その他。
この世界にひとつだけの色
関連
『優柔不断の典型例』
『とりあえず、お茶でもお飲みになりませんか』
聖女通りを歩き、学園前へ向かう。真っ直ぐ帰るには遅すぎて、部活が終わるにはもう少し間のある時間。辺りに人通りはほとんど無い。時折見られる姿は、制服と制服ではないものと、制服であるのかそうではないのかよくわからない服装の、いずれも年頃の女性ばかり。男がここを通るのは、正直言って少し勇気がいる。が、構わず歩く。やがて、正門前。
街中では見かけないような女性の姿が多い中でも、その服装は際立っていた。
黒を基調にした、裾のふわりと膨らんだエプロンドレス。肘まで覆う長手袋に、実用性に乏しそうな上質のブーツ。なによりショートカットの頭の上でひらひら揺れるヘッドドレス。
美人というよりはかわいいという感じだろうか。そういうと本人は怒るだろうが。
「や、皐月くん」
軽く手を上げて挨拶をすると、
「こんにちは、と言っていい時間なのでしょうか」
丁寧に頭を下げて挨拶してくれる。声変わり前の少年のようなハスキーな声。ボーイッシュな外見によく似合っていて、可愛らしい。
「今日も弁財のお嬢様のお迎えかい?」
「はい。そちらも、小岩井様のお迎えですね」
「いや、そっちのは仕事だけど、俺のはストーキングだから」
苦笑い。
「でも、小岩井様が本当に迷惑に思っていらっしゃれば、とうにそれなりの対処をなされている筈です。それがないのですから、本当は嬉しく思っていらっしゃる筈ですよ」
「そうだと良いんだけどね」
少なくとも、迷惑だとは思われていないことだけは確かだ。今はそれで良いと思う。と言うよりむしろ、これ以上は望むべくも無い。
「で、お嬢様方は今日もいつも通りかい?」
「はい、特にご連絡いただいておりませんから、いつも通りだと思います。勿論、予定外に早かったり遅かったりはあるかと思いますが」
「そっか。じゃあ、後20分くらいはあるね。それじゃ、今日も付き合ってくれるかな。勿論、奢りで」
言いながら、正門真正面の喫茶店を示す。喫茶「巴里の灯」。聖蘭学園生御用達の店。中途半端な時間なので余り込み合ってはいないが、今も女子生徒の姿がいくつも見られる。
「いえ、いつもいつもご馳走いただく訳にはまいりませんから」
「俺がこんなところにいつまでも突っ立ってたら、本当に通報されちゃうよ。一人であそこに入るのもつらいものがあるし。付きあって貰うお礼だよ」
「でも、申し訳ありませんから」
「そんなことは無いけど……。あ、でも男二人で喫茶店なんて嫌かな、やっぱり」
「いえ、いえ、そんなことは無いです、絶対!」
何故か頬を赤らめながら言う。格好が格好だけに「男同士のカップル」とか思われた時の事を考えているんだろう。
わがままで有名な弁財のお嬢様の理不尽な命令に、反抗もせずに従っている皐月くんは職業人の鑑だと思う。男として応援しない訳にはいかない。尤も、今皐月君の格好を見て、「男として」というのはちょっとどうかとも思うが。
「あの、自分の分くらいは自分で払いますから」
「でも、お給料、あんまり貰ってないんだろう?」
皐月君は何とも言い難い表情をした。正確に言えば、お給料の額が低い訳ではない。下手をすれば、安月給の自分などよりもずっと沢山貰っている筈だが、その給料の中から自分の学費を出し、残りの殆どを生活の苦しい家族へ仕送りしているのだ。特にメイドという職業は衣食住の全てを保障されているため、現金は殆ど手元に残していないらしい。 偶の贅沢くらいさせてやりたいと思うのは、悪いことだろうか。
「さっさと行こう。俺が捕まる前に」
守衛室にいる女性の警備員の視線が痛い。無理矢理皐月くんの手を引いて、巴里の灯に入る。観念したのか、皐月くんは抵抗しようとはしなかった。
「いらっしゃいませ」
さすがお嬢様学校ご用達の店だけあって、内装もウェイトレスの態度も上品だ。ついでに言うと、味も値段もそうとう上品だ。聖蘭の前にあるのでなければ一生入らなかったであろう店。
