犬島(完結)
7章
「先輩、ここ、どこなんですかねぇ」
「……たぶん、こっちでいいと思うんだが」
瑞穂と勇也はまだ迷っていた。
慣れない島。なおかつ夜である。地理が分からない上に、やたらめったに逃走するために走り回った。そのせいで完全に迷子になってしまっていた。
「携帯も繋がんないし、なにかあったのかなぁ……」
瑞穂の不安そうな声。勇也も同じ気持ちだった。先程から携帯の電波状態は圏外になっており、一向に回復の気配を見せなかった。路上にある公衆電話でかけても、返ってきたのは電話はつなげないという機械音声の無機質な声だけだった。むろん、島の外や、110番、にもかけてみた。しかし、結果は同じだった。
「皆、無事だといいが……」
勇也も祈るような気持ちでいた。
《手》――アレは尋常な存在じゃない。
対抗手段は思いつかないが、せめて逃げるのに役立てばと、奔走していた。それなのに、いつまで経ってもたどり着かない。道を住民に聞こうとしても、人っ子一人いない。まるで、誰かに邪魔されている。そんな印象さえ受けた。
小さな島だが、人の足で移動するとなると、それなりに時間がかかる。海沿いに走って、知っている場所を探しているのだが、もう数十分間、そのような場所は見えてこない。走っては休み、休んでは走り。その繰り返し。瑞穂の体力もあるので、あまり無茶な事もできない。
疲労は別段ない。ただ、狂おしい焦燥感が胸を支配した。
「あったぁ!」
不意に瑞穂が素っ頓狂な声を上げた。
「なんだ?」
訝しげに勇也は立ち止まる。彼女が指差す先には、駐在があった。
「でかした、瑞穂!」
駐在所は闇の中にひっそり隠れるように佇んでいた。明りも何もついていない。知らないものが見ても、まず発見できないだろう。
「えへへ。やりましたぁ!」
瑞穂はガッツポーズ。二人して喜びあう。
駐在所は派出所と違い、二十四時間、警察官がいる。その場所に住み込んでいるため、このような緊急時かつ、他に警官がこられないような場所では大助かりだ。
勇也と瑞穂はさっそく駐在所のドアを叩いた。
「すみません!」
「すみませぇん!」
寝ていようがなんだろうが叩き起こすつもりでいた。がんがんとドアを叩きまくる。
しかし、反応がない。
「すみません! いないんですか!」
声を荒げてドアを叩く。勇也の声が夜の静寂を切り裂く。
「……先輩」
瑞穂が勇也の肩を遠慮がちにつつく。
「なんだ?」
相変わらず叩くのを止めないまま、勇也は返事を返した。
「あのー、開いてますけど」
「へっ?」
瑞穂は駐在所のドアをカラカラ横に滑らす。
「……ほんとだ」
「無用心ですね」
瑞穂は中を覗き込んでいた。
「まあ、駐在所に泥棒に入る、剛の者もいないだろう」
「クスッ、そうですね」
駐在所の中に入った。室内は暗く、人の気配がない。
「電灯のスイッチ、その辺りにないか?」
直接、蛍光灯の紐を引いてみたが反応がない。入り口のスイッチなのだろうか。
「あ、ありました。これですね」
瑞穂がカチっとスイッチを押す。
「点かないな」
「点きませんね」
どうやら停電のようだった。そう言えば、他の家屋も電気が点いていなかった。街灯は点いていたのでうっかりしていた。
「しょうがない、懐中電灯がないか探そう」
「なんだか、泥棒さんの気分ですね」
二人は探し始めた。それは、容易に発見できた。入り口のすぐ横に引っ掛けてあった。光量は小さいものの持ち運びが便利なハンドタイプが三つ置いてあった。それを二つ取る。一つを瑞穂に渡す。
「さて、どうしましょうか」
「念のため、もう一度、電話してみよう。もしかしたら、なんともなっていないかもしれない」
希望的観測だと分かりながらも言わずにはいられなかった。
『…………………』
だが、今度は配線自体が切断されているようで、電話は何の反応も示さなかった。
「先輩、停電しているから無理なんじゃないんですか……」
「……そうだよな」
嫌な予感がした。だがそれはあえて無視する。今は行動しなければならない。
「俺ちょっと、ここの家続きになっているところを見てくるよ。たぶん駐在さん寝てんだよ。瑞穂は悪いが地図を探しておいてくれ。たぶんあると思うから」
「はい、わかりました」
駐在所の突き当たりに奥に伸びる通路があった。たぶんこれが自宅と繋がっていると思う。
勇也はそこを懐中電灯で照らしながら歩いた。狭くはなかったが、薄暗い通路。その通路を抜けると一軒家があった。勝手口に繋がっていた。
「すみません!」
ノックをする。返事がない。やはり寝ているのだろうか。
「……失礼します」
この際、仕方がない。非礼を承知で上がらせて貰おう。勇也は勝手口で靴を脱ぎ、家の中に入った。
家の中を見て回る。居間、台所、トイレ、寝室。しかし、そのどこにも人の気配がなかった。どうやら、完全に留守のようだ。
「……ふぅ」
勇也から失望の溜息が漏れる。時間が随分経過していた。皆は大丈夫だろうか。
駐在に会う事は諦めて、勇也は瑞穂が待っている場所へ戻った。
「先輩! ありましたよぉ!」
勇也を出迎えたのは、瑞穂嬉しげな声だった。彼女の手には丸められた紙が握られていた。
「おお、見つけたか。どれどれ」
