いつか出会うだれかのために(完結)
5章
半年後――
光一は高校三年生になっていた。計画は順調に進み体重は90キロまで落とされ、身体も引き締まってきていた。成績の方も最初は効果が上がらなかったが三ヵ月後にいきなり効果が出て100番代にまで上がっていた。これらの結果は光一に少なからず自信を与えていた。やってやれない事はない。できないのは自分の努力が足りないだけ。半年前の自分からは考えられないほど前向きになっていた。
時刻は朝の五時。もう習慣になっている起床の時間だ。洗面台に行って顔を洗い、口をゆすぐ。その後パジャマから空手の胴着に着替える。始めに兄に渡されたものだ。そして家の前でゆっくり準備運動を始める。最初の頃は少し走っていただけで疲れていたのに今では二時間歩かずに完走できる。思えばすごい進歩だ。
光一はゆっくりと走り出す。しかし――
ベチャ―
一歩踏み出したところでこけた。急速に近づいてきた地面とあっと思う間もなくキスをした。
「いたたたた…」
何につまずいたのだろか。慌てて辺りを見渡すとジャージにハチマキサングラスの洋介がいた。
「おはよう!」
肩に竹刀を担いで言う。さわやかに歯がきらりと輝いた。どうやら、竹刀で引っ掛けられたようだ。
「ひどいよ、兄ちゃん!」
顔を押さえながら文句を言う。対して洋介は聞こえないというポーズを取る。なおも問い詰めようとする。しかしギラリとした視線が視界に入った。慌てて距離を取る。
「何か言ったかな、こういちクーン?」
「いえ、なんでもないです!」
今確かに視線に殺気が感じられた。光一の自己防衛本能はすばやく働き、低姿勢になった。兄の戦闘モードだ。逃げるしかない。これも特訓の成果と言えるかもしれない。
「よし、朝早くからご苦労さん。今日から、第三段階入る」
何事もなかったように洋介は続ける。次の段階だ。待ちわびたステップアップに光一の胸は躍った。
「と、その前に確認したい事がある」
「何?」
「最終目標はお前の好きな人を惚れさせる事でいいんだよな?」
その言葉で光一の心に河井京香の事が浮かび上がる。あいにく三年になってからはクラスが違ったため、頻繁に見る事はできなくなっていた。酷い目に遭わされた。それでも彼女が好きなんだ。あのころから自分の想いは、少しも変わってはいない。
「はい!」
一片の迷いも感じさせない口調で答える。そんな光一を少しまぶしそうに洋介は見た。昔を懐かしむように、光一を通して別の物を見ているようであった。
「そうか……。お前の覚悟は受け取った! では、第三段階の前に、計画の全容を説明する!!」
何かをふっきたように洋介の口は滑らかに回転し始めた。
「まず、ターゲットの名前は河井京香、相違ないな?」
「はい!」
「最終目標は彼女を惚れさせてラブラブな状態させることだ!」
「ラ………ラブラブ?」
洋介の口から出てきたカタカナ四文字に顔を赤らめる。そんな光一をお決まりの衝撃が襲った。しかし、こんどは目だった。
「目がーーー、目がーーーー!」
ごろごろとのたうち回る。目から光線が出そうだった。そんな光一に駄目押しするようにバシバシと竹刀の音が響く。
「言ってる俺が恥ずかしいのにお前が照れんなぁーーー!」
洋介が顔を真っ赤にして叫ぶ。しかし、そんな事は光一には聞こえない。両目を押さえ地面を転げまわっているからだ。
「ぜぇぜぇぜぇぜぇ……………、て、なんでお前、地面に寝てんだ…?」
ひとしきり叩きまくって満足したのか洋介はさわやかに笑った。
いっぺん殴っちゃろうか、こいつ。目の周りを真っ赤に腫らしながら真剣に光一は思った。
「に・・・にいちゃん。ひどいっす……」
聞こえないというように顔をそむける。なおも恨みがましそうな目をする光一に洋介はにっこりと笑った。その笑顔を見た瞬間、背中に冷や汗が滑り落ちる。時に笑顔は怒りのの表情より怖いものだ。いつか聞いた言葉が胸を去来する。
「なにか、まだ、あるか?」
洋介は少しも笑顔を崩さぬまま聞いてきた。ちなみに目だけ笑っていない。
