キリ番 黒
『怒らせると怖い』
キリ番1234
出題者:香坂静さん お題 『普通の時は大人しいが、怒らせるととても怖い』 『切れると笑い出す』
「##聡美##ちゃーん、待ってよー」
男のくせに、##雅美##が情けない声を上げた。どうやらもうへばってしまったらしい。全くしょうがない。
「ほら、ちゃんと走りなさい。置いてくわよ」
そう言いながらもちゃんと待ってあげる。私ってなんて優しいのかしら。
「陸上部の##聡美##ちゃんに追いつけるわけないよ」
膝に手をついて息を切らせながら、##雅美##が何とか声を振り絞った。
「まったくもう。物心付く前から毎朝一緒に学校まで走って行ってたのに、どうして##雅美##だけ鍛えられないのかしら」
学校が休みの日以外は本当に毎日。##雅美##が病気だなんて言っても無理矢理引きずっていくから。
それで一日保健室で寝込んでいたとかはいい思い出だけど。
「それは……##聡美##ちゃんが……」
「ほらっ! 言いたい事ははっきり言うっ! そんなだから友達も出来ないの!」
出来たら出来たで寂しい気になってしまうのもわかっているけど。
「だって、##聡美##ちゃんが僕のこと置き去りにして先に行っちゃうからだよっ」
「愛の鞭ってヤツよ。待っててもらえると思ったら、本気で走らないでしょう?」
「本気で走ったって追いつかないよ」
全く情けない。でも、置いていかれても最後まで走ってくる根性だけは買っているのだけれど。
「そんなこと言ってたら本当にいつまでたっても追いつけないわよ? ちゃんと強くなって貰わないと、いつまでも私が守ってあげる訳にいかないんだし」
「いいよ、僕はずっと##聡美##ちゃんに守ってもらうから」
「な……何言ってんのよ、ばかっ! ほらっ、そろそろ休憩は終わり。さ、行くわよっ!」
「あ、待って##聡美##ちゃん。前……!」
焦って前を注意もせずに、振り向きながら走り出そうとした瞬間。
ドン、と私は何かにぶつかった。
「あ、痛たたー」
痛む鼻を押さえつつ、私はぶつかったものに目を向ける。
長ラン、というのだろうか。改造制服を身に着けた、明らかに不良と呼ばれる生物。絶滅危惧種に指定されていた気がするけれど、こんなところにも生息していたんだ。
「痛てーじゃねーか、ねえちゃん。何処見て歩いてんだよ」
「あーあ、あんなに激しくぶつかられたんじゃ、怪我でもしてんじゃねーか?」
しかもその絶滅危惧種が二体も。然るべき所に連絡すれば、貴重な環境を保全するために、この辺り一帯国立公園に指定されるかも。
「さ、##聡美##ちゃん……」
##雅美##がおどおどとした声を上げる。でもそちらに視線をやる事は出来ない。
こういう野生動物は、目を逸らした瞬間に襲ってくるのだから。
「大丈夫。そこにいなさい」
不良たちには聴こえないようにそっと呟く。でも##雅美##はそれで黙ってくれた。長年の付き合いなんだから、それだけで分かってくれたのだろう。
とはいえ、こういう時にどうしていいのかなんて私にもわからない。
「あーらごめんなさい。確かにぶつかったのは私が前を見てなかったせいね。ゴメンなさい。でもこのくらいで怪我するなんて、随分とひ弱なのね」
「そー。俺体弱いし。いしゃりょう貰わないといけないよな」
やっぱり。そういう流れになったか。予想通りと言えばそうだけど、やっぱり面倒事になった。
「ごめんなさい、今持ち合わせが無いの。それとも、架空の怪我の慰謝料は架空のお金でいいかしら?」
じりじりと後退りながら、後ろ手で##雅美##に合図する。
幾らかでも距離を開けて、それから全力で走って逃げる。それしかない。
「金以外の物でもいいんだぜ? 例えば、お前の身体とかな」
不意に横合いから伸びてきた手が私の腕を掴んだ。
しまった、もう一人いたのか。
三対一。##雅美##もいるけど、戦力としては数えられない。と言うか守らなくちゃいけなから、むしろ足手まとい。
後の二人も近づいて来る。ここは不意をついて、一気に逃げるしか……!
