キリ番
『詐欺師』
キリ番2050
出題者:P琢磨さん お題 『誕生日』『詐欺師』『食べ物の恨みは恐ろしい』
「誕生日、おめでとう」
裕紀の声と共に、二人のグラスがチンと澄んだ音を立てた。
今日は麻里絵の誕生日。記念すべきこの日を、二人きりで祝っているのだった。
「でも、ごめん。せっかくの誕生日だってのに、プレゼントを用意するどころか、今日の準備も全部君にさせてしまって」
「ううん。俳優を目指して一生懸命頑張っているあなたに、お金も時間もないのは知っているもの。あなた自身が、今日こうしてここに来てくれたのが一番嬉しいの」
二人は見詰め合って微笑んだ。
この、二十代半ばでしかない二人に不似合いなほどのマンションは、麻里絵の持ち物だった。
テーブルの上に並ぶ料理も、普通なら予約するのも苦労するような有名レストランのもの。
ただ『二人だけで過ごしたいから』というだけの理由で、わざわざ届けさせたものだった。
麻里絵の誕生日ではあるものの、その全ては裕紀のため。
毎日のように送っているプレゼントに比べれば、この程度は大した金額のものではない。
「僕たちが出会って、もうすぐ一年になるんだね。楽しい時間は早く過ぎるっていうけれど、本当にその通りだ」
裕紀のその言葉に、麻里絵はくすりと笑った。
「そうかしら。私は長い間、今日を待ってた気がするわ」
ワイングラスをテーブルに置き、麻里絵は立ち上がった。
そのままテーブルを回り込むと、床に膝をつき、裕紀の膝の上にそっと手を置く。
「私、ね。あなたに初めて会った時から、この人とは一生一緒にいるんだってわかったの。この出会いは運命なんだって。だから、これからも今までどおり……ううん、今まで以上にあなたを応援していきたいの」
麻里絵は裕紀の手を取った。その手を頬に押し当てる。
「私に、一生あなたのお世話をさせて」
上から目線ではあったけれど、それは麻里絵にとっては精一杯の愛の言葉。間違いなくプロポーズの言葉だった。
その、夢見るように瞳を閉じて、裕紀の手に頬擦りをしている麻里絵には見えないように。
裕紀は頬を歪めて嘲笑っていた。
それを悟られないように、声を落して喋る。
「ね、麻里絵。覚えているかな? もう10年近く前になるけれど……高校生の時に、転校してきた女の子がいたよね?」
麻里絵に返されたのは、プロポーズとは全く関係の無い言葉。それでも麻里絵はにこやかにその言葉に答えた。
「ええ、覚えているわ。裕子のことでしょう? 初めて会った時から、この人とは一生一緒にいるんだって思ったもの。絶対親友になれるって。……そう、思ったんだけどなぁ」
「すぐにまた転校して行って、それっきりなんだよね。……それで、その子の誕生会に呼ばれたの、覚えてる?」
「もちろん。切り分けたバースディケーキを、私が裕子の分まで食べちゃったってものすごく怒ってたわ」
その様子を思い出したのか、麻里絵はくすくすと笑い出した。
それを見詰める裕紀は無表情。まるで、今にも怒鳴りだしたいのを堪えているような、無表情だった。
「……そっか。覚えてたんだ」
膝の上に頭を預けるようにしていた麻里絵を振り払い、裕紀は立ち上がった。
「裕紀?」
いつも優しい裕紀の突然の手荒な行動に、麻里絵は思わず戸惑ったような声を上げた。
そんな麻里絵の様子を気にもせずに……いや、むしろそれを楽しそうに見下ろし、裕紀は嘲笑う。
「そのケーキは、高校生にはかなり無理をしないと買えないような高級なケーキだったんだ。きっと、麻里絵にはわからないだろうけどね」
裕福な麻里絵にはわからないだろう。普通の高校生が、ケーキひとつ買うのにも悩まなければいけないということを。どれだけのことを、我慢しなければいけないのかという現実を。
「ずっと以前に雑誌の特集で見かけて以来、ずっと食べたいと思ってた。でも気軽には買えなくて、諦めて我慢してた。それを、転校したてで早く友達を作りたくて、皆に喜んで欲しくて、友情の証にしたくて。欲しいものも我慢してお金を貯めて、何日も前から予約して、それでようやく買えたケーキなんだ。それなのに……わかるかい? それほどに楽しみにしていたケーキを目の前で横取りされた気持ちが? 自分の誕生日なのにバースディケーキが食べられない絶望が? 友情を育むためだったのに、自分ひとりだけケーキがないという孤立感が? 全ては麻里絵、お前のせいだ! お前が、僕のケーキを食べてしまったから!」
裕紀の……いや、裕子の表情が歪む。
それは復讐に捕らわれたものの表情。憎しみに身を焦がした者の、歪んだ般若面の表情だった。