「いえ……、なんでもないっす………」
すいっと目をそらした。心の中をるるるーとした風が流れていた。
「では、続きを話す! 大まかに説明すれば、一段階目が体、二段階目が知力、三段階目が心、四段階目がその他の教養全般だ。今、お前は第二段階まで同時進行している。そしてこれから迎えるのが最も重要な三段階目だ。」
いきなり真剣になった洋介に少しついていけなかったががんばって聞く。
「さて、この全部が終了する頃はだいたい高校三年の冬!クリスマスの前には必ず終わらせるつもりだ!」
クリスマス――一年の内、恋人達のもっとも大事なイベント。そうか、その日に劇的に告白するのか。光一の中で妄想が膨らんでいった。
雪が降る教室。彼女と二人でいるボク。ねえ、光一君さむくない? そう言って彼女は肩を寄せてきた。いや、寒くなんてないさ。ボクは言う。どうして? 彼女が愛らしい顔をかしげた。だって心があったかいからさ。そう言って抱きしめた。
(なあんて事になったらどうしよう)
くねくねと不気味に体を動かす光一であった。
「そして、このターゲットと接触する時期は、来年の四月とする」
そんな光一を断ち切るように洋介の無情な声がひびく。その答えに光一は当惑した。そんな事をしたら卒業して彼女と会えなくなってしまう。クリスマスの彼女と暖め合うという夢が。当然抗議する。
「でも、高校卒業しちゃうんじゃ…」
「うむ、当然の事だ」
洋介は全然かまってくれなかった。光一の頭の中で妄想がガラスのように音をたてて砕け散った。
「お前は卒業して違う場所で逢うのだからな」
「えっ、違う場所って……?」
一条の光が差し込んだ。もしかして卒業式の会場とか、新たな妄想がスタートしそうだった。
「むろん、大学だ!」
光りは無情にも消えてしまった。大学――たしか彼女の志望校はW大やK大だったような気がする。成績は上がってきているがそこまで自分の成績は伸びるのだろうか。不安がそのまま顔に出る。それを見て洋介の額にピキッと青筋が走った。
「どうやら俺を信じられないようだなぁ」
さながら悪鬼の声音で語りかけてくる。いかん、このままでは生命が危うい。
「いっ、いえ、師匠! そんなことはありません!」
いやがおうにも力が入った。以前、これと同じ状況で地獄の千年殺しをやられたことがある。痛みでその晩眠れなかった事は記憶に新しい。それに今日はダメージをくらい過ぎている。これ以上はさすがに危険だ。
「そうか……?」
「はい、もちろんです!」
精一杯笑顔を浮かべる。まだ疑惑があったようだが話を進める事を選択したようだ。
「まあ、よかろう。学力の面では俺の計算では十分すぎるほど間に合う。わざわざ、大学に設定したのはお前の変身に違和感をなくすためだ。考えてもみろ。整形で変化が著しいのにそれがばれないわけがない」
「そう…だよね…」
「ああ、ただでさえ日本人は、整形に対する嫌悪感がある。これはもう偏見と言っていいかもしれない。それによって救われた奴が何人いようとおかまいなしにだ。鏡を見てため息をつくぐらいならいっそ変えてしまえばいい。変身の代価は数百万円のはした金。それで、自分に自信が持てるなら安すぎる出費だ」
洋介は顔をしかめ、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱した。横顔が酷く寂しそうに見えた。そういえば自分は兄の事を良く知らない。洋介自身、あまり自分の事を話したがらなかったせいもある。しかし、生きて行動する限りドラマは生まれる。そこには悩みがあり、喜びがあり、命の力が溢れている。洋介の歩んだ道はどのようなものだったのだろうか。ひどく光一は気になった。
「お前が整形するのは卒業後。その時期は計画の最終段階と取ってもらってもかまわない。それまで俺についてこられれば変身は完了する」
今の自分ならこのままやれる。京香に振られた頃の情けない自分とは一線を画しているはずだ。兄が自分のために道を示してくれる。本当なら自分で考えなければならなかったのにだ。そして、その上を順調に進んでいる。恐れるものなど何もない。
