キリ番
『田舎の学校』
キリ番3636
リク主:日南森空汰さん お題 :『●ほんわか現代ものファンタジー』『全校生徒数25人』 『田舎の小学6年生、男女2人ずつ』『冬』
記憶よりもずっと低い位置にある取っ手に戸惑いながら、信也は教室のドアを開けた。
「悪い、遅くなった」
「よう信也、ひさしぶり。八年ぶりか?」
記憶にあったものよりもずっと大人びていて一瞬わからなかったけれど……直ぐに面影に気付く。
「よう、耕治。ひさしぶりだな」
もうみんな二十歳になっている。小学生の頃と変わってしまっているのは当たり前だ。
「お帰りなさい、信也くん」
「大丈夫よ。私達も今来たところだから」
その後ろの女性二人は沙里と斗和子に違いない。
間違えるわけが無い。生まれてから小学校を卒業するまでの12年間、四人はいつも一緒だったのだから。
「で、八年ぶりの島はどうだ?」
耕治の差し出す缶ビールを受け取る。学校の机を並べたテーブルの上には、沙里が作ったのだろう料理が並んでいる。
斗和子の誕生日が一週間ほど前。全員酒が飲める年になるのを待っての同窓会だった。
「空気が美味いし星も綺麗だし、なんといっても暖かいのが一番だな。東京と比べれぱ、まるで天国みたいだ」
東京と比べて……何気なく自分が口にした言葉が悲しかった。
いつの間にか、自分の基準は東京になってしまっている。
小学校を卒業するのと同時に島を離れ、今では東京の大学生活にすっかりなじんでしまっていた。
『ふるさとは遠きにありて思ふもの』。まさしくその通りだ。
「ねぇねぇ、やっぱり東京って寒いの?」
「いや、どちらかというと、ここが暖かすぎるだけだけどな。冬でも平均気温15℃くらいあるだろ」
まさに『南の島』であるここでは、冬でも寒さを感じることなどほとんど無い。
「そうすると、雪もたくさん降るのか?」
当然、雪が降ることなどない。雪はこの島の住人にとっては憧れの対象だった。
「ほとんど降らないな。でも降ると電車が止まったりして大変だよ」
その憧れの的である雪も、慣れてしまえばただの邪魔者にしか感じない。
「そうか。いいなぁ。俺たちはまだ一度しか見てないもんな」
「そうよね。もう一回見たいわよね」
「私ねぇ、ココに飾る写真を撮ろうと思って、デジカメ買ったんだぁ。雪の写真取りたいねぇ」
やはりこの島の時間はあの頃のまま動いていない。
自分だけが変わってしまったことに、信也は静かにため息をついた。
「……でもこの校舎、まだあったんだな」
「ああ。誰にとっても思い出の場所だからな」
この島の住人は、全員この学校に通って大人になったのだ。
この校舎を愛していない者などいない。
「今は島の資料館になってるのよ」
確かに壁際に机が並べられ、ひと目では何だかわからないようなものが雑多に置かれている。
「へー……って、なんだこのカボチャ」
「一郎が作ったヤツだよ。大きさを比べる大会で何位だかに入ったんだってよ」
確かに大きい。観賞用カボチャという奴だろう。
順位が明確でないということは、多分三位以内には入っていないのだろう。これより大きい物が少なからずあるというだけで驚きだ。
「こっちの昆虫標本は?」
確かに綺麗だけれど、見たところわざわざ展示するほど珍しい物があるようには見えない。
「伸介のヤツだな。島の生態の展示とか言ってたけど、ただの趣味だよ」
その信也の表情に気づいたのだろう。斗和子がにやりと笑った。
「展示品は全部こんな感じね。資料館というよりは、邪魔だけど捨てるわけにいかないものを置いとく物置って感じ。ホント重宝してるわ」
「物置じゃないよー。ちゃんと管理してるんだから」
何故か沙里が怒った。
「この資料館、今は沙里が館長してるのよ」
そういえば、沙里は昔からしっかり者で、整理や保管などが得意だった。
思い入れのあるこの校舎で、みんなの思い出のある品の管理をしていられるのは、きっと天職なのだろう。
「そうか。だからここを同窓会なんかに使えるのか」
「そ。何かあると使わせて貰ってるから、重宝してる」
「うん。この校舎も使って貰った方が嬉しいだろうしね」
どうやら耕治たち三人は、今でも何かあるたびにここに集まっているらしい。