二人で頭をつつき合わせて、懐中電灯で地図を照らす。
そこには、島の詳細な地図があった。たぶん、駐在が書き込んだのだろう、細かい注釈がいたるところにあった。仕事に対する熱心さが伝わってくるようだった。
地図に因ると、この駐在所はフェリー乗り場から数百メートルの距離にあった。つまり、勇也達が海沿いに進んできたのは正解だと言えたのである。
「つまり、このまま海沿いの道を真っ直ぐ行けば良いんですよね」
「ああ、そうするとすぐにでもフェリー乗り場に出る。そこまで、行けば道は分かる!」
「じゃあ、すぐにでも行きましょう!」
瑞穂は地図を畳むと机の上に置いた。勇也も借りていた懐中電灯を返そうとする。しかし、思いとどまった。足元は随分暗い。せっかくだから、用が済むまで貸してもらおう。後で事情を話すとして、今はこれが必要だった。
「瑞穂、懐中電灯は持ったまま行くぞ」
「えっ、でも……いいんですか?」
彼女は上目遣いで尋ねてくる。
「まあ、非常事態だし、後で一緒に謝ろう」
「……はぁい。了解です!」
二人はそのまま外に出ようとした。
だが、急に目の前に影が落ちた。
「何をしているのかね?」
人がいた。その人は日本全国で見慣れた青い制服を着ていた。
「お巡りさん!」
瑞穂が駆け寄ろうとする。反射的に勇也の手が動いた。瑞穂の動きを止める。
「先輩!?」
頭のどこかが警告を発していた。
――こいつ何かがおかしくはないか。
まじまじと警官を見る。特に変な所は見られない。なんで自分はおかしいと思ったのだろう。勇也は自分の状態に困惑する。先程から感覚が妙に鋭角化していた。
謝ろうと警官の目を見た瞬間、気づいた。
死んだ魚のような目。生気のない濁った目。
『――傀儡だ』
内なる声がするのと同時に、勇也は持っていた懐中電灯を警官に向けて投げつけた。それは、警官の手にあたり、彼が抜いた拳銃が弾けとぶ。
同時に接近、側頭部を鉛入りの竹刀で打ち据えた。吹き飛ぶ警官。
「なんてことを……」
瑞穂は絶句していた。顔を青くして、倒れた警官を見ている。
「よく見ろ! こいつは俺たちを撃とうとしたんだ!」
傍に転がっていた拳銃が何より雄弁に勇也の主張を裏付けていた。
「どうして……そんな事を?」
「分からん。ただ何となくだが、さっきの手と関係しているような気がするんだ」
呆然としていた瑞穂だったが、寂しげな目をして呟いた。
「どうして、私たち……こんな目に遭わなくちゃならないんでしょうね」
勇也の中に訳も分からず罪悪感が込み上げてきた。とてもすまない事を瑞穂にしている気分になった。
「……すまん」
「なんで、先輩が謝るんですか。全然悪くないじゃないですか」
「いや……なんでだろ……。なんか謝んなきゃいけないような気がしてな。とにかくすまん!」
勇也は瑞穂に頭を下げた。
「……よく、わかりませんけど……頭をあげてください。謝られる理由がありませんよ」
「うん、まあ、そうだよなぁ」
「もう、先輩ったら」
瑞穂はクスクス笑っている。この子には寂しげな顔よりも笑顔が似合っているなと勇也は思った。
「よし、じゃあ、行こうか! 宿舎に戻らなくてはならないし、いつこんな警官みたいな奴と出くわすか分からない」
勇也は懐中電灯を拾い、スイッチをつける。
「あのぉ、先輩。これどうしますか?」
「いっ!?」
瑞穂の手の中には拳銃があった。チャキっと構える。それは何故か様になっていた。
「……それはまずいでしょぉ」
「あ、やっぱりそうですよね」
瑞穂はテレ笑いを浮かべていた。本当は持っていく気だったのかもしれない。
「でも、役に立ちそうだけどなぁ」
未練たらたらだった。
「いや、あまり役に立たないと思うぞ」
「どうしてですか。拳銃ですよ。弾が出て、バーンと敵を蹴散らすんですよ!」
瑞穂の言葉には力がこもっていた。そういえば、以前瑞穂がガンシューティングのゲームを好きだと言っていたのを思い出す。勇也の頬に一滴、汗が伝った。
「うーん、どう説明したらいいか分からないけど……俺が竹刀で手に打ち込んだだろ」
「はい」
「手ごたえがあまりなくてな。手の力の方向性はずらす事ができるんだけど、そのものには少しもダメージを与えられてなかったと思うんだ。だから、威力を増そうが物理攻撃では無理だと思うぞ」
「へぇぇぇ」
ぽかんとして瑞穂が見つめてくる。
「……なんだ?」
そんなに見られると決まりが悪かった。
「なんだか、先輩凄い事言っていますよ。物理攻撃とか」
「うっ、変か?」
少し自覚があっただけに勇也の頬は赤らんだ。
「ううん、……なんかカッコイイですよ」
瑞穂の口は微妙に引きつっていた。ばればれのフォローだった。
「……気を使わないでくれ」
勇也の背中には哀愁が漂っていた。
「あはは、嘘です。嘘です。じゃあこれは置いていきますね」
瑞穂は拳銃を部屋の隅に隠すように置いた。
「悪用されたら困りますから」
「……そうだな。さてそろそろ行くぞ」
「はい……えっ?」
瑞穂は頷いて、ドアをくぐろうとした。しかし、そこで時間が止まったように彼女は動かなくなった。
「どうした?」
「せっ、先輩っ、外!」
勇也はドアから外を覗き見た。
「なっ!?」