「やりますよ、俺…」
もうボクなんて使わない。自分に甘えるのも止めた。こんなにもがんばっている兄に応えてみせる。光一は今にも溢れ出しそうなエネルギーを感じていた。そんな彼を見て洋介は少し意外そうな表情を浮かべる。しかしそれはすぐに収まり、口元は徐々に笑みを形作っていった。
「弟子よ! 黙って俺について来い! 残り一年、今は前に進む事だけを考えろ!!」
「はい!」
男達の熱き誓いだった。
「では、第三段階だ。お前にはこれを着てもらおう!」
取り出したのは、どこかで見たことがあるようなものだった。強烈なばね。それを補強するような皮ベルト。どこからどうみてもアレだった。
「兄ちゃん、これ養成ギブ―――」
ヒュン――
顔すれすれに見えない何かが通り過ぎていった。あかん、これ以上はあかん。本能が警告を発していた。
「それ以上いうんじゃない。著作権に関わるだろうが!」
「兄ちゃん、でも……」
なおも黙らない光一に洋介はどこからか取り出した、ちゃぶ台を投げつけた。
「それをつけたら父ちゃんと呼べぇぇぇぇ!」
完全に目がイっていた。炎が浮かんでいた。
「はは…はははは……」
光一は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「なぜ、これを渡したかと言うとだな、ある偉大な人がこう言った。『姿勢の悪い事は心の悪さに通じる』こんな言葉があるくらい姿勢って奴は大事なものだ。第三段階では心をテーマにしているが、これは一見、わからない。だからこそ、心の正しさのイメージ作りが肝心なんだ」
いきなり素に戻って語りだす。どうやらこっちの世界に返ってきたようだ。
「に……父ちゃん。質問です。偉大な人って誰ですか?」
そんなはなし聞いた事がなかった。一体誰なんだろうか。古代の偉大な詩人かなんかだろうか。
「俺だ!」
まだあっちの世界から帰ってきてなかったようだ。相変わらず目の中の炎は燃えて続けていた。
「というのは冗談だ。まあこれは姿勢矯正ギブスと呼んでおこうか。光一、お前は猫背だからせっかくの背の高さが生かせない。猫背と言うのはな、卑屈そうに見えるだけではなく、健康にも悪い。だから直さなくてはならないのだ。さあ、つけろ!」
言われたとおり着けてみる。そして、違和感に気づいた。
「こ…これ重い……」
動けなかった。ばねが自分の体をぎゅうぎゅうと締め付け身動きできないようにしていた。おまけに鉛が何個も埋め込まれているようですごく重い。
「当然だ。俺が夜なべして作ったんだ。効果が薄いものを作るはずがない。そいつには三つの効果がある。一つ目にはさっきも言ったように姿勢の矯正。二つ目には潜在的体力の強化。そして三つ目はたゆまぬ重圧に負けない根性をつけることだ」
この役にたたなさそうな養成ギ○スにそこまで意味がこめられていたのか。光一は呆れるを通り越して感動してしまった。
「そして、これをつけながら、第四段階である教養も身に付けていく。会話、法律、センス、俺が持っている全てをお前に叩き込んでみせる!」
「兄ちゃん……」
洋介に尊敬のまなざしを向ける。なんてすごいんだ。そこまで考えているなんて。
しかし、迎えたのは目にも止まらぬ竹刀の攻撃だった。しかも今回はちゃぶ台からダイブして加速がついている。
「父ちゃんと呼べと言ったろうが」
まだ、返ってきていなかった。
結局この日、洋介はずっとこんな調子だった。後になってわかった事だが、洋介の部屋に巨○の星が山積みにされていた。そして、書きなぐりの字で魔球の投げ方というメモがあった。もちろん光一がそれをくしゃくしゃにして捨てたのは言うまでもない。
光一は高校三年生になっていた。計画は順調に進み体重は90キロまで落とされ、身体も引き締まってきていた。成績の方も最初は効果が上がらなかったが三ヵ月後にいきなり効果が出て100番代にまで上がっていた。これらの結果は光一に少なからず自信を与えていた。やってやれない事はない。できないのは自分の努力が足りないだけ。半年前の自分からは考えられないほど前向きになっていた。
