キリ番
『銭湯』
キリ番1050
出題者:Nazcaさん お題 『僕は番台のあの子に恋してる』 『銭湯の看板娘に一目惚れしまった的なお話』
時刻はまだ夕方の五時前。俺は夕焼けの中を銭湯に向かって歩いていた。
この時間ならまだ銭湯は開いたばかりのはず。暇をもてあましたじいさんたちがハッスルして早めに繰り出してでもいない限り、一番風呂を楽しめるはずだ。
それにしても銭湯代だってバカにならない。今大体月五千円くらいかかっているはず。今の家賃に五千円上乗せすれば、風呂付の部屋に住めるだろうか、とか考えてみる。
いや無理だな。引っ越すには敷金礼金に運送代までかかる。そんな金はないし、良く考えてみれば風呂を沸かすにも水道代と光熱費がかかる。
それになんと言っても大きい風呂に入るのは気持ちが良い。そう考えてみると、今のままが一番良いのかも知れない。
それじゃ、三日に一度の風呂を四日に一度にして……なんて考えながら暖簾をくぐった。
「おばちゃん、大人ひとりね」
番台の上に小銭を置く。見渡してみると他の客はまだいないようだ。
よっし、一番風呂ゲト。
「あ、はい。ありがとうございます」
あれ?
おばちゃんの声ってこんなに可愛らしかったっけ? と番台を見上げた。
そこにいたのは高校生くらいにしか見えない、目鼻立ちのすっきり通った美少女だった。
おばちゃんいつの間にこんなに若返ったんだ?
いやいや、あのおばちゃんがどんなに若返ってもこんな美少女になるわけがない。
「えと……いつものおばちゃんは?」
「お母さんはぎっくり腰でしばらく働けないみたいなんです。お父さんが番台に座って女性のお客様が来なくなってしまっても困りますし」
うん、それは正しいと思う。
「そっか。お大事に、って伝えといて」
「はい。ありがとうございます」
それにしても、あのおばちゃんとおっさんからどうやったらこんな美少女が生まれてくるんだろう。
隔世遺伝とかか。
「はい、五十円のお返しです」
その子はにっこり笑って手を差し出している。
反射的にその手を握ろうとしてはっと我に返った。
なるほどお釣りか。バカか俺は。
慌てて掌を差し出してお釣りを受け取る。
その瞬間、僅かに彼女の指が俺の掌に触れた。
細くて柔らかい指。ひんやりと冷たいのがなんとなく心地良い。
「あ、うん。ありが、とう……」
しばらくぼけっと彼女の顔を見詰める。指も綺麗だけれど、やっぱり顔も可愛い。
「あの……何か?」
言われて我に返る。女の子の不審気な表情。
「あ、いや何でもないです」
これじゃまるで不審者だ。
このまま彼女をバカみたいに見詰めているわけにもいかないので、慌てて番台から離れる。
そうそう、すっかり忘れそうになっていたが、俺は風呂に入りに来たんだった。
まだ誰も使っていない証拠に、伏せられたままの籠を引っくり返す。
これが一番風呂って感じでたまらない。
上着を脱いで肌着を脱いで。上半身裸になったところで、ふと気付いた。
番台にいるのはいつものおばちゃんじゃない。あの女の子だ。
慌てて振り向く。それに合わせて女の子が視線を逸らした。
ぜんぜん見てませんよ、みたいな表情をしているけれど、そのわざとらしさが何よりの証拠だ。
でも、そのまま見ていても仕方ない。俺は再び彼女に背を向けて、残りの服も脱ごうとした。
明らかに視線を感じる。居たたまれなくなって動きを止めた。
振り向いたらまた知らん顔をするだろう。
何気ない風を装って鏡の前へと移動する。
やっぱりめっちゃ見てる。ガン見って奴だ。
なんでだろう。なんで俺こんなにガン見されてるんだろう。
俺を見ているってことは、俺のことが気になるってことか。
でもそれはどういう意味で気になってるんだ?
もしかしてひと目惚れって奴か?
あんな可愛い子が俺に?
おいおい、困るぜハニー。俺たちはまだお互いのことを何も知らないんだ。
ハニーってなんだ、ととりあえず自分に突っ込んでおく。
後は……まさか俺の肉体が目当てなのか?
確かにこの鍛え上げられた肉体、見たくなるのは分からないでもないが。
ごめんなさい、嘘つきました。不摂生でぶよんぶよんです。
いずれにせよ、彼女が俺の方を見ている事だけは確かだ。
このまま服を脱ぎ続けていけば、いずれその……大切な部分まで見せなくてはならなくなる。
いつものおばちゃんならそんなことは全く気にならないんだが、今日だけは違う。
こんな可愛い子に、俺の……を見られる、とか。
可愛いですね、なんて言われた日には立ち直れないぞ、俺。
いやいや、あの様子なら見慣れているなんてことはないだろう。誰かと比べられたりはしないだろうから大丈夫。
……ってなんで見せる方向で話が進んでいますか?
悪魔「こんな可愛い子に自分の大事なところを見てもらう機会なんてそうそう無いぞ? というか多分一生無いぞ? 話のネタにするつもりで、ばーんと見てもらったらどうだ?」
天使「彼女は見たがっているのです。見せてあげるのがやさしさではないでしょうか」
止め。脳内会議止め。
天使も悪魔も一緒か。なんとなくそんな気はしてたが。
でもま、ここは銭湯でおれは風呂に入りに来たんだから、服を脱ぐのは当然。見られても仕方ないよな。
そう割り切って、むしろ嬉々としてズボンを脱ごうとした時だった。
「あ、あのっ!」
「ごめんなさい、違うんですっ!」
邪な考えを見透かされたようで反射的に謝っていた。
「……はい?」
いつの間にか背後に立っていた彼女もあっけにとられた顔をしている。
「あ、いえ。なんでしょう?」
慌てて平静を装う。遅いのは分かっているが。
「あ、あの……こんなこと言うのはどうかなって思ったんですけど……」
そう言って恥ずかしげにうつむく。
もしかしてアレか? 「可愛いですね」か?
いやまだ脱いでないし、それは大丈夫なはずだ。
「今ならまだ他のお客様もいませんし、いいかと思ったんですけど……」
そうするとアレか。
好きです、一目惚れなんです、とか。
いや嬉しいけど。嬉しいけど。嬉しいけど。
これは困ったな。何て答えればいいんだろう。
俺も好きです、か。愛してます、か。生まれたときから愛してました、とか。
「あのっ、刺青のお客様は困るんですっ!」
……はい?
「刺青を入れるなんて何か事情があるんだろうとは思うんですけど、でもやっぱり他のお客様に迷惑ですし、警察とか組合とかからも指導されてますし!」
あー、なるほど。
「これ、ボディペイントだから」
「……え?」
「ほら、この辺り汗で落ちかかってるだろ? 俺演劇やっててさ。『この桜吹雪が目に入らぬかー』って」
ま、要するに自意識過剰だったってことだ。
俺がそんなにもてるわきゃないよ、ってな。
「え? え!?」
「ちゃんと湯につかる前に落としとくし。お湯も汚さないように気をつけとくからさ」
「あ、そのっ、ご、ごめんなさいっ! ごゆっくりっ!」
慌てて逃げていく彼女。とはいっても番台に戻るしかないわけだけど。
まぁ残念だったけど、番台の上から顔を真っ赤にして俺の様子をちらちらと窺う様子がまた可愛らしい。
とりあえず、あれだ。
おばちゃんが回復するまでは、毎日通ってみることにしようか、な。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
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