見渡す限りの人。それが駐在所を十重二十重に取り囲んでいた。皆一様にあの警官のような虚ろな目をしていた。
「……嘘だろ」
まるで島中の人間を集めたら、ここまで人数になるのだろうか。勇也たちに敵対する群集がそこにはいた。
「……先輩、どうしよう!?」
瑞穂の膝はがくがくと震えていた。顔も血の気が引いて青を通り越して白い。
群集が徐々に包囲の輪を縮めていく。
「……逃げるぞ!」
「どうやって逃げるんですか!? 逃げ道なんてありませんよ!」
恐慌を起こしかけているようなヒステリックな声を瑞穂が上げた。それが勇也を冷静にさせる。ここで自分までパニックになってしまえば、まず助からない。クールにいかなくてはならない。自分に活を入れる。
「任せろ。さっき俺が行ったここと家続きのところがある。そこから脱出できる!」
殊更、力強く断言した。
「行くぞ!」
「はっ……はい!」
二人が駆け出した直後、駐在所のドアは吹き飛んだ。命懸けの鬼ごっこの始まりだった。
「おし、到着!」
橋本は神社の鳥居の前に立っていた。彼はあれからほぼ全速力で走ってきたが、さして、呼吸も乱れていない。僅かにシャツが湿り気を帯びているが、その程度だった。
「さて、オレの剣ちゃん、待っていろよ」
神社に奉納してあった神剣は、彼にとって既に自分の物になっていた。
「ん?」
橋本は何かを発見した。
「こりゃぁ、なんだ?」
鳥居に向かって伸びる、十本の線。まるで獣が引っ張られる事を抵抗したみたいな痕だった。爪痕、その言葉がぴったり合うように思われた。気のせいか爪痕の周囲はどす黒いものが付着していた。
「変わった事もあるもんだな。それより、剣、剣」
彼の頭の中はそれ一色だった。
橋本は鳥居をくぐった。その途端、ぴりぴりとした肌をさす圧迫感が彼を襲った。凍えるような冷気。この感覚、覚えがある。
「……いるな」
彼の本能が警告を発していた。頭を戦闘用に切り替える。気配を消し、闇に同化する。今戦うのは得策ではない。得物を手にしてから存分と相手をしてやる。
橋本は足を急がした。しかし、それだけ急いで進んでいるというのに彼の足音はまったくしない。まるで、風が通り抜けたように、存在感がなかった。
拝殿が目の前に迫る。普通、神社は鳥居、拝殿、正殿から成り立っている。鳥居は門に相当し、外の世界と内の世界を隔てるもの。拝殿は、一般の参詣者がお参りするためのもの。そして、正殿または本殿と呼ばれる所は、その神社の神を祭っている。剣、鏡、玉などが神に代わる御霊代として奉納されているのだ。
今回橋本が用があるのは奉納されている剣。仮にも御霊代として祭られている剣である。対化け物用としての効果は絶大だろうと橋本は期待していた。
「ん?」
拝殿に近づくにつれ、誰かが賽銭箱の前に座っているのがわかった。橋本を認めたその人物はすくっと立ち上がった。姿の良い少年だった。
「よお、須藤。おまえ、こんな所にいたのか?」
橋本の口に思わず笑みが浮かぶ。大事な後輩が無事でいてくれて嬉しかったのだ。手の脅威を目の当たりにした後だけに、彼の存在はひとしおの喜びだった。
「……ええ」
須藤はくぐもった返事を返した。瞳は虚ろに揺れていて血走っていた。
「そうか、そうか。まあ無事でよかったわ」
「……ええ」
まるで、できの悪い人形みたいに須藤は返事を繰り返した。ここに至って橋本は須藤の様子がおかしいことに気づく。
「お前、どうかしたのか? 大丈夫か?」
橋本は須藤の傍に寄った。彼の顔色は土気色でどこか亡者を思わせた。普段がバラ色の血色のいい頬をしているため、その違いは明白だった。
「先輩……」
「――なんだ」
須藤の声。しゃがれた老婆のようだった。ここに至って、橋本の中に警戒心が生まれる。
須藤は口元が裂けそうな笑みを浮かべた。
橋本は危険を感じて、跳躍した。
その瞬間、彼が立っていたところから手が出現する。間一髪のタイミングだった。
着地した後、須藤と手を睨みつける。
「どういう事だ!? 須藤!」
しかし、彼は答えない。須藤の返事を代弁するかのように、さらに数多くの手が現れた。
「……それが、答えってわけか」
どういうわけだか分からない。だが、あの手は須藤を操っているようだ。虚ろな目。表情のない顔。笑顔が絶えないこまっしゃくれた後輩とは大違いだ。
「……まったく、面倒かけやがって、自分の身ぐらい自分で守れよな!」
筋肉馬鹿の超人は言った。皆が皆、彼ほど運動性能を持っていれば、それはそれで凄い世界だった。
(つまり、須藤は操り人形になっているってわけか。となると人形を攻撃しても、益はない。本体に直接ダメージを与えないとな。……その為には――)
手の一斉攻撃。視界を埋め尽くすが如く、何本もの手が襲い掛かってくる。しかし、橋本は下がらない。
手が彼の姿に重なった――そう見えた。
だが次の瞬間、橋本の姿は既にそこになかった。手を接触する刹那、残像まで残る速さで避けたのだ。
橋本はその勢いを殺さぬまま、拝殿を目指す。手が追って来る。賽銭箱の前にいる須藤とすれ違った。
その瞬間、須藤の手が動いて橋本を襲う。彼の手は爪が剥がれていて、皮膚が露出していた。
橋本はそれをかわしながら、肘打ちを須藤のわき腹に入れた。吹き飛ぶ須藤。
(悪く思うなよ!)