時刻は朝の五時。もう習慣になっている起床の時間だ。洗面台に行って顔を洗い、口をゆすぐ。その後パジャマから空手の胴着に着替える。始めに兄に渡されたものだ。そして家の前でゆっくり準備運動を始める。最初の頃は少し走っていただけで疲れていたのに今では二時間歩かずに完走できる。思えばすごい進歩だ。
光一はゆっくりと走り出す。しかし――
ベチャ―
一歩踏み出したところでこけた。急速に近づいてきた地面とあっと思う間もなくキスをした。
「いたたたた…」
何につまずいたのだろか。慌てて辺りを見渡すとジャージにハチマキサングラスの洋介がいた。
「おはよう!」
肩に竹刀を担いで言う。さわやかに歯がきらりと輝いた。どうやら、竹刀で引っ掛けられたようだ。
「ひどいよ、兄ちゃん!」
顔を押さえながら文句を言う。対して洋介は聞こえないというポーズを取る。なおも問い詰めようとする。しかしギラリとした視線が視界に入った。慌てて距離を取る。
「何か言ったかな、こういちクーン?」
「いえ、なんでもないです!」
今確かに視線に殺気が感じられた。光一の自己防衛本能はすばやく働き、低姿勢になった。兄の戦闘モードだ。逃げるしかない。これも特訓の成果と言えるかもしれない。
「よし、朝早くからご苦労さん。今日から、第三段階入る」
何事もなかったように洋介は続ける。次の段階だ。待ちわびたステップアップに光一の胸は躍った。
「と、その前に確認したい事がある」
「何?」
「最終目標はお前の好きな人を惚れさせる事でいいんだよな?」
その言葉で光一の心に河井京香の事が浮かび上がる。あいにく三年になってからはクラスが違ったため、頻繁に見る事はできなくなっていた。酷い目に遭わされた。それでも彼女が好きなんだ。あのころから自分の想いは、少しも変わってはいない。
「はい!」
一片の迷いも感じさせない口調で答える。そんな光一を少しまぶしそうに洋介は見た。昔を懐かしむように、光一を通して別の物を見ているようであった。
「そうか……。お前の覚悟は受け取った! では、第三段階の前に、計画の全容を説明する!!」
何かをふっきたように洋介の口は滑らかに回転し始めた。
「まず、ターゲットの名前は河井京香、相違ないな?」
「はい!」
「最終目標は彼女を惚れさせてラブラブな状態させることだ!」
「ラ………ラブラブ?」
洋介の口から出てきたカタカナ四文字に顔を赤らめる。そんな光一をお決まりの衝撃が襲った。しかし、こんどは目だった。
「目がーーー、目がーーーー!」
ごろごろとのたうち回る。目から光線が出そうだった。そんな光一に駄目押しするようにバシバシと竹刀の音が響く。
「言ってる俺が恥ずかしいのにお前が照れんなぁーーー!」
洋介が顔を真っ赤にして叫ぶ。しかし、そんな事は光一には聞こえない。両目を押さえ地面を転げまわっているからだ。
「ぜぇぜぇぜぇぜぇ……………、て、なんでお前、地面に寝てんだ…?」
ひとしきり叩きまくって満足したのか洋介はさわやかに笑った。
いっぺん殴っちゃろうか、こいつ。目の周りを真っ赤に腫らしながら真剣に光一は思った。
「に・・・にいちゃん。ひどいっす……」
聞こえないというように顔をそむける。なおも恨みがましそうな目をする光一に洋介はにっこりと笑った。その笑顔を見た瞬間、背中に冷や汗が滑り落ちる。時に笑顔は怒りのの表情より怖いものだ。いつか聞いた言葉が胸を去来する。
「なにか、まだ、あるか?」
洋介は少しも笑顔を崩さぬまま聞いてきた。ちなみに目だけ笑っていない。
「いえ……、なんでもないっす………」
すいっと目をそらした。心の中をるるるーとした風が流れていた。
「では、続きを話す! 大まかに説明すれば、一段階目が体、二段階目が知力、三段階目が心、四段階目がその他の教養全般だ。今、お前は第二段階まで同時進行している。そしてこれから迎えるのが最も重要な三段階目だ。」