変わらずにいてくれたことが嬉しい反面、信也は自分がそこに加われていないことに寂しさを感じていた。
「……そうだよな。8年前までは、毎日生徒が25人も通ってたんだもんな」
廃校になった年の生徒数は25人。
信也たち4人が、この学校最後の卒業生だった。
「そういや耕治は家を継いだんだっけ?」
「ああ。島に店はウチ一軒しかないからな。閉めるわけにゃいかねーんだよ」
子供の頃は、いつも耕治の家の店で買い食いしたものだ。
その店を、耕治は高校を卒業してすぐに継いだと聞いていた。
「斗和子は短大だったな」
「そ。今年卒業で、もう就職先も決まってる。来年からは一流企業でキャリアウーマンよ」
成績よりも運動神経の方が良かった斗和子には、似合わない進路だと耕治と二人で笑ったものだ。
「キャリアウーマンというか、本島にある工場の事務だけどな」
「いいのよ。バリバリ仕事して実力でのし上がってみせるんだから」
「仕事がわからなくて書類をバリバリ破るの間違いだろ」
「ふふふ。死にたいらしいわね」
「ははは。やれるもんならやってみろ」
茶化す耕治とそれに乗る斗和子。その関係も昔のままだ。
こうしていると、だんだんと昔に帰れる気がしてくる。
ふと我に返れば、本当の自分はずっと遠くに来てしまっていることに気付いてしまう。
そうわかってはいても、こうしている今だけは。
「……こっちは変わりなさそうだな」
「うん。こんな島だと、そうそう変わることもないよ。……あ、でも悠くんがもうすぐ結婚するんだっけ」
沙里の言葉に記憶を手繰る。最後の生徒は25人いるけれど、誰一人として忘れてはいない。
「悠って確か四年生だったから……まだ18だろ? もう結婚するのか?」
「むしろ18になるまで待ってたんだよ。耕治もそうだけど、島じゃ中卒高卒で親の後継ぐのが当たり前だから、結婚も早いんだよ」
島にいた頃は、信也も二十歳くらいで結婚するのが当たり前だと思っていた。
そんなことも忘れてしまっていたのだ。
「哲郎くんと海斗くんの兄弟も、中学卒業してすぐにお父さんと漁に出てるよ」
「泣き虫海斗が漁師か……あの時二年だったから、今年16になったんだよな? 大丈夫なのか?」
「哲郎くんもついてるし、なんとかやってるみたい」
負けず嫌いの哲郎なら大丈夫だろう。むしろ厳しくしすぎていないかの方が心配だ。
「そうそう。でさ、海斗のヤツ最近色気づいてきたみたいで、由香に色目使ってやがんの」
斗和子とやりあうのに飽きたのか、耕治が戻っていた。
斗和子の方はまだやり足りないようだけれど、ひさしぶりに帰って来た信也を無視しないくらいの思いやりはあるらしい。
「海斗は昔から由香に懐いてたからなぁ。……でも由香の方が三つも年上だろ?」
確か、あの時は海斗が二年で由香が五年だったはず。二人の関係はどう見ても姉弟で、海斗の方が一方的にあこがれているだけにしか見えなかった。
「それがね、由香もまんざらじゃない感じなのよ。もしかするともしかするかもよー?」
「それじゃ、二組目の結婚が出るかもしれないのか」
「いや実はすでに、剛と恵美が今年の春に結婚してる」
いきなりの話に、信也は仰天した。
「剛と恵美って、……いつも喧嘩してた2人だろ? なんでいきなり結婚してるんだよ」
「信也って鋭い方だと思ってたけど、やっぱり男の子ね。あの2人は『喧嘩するほど仲が良い』の典型よ」
「そう、なのか……」
やはりこの世は謎に満ちている。
「で、お前はどうなんだ? 東京で今時の彼女でも出来たか?」
「そうそう、信也は島にいた時からすごくモテてたからね」
「ほら、加奈子ちゃんとか香ちゃんとか、いつも信也くんのこと見てたでしょ? あ、そういえば南ちゃんもそうだったかな」
「……そんなわけないだろ。俺は全然モテないよ」
好きな相手に好きになってもらえないのならば、それはモテたとは言わない。
「それならさ、せっかく島に戻ってきてるんだから、1人か2人連れて帰ったら?」
そう言って笑う顔が無性に腹立たしい。
「それより耕治こそ、結局どっちと付き合うことにしたんだ?」
反応は劇的だった。
「な、何言ってんだよお前」
「そそそそうよ、私達がつきあうなんてそそそそんな」
「そ、そーよ、なんで私がこんなバカと!」
