いつか出会うだれかのために(完結)
7章
クラブを借り切って新歓コンパはおこなわれていた。その日のDJは、クラブシーンで注目を集めたR&Bの大御所。魂を揺さぶるようなサウンドの中を成長しきれない若い男女はゆらゆらと漂っていた。
そのクラブはバーの部分とダンスフローアーに分かれていた。カウンターには様々な色のカクテル、食欲をそそるフードがビッフェ形式で用意されてあった。
少し、遅れて入ってきた光一はまず、そこからカクテルを抜き出した。そして飲む振りをしながら首を動かさず視線だけをあちこちに飛ばす。河井京香を捜すために。そんな事をしている内に人が近づいてくるのがわかった。
「ねえ、一人…?」
見たこともない女の人だった。しかし、なにか懐かしい気がする。その姿は一分の隙もなく完璧で、美しかった。一瞬、光一は返事が遅れてしまう。
「……ああ」
なにが嬉しいのか女はにっこりと笑った。
「うれしい、私も一人なの。やっぱりこういうところに一人で来る人なんていないのかしら」
女は自分もカウンターからお酒を取ってくると光一の隣に腰掛けた。
「いや、そこらに一人できている奴はいるぜ。なにが、楽しいのか壁際で料理つついているがな」
光一の言葉に女は笑う。別におかしな事を言ったつもりはないのだがな。まあ一応相手に合わしておく。
「ねえ、あなたの事、みんな見てるわよ」
艶を含んだ声で女が語りかけてきた。そんな、馬鹿な。からかっているのか。そう思い、いぶかしげに見つめる。
「ホントよぉ。あなた、とってもかっこいいもの」
女性に面と向かってそんな事を言われたのは、初めてだった。顔が熱を持っていくのがわかった。鼻に浮いてきた汗を親指で拭う。そういえば、クラブに入った途端、視線を感じたような気がする。ためしに辺りにぐるっと視線を走らせた。そうすると女の子と何人も目が合った。嬉しいのだが背中が痒くなりそうだ。
「そう? サンキュ」
洋介に会話法を習ったから声だけは平静でいられた。しかし本当は恥ずかしくて死にそうだった。そういえば女性と話す特訓はしていなかったなと思い出す。
(はずかしいー! あーもう、どきどきする!)
それもそうである。高校時代、まともに女の子と話したことのなかった光一は免疫がまったくなかった。平静にいようと暗示をかけているのだが女の香水の香りがそれも崩してしまう。魅力的な女の人と話してはっきりいって舞い上がりかけていた。
「名前、なんて言うの…?」
女のふっくらした唇に見とれる光一。そんな光一に女は嫣然と微笑んだ。
「あ、ああ。俺はかとー」
その時、女の後ろ側から見覚えのある姿が飛び込んできた。時が急に遅く感じられる。ちらりと亜麻色の美しい髪が見えた。見間違えるわけがない。京香だ。そして彼女は現れたと思ったらすぐにフロアーの人ごみの中に消えていった。
「悪い、また!」
先程のまでの高揚を忘れて、光一は京香の後を追いかけだした。
人ごみの中を掻き分ける。後ろ姿が見えては消えていった。会いたい、その想いだけだった。
「悪い!」
ぶつかった奴に謝る。それでもスピードは緩めない。人の間を滑るように移動していく。光一を翻弄するように現れては消え、距離はいっこうに縮まらない。
(待ってくれ!)
自分と彼女の間にある深い溝があるように、少しも追いつく事ができない。踊っている連中を口汚く罵りたくなる。
(待ってくれよ、京香!)
差が少し縮まった。後少しだ。自分の特訓は、全ては彼女のために。こんなところで諦めるわけにはいかない。懸命に人ごみを掻き分ける。息が上がってくる。背中がだんだん大きくなる。
「待ってくれ!」
肩に手をかけた。亜麻色の髪がふわりと舞い、その人は振り返った。
「なんですか…?」
(違う…)
別人だった。京香とは似ても似つかなかった。よく見れば京香よりだいぶ太っていて、顔も全然違う。見間違えるなんてどうかしていた。
「……悪い、人違いだった」
光一は肩を落としうなだれた。せっかく逢えたと思ったのに。自分の間抜けさ加減がいやになった。
「誰か、お探しなんですか?」
目の前の女性が語りかけてきた。その目には心配そうな色が宿っている。見ず知らずの人に心配かけるなんて。光一は自分を恥じた。慌てて、表情を取り繕う。
「ああ、ちょっとした知り合いを捜していてね。今日ここにきていると思ったのだが、なかなか会えなくてね。少しばかり焦っちゃったみたいだよ」
「そうなんですか」
「いや、違うな。好きな人を捜していたんだ。でも、会えなくてね……」
なぜか自分の心情が素直に吐露できた。でも、こんな事をいきなり言われた方は迷惑だと思う。女性が不快な思いをしていないか伺い見た。しかし、そんな心配をよそに女性はにっこり笑った。
「逢えたらいいですよね。その人と」
とてもいい笑顔を浮かべていた。なんだか、胸の奥にあったかいものがこみ上げてくる。焦ってささくれだっていた気持ちがほぐされていくようだった。
「ありがとう、名前聞いてもいいかい?」
このあたたかい女性の名前を聞いておきたかった。
「わたし、田原美穂って言います」
彼女は嫌がらずに教えてくれた。
「サンキュ、俺は加藤っていうんだ。よかったら大学でもよろしくな」
「あ、うん!」
「じゃあ、またね」
なんとなく気分がよかった。さて京香を捜すぞ。新たな思いが光一の中に燃え上がっていた。
そのクラブはバーの部分とダンスフローアーに分かれていた。カウンターには様々な色のカクテル、食欲をそそるフードがビッフェ形式で用意されてあった。
