風で飄々としている。今の橋本はあの時の迫力など微塵も感じられない。あの時の彼は確かに凄かった。剣を片手に舞うように攻撃する。不覚にも一瞬、尊敬してしまった。
「なんで、その剣、あいつに効いたんだろう。ほとんど、物理的な手ごたえが無かったのに」
「それはな、勇也」
「なんですか?」
橋本は橋本丸と名付けた剣をスラリと抜いた。錆びてぼろぼろだったが、何らかの力が感じられた。勇也は、この事件を通して力という存在を敏感に感じ取れるようになっていた。
「これが俺の剣だからだ!」
「……答えになっていませんよ」
「がははは、俺にもよくわからん!」
橋本は何故だか胸を張っていった。頭が痛くなる勇也だった。
「先輩、他にも尋ねたい事があるんですけど」
「ん? なんだ?」
「なんで、あんなに強いんですか?」
今回の事件を通して、本当に疑問に思った。手の攻撃を軽々と避け、閃光もかくやと思わせるほどの斬撃。人間業とは思えなかった。自分が力を使った時に、下手をすれば匹敵していた。
「勇也、もし俺が、一子相伝の暗殺剣の継承者で、風魔流忍術を修め、除霊にも通じているいったら信じるか?」
「まさか」
勇也は鼻で笑った。しかし、橋本の目が笑っていない事に気づいて驚愕する。
「本当なんですか!?」
謎が多い人だと思ったらそんな事をしていたのか。
「嘘だ」
橋本は断言した。
「あんたは……」
呆れて溜息をつく。
「まあ、でも、そういうことだ。強さの基準なんて曖昧だからな。説明されれば納得するもんでもないだろう。それに、説明できないこともある。それは、勇也、お前も同じだろう」
言われてみて頷く。確かにあの感覚は知らない人に説明できるものではない。それに、説明しても信じてもらえないだろう。
「たしかに、そうですね」
神の力。たしかに恐ろしい力だ。人には過ぎた力だった。それは神自身にもいえるのかもしれない。良くも悪くも、どのような力にしろ方向性を誤れば、恐ろしい事になるということが今回の事件を通して実感できた。
「結局、あいつらなんだったんだろうなぁ。橋本先輩は二人しか見てないでしょうけど、もう一人いて、なんかごたごたがあったみたいですよ」
「らしいな。詳しい話は陽子から聞いたよ。でもな、こういう事は古今東西を問わずよくあってな。我が国の神話を示す古事記の中にもよく女性がらみの話は登場するんだ。英雄色を好むと言って、そりゃ神様は女好きで何人もの女性をモノにするんだ。時には殺し合いをしてでも、その女性を勝ち取る。まあ、当時の女性にとっても、より強いオスの方がいいからな」
「へぇぇぇ」
「中には例外もあるけどな。国作りで有名な大国主神はな、またの名を出世神といってな。その最初の出世の前に、ある女性を兄弟と争って殺されてしまうんだ。しかも、二度も。彼はその後、母親の力で生き返るんだが、殺された理由というのが、その女性が大国主神に惚れてしまったからなんだから、凄まじい世界だよな。結局二人は結ばれるんだけどな」
「いつの世も男と女がいるから争いが起きるってことですかねぇ」
「そうかもな、そう考えたら、奴も被害者だったのかもな。……許す事はできないが」
奴がどんなに攻められようとも、あの女性にだけは攻撃をしなかった。その事を思い出して、なんとなくやるせない気持ちになる。あれも、ゆがんでいるけれど、愛の形の一つなのかもしれない。
そこまで、考えて勇也は思い直した。そんな事は無い。愛とはきっと、いかに相手の事を考えられるかということだ。独占したり、束縛したりするのは、所詮欲なのだ。だが、これらは表裏一体の存在。誰もがその天秤の上を行き来している。奴は欲の方に傾きすぎてしまったのだ。だが、誰もがそうならないという保証は無い。自分にしてもそうならないという保証は無い。自分を律し、相手を思いやる。人を愛すると言う事は、とても難しい事だ。だが、その愛が成就する時、愛の螺旋は次代に受け継がれる。それは、とても素敵な事だと思う。
「しかし、そんな事よく知っていますね」
橋本が古事記に造詣があるなんて、今まで知らなかった。
「ふっ、108の秘密を持つ男だからな」
橋本はシニカルに笑った。しかし、それが煩悩の数を指している事に気づいているかどうかは疑問だった。
「ところで勇也」
「なんですか?」
「他人事のように言ってるが、お前も大変だな」
「へ? 何でですか?」
橋本が目線で示す。そちらを見ると、陽子と瑞穂がこっちに向かって来ていた。
「陽子のあの告白は凄かったもんな。私の大事な人って」
「……やっぱり、あれってそうなんですかね」
「どう考えても、そうだろ。瑞穂も明らかにお前に惚れているしな。よっ、モテモテ君!」
明らかにこの事態を楽しんでいる橋本はにやっと笑った。しかし、橋本は知らない。この後、梢から同様の告白を受ける事を。