いきなり真剣になった洋介に少しついていけなかったががんばって聞く。
「さて、この全部が終了する頃はだいたい高校三年の冬!クリスマスの前には必ず終わらせるつもりだ!」
クリスマス――一年の内、恋人達のもっとも大事なイベント。そうか、その日に劇的に告白するのか。光一の中で妄想が膨らんでいった。
雪が降る教室。彼女と二人でいるボク。ねえ、光一君さむくない? そう言って彼女は肩を寄せてきた。いや、寒くなんてないさ。ボクは言う。どうして? 彼女が愛らしい顔をかしげた。だって心があったかいからさ。そう言って抱きしめた。
(なあんて事になったらどうしよう)
くねくねと不気味に体を動かす光一であった。
「そして、このターゲットと接触する時期は、来年の四月とする」
そんな光一を断ち切るように洋介の無情な声がひびく。その答えに光一は当惑した。そんな事をしたら卒業して彼女と会えなくなってしまう。クリスマスの彼女と暖め合うという夢が。当然抗議する。
「でも、高校卒業しちゃうんじゃ…」
「うむ、当然の事だ」
洋介は全然かまってくれなかった。光一の頭の中で妄想がガラスのように音をたてて砕け散った。
「お前は卒業して違う場所で逢うのだからな」
「えっ、違う場所って……?」
一条の光が差し込んだ。もしかして卒業式の会場とか、新たな妄想がスタートしそうだった。
「むろん、大学だ!」
光りは無情にも消えてしまった。大学――たしか彼女の志望校はW大やK大だったような気がする。成績は上がってきているがそこまで自分の成績は伸びるのだろうか。不安がそのまま顔に出る。それを見て洋介の額にピキッと青筋が走った。
「どうやら俺を信じられないようだなぁ」
さながら悪鬼の声音で語りかけてくる。いかん、このままでは生命が危うい。
「いっ、いえ、師匠! そんなことはありません!」
いやがおうにも力が入った。以前、これと同じ状況で地獄の千年殺しをやられたことがある。痛みでその晩眠れなかった事は記憶に新しい。それに今日はダメージをくらい過ぎている。これ以上はさすがに危険だ。
「そうか……?」
「はい、もちろんです!」
精一杯笑顔を浮かべる。まだ疑惑があったようだが話を進める事を選択したようだ。
「まあ、よかろう。学力の面では俺の計算では十分すぎるほど間に合う。わざわざ、大学に設定したのはお前の変身に違和感をなくすためだ。考えてもみろ。整形で変化が著しいのにそれがばれないわけがない」
「そう…だよね…」
「ああ、ただでさえ日本人は、整形に対する嫌悪感がある。これはもう偏見と言っていいかもしれない。それによって救われた奴が何人いようとおかまいなしにだ。鏡を見てため息をつくぐらいならいっそ変えてしまえばいい。変身の代価は数百万円のはした金。それで、自分に自信が持てるなら安すぎる出費だ」
洋介は顔をしかめ、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱した。横顔が酷く寂しそうに見えた。そういえば自分は兄の事を良く知らない。洋介自身、あまり自分の事を話したがらなかったせいもある。しかし、生きて行動する限りドラマは生まれる。そこには悩みがあり、喜びがあり、命の力が溢れている。洋介の歩んだ道はどのようなものだったのだろうか。ひどく光一は気になった。
「お前が整形するのは卒業後。その時期は計画の最終段階と取ってもらってもかまわない。それまで俺についてこられれば変身は完了する」
今の自分ならこのままやれる。京香に振られた頃の情けない自分とは一線を画しているはずだ。兄が自分のために道を示してくれる。本当なら自分で考えなければならなかったのにだ。そして、その上を順調に進んでいる。恐れるものなど何もない。
「やりますよ、俺…」
もうボクなんて使わない。自分に甘えるのも止めた。こんなにもがんばっている兄に応えてみせる。光一は今にも溢れ出しそうなエネルギーを感じていた。そんな彼を見て洋介は少し意外そうな表情を浮かべる。しかしそれはすぐに収まり、口元は徐々に笑みを形作っていった。
