キリ番
『ケンカ友達』
キリ番4650
リク主:筑波みかんさん リク :『web握手お礼画面の、戦ってる二人のお話』
何の変哲もない、人々が行き交う普通の平和な街角。
一見すればそう見えても、一歩路地を裏に入れば違う世界へと豹変してしまう……そんなところは決して珍しくはない。
この辺りもそうだった。
カツアゲに会うくらいで済めばまだ良い方。虫の居所が悪いから、程度の理由で半殺しにされる程度は日常茶飯事。
表通りと道一本隔てただけなのに、奥に向かって一歩足を進めるごとに危険度が上がっていく……ここはそんな場所。
でも、英介にとってはとても居心地のいい場所だった。
危険がないからではない。
その逆だ。ここでなら、思う存分ケンカが出来るから。
地元の人間なら聞いただけで顔をそむけるようなこの場所も、英介にとってすれば、ケンカしたいという欲求を満たせる、ありがたい場所でしかなかった。
その裏路地を、相手を求めてうろつき歩く。
人気はほとんどなく、たまに見かける顔も大抵顔なじみだ。その全員が、英介と目が合う前に顔を背ける。
ケンカ馬鹿の英介は、このあたりではすでに名が売れている。腕に覚えのあるヤツは既にほとんどが英介に負けているし、そうでないヤツは関わろうとはしない。
どうやら今日は、仲間を集めて大勢で襲ってこようというヤツもいないようだ。
その気がない奴を弱いものいじめしても仕方ない。今日はもう帰ろうか……と思った、ちょうどその時だった。
路地の隅に女の子がいた。長い髪をポニーテールに結んで、腿で切ったジーンズを履いた、活発そうな女の子。
気が強そうな視線を目の前の男に向けている。ガクランを着崩した、いかにもな不良だ。
視線を向けているというか、睨んでいるという方が近い。明らかに好意的な視線ではなかった。どう見ても恋人同士などではない。
よくよく見てみれば、男の方には見覚えがある。このあたりにたむろしている不良のひとりで、何度か伸してやった事がある。
「……いい加減にしてください」
「良いじゃねぇか。仲良くしようぜ」
わかりやすい会話だった。いかにも雑魚丸出しのあの不良では、仕方ないかもしれないけれど。
女の子の方は、多分この辺りの者ではないだろう。地元の人間なら、女の子がひとりでここに来ればどうなるか、知らない者はいない。
人助けなら弱いものいじめも仕方ないよな、と助けに入ろうとして……英介はふと思った。
知らなかったとはいえ、こんなところまで来てしまったのはこの女の子の過失だ。
いつも誰かが助けてくれるとは限らない。少し怖い目にあって、気をつけるようにさせた方がこの子のためになるんじゃないか。
相手は女の子だ。いくら不良でも、いきなり殴りかかったりはしないだろう。まずは壁に追い詰めるなり抱きすくめるなりして、女の子が抵抗できないようにするはずだ。
そうやって女の子が恐怖に戦いたところで俺参上。華麗に不良を撃退すれば、女の子ははそれはものすごく感謝してくれるに違いない。
目的が違ってしまっている気がするけれど、そんなことはどうでもいい。
英介は、物陰から二人の様子を窺った。
先程と同じ押し問答がしばらく続き……やがて業を煮やしたのか女の子が何か言ったのか、不良が女の子に襲い掛かる。
それを確認して、一歩踏み出した英介の足が止まった。
何が起こったのか、英介にはよくわからなかった。
襲い掛かろうとした不良の腕を女の子が掴み、捻った。
英介の視界に入った事を全て説明しても、ただそれだけ。
それだけなのに、不良はくるりと一回転して、次の瞬間には背中から地面に叩きつけられていた。
何が起こったのかわからない。
わからないけれど、英介はその女の子の動きを、美しい、と思った。
少し遅れて、受身も取れずに背中を強打した不良が咳き込む。もしかしたら、自分が投げられたのだということすら、まだわかっていないかもしれない。
「て……めぇ、何しやがった!」
身を起こしながら不良が叫ぶ。
それはこっちが聞きたい。傍から見ていても全くわからなかった。
でもそれが偶然でもまぐれでもない事は、女の子の身のこなしと表情を見ればすぐにわかる。
「……止めとけよ。お前じゃこの子をどうにも出来ないから」
「なんだてめぇ……」
そう言いかけて、相手が誰だかわかったのだろう。
不良は口を閉じて視線を逸らした。英介に敵わないという事は、身体で知っている。
行け、と視線を示すと、不良は助かったとばかりに去っていった。
「……何? あんたもあいつの仲間?」
向けられた厳しい視線が凛々しさを湛えている。
いつの間にか、女の子は構えを取っていた。
不良相手には構えていなかったから、英介がどのくらい強いのかわかるのだろう。
