いつか出会うだれかのために(完結)
8章
そろそろ、お開きの時間だった。しかし、光一は最後まで京香を見つけることができなかった。結局、自分のしたことはいったいなんだったのだろうか。光一はがっくりとうなだれカウンターの椅子に座り込んだ。
「あら、さっきはどうしたの?」
先程のきれいな女性だ。編みタイツ包まれたすらりと長い足を折って座った。みっともない所は人には見せられない。光一は腹に力を込めた。
「いや、知り合いがいたかと思ってね」
「そうなの」
そういえば自己紹介の途中だと思い出した。
「さっきは悪かったな。よければ自己紹介をしないかい?」
「ええ、いいわよ」
光一が笑いかけると女も微笑んだ。
「俺は加藤って言うんだ。あんたは?」
「私は河井って言うの。河井京香」
そう言いその女性――京香はにっこり微笑んだ。光一は一瞬聞き間違いかと思った。京香の方をまじまじと見る。彼女の特徴的だった亜麻色の髪は黒に染められていた。そして、完璧にメイクされた顔は素顔以上に美しく、まったく違う次元になっていた。
「あんた、河井京香って言うのか?」
あまりの違いに確認せずにはいられない。
「え、ええ。そうだけど、どうかした?」
京香が怪訝そうにうなずく。その瞬間、光一の心の中に歓喜が込みあがってきた。会えた。それだけで嬉しさがこみ上げている。厳密に言えば既に会えていたのだが、認識していなかったのだ。
京香をよく見つめる。確かに京香だ。少し見ただけではわからないほど化粧をした京香は美しかった。女は化けるというがここまでとは。光一は化粧の有用性を再確認した。
そんな光一を京香はどこかおかしそうに見つめた。京香に見られている、その事実だけで舞い上がりそうだった。
「ねえ、これから用事あるの?」
「いや、なにもないよ!」
京香が聞いてくる。京香と話す以上の用事など存在するわけがなかった。
「そう、よかった。じゃあ、この後二人で飲みに行かない?」
光一の言葉を聞くと嬉しそうに微笑んだ。そのきれいな表情に思わず見とれてしまう。光一は無意識に頷く。
「じゃあ、行こ」
京香が光一の手を取るとそのまま歩き出した。光一はその時思った。がんばってよかったと。
二人はクラブを出た足でバーに入りなおした。そこで色々な事を話し合った。お酒の力も加わり会話もはずみ、楽しい時間を過ごした。光一はすっかり酔っ払ってしまった。立ち上がるとふらふらとよろけてしまう。そんな光一を京香は引きずるように店に出た。そして、ネオン街まで来るとそこに入って行った。
夢のような時間が流れた。なにかとても不思議な気がした。憧れだった京香が隣にその美しい肢体を横たえている。お酒のせいもありどこか現実という気がしなかった。
京香はゆっくりと体を起こすとバックの中からタバコを取り出した。そして、優雅なしぐさで火をつけるとゆっくりと煙を吐き出した。
「タバコ…吸ったんだ?」
学生時代には吸わなかったはずなのに妙に手馴れて見える。タバコの匂いが苦手な光一は少し残念に思った。
「ええ、おいしいわよ」
京香は本当においしそうに吸っていた。光一も体を起こす。
「そういえば、なんで俺を誘ったの?」
今さらながら疑問が湧いてくる。京香は変身後の自分とは初対面なはずだ。光一の言葉に少し考え込むしぐさを見せた。
「私ね、気に入った人ができるとね、その人の事が知りたくなるの。言葉だけではわからない、肌が触れ合う事によってわかる事。なんていうんだろ。一段上の情報っていうのを知りたくて。まあ、根がエッチなんだろうけどね」
京香はどこかさばさばと言った。そういう考え方もあるのか。光一のイメージしてた京香とは少し違うがこれが彼女なのだ。京香の事を知れて嬉しかった。
「それで、俺の事は何かわかったのかい?」
冗談めかして聞いてみる。
「ええ、とっても。あなたって魅力的だわ」
京香は艶っぽい表情を浮かべた。
「今度はこっちが質問。そういえば下の名前聞いていなかったわ」
そういえばそうだ。名前をまだ名乗ってなかった。
「ああ、光一っていうんだ。加藤光一」
「へえ、そうなんだ。光一君かぁ。いい名前だね。うん……? 加藤…光一?」
京香が何かを思い出すように額に手をやる。もしかして、覚えていてくれているのか。期待が膨らむ。
「思い出した! あのね、高校の時にねあなたと同姓同名の人に告白されたのよ。それが、あなたと正反対なような人でね。馬鹿だし、ぶさいくだし、ストーカーぽいし、サイッテ―でさ。うじうじといつもしていて、教室にカビが生えたみたいだったわ」