拝殿に上がりこんだ。奥には勇也が蹴破った襖が見えた。あそこに本殿がある。手が後ろに迫っていた。一刻の猶予もない。
橋本は本殿の中に転がり込んだ。
(見つけた!)
ぼろぼろのいかにも役にたたなそうな剣が、神棚に安置してあった。手は橋本のすぐ後ろに迫っていた。それを感じた橋本は剣に向かって跳躍する。
剣を――掴んだ。
橋本は体勢を入れ替えた。手と向かいあう。剣を鞘から抜こうとした。
しかし――
「ぬ、抜けない!?」
長い年月鞘の中に収まっていた剣はどうやら錆びているようだった。狭い部屋の中。逃げ場はない。襲い掛かってくる手たち。
「抜けろ! 抜けろ!」
鞘がカチカチとなる。だが一向に剣は抜けようとしない。
橋本の目の前に手はきていた。橋本の身体に絡みつく。
(ア・ブ・ナ・イ)
その瞬間、彼の頭の中で何かが切れた。
「ぬおおおおおおおおおおおおおお!」
魂の雄叫び。
同時にあれほど抜けなかった剣が抜けた。まるで剣が主と認めたように、今までが嘘のように抵抗がない。
橋本は手に切りつける。
「いける!」
剣に斬られた手は青白い光の粒子となって空に溶けていった。手は剣に怯んだように硬直する。それを逃す橋本ではない。
正眼に剣を構えたまま、手の群れに橋本は突っ込んだ。剣の間合いに入ったもの全て、切り裂いていく。面白いように切れる。その素晴らしい切れ味に感動が込み上げる。
斬り飛ばすたびに青い光が部屋の中に満ちた。
「これで……最後だ!」
手は瞬く間に数を減らしていた。橋本はその最後の一本になった手に切りつけた。青い粒子が宙を舞った。それは殺伐とした光景とは裏腹にひどく幻想的だった。
その光の中に佇む男、橋本宗次。彼の口元には満足げな笑みが浮かんでいた。目はきらきらと輝き、まるで宝物を発見した少年のようだった。
「…………斬るって……気持ち良いかも」
橋本は剣を見つめながら、うっとりと呟いた。
危ない男が誕生した瞬間だった。
しばらく剣を眺めていた橋本だったが、須藤のことを思い出した。拝殿まで歩いて戻ると、人影が大の字になって寝そべっている。
「おいっ、大丈夫か!? おい!? 須藤!」
橋本は須藤を抱き起こしながら、その身体を揺する。
「う……うう」
須藤が低いうめき声と共に、目を開けた。橋本はその目を見据えた瞬間、気づいた。彼は相変わらず濁った目をしていたのだ。
――人形
橋本は躊躇わず須藤の首元に剣の柄を振り下ろした。くてりと須藤は力を失った。
(……手は倒したんだがな。まだ本体は別にいるって事か……)
橋本は須藤を見下ろした。剣が月明かりを受けて煌めいた。
その時、須藤に変化が生まれた。口から青白い光が飛び出したのだ。ふわふわと彼の上を所在なさげに浮いていた。
「なんだこりゃ?」
橋本は剣でつんつんと突付こうとした。しかし、光は剣を嫌がるように逃げ惑う。面白くなって付回していると、光はある方向へ向かい始めた。急に速度を上げ、橋本を置き去りにする。
「まっ、待ちやがれ!」
橋本は光を追って反射的に駆け出した。後に気絶した須藤だけ残される。橋本の頭の中に須藤の事が残っていたかどうかは疑問である。
「……たぶん、こっちでいいと思うんだが」
瑞穂と勇也はまだ迷っていた。
慣れない島。なおかつ夜である。地理が分からない上に、やたらめったに逃走するために走り回った。そのせいで完全に迷子になってしまっていた。
「携帯も繋がんないし、なにかあったのかなぁ……」
瑞穂の不安そうな声。勇也も同じ気持ちだった。先程から携帯の電波状態は圏外になっており、一向に回復の気配を見せなかった。路上にある公衆電話でかけても、返ってきたのは電話はつなげないという機械音声の無機質な声だけだった。むろん、島の外や、110番、にもかけてみた。しかし、結果は同じだった。
「皆、無事だといいが……」
勇也も祈るような気持ちでいた。
《手》――アレは尋常な存在じゃない。
対抗手段は思いつかないが、せめて逃げるのに役立てばと、奔走していた。それなのに、いつまで経ってもたどり着かない。道を住民に聞こうとしても、人っ子一人いない。まるで、誰かに邪魔されている。そんな印象さえ受けた。
小さな島だが、人の足で移動するとなると、それなりに時間がかかる。海沿いに走って、知っている場所を探しているのだが、もう数十分間、そのような場所は見えてこない。走っては休み、休んでは走り。その繰り返し。瑞穂の体力もあるので、あまり無茶な事もできない。
疲労は別段ない。ただ、狂おしい焦燥感が胸を支配した。
「あったぁ!」
不意に瑞穂が素っ頓狂な声を上げた。
「なんだ?」
訝しげに勇也は立ち止まる。彼女が指差す先には、駐在があった。