握り拳を作らず、手刀をこちらに向ける構え。さっきの技からしても、打撃系の格闘技ではない。
遠目ではわからなかったけれど、こうして近くで向き合えばすぐにわかる。
間違いなく、この子は強い。
「違う違う、絡まれてるみたいだから助けようとしたんだけど……必要なかったみたいだな」
「ふーん?」
一度観察するように英介の全身に視線をやってから、女の子は構えを解いた。英介に害意がないことがわかったのだろう。
でも、明らかに警戒は解いていない。
流石に良い勘をしている。
「俺は英介ってんだ。こんなとこにひとりで来るなんて、あんたこの辺の奴じゃないだろ」
「怪しい人に名乗る名前はないんだけど……んー、まいっか。私は留美子。ここには最近引越してきたばかりなの。街を見て回ってるうちに、なんか寂れたところに来ちゃったなって思ってたんだけど……この辺りっていつもこんななの?」
留美子は不良の逃げていった方へ視線をやってから、周りを見回した。
治安が悪い事と寂れている事、その両方についての質問なのだろう。
「まともな奴ならまず近寄らないな」
「……でしょうね。私もこれからはそうするわ」
「ところでさっきの技、何? 多分投げたんだろうとは思うんだけど」
英介は、ちらと女の子の身体に視線を向けた。
女の子にしては長身だけれど、それでも男とは明らかに体型が違う。女の子特有のほっそりとした体つきで、どう見ても男ひとりを、腕の力だけで投げ飛ばせるようには見えない。
「私の家、合気道の道場なのよ」
ケンカばかりしていれば、当然武道などにも詳しくなる。合気道という名前くらいは聞いた事があった。
ケンカ中心の不良の中には、空手やボクシングをかじっている奴は少なくない。格闘技経験なしで名前が知られるくらい強い奴なんて、英介くらいのものだ。
でも、その中に合気道経験者はいなかった。
「実は俺、強い奴と戦うのが好きなんだ。でも、この辺りの奴じゃ相手にならなくてさ。手合わせしてくれないかな?」
合気道のことを聞いたときは、相手の力を利用して投げるなんて卑怯な気がしたし、本当に強いのかと疑問に思っていた。けれど、今ので完全に認識が変わった。
あんな魔法みたいな事が出来るなんて、ただ力が強いだけの奴よりずっとすごい。そして何よりも、間違いなく強い。
どんなものなのか、実際に戦ってみたい。ケンカが生きがいの英介のような人間からすれば、当たり前の欲求だ。
「イヤよ。合気道だって好きでやってるんじゃないし」
そう言うけれど、嫌々やってあの腕前になれるとは思えない。
「そこを何とか。頼むよ」
英介からすれば、初めての合気道の使い手。しかも強い相手だ。イヤだ、わかりました、というわけにはいかない。
「それに、合気道を自衛以外で使うのは禁止されてるの。無闇に戦ったりしたらおこられるから」
「……だったら、自衛のためならいいんだよな?」
さっきの不良みたいに。
返事を待たずに、英介は殴りかかった。もちろん、本当に当てるつもりはない。寸止めで本気だという事をわからせて、その気にさせる。
そのはずだったのだけれど。
今度も、何が起こったのかよくわからなかった。
わかったことは、留美子が向かって左側に動き、英介の背中を軽く押したということ。
それを理解する前に、英悟は顔面から地面に突っ込んでいた。
「ちょ……受身くらいとりなさいよ」
そんなことを言われても、自分が転んでいることにだって今気付いたのだ。
何をされたのかわからない。押されたのは確かだけれど、決して転ぶような強さで押し倒されたわけではない。とん、と突かれたくらい。
それで何故自分が転んでいるのかわからない。
「はは……すげぇ。いやいやホントすげぇよ」
何故か笑いが吹き出ていた。
何をされたのかすらもわからないくらい、自分が子供扱いされるくらい強い相手と出会えた。
英介のような人間にとって、これほど嬉しいことはない。
「えっと、本当に大丈夫? 頭とか」
「いやいやホント、こんな楽しいのは久しぶりだわ」
十人連名で呼び出されて行ってみたら、武器を持った三十人が待っていた時以来だろうか。
鼻血を拭いながら、英介は立ち上がった。
今のは寸止めのつもりだった。本気ではない。多分留美子の方もそうだろう。
お互い本気でやったらもっと楽しいはず。嬉しくないはずがない。
その英介を見て、留美子も構えを取った。手合わせを断っても、一方的に殴りかかられるだけだとわかったからだろう。
慎重に隙を窺う。が、留美子は明らかに英介より強い。隙なんか見せるわけがないし、読み合いで勝てるとも思えない。
だとすれば。
「先手必勝!」
自分から動く。弱い方が勝つには、勢いで押し切るしかない。それに……勝つ策が、ないわけではない。
