キリ番
『個性的』
キリ番3700
リク主:日南森空汰さん お題 『●都会の学園もの』 『●ちょっとシリアス』 『●登場人物は(いつもの倍くらい)個性的で』
「宮田ぁっ! また江川が!」
教室に駆け込んできたクラスメイトの叫びに、俺は大きくため息を吐いた。
「あのな、なんでいちいち俺んとこに来るんだよ!」
「だってお前、江川係じゃん」
江川は最近このクラスに転校してきた女の子だ。
一応日本人だけれど、生まれてからずっと外国に住んでいたということで、日本のことを全く知らない。
その面倒をみる世話係として、俺が指名されたのだ。
外見だけ見れば、江川は間違いなく可愛い。しかも帰国子女。
二つ返事で引き受けたのだけれど、……まさかこんなことになるなんて。
「いいからとにかく来てくれよっ! 俺たちじゃどうにもならねぇ!」
「ああもう!」
俺が行ったからってどうにかなるわけではないのだけれど、頼まれたら嫌とは言えない性格が恨めしい。
腹がキリキリと痛む。中学生にして、すでに胃に穴が開きそうだった。
逃げ出したいのを必死に堪え、走ってたどり着いたその先には。
「ウラウラウラウラウラララララララララララララララララ!!!」
右手にヤリ。左手にニワトリ。
顔中真っ黒に塗りたくって、鳥小屋の中で踊り狂う江川の姿があった。
しかも全身砂まみれ。きっと身を隠すために、匍匐前進でもしたのだろう。
「何やってんだお前は!」
慌てて鳥小屋の中に駆け込む。
今までこいつがしでかしてきたことを考えれば、今更このくらいで驚いてなどいられない。
「狩りだ。お前も喰うか?」
差し出されたニワトリのピーコが哀れげに鳴いた。
まだ絞められる前だったらしい。間に合った。
「喰わねーよ! ってーか狩をするな!」
慌ててピーコを奪い取る。弱ってはいるが、命に別状はないようだ。トリ小屋の前で涙目になっている飼育係に大丈夫だと頷いてみせた。
「狩りをしなければ喰えない。喰えなければ死ぬ。これ常識」
「日本では狩りをしないのが常識なの!」
江川の両親はNGOだかODAだかでずっとアフリカの奥地にいたらしい。
生まれてからずっと大自然……というよりも野生の中で育った江川に、日本の常識を理解しろと言う方が無理かもしれない。
両親共に日本人のはずなのに、日本語も微妙に怪しい。
「そうはいかない。狩りをしなければ喰えない」
「狩りなんかしなくても食べられるだろ!」
日本……というか文明国の買い物という制度自体から説明しなくてはいけないのかと、俺は絶望的な気分になっていた。
「それはオカシイ。お前もニワトリや牛や豚を喰うだろう」
「確かに、食べるけど……」
そもそもお金という概念があるのだろうか。物々交換の仕方から歴史を追って説明しなくてはいけないのかと、俺は頭を抱えた。
「それは、誰かがお前の替わりに狩りをしているということだ」
どうやら物々交換くらいの知識はあるらしい。微妙に安心した。
「狩りしてるわけじゃないんだよ。牧畜っていって……」
「どう育とうが関係ない。生き物を捕まえて、殺して、喰う。狩り以外のなんだというのだ?」
俺は言葉に詰まった。
『野生』と『家畜』といういう但書きさえ忘れてしまえば、その違いはどこにあるのだろう。
そのどちらもしたことのない俺には、何が違うのかを正しく教えるなんてこと、出来るわけが無い。
「お前たちは狩り以外の仕事をして、その分狩りをした者から獲物を分けて貰う。狩りをする者、果物を集める者、政をする者。みんな役割が違って助け合う。しかし私は狩りしか出来ない。故に狩りをする」
働かざるもの喰うべからずという、当たり前のこと。大人も子供も関係ない。
子供は勉強するのが仕事……そんな都会の理屈が通じないところで、江川は育ったのだ。
「でも、あれだ……ずっと可愛がって育ててたんだから、ピーコを殺したら可愛そうだろ?」
同意を求めて鳥小屋の外に視線をやる。飼育係の子がうんうんと頷いていた。
「では、知らないニワトリはかわいそうではないのか?」
江川のその問いに、俺は答える言葉を持たなかった。
知らないニワトリが、目の前で死んだのでなければ『かわいそう』ではない。
それの意味は……『俺の見てないところで殺してくれ』。
「日本人はよくわからない。知っているニワトリはかわいそうで、知らないニワトリはかわいそうではない。頭が良い動物は喰ってはダメで、頭の悪い動物は喰ってもいい」
後のは日本人じゃないよ、と思ったけれど、理屈はきっと同じこと。
「世界は弱肉強食。弱ければ殺されて喰われる。頭が良いのは強者の条件だ。だから人間は喰う。それより頭が良いのでなければ、程度は関係ない。みんな喰われる側だ」
心が『それは違うと叫べ』と言っている。そんな、弱い者は死んで当然みたいな考え方。
でも、喰う側にいたからこそ、俺は今生きているのだというのは純然たる事実。
……そんなこと、考えたことも無かった。
その意味をまともに考えたこともない俺が、反論なんて出来るわけが無い。
「全ての生き物は食物連鎖の中にいる。強いライオンや、巨大な象もだ。私達はライオンも狩って喰った。私の中にはライオンの命が宿っている」
江川のこの様子からすれば、きっとライフルでハンティングなんて優雅なものではないのだろう。
原始的な弓矢か。下手をしたらヤリで。
「あの時は私が喰う側だったが、次はわからない。私より強いライオンが現れれば、私は喰われる側になるだろう。それが自然の掟だ」
自分が殺されて食われることを、江川はまるで当たり前のように話している。
いや、それは江川にとって正しく当たり前なのだろう。
同じ人間の形をしているにも関わらず、俺には江川がまるで違う生き物のように感じられた。
「植物はいい。人間は死ねば土に還って養分になる。覚悟の在る無しに関わらず、植物には絶対に喰われることになる。しかし、動物に喰われる覚悟のないものは、動物を喰う資格は無い。喰わなければ生きていけない。だから、喰われる覚悟のないものは生きていてはいけない」
ぎろり、と江川の瞳が俺を睨め付ける。
一瞬で背筋が凍った。
感情のないその瞳。深い闇のようなその穴。
獲物を捕らえる落とし穴のようなその孔に吸い込まれ、時間すらもが止まっていた。
「……お前は、生きているのか?」
自分の手で命を奪い、屍を解体し、それを喰らった者の目。
それは紛う事無き喰う側の瞳。
そして俺は、きっと喰われる側の眼をしている。
「もー! 江川さん、ぴーちゃんいじめちゃだめでしょー!」
先生の声にふっと視線が逸らされ、時が動きを始めた。
「しかし狩りをしなくては喰えない」
「ぴーちゃんは卵を採るために飼ってるんだから食べちゃダメ!」
「卵は美味い。喰えないのは困る」
そんな呑気な会話を聞きながら、俺の全身は冷たい汗でじっとりと湿っていた。
その日以来、俺は肉を食べられなくなった。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
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