「でかした、瑞穂!」
駐在所は闇の中にひっそり隠れるように佇んでいた。明りも何もついていない。知らないものが見ても、まず発見できないだろう。
「えへへ。やりましたぁ!」
瑞穂はガッツポーズ。二人して喜びあう。
駐在所は派出所と違い、二十四時間、警察官がいる。その場所に住み込んでいるため、このような緊急時かつ、他に警官がこられないような場所では大助かりだ。
勇也と瑞穂はさっそく駐在所のドアを叩いた。
「すみません!」
「すみませぇん!」
寝ていようがなんだろうが叩き起こすつもりでいた。がんがんとドアを叩きまくる。
しかし、反応がない。
「すみません! いないんですか!」
声を荒げてドアを叩く。勇也の声が夜の静寂を切り裂く。
「……先輩」
瑞穂が勇也の肩を遠慮がちにつつく。
「なんだ?」
相変わらず叩くのを止めないまま、勇也は返事を返した。
「あのー、開いてますけど」
「へっ?」
瑞穂は駐在所のドアをカラカラ横に滑らす。
「……ほんとだ」
「無用心ですね」
瑞穂は中を覗き込んでいた。
「まあ、駐在所に泥棒に入る、剛の者もいないだろう」
「クスッ、そうですね」
駐在所の中に入った。室内は暗く、人の気配がない。
「電灯のスイッチ、その辺りにないか?」
直接、蛍光灯の紐を引いてみたが反応がない。入り口のスイッチなのだろうか。
「あ、ありました。これですね」
瑞穂がカチっとスイッチを押す。
「点かないな」
「点きませんね」
どうやら停電のようだった。そう言えば、他の家屋も電気が点いていなかった。街灯は点いていたのでうっかりしていた。
「しょうがない、懐中電灯がないか探そう」
「なんだか、泥棒さんの気分ですね」
二人は探し始めた。それは、容易に発見できた。入り口のすぐ横に引っ掛けてあった。光量は小さいものの持ち運びが便利なハンドタイプが三つ置いてあった。それを二つ取る。一つを瑞穂に渡す。
「さて、どうしましょうか」
「念のため、もう一度、電話してみよう。もしかしたら、なんともなっていないかもしれない」
希望的観測だと分かりながらも言わずにはいられなかった。
『…………………』
だが、今度は配線自体が切断されているようで、電話は何の反応も示さなかった。
「先輩、停電しているから無理なんじゃないんですか……」
「……そうだよな」
嫌な予感がした。だがそれはあえて無視する。今は行動しなければならない。
「俺ちょっと、ここの家続きになっているところを見てくるよ。たぶん駐在さん寝てんだよ。瑞穂は悪いが地図を探しておいてくれ。たぶんあると思うから」
「はい、わかりました」
駐在所の突き当たりに奥に伸びる通路があった。たぶんこれが自宅と繋がっていると思う。
勇也はそこを懐中電灯で照らしながら歩いた。狭くはなかったが、薄暗い通路。その通路を抜けると一軒家があった。勝手口に繋がっていた。
「すみません!」
ノックをする。返事がない。やはり寝ているのだろうか。
「……失礼します」
この際、仕方がない。非礼を承知で上がらせて貰おう。勇也は勝手口で靴を脱ぎ、家の中に入った。
家の中を見て回る。居間、台所、トイレ、寝室。しかし、そのどこにも人の気配がなかった。どうやら、完全に留守のようだ。
「……ふぅ」
勇也から失望の溜息が漏れる。時間が随分経過していた。皆は大丈夫だろうか。
駐在に会う事は諦めて、勇也は瑞穂が待っている場所へ戻った。
「先輩! ありましたよぉ!」
勇也を出迎えたのは、瑞穂嬉しげな声だった。彼女の手には丸められた紙が握られていた。
「おお、見つけたか。どれどれ」
二人で頭をつつき合わせて、懐中電灯で地図を照らす。
そこには、島の詳細な地図があった。たぶん、駐在が書き込んだのだろう、細かい注釈がいたるところにあった。仕事に対する熱心さが伝わってくるようだった。
地図に因ると、この駐在所はフェリー乗り場から数百メートルの距離にあった。つまり、勇也達が海沿いに進んできたのは正解だと言えたのである。
「つまり、このまま海沿いの道を真っ直ぐ行けば良いんですよね」
「ああ、そうするとすぐにでもフェリー乗り場に出る。そこまで、行けば道は分かる!」
「じゃあ、すぐにでも行きましょう!」
瑞穂は地図を畳むと机の上に置いた。勇也も借りていた懐中電灯を返そうとする。しかし、思いとどまった。足元は随分暗い。せっかくだから、用が済むまで貸してもらおう。後で事情を話すとして、今はこれが必要だった。
「瑞穂、懐中電灯は持ったまま行くぞ」
「えっ、でも……いいんですか?」
彼女は上目遣いで尋ねてくる。
「まあ、非常事態だし、後で一緒に謝ろう」
「……はぁい。了解です!」