「えいっ!」
私は腕を掴んだ不良の腕に思い切り噛み付いた。
これでひるんでくれれば……
「痛てぇじゃねーかっ!」
確かに不良は手を離した。離したのだけれど、それはただ離しただけではなかった。
私の身体は塀の方へと投げつけられ……頭に衝撃を感じた瞬間、私の意識は遠くへと失われていた。
「##聡美##ちゃんっ!」
駆け寄ろうとした僕の腕を、不良の一人が掴む。不良にしてみればそんなに強く掴んではいないのだろうけれど、非力な僕の力では、それだけで身動きができなくなってしまっていた。
「あーあ、ねえちゃん気を失っちまったみたいだな?」
「そーだな。怪我してるかもしれないから、ちゃんと調べてやらないとな」
「そーそー。服脱がしてさ、身体の隅までちゃーんと診察しなくちゃな。こう見えても俺、お医者さんゴッコ得意なんだぜ」
動けないながらも##聡美##ちゃんの様子を観察する。陸上をするには不向きだと言っていた大きな胸が、ゆっくりと上下している。どうやら呼吸はしているらしい。
でも、この様子ではしばらく目を覚まさないだろう。
「と、ゆーわけでだ。お前はしばらくどっか行っててくれねーかな。二時間もありゃー良いんだけどよ」
「おいおい、三人で二時間じゃ短けーだろ」
「んじゃ三人で六時間か? そしたら迎えに来てやってよ。まだ途中だったら仲間に入れてやってもいいぜ」
「ははは。そりゃいーや」
下卑た三人の笑いを無視して、僕は腕をぐるんと回し、身体を入れ替える。
「お……え?」
僕の腕を掴んでいた不良が間抜けな声を上げた。
一瞬で僕が後ろに回りこんだのだと言う事が理解できていないらしい。
「なんだ? てめぇ、何をした!」
不良の一人が慌てた声を上げる。でもまだ状況を正確に理解してはいないらしい。
「別に、何もしてませんよ」
「見え透いた嘘を言うなっ! てめぇ、そいつの腕をひねり上げてるじゃねーかっ!」
確かに、そいつの位置からでは僕の手がどうなっているか見えないだろう。
「いいえ。僕は何もしてませんよ。だって僕の腕を掴んでいるのはこの人の方で、僕からはこの人に指一本触れていないんですから」
指を開いても握った腕から手が離れない角度で腕を捻り上げる。梃子の原理と相手が逃れようとする無意識の力を利用すれば、非力な僕にでもこのくらいは出来る。
「おれっ、折れる、腕が折れちまうっ!」
僕の腕を掴んだ不良が泣きそうな声を上げた。この程度で泣き言とは不良も割りと情けない。
「動かない方がいいですよ? どうなっているのか僕にはさっぱり分からないですけど、状況から見てこの人の腕が折れちゃうかもしれませんから」
それを聞いて後の二人も動きを止めた。どうやらまずい状況だくらいの判断は出来るらしい。
つまらない。
「正しい判断です。お陰で骨折は免れたみたいですよ。脱臼だけで済むみたいです」
くっ、と掴まれたままの腕の角度を変える。それだけで不良の力と体重が肩の一点にかかる。
そこからごきっ、と鈍い音がした。
「ぐ、あ、ぁぁぁぁっ! ……ぁっ、ぁ……!」
肩が外れた事で力が逃げ、不良の手は僕の腕から離れた。
支えるものが無くなった不良は地面を転げまわる。そのたびに外れた肩がぶつかって更に激しい痛みが走っているはずだけれど、そんなことにも思いが寄らないくらいの痛がり様だ。
「てっ、てめぇっ!」
残った二人の不良が一斉に飛びかかってくる。
ひとりずつ掛かってきたりしないあたり、幾らかは喧嘩慣れしているのかな?
そんなことを考えながら、僕はふっと身をかわした。
一瞬早く飛びかかってきた不良は僕に足をかけられて転倒。
僕は残りの一人の掴みかかってきた手を気にせず、鳩尾に右拳を叩き込んだ。
「ぐ、ふっ」
その不良がお腹を抱えて倒れ込む。こいつはさっきの奴とは違ってのた打ち回りも悲鳴を上げもしない。
出来ないのだ。
「鳩尾をこの角度を突き上げると、横隔膜が痙攣して息が出来なくなるんです。呼吸出来ないわけですから死ぬほど苦しいみたいですけど、本当に死んじゃう前には直るから大丈夫ですよ」
「く、くそっ、てめぇ……」
なんとか立ち上がった最後の一人が僕をにらみつけていた。でもその目はおどおどとして、もう戦意を喪失していることはすぐに分かる。
「言っておきますけど、先にかかって来たのは貴方達の方ですよ? 僕はまだ何もしてなかったのに」
だって、本当に僕は指一本触れていなかったのだから。
「なめやがって……!」
なるほど、戦意を失っても逃げないのは、ポケットにナイフを隠していたからか。虎の威を借る狐、ドラの道具に頼るのび太。
「殺してやるっ!」
躊躇いなく真っ直ぐに突いて来たのはよかったけれど、本当に殺すつもりなら手は伸ばさずに腰溜めにして、体当たりする様にしないと。
腕が伸びきった相手ほど楽なものはない。僕はそいつの腕を掴んで、軽く指先に力を込めた。
「ぐきゅっ……!」
また間抜けな声を上げて不良の動きが止まった。握り続ける力もなくして落としたナイフが、アスファルトに当たって軽い音を立てる。