「もういい。大体わかった」
どうやらそちらも八年前から何も変わっていないらしい。
「……でもさ。八年も経つのに私達、仲良いよね」
「そうだな。いつも一緒にいるお前達はともかく、八年間ほとんど会ってない俺のことも忘れないでいてくれてるんだからな」
連絡はわりとこまめに取り合っていたけれど、今もまだ『友達』として認識してくれていたのには驚いていた。
三人での生活に一生懸命で、昔の友人なんて名前という記号だけの存在になっていると思っていた。
「忘れるわけないだろ。ほら、あの雪が降った日のこと、覚えてるか?」
「……もちろん、覚えてるさ」
あれは、この学校最後の年のことだった。
「急にこの学校は廃校になります、なんて言われたって納得出来るわけないよな」
本当は急にではなかったのだと思う。
前々からそんな噂はあった。不安を感じてもいた。
でも、六年間通い続けた者からすれば、例え一年も前に通告されたのであっても、それは急なことなのだ。
「あの時は、廃校にしないように皆で頑張ったもんだよな」
「そうよね。江美子のお爺さんが村長だから、皆で泣き落とししに行ったり。それで変わるくらいなら、最初から廃校になんてなるわけないのにね」
子供に出来ることなんて高が知れていた。
廃校の原因は村の財源だ。子供にどうにか出来るような問題ではない。
出来ることは、ただ大人に頼ることだけ。それで財源が降って湧いてくるはずもない。
「村長だって、学校を無くしたいわけがなかったんだよ。それでもどうにもならなかったんだってこともわからないくらい、子供だったんだろうな」
村長もこの学校の卒業生だ。学校の行事には率先して参加していた。
長く生きている分だけ、その思い入れは耕治たちより強かったかもしれない。
「それでいよいよどうにもならなくなってさ。最後は校舎に立てこもったんだよな」
「今思うとバカな事をしたと思うけどな。誰だ、あんなこと言い出したヤツは」
ぽつりと出た言葉だった。
でも信也のその言葉に、残りの全員が変な表情をした。
「……何だよ」
「お前だよ。あれ言い出したの」
「俺?」
そんなはずはない……と思う。
自分がそんな子供じみたことを言い出すはずが……
「ええ。間違いないわね」
「うん。覚えてるもん」
そう言われてみれば、そんな気もしてくる。あの時は、確か。
「……思い出した。『ぼくらの七日間戦争』だ」
あの事件の少し前、テレビであの映画を見ていた。
それであんなことを思いついたのだろう。
「そうか、俺のせいだったのか。……なんというか、悪かった」
あんな大騒ぎになって、みんな色々大変な思いをしたはずだ。
その責任が自分にあるのなら、本当なら謝ってすむ問題ではない。
「悪くなんかねぇよ。俺たち全員、あのままじゃ納得出来なかったしな。その思いを向ける方向を教えてくれただけでありがたかったよ」
「うんうん。あのもやもやした気持ちのまま廃校になったんじゃ、今でもすっきりしなかったと思うし」
「まぁ、ね。あれで現実は変わらなかったけど、私達の気持ちは変わったわね」
それは信也も同じだ。
今この校舎を純粋に懐かしく思えているのは、あの時全力を尽くせたと納得出来ているからだろう。
「でも、思ったより大事になって、俺の方が驚いたよ」
「そうだなぁ。始めは俺たち4人だけのつもりだったのに、結局25人全員参加だったもんな」
こんな大変なことに、下級生達を巻き込めないと言ったのだけれど。
「一番最初に参加するって言い出したのは弘之だっけ?」
「ああ。五年の中じゃリーダーだったしな。でもさ、弘之とか太郎とかならわかるよ? 戦力になるし。でもはっきり言って、一年生だった英子たちまで参加するとか言い出した時はどうしようかと思ったよな」
みんなダメだと言っていた。ただひとり、沙里以外は。
「だって、みんなこの学校に思い入れがあったんだもん。仲間外れはかわいそうだよ」
それはそうかもしれない。でも、だからといって参加させるのは無理があった。
「でもさ、やっぱり怖くなって、美奈が泣き出しちゃって」
「そうそう。で、つられて啓太と妙子も泣いてたっけ」
「終いには、どんすけとかんすけの双子が、腹減ったとか全然関係ないことで泣き出したりしてな」