二人はそのまま外に出ようとした。
だが、急に目の前に影が落ちた。
「何をしているのかね?」
人がいた。その人は日本全国で見慣れた青い制服を着ていた。
「お巡りさん!」
瑞穂が駆け寄ろうとする。反射的に勇也の手が動いた。瑞穂の動きを止める。
「先輩!?」
頭のどこかが警告を発していた。
――こいつ何かがおかしくはないか。
まじまじと警官を見る。特に変な所は見られない。なんで自分はおかしいと思ったのだろう。勇也は自分の状態に困惑する。先程から感覚が妙に鋭角化していた。
謝ろうと警官の目を見た瞬間、気づいた。
死んだ魚のような目。生気のない濁った目。
『――傀儡だ』
内なる声がするのと同時に、勇也は持っていた懐中電灯を警官に向けて投げつけた。それは、警官の手にあたり、彼が抜いた拳銃が弾けとぶ。
同時に接近、側頭部を鉛入りの竹刀で打ち据えた。吹き飛ぶ警官。
「なんてことを……」
瑞穂は絶句していた。顔を青くして、倒れた警官を見ている。
「よく見ろ! こいつは俺たちを撃とうとしたんだ!」
傍に転がっていた拳銃が何より雄弁に勇也の主張を裏付けていた。
「どうして……そんな事を?」
「分からん。ただ何となくだが、さっきの手と関係しているような気がするんだ」
呆然としていた瑞穂だったが、寂しげな目をして呟いた。
「どうして、私たち……こんな目に遭わなくちゃならないんでしょうね」
勇也の中に訳も分からず罪悪感が込み上げてきた。とてもすまない事を瑞穂にしている気分になった。
「……すまん」
「なんで、先輩が謝るんですか。全然悪くないじゃないですか」
「いや……なんでだろ……。なんか謝んなきゃいけないような気がしてな。とにかくすまん!」
勇也は瑞穂に頭を下げた。
「……よく、わかりませんけど……頭をあげてください。謝られる理由がありませんよ」
「うん、まあ、そうだよなぁ」
「もう、先輩ったら」
瑞穂はクスクス笑っている。この子には寂しげな顔よりも笑顔が似合っているなと勇也は思った。
「よし、じゃあ、行こうか! 宿舎に戻らなくてはならないし、いつこんな警官みたいな奴と出くわすか分からない」
勇也は懐中電灯を拾い、スイッチをつける。
「あのぉ、先輩。これどうしますか?」
「いっ!?」
瑞穂の手の中には拳銃があった。チャキっと構える。それは何故か様になっていた。
「……それはまずいでしょぉ」
「あ、やっぱりそうですよね」
瑞穂はテレ笑いを浮かべていた。本当は持っていく気だったのかもしれない。
「でも、役に立ちそうだけどなぁ」
未練たらたらだった。
「いや、あまり役に立たないと思うぞ」
「どうしてですか。拳銃ですよ。弾が出て、バーンと敵を蹴散らすんですよ!」
瑞穂の言葉には力がこもっていた。そういえば、以前瑞穂がガンシューティングのゲームを好きだと言っていたのを思い出す。勇也の頬に一滴、汗が伝った。
「うーん、どう説明したらいいか分からないけど……俺が竹刀で手に打ち込んだだろ」
「はい」
「手ごたえがあまりなくてな。手の力の方向性はずらす事ができるんだけど、そのものには少しもダメージを与えられてなかったと思うんだ。だから、威力を増そうが物理攻撃では無理だと思うぞ」
「へぇぇぇ」
ぽかんとして瑞穂が見つめてくる。
「……なんだ?」
そんなに見られると決まりが悪かった。
「なんだか、先輩凄い事言っていますよ。物理攻撃とか」
「うっ、変か?」
少し自覚があっただけに勇也の頬は赤らんだ。
「ううん、……なんかカッコイイですよ」
瑞穂の口は微妙に引きつっていた。ばればれのフォローだった。
「……気を使わないでくれ」
勇也の背中には哀愁が漂っていた。
「あはは、嘘です。嘘です。じゃあこれは置いていきますね」
瑞穂は拳銃を部屋の隅に隠すように置いた。
「悪用されたら困りますから」
「……そうだな。さてそろそろ行くぞ」
「はい……えっ?」
瑞穂は頷いて、ドアをくぐろうとした。しかし、そこで時間が止まったように彼女は動かなくなった。
「どうした?」
「せっ、先輩っ、外!」
勇也はドアから外を覗き見た。
「なっ!?」
見渡す限りの人。それが駐在所を十重二十重に取り囲んでいた。皆一様にあの警官のような虚ろな目をしていた。
「……嘘だろ」
まるで島中の人間を集めたら、ここまで人数になるのだろうか。勇也たちに敵対する群集がそこにはいた。
「……先輩、どうしよう!?」
瑞穂の膝はがくがくと震えていた。顔も血の気が引いて青を通り越して白い。
群集が徐々に包囲の輪を縮めていく。
「……逃げるぞ!」
「どうやって逃げるんですか!? 逃げ道なんてありませんよ!」