二人が近寄ってくる。
「じゃ、がんばれよ!」
橋本は勇也の肩をぽんぽんと二回叩いて、船室に戻っていった。しっかり顔には猫の笑みが張り付いていた。
「あの……勇也」
「……先輩」
二人が赤面して話し掛けてくる。
(さぁあて、どうするかな)
この危機をどう乗り切るかが問題だった。自分なりの答えは出ているが、納得しないかもしれないな。
勇也は背伸びをして、夕焼けに照らされた犬島を見つめた。茜色に輝いた島は、どこか懐かしさを伴って勇也の心の中に入ってきた。その時、潮風が吹いた。辛い事全てを押し流してくれそうなさわやかな風。勇也は心が軽くなる事を感じた。
陽子と瑞穂、二人の大事な人に向かって勇也は振り向いた。その顔には二人に対する気持ちが溢れていた。
完
次の日、勇也達は船上にいた。
昼頃まで寝込んでいたのだが、足の怪我が思ったよりひどく、本格的に治療するため、本土に帰る事になった。勇也の足はヒビが入っているどころではなかった。複雑骨折――全治三ヶ月である。島の診療所でもある程度の治療ができるのだが、治癒まで長引きそうだから松葉杖だけ貸してもらうことにした。
そして、他の部員も大なり小なり怪我をしていたので、結局、剣道部の合宿はたった一日で終了となった。
傀儡と成った人々にその間の記憶があるかどうか、それが勇也達にとって、関心の一つだった。もし、操られている事を覚えていれば恐慌を起こすかもしれない。それを心配した。
しかし、住人達はその間の事を覚えておらず、道路上で目が覚めた時、どうしてこのような場所で寝ているのか不審がったらしい。そして、まあいいかと首を捻りながら家に帰っていった。その話を陽子から聞いたとき、なんて大らかなんだと笑いが込み上げてきた。
それから、今回の騒動の発端となった仙石先生。彼の記憶は島に入った時点でなく、健忘症になったのかと真面目に自分の事を心配していた。本当のことを言って、無用の心労を重ねさせる事も無いのでこの件は黙っている事にした。
他の部員も同様だった。夜の記憶が一切無かったので、よっぽど疲れて倒れるように寝てしまったのだと皆、納得していた。田中だけが何者かと戦った夢を見たと言ったが、それは、夢だろうと橋本がごまかしていた。
梢も無事発見されていた。彼女は途中まで覚えているようで、今回の事件を通して、何かを決心したようであった。
ただ、須藤だけがなかなか発見されなかった。心配した一同探すと、橋本がどこからともなく担いで持ってきた。神社にいたという事だった。須藤は結構ひどい怪我をしていて、目に青痣がついていた。第一発見者の橋本は目覚めた須藤に感謝しろよと言っていたが、どうしてあそこにいる事が分かったのか不思議だった。
そして、今回もっとも不思議だったのが、手をやすやすと切り裂いたあの剣だった。その事を早く尋ねたかったが、出発までごたごたしていたため、問う暇がなかった。結局、夕刻の帰りの船に乗るまで、ずるずると聞きそびれてしまった。
そして今、勇也と橋本は夕日を背景に船上の甲板にいた。
「ん、橋本丸か、神社で拾ったんだ」
「なんで命名してるんですか!? それって、神棚に安置されていた剣じゃないんですか? 返さなくちゃダメじゃないですか」
橋本の手には古ぼけた剣が握られていた。相当気に入っているらしく、片時も離そうとしない。
「ふむ、そういう考えもあるな」
「普通、そうです!」
勇也の避難など、どこ吹く風で飄々としている。今の橋本はあの時の迫力など微塵も感じられない。あの時の彼は確かに凄かった。剣を片手に舞うように攻撃する。不覚にも一瞬、尊敬してしまった。
「なんで、その剣、あいつに効いたんだろう。ほとんど、物理的な手ごたえが無かったのに」
「それはな、勇也」
「なんですか?」
橋本は橋本丸と名付けた剣をスラリと抜いた。錆びてぼろぼろだったが、何らかの力が感じられた。勇也は、この事件を通して力という存在を敏感に感じ取れるようになっていた。
「これが俺の剣だからだ!」
「……答えになっていませんよ」
「がははは、俺にもよくわからん!」
橋本は何故だか胸を張っていった。頭が痛くなる勇也だった。
「先輩、他にも尋ねたい事があるんですけど」
「ん? なんだ?」
「なんで、あんなに強いんですか?」
今回の事件を通して、本当に疑問に思った。手の攻撃を軽々と避け、閃光もかくやと思わせるほどの斬撃。人間業とは思えなかった。自分が力を使った時に、下手をすれば匹敵していた。
「勇也、もし俺が、一子相伝の暗殺剣の継承者で、風魔流忍術を修め、除霊にも通じているいったら信じるか?」
「まさか」
勇也は鼻で笑った。しかし、橋本の目が笑っていない事に気づいて驚愕する。
「本当なんですか!?」
謎が多い人だと思ったらそんな事をしていたのか。
