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いつか出会うだれかのために(完結)


4章

 それから一ヵ月後―
「さて、お前もずいぶん慣れたようだな」
 洋介の言葉が示すように光一の体は少しだが変化していた。これも、毎日のトレーニングの成果だった。一ヶ月間で痩せられたのはせいぜい五キロ程度だったが、弛んでいた体が少しずつ締まってきたような気がする。そして同時に得られた事がある。それは、継続は力なりの言葉の意味を知り、その成果を身を持って体験した事だ。トレーニングは一番成果がわかりやすいもの。光一はがんばれば少しづつだが変われるかもしれないという希望を肌で感じていた。
「ではダイエットと並行して第二段階に入る。それは、知性だ! 光一、今学年順位は何番だ?」
「えっと、下から数えた方が早いけど…」
 洋介はその答えでは満足しなかった。催促するように目で促す。ここで行動しなければ大変な目に遭わされることはすでに特訓中に学んだ事だ。
「394人中、385位です!」
「うむ、客観的にみてバカだな、ちなみにお前が好きな子は?」
「ほとんど十番以内だそうです…」
 あらためて京香との違いを見せつけられたようで光一はうなだれる。
「まあ、そんなに悲観したものでもないんだがな。よし光一、次の目標は学力だ!」
「は……、はぁ…」
 バッシィィィィン――お馴染みになった衝撃が頭に走る。今日も竹刀の振りは快調のようだ。
「なんだぁ、そのやる気がない声は!?」
「だって、勉強本当にわからないんだよ!」
 思わず口答えをしてしまった。次に来るであろう衝撃に身をすくめる。しかし、光一の予想に反して攻撃は飛んでこない。ハテナマークを顔に浮かべながら洋介を見る。
「光一、勉強できないのは何故だと思う?」
「えっ、やっぱり馬鹿だから」
 その答えを聞くと洋介はにやりと笑った。
「うむ、確かに馬鹿だな」
「うん……」
 言われなくてもわかっていた。中学まではそこそこできたのに高校に入ってからはほとんどわからなくなっていた。
「ああ、本当に馬鹿だ。自分をそう思い込んでいる時点でな」
「えっ?」
「勉強がわからなくなったのはいつ頃だ? たぶん、最初の中間テスト辺りからじゃないか?」
 光一は驚愕した。確かに光一はその時期から勉強ができなくなっていた。なんで、そんな事がわかるのか。
「なんで、わかるのかって顔をしているな。それはな、高校に入ってできなくなった奴がかかる自己暗示の一種に当てはまっているからだ。中学の頃の順位と比較して急に落ち込んだ。これはある意味当たり前の事なんだ。自分と同レベルの奴らがいるからな。ここで、暗示にかかる。ああ勉強は難しいと」
 洋介が言っている事はわからなくはなかった。しかし、勉強しようとしてもさっぱりわからなかった。そんな光一を嘲笑うように話を続ける。
「さらに二重暗示に陥いってしまう。そう、予習復習の欠如だ。高校の勉強は普通、予習をしている事を大前提に行われている。中学みたいにテスト前に集中的にやれば点が取れるわけがない。つまり、日々の積み重ねだ。これができてないからテスト前になって一生懸命勉強しても点が取れないといった事態が生まれてくる。そして、あー、なんて勉強は難しいんだろうと嘆く。やってもいないのにな」
 ぐうの音も出なかった。確かに毎日勉強した覚えなどなかった。限界までやったという記憶すらなかった。それなのに、自分はできないと決め付けて、そのレッテルにも甘んじていた。しかし、カラクリをといてしまえばこんなものだ。光一は熱っぽい視線を洋介にそそいだ。
「じゃ、じゃあ、今からでも勉強できるようになるのかな」
期待を込めて言う。
「甘い、甘すぎる! そんなにすぐに追いつけるものなら、今まで真面目にやってきた奴らはどうする? その時間が埋まるはずがなかろう」
 返ってきたのは無情な答えだった。しかし、兄が確信もなくこういう話をするわけがない。待ちかねるように続きを促す。
「ふっ、お前もわかってきたようだな。つまり、正攻法でダメなら裏技を使えばいい!」
「その、裏技とは!?」
 光一は聞きたくて仕方がなかった。そんな彼をじらすように洋介はゆっくりと息をつく。
「学校の勉強が日々の積み重ねだとしたら、その反対に浪人生のための受験システムがあるだろ」
「あっ、もしかしたら!?」
「ご明察、予備校だ」
 なあんだと光一は思った。兄にしては随分普通の事を言う。光一の思いが伝わったのか頬にお決まりの衝撃が走った。
「話は最後まで聞け!」
 洋介が声を張り上げる。
「予備校のいい所は基礎から応用まで系統的に一度頭に入れる事ができることだ。これにより記憶の整理がしやすくなる。記憶とは叙情記憶と体験記憶の二種類に大別される。叙情記憶とは一般的に知識を指す。そして体験記憶とは読んで字のごとく体験の記憶だ。学校勉強の本質とは主に叙情記憶をさし、知識を理解として深く掘り下げる事にある。しかし、予備校はこの限りではない。体験記憶としての知識の表層を舐めるにすぎない」
「じゃあ、あまりたいした事ないんじゃ――」
 竹刀が飛んできた。鼻だった。痛かった。
「素人の浅はかさよ。兄は悲しいぞ! 既に勉強ができるやつらと肩を並べるには今から普通にやっていても間に合わない。言い方は悪いが余分な枝葉を取り除き、必要なものだけ抽出しなければならないのだ。この方法でやれば高校の全範囲をカバーするのは通常の三分の一! 今からでも充分に間に合う事ができる!!」
 そうか、間に合うのか。鼻血をぬぐいつつも光一の心に期待が満ちた。
「確かに天才はいる。普通の人が十やればできることを一でできる奴がいる。そういう奴には決してかなわない。しかし、高校の勉強自体は普通の学生を対象に設定されている。つまり、皆にできるようにしているのだ。やればできる! 必ずできる!! 目標は定まったら後はやるだけだ。いくぞ!」
「師匠! 僕は…やります、やりぬいてみせます」
 がしっとお互いの手を握り合う。男達は熱い涙を流した。しかし、光一の鼻血は止まってなかった。

プロフィール

ニックネーム
ケイロン
性別
血液型
A型
生年月日
19○○年5月23日
現住所
岡山のどこか
所在地
岡山のどこか
職業
教師っぽいこと
自己紹介
小説を読むのも書くのもすきなのでHPを立ち上げました。
お時間が許すのなら、作品を読み、感想でもいただけたら嬉しいです。

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