幸せな気持ちが一片に吹き飛んだ。あんまりな言い様だった。あのころから真剣に京香の事だけを思い続けてきた。相応しい男になろうとがんばった。けれど、京香にとって変身前の光一は所詮その程度の存在。悪口が自然に出るほど、価値のない奴だったのだ。なにかとてもむなしくなった。がんばって変身した。確かに自信がついた。でも、根っこはいつまでたっても元の光一なのだ。それをけなされて……やるせなかった。
「あー、ごめんね。変なこと言って。あなたにはまったく関係ないのにね」
胸にぽっかりと開いた穴が大きくなった気がする。
京香の悪口はまだ続いていた。それをBGMに光一は立ち上がると服を着始めた。やるせなかった。もう、一緒にいたくなかった。
「どうしたの?」
突然服を着始めた光一を焦ったように京香が見つめる。
「気分が悪くなった」
光一は着替えるとドアに向かう。そんな光一を引き止めるように京香が声を張り上げる。
「やぁだー。あなたじゃないわ。高校の時の人よ」
張り裂けそうな思いを抱え、振り返った。
「俺だよ!!」
壁を殴りつける。ドンという音と共に手から血がにじんだ。痛かった。何より心が痛かった。言い終えると室外に走り出た。そして、料金を払いネオンが煌めく道路まで後ろを見ずに走った。その間中、涙が止まらなかった。みっともないと思ったけど止まらなかった。
「これじゃ…、高校の…時と変わらないよな……」
空を見上げ呟いた。たしか、あの時もこうして泣いて帰った気がする。自分は結局変身できなかったのだろうか。いや、しても無駄だったのではないだろうか。ネガティブな考え方に支配されそうになる。
気が付けば家の前だった。寝ている兄を起こさないようにゆっくり入る。しかし、リビングには明かりが点いていた。洋介だ。椅子に腰掛けて、手酌で酒を飲んでいた。
「また、泣いてんのか?」
からかうような口調が胸に染みわたる。光一は洋介の正面の椅子に腰を下ろした。何かを言おうとする。でも、言葉が出てこなかった。喉がひきつってうまく話すことができない。そんな光一に洋介は黙って酒を注いだコップを手渡した。
「今は、何も言わなくてもいい…。ただ、酒でも酌みかわせば…いいさ」
洋介の声は優しかった。コップの中に一つ、二つと波紋が広がる。光一はただコップを見つめていた。それを黙って見守る洋介。静かな、とても静かな時間が流れた。
「あら、さっきはどうしたの?」
先程のきれいな女性だ。編みタイツ包まれたすらりと長い足を折って座った。みっともない所は人には見せられない。光一は腹に力を込めた。
「いや、知り合いがいたかと思ってね」
「そうなの」
そういえば自己紹介の途中だと思い出した。
「さっきは悪かったな。よければ自己紹介をしないかい?」
「ええ、いいわよ」
光一が笑いかけると女も微笑んだ。
「俺は加藤って言うんだ。あんたは?」
「私は河井って言うの。河井京香」
そう言いその女性――京香はにっこり微笑んだ。光一は一瞬聞き間違いかと思った。京香の方をまじまじと見る。彼女の特徴的だった亜麻色の髪は黒に染められていた。そして、完璧にメイクされた顔は素顔以上に美しく、まったく違う次元になっていた。
「あんた、河井京香って言うのか?」
あまりの違いに確認せずにはいられない。
「え、ええ。そうだけど、どうかした?」
京香が怪訝そうにうなずく。その瞬間、光一の心の中に歓喜が込みあがってきた。会えた。それだけで嬉しさがこみ上げている。厳密に言えば既に会えていたのだが、認識していなかったのだ。
京香をよく見つめる。確かに京香だ。少し見ただけではわからないほど化粧をした京香は美しかった。女は化けるというがここまでとは。光一は化粧の有用性を再確認した。
そんな光一を京香はどこかおかしそうに見つめた。京香に見られている、その事実だけで舞い上がりそうだった。
「ねえ、これから用事あるの?」
「いや、なにもないよ!」
京香が聞いてくる。京香と話す以上の用事など存在するわけがなかった。
「そう、よかった。じゃあ、この後二人で飲みに行かない?」
光一の言葉を聞くと嬉しそうに微笑んだ。そのきれいな表情に思わず見とれてしまう。光一は無意識に頷く。
「じゃあ、行こ」
京香が光一の手を取るとそのまま歩き出した。光一はその時思った。がんばってよかったと。
二人はクラブを出た足でバーに入りなおした。そこで色々な事を話し合った。お酒の力も加わり会話もはずみ、楽しい時間を過ごした。光一はすっかり酔っ払ってしまった。立ち上がるとふらふらとよろけてしまう。そんな光一を京香は引きずるように店に出た。そして、ネオン街まで来るとそこに入って行った。
夢のような時間が流れた。なにかとても不思議な気がした。憧れだった京香が隣にその美しい肢体を横たえている。お酒のせいもありどこか現実という気がしなかった。
