その他。
メイド服の中は
関連
『この世界にひとつだけの色』
『とりあえず、お茶でもお飲みになりませんか』
弁財のお屋敷は広いです。今は流石に慣れましたけれど、初めてこのお屋敷に来たときには呆然と立ちつくしてしまったこと、今でも覚えています。礼美お嬢様の部屋はその中でも御当主に次ぐ豪華さです。
・・・正直言って、無駄なくらい。
弁財家は主に不動産で財を成した家です。 もしかしたらそのことも関係があるのかも知れないですが、お屋敷の敷地はただひたすら広いです。屋敷自体だけではなく、家財道具やその他、何を取ってみても華美で、実際傍目にみればやり過ぎなのが一目でわかるほどです。こうなったのは、今の御当主様になってからです。成り上がりであり、それもここまでのし上ってきたのは自分の力ではなく、父親である前の御当主のお陰だということ。それを、ご自身が一番よくわかっていらっしゃるからなのでしょう。
その足首まで沈む、かえって歩きにくい絨毯を踏みしめながら、当の礼美お嬢様は動物園の熊の様に行ったり来たりを繰り返しています。もっとも、この状態の時のお嬢様は、野生の熊と大して変わらないほど危険な状態なのですが。
その前で、みんな直立不動の姿勢で控えていました。ちょっとでも目立つ事をすれば、気の立っているお嬢様の矢面に立たされることを知っているからです。隣に立つ人たちはみんな、そろいの制服を着ています。聖蘭学園の去年の分の指定制服。とは言っても、その制服を着ているのは、ここにいる方々しかいません。何故かというと、この制服を聖蘭学園の指定制服にしたのは、礼美お嬢様だからです。
聖蘭学園は、近隣のみならず、他県にまで名を知られた生粋のお嬢様学校です。
その聖蘭学園には決まった制服というのはなくて、私服が基本なのですが、毎年何着かずつ指定制服というものがあって、本人の意思で自由に着ることができます。
でも、その指定制服を決めたからと言って、別に礼美お嬢様に特別の力があると言うことではありません。そもそも、私服の学校なのですから、別に指定制服などを作る必要は全くないのですけれど、やっぱりお金持ちの方々というのは考える事が違うみたいです。
聖蘭学園の生徒というのは一種のステータスであるらしく、指定制服の中でも特に一般的で、これを着ていれば聖蘭の生徒だと一目でわかるほど知られている制服もあり、大抵の方はそれを好んで着ていらっしゃる様です。
そのうえ、一流デザイナーの方のデザインした、それも聖蘭学園の制服を着たいというお嬢様方のお持ち込みになったデザインを認可して、指定制服にすると言うことが一般的に行われているのです。それなりの金額の寄付をするのが通例となっていますが、それだけ満たせば割と簡単に認められるようです。そもそも、私服の学校なのですから、持ち込まれたデザインの服も私服の内だと言えるわけですし、認定を断ったからと言って、私服だといって着ることは別に構わないわけです。従って、認可しない意味も殆どなく、当然ですが公序に反しないという条件だけ満たしていれば、却下されたという話は聞きません。そもそも、聖蘭学園にいるのは、そのようなこと考えもしないお嬢様ばかりですし、そんな格好をしたい方がわざわざ指定制服の認可を受けようとは考えないでしょうから。
と言う訳で、この制服は聖蘭学園の制服と言うよりは、礼美お嬢様の取り巻きの制服と言って過言ではない訳です。
「あー、全く忌々しい!」
礼美お嬢様が、相変わらず行ったり来たりを繰り返しながら、吐き捨てるようにおっしゃいました。組んだ腕の右手の人差し指で左腕の二の腕を叩く仕草は、お嬢様がいらいらしていらっしゃる時の癖です。
「あの小生意気な小娘をギャフンと言わせるような良い方法はないのかしら」
「あの、差し出がましいようですが・・・」
怖いけれど、勇気を振り絞って手を上げました。
「小岩井様とは、仲良くなさった方が宜しいのではないでしょうか。弁財家と小岩井様では商売柄敵同士になる状況は考えにくいですし、むしろ取引先になる可能性の方が高いと思われます。そうでないとしても、経済界の状況として、小岩井様は無視できる相手ではありませんし、今からつながりを作っておくことは必ず後々の役に立つのではないかと・・・」
「皐月」
冷ややかな、何かを押さえたようなお嬢様の口調。わかって苦言を呈したとはいえ、やはり辛い物があります。