恐慌を起こしかけているようなヒステリックな声を瑞穂が上げた。それが勇也を冷静にさせる。ここで自分までパニックになってしまえば、まず助からない。クールにいかなくてはならない。自分に活を入れる。
「任せろ。さっき俺が行ったここと家続きのところがある。そこから脱出できる!」
殊更、力強く断言した。
「行くぞ!」
「はっ……はい!」
二人が駆け出した直後、駐在所のドアは吹き飛んだ。命懸けの鬼ごっこの始まりだった。
「おし、到着!」
橋本は神社の鳥居の前に立っていた。彼はあれからほぼ全速力で走ってきたが、さして、呼吸も乱れていない。僅かにシャツが湿り気を帯びているが、その程度だった。
「さて、オレの剣ちゃん、待っていろよ」
神社に奉納してあった神剣は、彼にとって既に自分の物になっていた。
「ん?」
橋本は何かを発見した。
「こりゃぁ、なんだ?」
鳥居に向かって伸びる、十本の線。まるで獣が引っ張られる事を抵抗したみたいな痕だった。爪痕、その言葉がぴったり合うように思われた。気のせいか爪痕の周囲はどす黒いものが付着していた。
「変わった事もあるもんだな。それより、剣、剣」
彼の頭の中はそれ一色だった。
橋本は鳥居をくぐった。その途端、ぴりぴりとした肌をさす圧迫感が彼を襲った。凍えるような冷気。この感覚、覚えがある。
「……いるな」
彼の本能が警告を発していた。頭を戦闘用に切り替える。気配を消し、闇に同化する。今戦うのは得策ではない。得物を手にしてから存分と相手をしてやる。
橋本は足を急がした。しかし、それだけ急いで進んでいるというのに彼の足音はまったくしない。まるで、風が通り抜けたように、存在感がなかった。
拝殿が目の前に迫る。普通、神社は鳥居、拝殿、正殿から成り立っている。鳥居は門に相当し、外の世界と内の世界を隔てるもの。拝殿は、一般の参詣者がお参りするためのもの。そして、正殿または本殿と呼ばれる所は、その神社の神を祭っている。剣、鏡、玉などが神に代わる御霊代として奉納されているのだ。
今回橋本が用があるのは奉納されている剣。仮にも御霊代として祭られている剣である。対化け物用としての効果は絶大だろうと橋本は期待していた。
「ん?」
拝殿に近づくにつれ、誰かが賽銭箱の前に座っているのがわかった。橋本を認めたその人物はすくっと立ち上がった。姿の良い少年だった。
「よお、須藤。おまえ、こんな所にいたのか?」
橋本の口に思わず笑みが浮かぶ。大事な後輩が無事でいてくれて嬉しかったのだ。手の脅威を目の当たりにした後だけに、彼の存在はひとしおの喜びだった。
「……ええ」
須藤はくぐもった返事を返した。瞳は虚ろに揺れていて血走っていた。
「そうか、そうか。まあ無事でよかったわ」
「……ええ」
まるで、できの悪い人形みたいに須藤は返事を繰り返した。ここに至って橋本は須藤の様子がおかしいことに気づく。
「お前、どうかしたのか? 大丈夫か?」
橋本は須藤の傍に寄った。彼の顔色は土気色でどこか亡者を思わせた。普段がバラ色の血色のいい頬をしているため、その違いは明白だった。
「先輩……」
「――なんだ」
須藤の声。しゃがれた老婆のようだった。ここに至って、橋本の中に警戒心が生まれる。
須藤は口元が裂けそうな笑みを浮かべた。
橋本は危険を感じて、跳躍した。
その瞬間、彼が立っていたところから手が出現する。間一髪のタイミングだった。
着地した後、須藤と手を睨みつける。
「どういう事だ!? 須藤!」
しかし、彼は答えない。須藤の返事を代弁するかのように、さらに数多くの手が現れた。
「……それが、答えってわけか」
どういうわけだか分からない。だが、あの手は須藤を操っているようだ。虚ろな目。表情のない顔。笑顔が絶えないこまっしゃくれた後輩とは大違いだ。
「……まったく、面倒かけやがって、自分の身ぐらい自分で守れよな!」
筋肉馬鹿の超人は言った。皆が皆、彼ほど運動性能を持っていれば、それはそれで凄い世界だった。
(つまり、須藤は操り人形になっているってわけか。となると人形を攻撃しても、益はない。本体に直接ダメージを与えないとな。……その為には――)
手の一斉攻撃。視界を埋め尽くすが如く、何本もの手が襲い掛かってくる。しかし、橋本は下がらない。
手が彼の姿に重なった――そう見えた。
だが次の瞬間、橋本の姿は既にそこになかった。手を接触する刹那、残像まで残る速さで避けたのだ。
橋本はその勢いを殺さぬまま、拝殿を目指す。手が追って来る。賽銭箱の前にいる須藤とすれ違った。
その瞬間、須藤の手が動いて橋本を襲う。彼の手は爪が剥がれていて、皮膚が露出していた。
橋本はそれをかわしながら、肘打ちを須藤のわき腹に入れた。吹き飛ぶ須藤。
(悪く思うなよ!)