「長かった。本当に長かったよ。あの後、僕は演技の勉強を始めた。特に男性の役ばかり選んでやった。それも全てお前に復讐するためさ。この一年、本当に楽しかったよ。お前が僕に使った金は幾らくらいになるのかな? 5、6千万くらいか? 億くらいはいってるかもなぁ? お前はそれだけの金を、お前に復讐することしか考えてない相手のために使ったのさ。終いにゃ女にプロポーズと来た! 本当にどうしようもない女だよな、お前は! くやしいか? くやしいだろう! はははは、ざまーみろこのばーかばーか!」
裕子は高らかに哄笑した。10年をかけた復讐が、今実を結んだのだから。
……その、なんというか、少し子供じみているけれど。
「それで、まだ返事を聞いていないのだけれど?」
その言葉で、裕紀の哄笑がぴたりと止まった。
10年。10年だ。
それだけの時間をかけた復讐にまんまと嵌められて。
それなのに、麻里絵の顔には怒りも悲しみも浮かんではいなかった。
むしろそこにあったのは、楽しげな、嬉しげな笑顔。
「は、はは。まだ解っていないのかい? それとも解りたくないだけなのかな? 僕の……いや、私の正体は裕子なんだよ。男のふりをして、お前に近づいた。ただ、復讐のためだけにね!」
「……それで、返事は『はい』かしら? それとも『イエス』?」
ここまで来て、流石に裕子も何かがおかしいことに気付いていた。
騙されて、高価な品をいくつも貢がされ、女にプロポーズしてしまった者の態度ではない。
戸惑う。何がどうなっているのかわからない。
それでも、復讐を遂げた者が復讐された者の前で恐れなどを見せるわけにはいかなかった。
それでは、まるで復讐が失敗してしまったみたいではないか。
「お前は騙されたんだよ。この一年間、お前は僕に騙され続けていたのさ!」
「騙されてなんていないわよ。言ったでしょう? 初めて会った時に『この人とは一生一緒にいるんだってわかった』って。……10年前に、ね」
裕紀は絶句した。
10年前。それは麻里絵と『裕子』が初めて会った時。
「やっぱり私の直感は正しかったわ。でも唯一、親友になれるって思ったのだけは間違いだった。親友じゃ我慢出来なくなっちゃったんだもの。裕紀……ううん、裕子ったらすっごく可愛いんだもの。ケーキを取られた時の呆然とした顔も、その後の怒った顔も、それで萎縮して友達も作れないでひとりで寂しげにいた姿も、全部が可愛くて悶え死にそうだったの」
「は……はったりだ! 騙されたことを認めたくなくて、適当なことを言ってるんだ!」
裕子は叫んだ。
そう信じていると言うよりは、そう思わなければ、耐えられなかったから。
「この10年間、復讐のために私のことだけ考えていてくれた間なんて、私ずっと濡れっぱなしだったわ。でも、私だって苦労したのよ? 他の人に気が向いたりしないように、友達や恋人が出来そうになるたびに人を使って邪魔させたり」
この10年間。
それだけあれば、復讐を諦めようと思ったこともある。
友達が出来そうになった時。
恋人が出来そうになった時。
演技が認められて、成功が見えた時。
でも、その全てが寸前で自分の手から逃げて行った。
そのたびに、自分には復讐しかないと決意を固めていったのだ。
まさか、その全てが……
「それで、返事を聞かせて貰えるかしら? 言っておくけど、『いいえ』も『ノー』も許さないわよ」
立ち上がり、麻里絵が裕子へと歩み寄ってきた。
何故か、服のボタンを外しながら。
「え……あ、そのちょっ、ま……!」
「そろそろ、いいわよね? もう10年も焦らされてたんだもの。もう我慢できないわ。あなただって、二人きりの部屋まで着いて来たんだから、それなりの覚悟をしてたんでしょう?」
状況が把握出来ていないながらも、身の危険を感じて裕子は後退さった。
でも、当然逃げる場所などない。
思いもよらない事実にほとんど呆然自失の裕子に、逃げる余裕など無い。
「大丈夫。一生世話をするって言ったでしょう? ちゃんと責任持って一生飼ってあげるから。……そうだ、言い忘れてたわね。誕生日のプレゼント、ありがとう。ここに来てくれて、あなた自身を貰えるのが一番嬉しいプレゼントだもの」
「え……え? あの……や、ダメ、ダメだっ……アッー!」
その日。
マンションのその部屋は、朝まで明かりが消える事はなかったという。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
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- にゃー
- お仕事募集ちう。
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