少し、遅れて入ってきた光一はまず、そこからカクテルを抜き出した。そして飲む振りをしながら首を動かさず視線だけをあちこちに飛ばす。河井京香を捜すために。そんな事をしている内に人が近づいてくるのがわかった。
「ねえ、一人…?」
見たこともない女の人だった。しかし、なにか懐かしい気がする。その姿は一分の隙もなく完璧で、美しかった。一瞬、光一は返事が遅れてしまう。
「……ああ」
なにが嬉しいのか女はにっこりと笑った。
「うれしい、私も一人なの。やっぱりこういうところに一人で来る人なんていないのかしら」
女は自分もカウンターからお酒を取ってくると光一の隣に腰掛けた。
「いや、そこらに一人できている奴はいるぜ。なにが、楽しいのか壁際で料理つついているがな」
光一の言葉に女は笑う。別におかしな事を言ったつもりはないのだがな。まあ一応相手に合わしておく。
「ねえ、あなたの事、みんな見てるわよ」
艶を含んだ声で女が語りかけてきた。そんな、馬鹿な。からかっているのか。そう思い、いぶかしげに見つめる。
「ホントよぉ。あなた、とってもかっこいいもの」
女性に面と向かってそんな事を言われたのは、初めてだった。顔が熱を持っていくのがわかった。鼻に浮いてきた汗を親指で拭う。そういえば、クラブに入った途端、視線を感じたような気がする。ためしに辺りにぐるっと視線を走らせた。そうすると女の子と何人も目が合った。嬉しいのだが背中が痒くなりそうだ。
「そう? サンキュ」
洋介に会話法を習ったから声だけは平静でいられた。しかし本当は恥ずかしくて死にそうだった。そういえば女性と話す特訓はしていなかったなと思い出す。
(はずかしいー! あーもう、どきどきする!)
それもそうである。高校時代、まともに女の子と話したことのなかった光一は免疫がまったくなかった。平静にいようと暗示をかけているのだが女の香水の香りがそれも崩してしまう。魅力的な女の人と話してはっきりいって舞い上がりかけていた。
「名前、なんて言うの…?」
女のふっくらした唇に見とれる光一。そんな光一に女は嫣然と微笑んだ。
「あ、ああ。俺はかとー」
その時、女の後ろ側から見覚えのある姿が飛び込んできた。時が急に遅く感じられる。ちらりと亜麻色の美しい髪が見えた。見間違えるわけがない。京香だ。そして彼女は現れたと思ったらすぐにフロアーの人ごみの中に消えていった。
「悪い、また!」
先程のまでの高揚を忘れて、光一は京香の後を追いかけだした。
人ごみの中を掻き分ける。後ろ姿が見えては消えていった。会いたい、その想いだけだった。
「悪い!」
ぶつかった奴に謝る。それでもスピードは緩めない。人の間を滑るように移動していく。光一を翻弄するように現れては消え、距離はいっこうに縮まらない。
(待ってくれ!)
自分と彼女の間にある深い溝があるように、少しも追いつく事ができない。踊っている連中を口汚く罵りたくなる。
(待ってくれよ、京香!)
差が少し縮まった。後少しだ。自分の特訓は、全ては彼女のために。こんなところで諦めるわけにはいかない。懸命に人ごみを掻き分ける。息が上がってくる。背中がだんだん大きくなる。
「待ってくれ!」
肩に手をかけた。亜麻色の髪がふわりと舞い、その人は振り返った。
「なんですか…?」
(違う…)
別人だった。京香とは似ても似つかなかった。よく見れば京香よりだいぶ太っていて、顔も全然違う。見間違えるなんてどうかしていた。
「……悪い、人違いだった」
光一は肩を落としうなだれた。せっかく逢えたと思ったのに。自分の間抜けさ加減がいやになった。
「誰か、お探しなんですか?」
目の前の女性が語りかけてきた。その目には心配そうな色が宿っている。見ず知らずの人に心配かけるなんて。光一は自分を恥じた。慌てて、表情を取り繕う。
「ああ、ちょっとした知り合いを捜していてね。今日ここにきていると思ったのだが、なかなか会えなくてね。少しばかり焦っちゃったみたいだよ」
「そうなんですか」
「いや、違うな。好きな人を捜していたんだ。でも、会えなくてね……」
なぜか自分の心情が素直に吐露できた。でも、こんな事をいきなり言われた方は迷惑だと思う。女性が不快な思いをしていないか伺い見た。しかし、そんな心配をよそに女性はにっこり笑った。
「逢えたらいいですよね。その人と」
とてもいい笑顔を浮かべていた。なんだか、胸の奥にあったかいものがこみ上げてくる。焦ってささくれだっていた気持ちがほぐされていくようだった。
「ありがとう、名前聞いてもいいかい?」
このあたたかい女性の名前を聞いておきたかった。
「わたし、田原美穂って言います」
彼女は嫌がらずに教えてくれた。
「サンキュ、俺は加藤っていうんだ。よかったら大学でもよろしくな」
「あ、うん!」
「じゃあ、またね」
なんとなく気分がよかった。さて京香を捜すぞ。新たな思いが光一の中に燃え上がっていた。
プロフィール
- ニックネーム
- ケイロン
- 性別
- 男
- 血液型
- A型
- 生年月日
- 19○○年5月23日
- 現住所
- 岡山のどこか
- 所在地
- 岡山のどこか
- 職業
- 教師っぽいこと
- 自己紹介
- 小説を読むのも書くのもすきなのでHPを立ち上げました。
お時間が許すのなら、作品を読み、感想でもいただけたら嬉しいです。
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