京香はゆっくりと体を起こすとバックの中からタバコを取り出した。そして、優雅なしぐさで火をつけるとゆっくりと煙を吐き出した。
「タバコ…吸ったんだ?」
学生時代には吸わなかったはずなのに妙に手馴れて見える。タバコの匂いが苦手な光一は少し残念に思った。
「ええ、おいしいわよ」
京香は本当においしそうに吸っていた。光一も体を起こす。
「そういえば、なんで俺を誘ったの?」
今さらながら疑問が湧いてくる。京香は変身後の自分とは初対面なはずだ。光一の言葉に少し考え込むしぐさを見せた。
「私ね、気に入った人ができるとね、その人の事が知りたくなるの。言葉だけではわからない、肌が触れ合う事によってわかる事。なんていうんだろ。一段上の情報っていうのを知りたくて。まあ、根がエッチなんだろうけどね」
京香はどこかさばさばと言った。そういう考え方もあるのか。光一のイメージしてた京香とは少し違うがこれが彼女なのだ。京香の事を知れて嬉しかった。
「それで、俺の事は何かわかったのかい?」
冗談めかして聞いてみる。
「ええ、とっても。あなたって魅力的だわ」
京香は艶っぽい表情を浮かべた。
「今度はこっちが質問。そういえば下の名前聞いていなかったわ」
そういえばそうだ。名前をまだ名乗ってなかった。
「ああ、光一っていうんだ。加藤光一」
「へえ、そうなんだ。光一君かぁ。いい名前だね。うん……? 加藤…光一?」
京香が何かを思い出すように額に手をやる。もしかして、覚えていてくれているのか。期待が膨らむ。
「思い出した! あのね、高校の時にねあなたと同姓同名の人に告白されたのよ。それが、あなたと正反対なような人でね。馬鹿だし、ぶさいくだし、ストーカーぽいし、サイッテ―でさ。うじうじといつもしていて、教室にカビが生えたみたいだったわ」
幸せな気持ちが一片に吹き飛んだ。あんまりな言い様だった。あのころから真剣に京香の事だけを思い続けてきた。相応しい男になろうとがんばった。けれど、京香にとって変身前の光一は所詮その程度の存在。悪口が自然に出るほど、価値のない奴だったのだ。なにかとてもむなしくなった。がんばって変身した。確かに自信がついた。でも、根っこはいつまでたっても元の光一なのだ。それをけなされて……やるせなかった。
「あー、ごめんね。変なこと言って。あなたにはまったく関係ないのにね」
胸にぽっかりと開いた穴が大きくなった気がする。
京香の悪口はまだ続いていた。それをBGMに光一は立ち上がると服を着始めた。やるせなかった。もう、一緒にいたくなかった。
「どうしたの?」
突然服を着始めた光一を焦ったように京香が見つめる。
「気分が悪くなった」
光一は着替えるとドアに向かう。そんな光一を引き止めるように京香が声を張り上げる。
「やぁだー。あなたじゃないわ。高校の時の人よ」
張り裂けそうな思いを抱え、振り返った。
「俺だよ!!」
壁を殴りつける。ドンという音と共に手から血がにじんだ。痛かった。何より心が痛かった。言い終えると室外に走り出た。そして、料金を払いネオンが煌めく道路まで後ろを見ずに走った。その間中、涙が止まらなかった。みっともないと思ったけど止まらなかった。
「これじゃ…、高校の…時と変わらないよな……」
空を見上げ呟いた。たしか、あの時もこうして泣いて帰った気がする。自分は結局変身できなかったのだろうか。いや、しても無駄だったのではないだろうか。ネガティブな考え方に支配されそうになる。
気が付けば家の前だった。寝ている兄を起こさないようにゆっくり入る。しかし、リビングには明かりが点いていた。洋介だ。椅子に腰掛けて、手酌で酒を飲んでいた。
「また、泣いてんのか?」
からかうような口調が胸に染みわたる。光一は洋介の正面の椅子に腰を下ろした。何かを言おうとする。でも、言葉が出てこなかった。喉がひきつってうまく話すことができない。そんな光一に洋介は黙って酒を注いだコップを手渡した。
「今は、何も言わなくてもいい…。ただ、酒でも酌みかわせば…いいさ」
洋介の声は優しかった。コップの中に一つ、二つと波紋が広がる。光一はただコップを見つめていた。それを黙って見守る洋介。静かな、とても静かな時間が流れた。
プロフィール
- ニックネーム
- ケイロン
- 性別
- 男
- 血液型
- A型
- 生年月日
- 19○○年5月23日
- 現住所
- 岡山のどこか
- 所在地
- 岡山のどこか
- 職業
- 教師っぽいこと
- 自己紹介
- 小説を読むのも書くのもすきなのでHPを立ち上げました。
お時間が許すのなら、作品を読み、感想でもいただけたら嬉しいです。
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