そうでなくてもあの二人は、いつも二言目には『おなかすいた』だったのだけれど。
「そういやあの二人、まだ太ってんのか?」
「おう。とうとう二人合わせて300kgの大台に乗ったぞ」
どうやらそこも変わっていないらしい。
「……そうか。なんか安心した」
「ダメだよ、あんな太り方したら身体に良くないから」
「奴らにとっちゃ、無理に痩せる方が身体に良くないと思うぞ」
物心付く頃にはもう太っていたのだから、二人にとってはそれが自然なことなのかもしれない。
「それで、結局手に負えなくなって、調理室でおにぎり作ったのよね」
「忠直んとこからこっそり米持ってきてな」
忠直の家は、島で数少ない米農家だった。平地も水も豊富とは言えないこの島では、田んぼを作るのも簡単なことではない。
「あれ、本当に美味かったよなぁ。いまだにあれより美味いもの喰ったこと無いよ」
「みんな手伝ってくれたからだよ。特に忍ちゃん、料理上手いし」
あの時のおにぎりの味は今でも忘れていない。
いや、正確には今思い出した。心の奥底にずっとしまっていた思い出だ。
そうやって何とか立てこもりを続けていたのだけれど、やはりいつまでもそうしていられるものではない。
「で、いよいよにっちもさっちも行かなくなって……」
「こうなったら武力行使だ! って時になってだよな」
示し合わせたように、四人全員が空を見上げた。
あの時と同じように。
「そう。……雪が、降ってきたのよね」
生まれて初めて。
それどころか、島の歴史の中ですら始めての雪が。
「それまで晴れてたのに、雪が降ってきて始めて雲が出てるのに気付いたってくらい、急だったよね」
「生まれて初めて見る雪だったもんなぁ。呆然として、毒気を抜かれちまったんだよな」
それは、あまりにも感動的な光景だった。
薄暗く雲で覆われた空から、白い雪がちらほらと舞い降りてくる。
大人も子供も、ただ呆然と空を見上げていた。
「実は私ね、あれは学校が『もういいよ。ありがとう』って言ってくれたんだって、今でも思ってるの」
本当なら皆して否定するはずの沙里のその言葉を、でも誰も笑わなかった。
「……実は私も」
おずおずと斗和子が手を上げる。バカにされるかもしれないと思っているのだろう。
「……俺もさ、なんか心に直接話しかけられてる気がしてた」
耕治も同意する。
同じ意見の三人は顔を見合わせ、それからひとりだけ黙ったままの信也へと視線を向けた。
信也は子供の頃から、徹底した現実主義者だった。校舎が意志を持っているとか、雪を降らせただとか、そんなことは信じない。
信じないのだけれど。
「……事実がどうであれ、そんな風に感じてたことは確かだ」
『感じる』ことだけは、止めようがなかった。
「そっか。えへへ、なんだか嬉しいな」
沙里が笑う。斗和子も笑っていたし、耕治でさえ照れた微笑を浮かべていた。
つられて、信也も自分の頬が緩ぶのを感じた。
八年も離れ離れでいれば、普通は友情なんて過去のものになってしまうのだと思う。
でも、信也たちの八年間は、ただ過ぎただけのものではない。
あの『戦い』とあの『雪』によって繋がれた八年間だった。
それによって、今でもずっと繋がり続けているのだろう。
「あ……ねぇねぇ、見て!」
斗和子の声に促され、空を見上げる。
空から白いものが舞い降りていた。
雪とは言えないくらい、ほんのまばらに。
それでも間違いなく、白いものが舞い降りてきている。
「カメラカメラ!」
沙里が慌てて駆け出していた。きっと、この光景を写真に収めるつもりなのだろう。
八年前のあの雪が、信也たち四人を今まで繋いでくれていた。
それならば、それと同じように、この雪がこれからの自分たちを繋ぎ続けてくれる。
信也には、そんな気がしていた。
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プロフィール
- 名前
- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
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