「上腕部内側中央のここは急所なんですよ。僕みたいなか弱い奴でも、軽く握るだけでこんなに激痛が」
不良の腕を握ったまま、軽く辺りを見回す。
関節を外した奴は痛みのあまり気を失ったらしい。
呼吸できなくした奴は、顔が真っ青になって泡を吹いている。このくらいでチアノーゼになるなんて、日頃の不摂生のせいで血中酸素量が低くなっているに違いない。
「あ、一応言っておきますけど、今日あったことは誰にも言わないでくださいね? 言っても、僕みたいにか弱い奴にやられた貴方達がバカにされるだけでしょうけど」
そう言ってあげたのに、不良はくぐもった声を上げるだけで返事をしなかった。
だから指にほんの少しだけ力を加える。
「わ……った、わかっ……から、や、やめ……」
「そうですか。良かった。物分りが良い人、大好きですよ」
にっこりと笑ってあげる。これで終わると思ったのだろう。不良が僅かに安心したような顔を見せた。
「そうだ。せっかくだから、僕と友達になりませんか? ##聡美##ちゃんにもいつも友達を作れって言われているし」
出来るだけ優しく笑って見せる。親しくなるには先ず笑顔から。
「わ、わかった。わかったから……」
「じゃ、早速トモダチとして遊ぼうよ。ココみたいに死ぬほど痛いツボとか、幾つも知ってるんだ」
そう言った瞬間、不良は絶望した表情をした。とっても楽しそうだ。
「大丈夫だよ。外傷なんて残さないから。他の二人もそうでしょう? 目立つ傷を残して面倒になっても困るし。でもその前に、僕は非力で痛みで暴れられたら抑えきれないから、手足の関節を外しとこうか。終わったらちゃんと戻してあげるからね。本当は全然痛くなく戻せるんだけど、今日のことを忘れないように、一週間くらいは痛みの残る戻し方をしとこうね」
不良がいやいやと首を振る。
首……ああそうだ。忘れてた。
「先に、悲鳴を上げられないように顎を外しておこうか」
腕のツボを押さえたまま、僕は反対の手を不良の顔に押し当てた。親指と中指を顎関節に当てる。
「……! ……っ!」
声にならない悲鳴を上げるのに構わず、僕は不良の顎をごりっ、と外した。その途端に周囲を異臭が襲う。
どうやら痛みのあまり、不良が失禁したらしい。
「あははっ、やっぱりオトモダチと遊ぶのは楽しいねぇっ! あはははははっ! ふふっ、ふはははっあーっはっはっはっ!」
顎と両肩と股関節二つ。内、もうすでに顎と肩がひとつずつ外れているから残りは十三箇所。それからツボが……いくつあったっけ?
楽しみはしばらく続きそうだ。
私が目覚めたのは、##雅美##の背中の上でだった。
「え……あれ? 私……?」
「あ、##聡美##ちゃん、起きたんだ」
振り向いた##雅美##の顔が近くて、私は慌てて顔を背けた。
「いっ、いいから降ろしてよっ!」
本当は、こんな機会はめったに無いから、もうしばらくこうしていてほしかったのだけれど。
「えっと、私、確か不良に壁にぶつけられて……」
思い出した。不良にからまれて、私気を失っちゃったんだ。
見回してみると、ここはあそこからだいぶ離れた場所だった。
「もしかして、##雅美##が……?」
そんなわけない、と思うのだけれど、他には誰もいなかった。
もし##雅美##が私を守るために三人もの不良と戦ってくれたのだとしたら、私……
「##聡美##ちゃんが気絶しちゃった後、すぐに人が通りかかってくれて、あいつら逃げちゃったんだ」
……なんだ。
ううん、きっとそんなことだろうなー、とは思っていたし。
「でも、ここまでおぶってきてくれたんだ」
「うん。あそこにいたら、不良たちが戻ってくるかもしれなかったから」
「そっか。……ありがと」
##雅美##をぎゅっと抱きしめる。##雅美##が目を白黒させて慌てているのがわかったけれど、構わずに抱きしめ続ける。
今は、私を置いて逃げないで、ここまで背負ってきてくれた。それで十分。
でも、いつか。私を守れるようになって欲しい。
そしたら、私……
本当は、僕が守ってあげる、と言いたい。
いつまでも守られるばかりは嫌だ。
胸を張って、力強く。君を守ってあげると言いたい。
でも、もし僕が守ってあげなくちゃいけない相手ではないのだと##聡美##ちゃんが知ってしまったら。
きっと彼女は僕のところから離れて行ってしまう。
だから、決して言えない。
本当は守ってもらう必要なんてないのだと、知られるわけにはいかない。
##聡美##ちゃんが側にいてくれるなら、僕は一生情けない男のままでいよう。
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プロフィール
- 名前
- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
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