同時に観察する。留美子がどう動くのか。それを見るには、ここが特等席だ。
英介が拳を振りかぶったのと、留美子が動きを始めたのとはほぼ同時だった。
一歩踏み込みつつ、鉤にした右手で英介の拳を左に受け流しながらつかみ、それを左にひっぱりながら、自分の腰を支点にして、英介の体を払う。
それだけの動作を、英介の腕が伸びきるまでの間にこなしたのだ。
どう動くかはともかく、こうなる事くらいのことは英介にも予想が出来ていた。
予定通り身体を捻り、華麗に着地を……
がん。
「……だから、どうして顔から突っ込むわけ?」
確かに、無抵抗に投げられていれば、きっと背中から落ちていたのだろう。そうすれば、こんなに痛い思いはしていないはず。
「痛くないからって無抵抗に投げられてたんじゃ、ケンカじゃねえだろ」
勝つために、怪我をする事がわかっていても足掻くのがケンカというものだ。どんなにボロボロになっても、最後に立っていた奴が勝ちなのだ。
無傷で勝つのが目的なんてのは、お上品なスポーツ武道にでもやらせておけばいい。
立ち上がり、三度殴りかかる。
技で勝てないなんてのは充分わかっている。後は、単純な速さ。反応できないくらいの速さで攻撃するか、後は……
ふわり、と英介の体が宙を舞った。
思ったとおり。
いくら留美子くらい強い奴でも、投げる瞬間はどうしても無防備になる。相手の力を利用しているからこそ、自分の動きも制限される。相手を掴んでいるから、防御するための両手がふさがる。
そのがら空きの顔面に拳を叩き込めば、英介の勝ちだ。
自分の拳を、この──留美子の、綺麗な顔に?
がん、と顔面に衝撃。
「だから、どうして顔から突っ込むわけ?」
「……うるせぇ。ほっとけ」
さっきとは反対の鼻から噴出した鼻血を拭いながら、英介は立ち上がった。
こんな楽しい事、ここで終わらせるのはもったいなさ過ぎる。
「……はぁ。まったく」
諦めた様子で、留美子も構えを取った。
こちらは、全然楽しそうではなかったけれど。
「……私も用事があるから、そろそろ終わりにして欲しいんだけど」
立ち上がるにも時間がかかるくらいボロボロになった英介を見下ろしながら、留美子が呟いた。
肩で息をしているけれど、疲れ以上のものは見えない。
結局、あれから一度も英介の攻撃が留美子に届くことはなかった。
「……そうだな。今日はこれくらいにしといてやる」
負け惜しみなのか本気なのかわからないことを言う。
「本当に、これくらいにしといて欲しいわ」
留美子は溜め息をはいた。
「それにしてもお前、本当に強いな」
これだけやられても、英介はまだ笑っていた。本当に楽しくて仕方ないという表情で。
「……悪かったわね。女のくせに強くて」
不貞腐れた顔で、留美子が呟いた。
「強いのに男も女もねーだろ。それに、俺より強い奴に初めて会った。もう、嬉しくて仕方ねー」
「……変な奴」
「それによ、お前の技、いちいち全部綺麗なんだよ。時々見とれて防ぐの忘れちまうんだよな」
「何それ」
それを聞いて、留美子がくすくすと笑った。
うん。その顔を殴らなくて、本当によかったと思う。
「強引だったけど……私もちょっと、楽しかったかな」
「そりゃよかった」
留美子に無理やり戦わせたことを、後悔はしていないけれど反省はしていた。
少しでも楽しかったのなら、その罪悪感も幾らかは薄くなる。
「じゃ、私行くね」
「危なくないところまで送って……行かなくても大丈夫か」
べーだ、と舌を出して、留美子は去っていった。
……まったく、参った。
あんなに強くて、可愛くて、綺麗で、この短い会話でわかるくらいに性格だって良いし。留美子と戦うのは、本当に楽しかった。
また、会えるだろうか。それまでにもっと強くなって、今日よりも楽しく戦いたい。留美子にも、自分と戦うのが楽しいと思って貰いたい。
それが恋だと気付くのは、まだまだずっと先のこと。
安全な表通りを歩きながら、留美子は考えていた。
本当に、変な奴だった。
ただの不良かと思ったら、言葉も拳もとても真っ直ぐで。
女に負けたのに怒りもしないで喜んで。今まで手合わせしてきた男の人は、みんな揃って「女のくせに」と理不尽に責めてきたのに。
そのくせ顔を殴る事は躊躇って、そのせいで自分が顔から落ちていた。
それに……私のこと、綺麗だ、って。技が、だけど。
英介、って言ったっけ。
……また、会えるかな。
それが恋だと気付くのは、もうしばらく先のこと。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
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