「弟子よ! 黙って俺について来い! 残り一年、今は前に進む事だけを考えろ!!」
「はい!」
男達の熱き誓いだった。
「では、第三段階だ。お前にはこれを着てもらおう!」
取り出したのは、どこかで見たことがあるようなものだった。強烈なばね。それを補強するような皮ベルト。どこからどうみてもアレだった。
「兄ちゃん、これ養成ギブ―――」
ヒュン――
顔すれすれに見えない何かが通り過ぎていった。あかん、これ以上はあかん。本能が警告を発していた。
「それ以上いうんじゃない。著作権に関わるだろうが!」
「兄ちゃん、でも……」
なおも黙らない光一に洋介はどこからか取り出した、ちゃぶ台を投げつけた。
「それをつけたら父ちゃんと呼べぇぇぇぇ!」
完全に目がイっていた。炎が浮かんでいた。
「はは…はははは……」
光一は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「なぜ、これを渡したかと言うとだな、ある偉大な人がこう言った。『姿勢の悪い事は心の悪さに通じる』こんな言葉があるくらい姿勢って奴は大事なものだ。第三段階では心をテーマにしているが、これは一見、わからない。だからこそ、心の正しさのイメージ作りが肝心なんだ」
いきなり素に戻って語りだす。どうやらこっちの世界に返ってきたようだ。
「に……父ちゃん。質問です。偉大な人って誰ですか?」
そんなはなし聞いた事がなかった。一体誰なんだろうか。古代の偉大な詩人かなんかだろうか。
「俺だ!」
まだあっちの世界から帰ってきてなかったようだ。相変わらず目の中の炎は燃えて続けていた。
「というのは冗談だ。まあこれは姿勢矯正ギブスと呼んでおこうか。光一、お前は猫背だからせっかくの背の高さが生かせない。猫背と言うのはな、卑屈そうに見えるだけではなく、健康にも悪い。だから直さなくてはならないのだ。さあ、つけろ!」
言われたとおり着けてみる。そして、違和感に気づいた。
「こ…これ重い……」
動けなかった。ばねが自分の体をぎゅうぎゅうと締め付け身動きできないようにしていた。おまけに鉛が何個も埋め込まれているようですごく重い。
「当然だ。俺が夜なべして作ったんだ。効果が薄いものを作るはずがない。そいつには三つの効果がある。一つ目にはさっきも言ったように姿勢の矯正。二つ目には潜在的体力の強化。そして三つ目はたゆまぬ重圧に負けない根性をつけることだ」
この役にたたなさそうな養成ギ○スにそこまで意味がこめられていたのか。光一は呆れるを通り越して感動してしまった。
「そして、これをつけながら、第四段階である教養も身に付けていく。会話、法律、センス、俺が持っている全てをお前に叩き込んでみせる!」
「兄ちゃん……」
洋介に尊敬のまなざしを向ける。なんてすごいんだ。そこまで考えているなんて。
しかし、迎えたのは目にも止まらぬ竹刀の攻撃だった。しかも今回はちゃぶ台からダイブして加速がついている。
「父ちゃんと呼べと言ったろうが」
まだ、返ってきていなかった。
結局この日、洋介はずっとこんな調子だった。後になってわかった事だが、洋介の部屋に巨○の星が山積みにされていた。そして、書きなぐりの字で魔球の投げ方というメモがあった。もちろん光一がそれをくしゃくしゃにして捨てたのは言うまでもない。
プロフィール
- ニックネーム
- ケイロン
- 性別
- 男
- 血液型
- A型
- 生年月日
- 19○○年5月23日
- 現住所
- 岡山のどこか
- 所在地
- 岡山のどこか
- 職業
- 教師っぽいこと
- 自己紹介
- 小説を読むのも書くのもすきなのでHPを立ち上げました。
お時間が許すのなら、作品を読み、感想でもいただけたら嬉しいです。
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