「チョコパ。皐月くんは?」
「えっと……では、ベークドチーズケーキを」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
ウェイトレスが下がると、皐月くんが声をかけて来た。
「でも、いつも思うのですが、甘いものを注文するのをお気になさらないのですね。僕はチーズケーキでも、少し恥ずかしいのですけれど……」
「別に、気にすることでもないと思うよ」
正直言うと、さすがにチョコレートパフェを注文するのは少し躊躇する。でも、それ程ではないし、食べたいものを食べるべきだと思う。何より、ここでコーヒーなどを注文してしまえば、皐月くんが遠慮して同じもの、とか言ってしまうのは目に見えている。
「飲食をするという行為は、人間にとって最も基本的な、それ以上に必要な行為であるのだから、食べるという行為が恥ずかしいということは、生きていることが恥ずかしいということなんだ」
「はあ」
皐月くんがよくわからない表情をする。それはそうだ。言っている本人にもよくわかっていないのだから。
「お待たせしました」
ウェイトレスがケーキとチョコレートパフェを持ってくる。慣れたもので、間違えて配るようなことは無い。
「それじゃ、お嬢様方がいつ来るかわからないから、早めに食べちゃったほうが良いね」
予想よりも早く切り上げなくてはならなくなって、悔しい思いをしたことが何度もある。
「えっと……それじゃ、いただきます」
「はい、どうぞ」
言いながら、自分もスプーンを取る。
「あ、そうだ。生クリームあげる」
まだ使っていないスプーンで、チョコレートパフェのクリームの一山を取り上げ、そのままチーズケーキの皿の脇のほうに乗せる。
「だ、駄目ですよ、こんなに沢山」
「いいからいいから」
そもそも、半分以上は皐月くんに遠慮させないために注文したのだ。申し訳なさそうにする皐月くんを無視してパフェをぱく付く。
「うん、おいしい。やっぱり他とは味か違うなぁ」
それに見合った値段な訳だけれど。
駅前の共栄館のデザートもおいしいし、それに見合わない手頃な値段で学生を中心に大人気だけれど、味自体では値段に糸目をつけないこちらの方が上だ。狙いと客層が違うのだから当然かもしれないけれど。
「それじゃ、お返しです」
フォークで半分以上ケーキを取ろうとするところを、
「これで良いよ」
脇から自分のスプーンで一口分だけ掬い取り、そのまま口に運んだ。皐月くんが、あ、と声を上げる。
「さ、皐月くんも早く食べなよ。チーズケーキもおいしいよ」
「え、あ、は、はい、あの、それじゃ、その……いただきます」
何故か真っ赤になりながら、皐月くんはチーズケーキを口に運んだ。それをゆっくりと味わって食べている。
「えっと、……その、おいしい、です」
遠慮がちに言う。なんだかひどく微笑ましい。
「喜んでもらえたならよかった」
自分もパフェを食べる。微妙に急ぎ気味なのは、お嬢様二人がいつ来るかわからないからだ。
「ご馳走様でした」
皐月くんが律儀に頭を下げる。
「どういたしまして」
こちらも頭を下げる。
「さて、後はお嬢様を待つだけ、と」
言いながら、財布を開く。値段分ちょうど取り出して、テーブルの上に並べた。
「いつも、ちょうど用意していらっしゃるんですね」
「ん。出てきたら直ぐに追いかけられるように。先に会計済ましちゃっても良いんだけど、その後居心地悪いからね」
ここは税込値段なので、百円玉と十円玉を九枚ずつ用意してあればちょうどにできる。本当は釣りはいらない、というのをやってみたいのだけれど、そこまで余裕がある訳でもない。
礼美お嬢様を送るのが仕事の皐月くんとは違い、こちらは出て来た時に校門前にいなかったからといって、待っていて貰える訳ではない。逃げられる前に追わなくてはいけないのだ。
「でも、皐月くんも大変だね。あの弁財さんのお世話係なんて、苦労が絶えないだろうに」
