キリ番
『学校行事』
キリ番1700
出題者:香坂静さん(二回目) お題 『笑顔で毒舌かつ穏やかな口調の男性』 『言葉がストレートで心配性な女性』 『学校行事』 『冷戦を思わせる雰囲気』
天高く馬肥ゆる秋。
今日は快晴、まさにマラソン大会日和。
私は辺りを見回し、アイツの姿を探した。
「どうやら逃げ出したりはしなかったようね」
男子の集団の中、ソイツはいた。
特に緊張などしている様子はない。余裕ありげに準備体操などをしている。
「勝てるとわかっているのに何故逃げる必要がある。お前こそ、いつも通り寝過ごして不戦敗だと思っていたのだが」
やっぱりコイツ腹立つ。
「さて、もう一度確認しておく。男女共にゴールは同じだから、勝負は先にゴールした方が勝ち。走る距離は大会の規定どおり、男の俺が8㎞、女子のお前が5㎞。男子がスタートした10分後に女子がスタートだ。間違いないな?」
「ハンデなんていらないけど、学校の規定なら仕方ないね。……ハンデがあったから負けたなんて言わないよね?」
「それはお前の方だろう。同じ距離で一緒のスタートなら勝っていたなんて言わないだろうな」
「私がそんなことをすると思う?」
「前例を挙げていった方が良いか?」
あう。
「その余裕も終わるまでよ。吠え面かかせてやるから」
「よく吠える犬ほど噛まぬとも言うな」
意味はわからないけどバカにされてる気がする。
「うふふ。余裕があっていいわね。でも気をつけてね。窮鼠猫を噛むって言うから」
「そうか。頑張って噛んでくれよ、鼠さん。鼠に噛まれたからって、猫が死んだりはしないがな」
「今ここでならなんとでも言えるわね。おほほほほ」
「そうだな。結果が全てだ。ふふふふふ」
「ほほほほほ」
「ふふふふふ」
マラソン大会の準備の生徒達でごった返す校庭の中、気が付くと私たちの周囲五メートルには誰もいなくなっていた。
「よーい……スタート」
ぱーん、という号砲と同時に女子の団体がスタートした。
男子は既にスタートしているはず。まだ遥か後方で見えはしないけれど。
当然私は先頭集団にいる。ヤツも足は早い方だ。この位置でも正直不安なくらい。
しかし、それにしても腹が立つ。
あの男、全然わかってない。
今日だって素直に謝れば許してやろうと思っていたのに。
ことの始まりは……いつだったろう。一週間くらい前?
休み時間にトランプをやっていた時だった。
「そういえば、里美って木村くんとつきあい始めたんだって」
それは他愛ない話だった。別に何か意図があってしたのではない。
「ほう、そうか」
だからヤツの返事もその程度だった。
でも。その興味なさそうな横顔を眺めていたら、どうしても聞きたくなってしまった。
「アンタは誰か好きな人とかいないの?」
その瞬間、ヤツの動きが止まった。
ほんの一瞬。でも私が不審を覚えるには充分な時間だった。
「いるの? 好きな人!?」
それはすごい衝撃。とんでもないショック。
だって、ほら、あれだよ。
なんとなくだけど、いつも一緒にいて、いつの間に好きな相手なんて作ったのか。全然気付かなかった。
私の目が曇ってただけか。
「いや。そんなヤツはいない」
「いやわかってるから。ほらほら、言っちゃいなさいよ」
心臓ばくばくさせながら、それでも何とか平静を装って言った。
この男が好きになった女の子ってのはどこのどいつか。どんな子なのか。
知りたい。というか知らないでいるわけにはいかない。
なんだかよくわからないけれど、その時はどうしようもなくそう思ったのだ。
だから、私はカードを切りながらこう言ってやった。
「じゃあ、次の勝負に勝ったら教えてよ」
「……仕方ないな」
私に引く気がないと悟ったのだろう。嫌々といった風にだけれど、ヤツは頷いていた。
「だが、一方的に話さなくてはならないというのは不公平だ。俺が勝ったら何をしてくれる?」
「う……何かひとつ、言う事を聞くわ。あ、言っとくけど、聞けることと聞けないことがあるからね!」
「いいだろう。ただし、条件を同じにするために、俺もひとつ言う事を聞くということにする。それで好きな相手を教えろと言えばいい」
それ以来、私たちは賭けを繰り返している。
トランプ勝負に始まり、ゲーム、テストの点数、どちらが先に登校するか、なんてことまで。
今までの一週間、一度も勝てていない。
何度もやっているうちに、だんだん腹が立ってきた。
ヤツの要求はいつも大したものじゃなかった。ジュースを奢れとか、いっても掃除当番を代われというくらい。だから、それはどうでもいい。
腹が立ったのは……勝てないことにもそうだけれど、それよりも今まで勝てていたということに。
今まではどんな勝負でも、互角に勝ったり負けたりを繰り返していた。
なのに、ヤツが本気を出した途端に全く勝てない。
それってつまり、今までは手を抜いていたってことでしょう?