拝殿に上がりこんだ。奥には勇也が蹴破った襖が見えた。あそこに本殿がある。手が後ろに迫っていた。一刻の猶予もない。
橋本は本殿の中に転がり込んだ。
(見つけた!)
ぼろぼろのいかにも役にたたなそうな剣が、神棚に安置してあった。手は橋本のすぐ後ろに迫っていた。それを感じた橋本は剣に向かって跳躍する。
剣を――掴んだ。
橋本は体勢を入れ替えた。手と向かいあう。剣を鞘から抜こうとした。
しかし――
「ぬ、抜けない!?」
長い年月鞘の中に収まっていた剣はどうやら錆びているようだった。狭い部屋の中。逃げ場はない。襲い掛かってくる手たち。
「抜けろ! 抜けろ!」
鞘がカチカチとなる。だが一向に剣は抜けようとしない。
橋本の目の前に手はきていた。橋本の身体に絡みつく。
(ア・ブ・ナ・イ)
その瞬間、彼の頭の中で何かが切れた。
「ぬおおおおおおおおおおおおおお!」
魂の雄叫び。
同時にあれほど抜けなかった剣が抜けた。まるで剣が主と認めたように、今までが嘘のように抵抗がない。
橋本は手に切りつける。
「いける!」
剣に斬られた手は青白い光の粒子となって空に溶けていった。手は剣に怯んだように硬直する。それを逃す橋本ではない。
正眼に剣を構えたまま、手の群れに橋本は突っ込んだ。剣の間合いに入ったもの全て、切り裂いていく。面白いように切れる。その素晴らしい切れ味に感動が込み上げる。
斬り飛ばすたびに青い光が部屋の中に満ちた。
「これで……最後だ!」
手は瞬く間に数を減らしていた。橋本はその最後の一本になった手に切りつけた。青い粒子が宙を舞った。それは殺伐とした光景とは裏腹にひどく幻想的だった。
その光の中に佇む男、橋本宗次。彼の口元には満足げな笑みが浮かんでいた。目はきらきらと輝き、まるで宝物を発見した少年のようだった。
「…………斬るって……気持ち良いかも」
橋本は剣を見つめながら、うっとりと呟いた。
危ない男が誕生した瞬間だった。
しばらく剣を眺めていた橋本だったが、須藤のことを思い出した。拝殿まで歩いて戻ると、人影が大の字になって寝そべっている。
「おいっ、大丈夫か!? おい!? 須藤!」
橋本は須藤を抱き起こしながら、その身体を揺する。
「う……うう」
須藤が低いうめき声と共に、目を開けた。橋本はその目を見据えた瞬間、気づいた。彼は相変わらず濁った目をしていたのだ。
――人形
橋本は躊躇わず須藤の首元に剣の柄を振り下ろした。くてりと須藤は力を失った。
(……手は倒したんだがな。まだ本体は別にいるって事か……)
橋本は須藤を見下ろした。剣が月明かりを受けて煌めいた。
その時、須藤に変化が生まれた。口から青白い光が飛び出したのだ。ふわふわと彼の上を所在なさげに浮いていた。
「なんだこりゃ?」
橋本は剣でつんつんと突付こうとした。しかし、光は剣を嫌がるように逃げ惑う。面白くなって付回していると、光はある方向へ向かい始めた。急に速度を上げ、橋本を置き去りにする。
「まっ、待ちやがれ!」
橋本は光を追って反射的に駆け出した。後に気絶した須藤だけ残される。橋本の頭の中に須藤の事が残っていたかどうかは疑問である。
プロフィール
- ニックネーム
- ケイロン
- 性別
- 男
- 血液型
- A型
- 生年月日
- 19○○年5月23日
- 現住所
- 岡山のどこか
- 所在地
- 岡山のどこか
- 職業
- 教師っぽいこと
- 自己紹介
- 小説を読むのも書くのもすきなのでHPを立ち上げました。
お時間が許すのなら、作品を読み、感想でもいただけたら嬉しいです。
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