「嘘だ」
橋本は断言した。
「あんたは……」
呆れて溜息をつく。
「まあ、でも、そういうことだ。強さの基準なんて曖昧だからな。説明されれば納得するもんでもないだろう。それに、説明できないこともある。それは、勇也、お前も同じだろう」
言われてみて頷く。確かにあの感覚は知らない人に説明できるものではない。それに、説明しても信じてもらえないだろう。
「たしかに、そうですね」
神の力。たしかに恐ろしい力だ。人には過ぎた力だった。それは神自身にもいえるのかもしれない。良くも悪くも、どのような力にしろ方向性を誤れば、恐ろしい事になるということが今回の事件を通して実感できた。
「結局、あいつらなんだったんだろうなぁ。橋本先輩は二人しか見てないでしょうけど、もう一人いて、なんかごたごたがあったみたいですよ」
「らしいな。詳しい話は陽子から聞いたよ。でもな、こういう事は古今東西を問わずよくあってな。我が国の神話を示す古事記の中にもよく女性がらみの話は登場するんだ。英雄色を好むと言って、そりゃ神様は女好きで何人もの女性をモノにするんだ。時には殺し合いをしてでも、その女性を勝ち取る。まあ、当時の女性にとっても、より強いオスの方がいいからな」
「へぇぇぇ」
「中には例外もあるけどな。国作りで有名な大国主神はな、またの名を出世神といってな。その最初の出世の前に、ある女性を兄弟と争って殺されてしまうんだ。しかも、二度も。彼はその後、母親の力で生き返るんだが、殺された理由というのが、その女性が大国主神に惚れてしまったからなんだから、凄まじい世界だよな。結局二人は結ばれるんだけどな」
「いつの世も男と女がいるから争いが起きるってことですかねぇ」
「そうかもな、そう考えたら、奴も被害者だったのかもな。……許す事はできないが」
奴がどんなに攻められようとも、あの女性にだけは攻撃をしなかった。その事を思い出して、なんとなくやるせない気持ちになる。あれも、ゆがんでいるけれど、愛の形の一つなのかもしれない。
そこまで、考えて勇也は思い直した。そんな事は無い。愛とはきっと、いかに相手の事を考えられるかということだ。独占したり、束縛したりするのは、所詮欲なのだ。だが、これらは表裏一体の存在。誰もがその天秤の上を行き来している。奴は欲の方に傾きすぎてしまったのだ。だが、誰もがそうならないという保証は無い。自分にしてもそうならないという保証は無い。自分を律し、相手を思いやる。人を愛すると言う事は、とても難しい事だ。だが、その愛が成就する時、愛の螺旋は次代に受け継がれる。それは、とても素敵な事だと思う。
「しかし、そんな事よく知っていますね」
橋本が古事記に造詣があるなんて、今まで知らなかった。
「ふっ、108の秘密を持つ男だからな」
橋本はシニカルに笑った。しかし、それが煩悩の数を指している事に気づいているかどうかは疑問だった。
「ところで勇也」
「なんですか?」
「他人事のように言ってるが、お前も大変だな」
「へ? 何でですか?」
橋本が目線で示す。そちらを見ると、陽子と瑞穂がこっちに向かって来ていた。
「陽子のあの告白は凄かったもんな。私の大事な人って」
「……やっぱり、あれってそうなんですかね」
「どう考えても、そうだろ。瑞穂も明らかにお前に惚れているしな。よっ、モテモテ君!」
明らかにこの事態を楽しんでいる橋本はにやっと笑った。しかし、橋本は知らない。この後、梢から同様の告白を受ける事を。
二人が近寄ってくる。
「じゃ、がんばれよ!」
橋本は勇也の肩をぽんぽんと二回叩いて、船室に戻っていった。しっかり顔には猫の笑みが張り付いていた。
「あの……勇也」
「……先輩」
二人が赤面して話し掛けてくる。
(さぁあて、どうするかな)
この危機をどう乗り切るかが問題だった。自分なりの答えは出ているが、納得しないかもしれないな。
勇也は背伸びをして、夕焼けに照らされた犬島を見つめた。茜色に輝いた島は、どこか懐かしさを伴って勇也の心の中に入ってきた。その時、潮風が吹いた。辛い事全てを押し流してくれそうなさわやかな風。勇也は心が軽くなる事を感じた。
陽子と瑞穂、二人の大事な人に向かって勇也は振り向いた。その顔には二人に対する気持ちが溢れていた。
完
プロフィール
- ニックネーム
- ケイロン
- 性別
- 男
- 血液型
- A型
- 生年月日
- 19○○年5月23日
- 現住所
- 岡山のどこか
- 所在地
- 岡山のどこか
- 職業
- 教師っぽいこと
- 自己紹介
- 小説を読むのも書くのもすきなのでHPを立ち上げました。
お時間が許すのなら、作品を読み、感想でもいただけたら嬉しいです。
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