ヤツには好きな女の子がいて。
どうでもいい私には手を抜いて相手してた。
腹が立たないわけがない。
今日のは今までのトランプの勝負なんかじゃない。大きな学校行事であるマラソン大会。
今までの負け分を取り返すためにも、今日だけは絶対に勝つ。
でも、少しペースを上げ過ぎかもしれない。だんだん苦しくなってきた。
もう先頭集団も人数が少なくなってきている。今、私の回りにいるのは運動部のエース級の人たちだけ。
さすがに私には無茶なペース。それでもスピードは落とせない。
絶対に、負けられない。
絶対に誰が好きなのか吐かせてやる。
そうしないと、この胸のもやもやが消えることはないだろうから。
ちらと視線を向けると、公園の前まで来ていた。
去年は確か、このあたりでヤツが追いついてきたんだっけ。
私もゆっくり走って待っていたのだけれど、随分と早く追いつかれたので驚いた。
そこからは二人並んでゆっくり走って。
夏の暑さに慣れた身体に、秋の風が気持ちよかった。
あまりゆっくり走ったので先生に怒られたけれど、そんなこと気にならないくらい楽しかった。
……なんで、今年はこんなに必死になって走ってるんだろう。
去年はアイツを待っていたのに、今年は追いつかれないように必死に走って。
全然楽しくないのに、こんなに一生懸命になって。
でも、速度を落とすわけにはいかない。
絶対に勝たないと。
……私、どうしてアイツの好きな人なんて知りたいんだろう。
知ったからって、どうにもならないのに。
応援するよ、とでも言ってやるの?
だったら、知らない方がいいんじゃないだろうか。
それなのに、こんなにムキになって。
こんなに嫌な気持ちになって。
アイツとも喧嘩して。
今までは、楽しかった、のに。
喧嘩なんかしても楽しいわけがない。
こんな女の事なんて、嫌いになったよね。
私だって、今の私はとっても醜いと思うもの。
私が意地になったから。
……謝った方が、いいのかな。
私が怒ってる理由は当然だと思う。思うけど、それでこんな気持ちになるなら、謝った方がいいんじゃないか。
知ってもどうにもならないことを聞くために、こんなことになってしまうくらいなら。
……勝ったら、言う事を聞かせられるんだよね。
何も好きな相手を聞くことにこだわる必要はないんだ。
ごめんなさい、かな。
ううん、それじゃ『言う事を聞かせる』じゃないよね。
許して、かな。
それくらいなら、聞けないことって程じゃない、はず。
それでも、許せないって言われたら。
どうしよう。
どうしよう。
今までみたいに仲良くできないなんてイヤだ。
一緒にいられないなんてイヤだ。
マラソン大会なんだから、ちょっとくらい無理なことでも聞けって押し切れるかな。
そうするしか、ないよね。
こんな嫌な女なんて、絶対に許したくなんてないはずだもの。
だったら、絶対に勝たないといけない。
勝てなかったら許して貰えない。そしたら私、もうどうしていいかわからない。
残りは1㎞を切っている筈。あと、多分500mくらい。
ふと背後に気配を感じて振り返る。
来た。男子の先頭集団。
その一番前に、アイツがいた。
足が速いのは知ってたけど、まさか一番だなんて。
慌ててペースを上げる。体中悲鳴を上げているけれど、そんなこと構ってられない。
校庭に入る。一周してゴールだから、あと300mくらい。なんとか逃げ切らないと。
振り返る。アイツの姿が近くなっていた。このままじゃ追いつかれる。
ペースを更に上げる。心臓が苦しい。なのに引き離せない。どんどん近づいてくる。あと200m。なんとか、勝たないと。それで許してもらって。好きな人のことなんてどうでもいいから。あと100m。また仲良くすごして、それで、いつかアイツはその好きな人のところに……
ちくん、と胸が痛んだ瞬間。
私の耳元に風が当たり、そちらを向くと。
ソイツが私を抜いて、そのまま、ゴールテープを切るところだった。
負け……た。
そのまま倒れるようにゴールに入ると同時に、がくりと膝をつく。
もう、立てない。
もう、立ち直れない。
今までアイツと一緒にいた思い出が頭の中でぐるぐる回っていた。
なんで、こんなことになっちゃったんだろう。
私が、意地なんてはったから。
自業自得、だよね。
仰向けになって空を眺める。
天高く、馬肥ゆる秋。
私の意地ばかり肥えてしまってこの結果。
ショックのあまり、もう涙も出ない。
ただぼけーっと空を眺めていた。
「……大丈夫か?」
「あー……うん、大丈夫」
うん、大丈夫。これで縁を切られても、最後にもう一度話せただけで満足だから。
「言う事、聞いて貰えるんだよな」
そうだった。言われて気付いた。
負けたんだから、言う事を聞かないといけない。
どんなことでも聞こうと思った。
許して貰えなくても、私のお詫びの気持ちを伝えたいから。
「その……なんだ。許して欲しい」
一瞬意味がわからなかった。
もしかして、私、今謝られてる?
「今までわかってて教えろと言っているんだと思っていたんだが……走りながら考えてみたら、お前の鈍さは俺の想像以上なんだと思い至ってな」
何かひどいことを言われてるらしい。
いや、何を言われても仕方ないんだけど。
「俺も意地になりすぎた。気不味いままいるのも嫌だしな。そろそろ観念し時だろうと思う」
ここまで来ると、流石に私にもわかった。
仲直り、してくれるらしい。
ヤバい。泣きそうだ。
「ううん、もういいの」
負けて、許して貰って、その上好きな人を教えて貰うなんて、贅沢が過ぎる。
「いや、いいとかじゃなくて」
「いいの、もう。仲直りして貰えるなら、それで充分」
あれだけこだわって、それで険悪なムードにしてしまった私にとって、それを聞かないのがケジメだから。
「いやだから聞けと言うのに」
「やだー! 聞かないー!」
逃げる。全力疾走で。
これ以上はもう絶対走れないと思っていたのに。
アイツも追いかけてくる。あれだけ走って疲れているはずなのに。
去年一緒に走った時も、確かこんな気分だった気がする。
どんなに疲れていても、楽しいことは別腹みたいだった。
このままでいられるといいな。
……もうしばらくだけは。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
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