こうして待っていれば、当然皐月くんの主である弁財礼美を見かけることもある。別に会話がある訳では無いけれど、噂は耳に入るし、皐月くんとのやり取りを聞いていれば、どんな性格でどんな扱われ方をしているのか、おおよその事はわかる。
「いえ、そのようなことはありません」
邪気の無い笑顔で言ってから、ふっと悟り澄ました表情になって、
「……もう慣れましたから」
「正直だね、皐月くんは」
笑う。あの弁財礼美の傍にいれば、このくらいひねくれて当然なのだ。
「……あの、すこし、愚痴など、言ってしまってもよろしいでしょうか……?」
「うん、どうぞ」
「昨日の事なんですけど……」
おずおずした口調から始まって、だんだんエスカレートしてくる皐月くんの愚痴に相槌を打ちながら、時々外の様子に目をやる。
だんだん、空が赤くなっていく。夕日が見えるのは、それ程長い時間ではない。
そのわずかな時間の中にいることが、なんだか不思議な気がする。
空が燃えている。太陽が引きずり堕とされ、力尽き、燃え尽きようとしている。蝋燭が燃え尽きる時、もっとも明るく輝くように、太陽もその尽き果てかけた生命の全てを燃やし、空が炎に包まれている。紅い色は太陽の断末魔。呪詛の叫び。世界を照らし、全ての恵みをもたらす太陽の呪詛にどれだけの力があるのか、想像するまでもない。山は枯れ、川は枯れ、人は絶える。もしかしたら、この瞬間、世界は滅んでいるのかもしれない。太陽の死とともに、その呪詛で世界は死に絶え、朝に太陽が蘇生すると同時に世界も再び生まれ変わる。太陽が沈んで後は、全てが夢なのかもしれない。死んで、それに気づかない亡者どもが、生の続きを願う夢。
全てが紅く染まった世界の中。
「あ……」
たったひとつ、それに染まらない色。いや、紅く染まっていても、それだけではない、自らの色を残した色。それだけが命を持つ、たった一つの色。
「皐月くん」
「え、あ、はい」
夢中になって話していた皐月くんが、不意に声をかけられて、きょとんとした表情をした。
「お嬢様方が来たみたいだ。もう行かないと」
「はい」
少し残念そうな表情で、しかし急いで立ち上がる。その皐月くんを従えて、レシートを片手にレジに向かった。
「あの、ご馳走様でした。その上愚痴まで聞いていただいて……」
「どういたしまして。皐月くんの愚痴は楽しいから気にしないで良いよ。もっと聞かせてほしいな」
皐月くんはまた真っ赤になった。愚痴に夢中になってしまったことが恥ずかしいのだろう。でも、聞いていて楽しいというのは本当だ。あれだけ夢中になっていても、皐月くんからは他人を罵る様な言葉は出てこない。ああしてほしい、こうすれば良いのに、という、愚痴と言うよりはむしろ要望。本当は弁財のお嬢様に直接言うべきだが、立場上言えないし、言っても聞き届けてもらえない言葉。文句を言いたいことはあっても、常に他人に気を配っている。この子は、本当にいい子なのだ。
「さて、急ごう。逃げられない内に」
巴里の灯を出て歩き出す。目の前に、言い争いをしている二人の姿が見える。というよりも、一方的に文句を言っている礼美お嬢様と、それを聞き流している碧ちゃんという、いつもの構図。まったくもって微笑ましい。それを止めようと、皐月くんが慌てて駆けて行く。
それを眺めながら思う。
この夕日に染まらない色。この人と魔の入り混じる時間に染まらない色。色の無いこの世界に、たった一つだけ存在する色。
それがある限り、俺は大丈夫。
何があろうとも。
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プロフィール
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- 未田 尚(まだ なお)
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- にゃー
- お仕事募集ちう。
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