「はい」
思わず硬直。
「・・・あなたは、私の何?」
「はい、礼美お嬢様のメイドです」
「メイドの職務は何?」
「お嬢様に毎日を快適に過ごしていただけるよう、身の回りのお世話をする事です」
「では、今口を出したことはなんなのかしら」
「・・・申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」
ただ頭を下げる。ここで余分な口をきくことは逆効果だと、身に染みて知っていました。そこに、さらに一言お嬢様が口を開こうとした時。
「はい、お嬢様」
僕の右側に立っていらした双海さんが、勢いよく右手をお上げになりました。凄い勇気です。
「何かしら」
「今時ギャフンなんて言う奴はいません」
がん
「ギャフン」
見事なまでのお約束です。
「そもそも、小岩井など七福グループの経済力に比べれば、弱小の零細企業に過ぎないと言うのに」
弁財家は、七福という財閥の一部になっています。もともと七福の一族ではあったそうですけれど、無視される程度の存在だったらしいです。それが先代様が財を成してから注目されるようになって。もっとも、先代様は七福に組み込まれることをよしとせず、対等に渡り合っていらっしゃったようですが、今の旦那様にはとてもそれだけの力なかったようで。
「でも弁財一社だけでは太刀打ちできないんですけどね」
ああ双海さん、そんなことを言うとまたお嬢様が……
「屋敷の大きさだって比べ物になりませんし」
こめかみの辺りをぴくぴくさせながら、それでもお嬢様は続けました。
「確かに大きさと床面積はこっちのが上ですけど、向こうは平屋ですからねぇ。敷地面積と庭も含めた総面積じゃ向こうのが上です。そもそも、あっちは街中、こっちは郊外ですから、総費用では全く勝ち目無いですねぇ」
「使用人だって三人しかいないし」
「住人と同じなら充分多いですよ。と言うかこの屋敷が無駄に使用人使いすぎてるだけで。お金の無駄遣いですねぇ」
「ちょっといらっしゃい」
「はいな?」
がん
「ギャフン」
ああ、やっぱり。
「他には」
「はい」
懲りていないらしいです。殴られた頭を押さえつつ、双海さんがまた手をお上げになりました。
「・・・今度つまらないことを言えば、殴るだけでは済みませんわよ」
「はい、今度はきちんと何故何時も勝てないかの考察です」
「聞かせて頂戴」
「こうやって直ぐに人任せにしようとするのが悪いのだと思います」
ごん
「次」
「えと、良いですか」
今度はその隣にいた相良さんです。口数は少ないですけれど、ここにいらっしゃる方の中では一番聡明な方だと思います。
「どうぞ」
「思うにですね、いつも相手の土俵、つまり得意分野で戦おうとするからいけないのではないかと思うのです。敵を知り、己を知れば百戦危うからずと言う通り、相手の弱点を突くべきです。卑怯だと思われるかも知れませんが、相手の弱いところを突くのは立派な兵法ですし、長所短所合わせて初めて一人の人間になる訳です。であるならば、相手の弱点をその個性だと認めた上で攻めるのは一個の人格を認める行為であり、言い換えれば弱点を無視して不自然に正々堂々と戦おう等と言うことは、返って相手を侮辱する行為です」
「成程、確かにその通りかも知れません。具体的には、どうすれば良いのかしら」
「はい、小岩井碧の最大の弱点はその運動能力でしょう。ここをつけば必ず勝てます」
「成程、では、早速そのようにしましょう」
「問題なのは、体力勝負になると小岩井碧があっさり負けを認めて、それがむしろ格好よく見える事と、小学生相手に体力勝負を挑むお嬢様が大人気なく見えることですね」
「駄目じゃないのよ!
建設的な意見(?)が出て、お嬢様の機嫌も少しお戻りになられたようです。僕は、ここでメイドとしての本分を発揮する事にしました。
「あの、お嬢様・・・」
「今度は何?」
厳しい口調のお嬢様。しかし、これはメイドとして言わなければいけないこと。
「あの、もうそろそろ皆さんお帰りにならないといけない時間ですが」
「もうそんな時間なの? ・・・そうね、確かに。みんな、ご苦労様でした。今日はもう下がって結構よ」
「では、玄関までお送りします」
「皆さん、今日もご苦労様でした」
「どういたしまして。でも、私達はこれで終わりだけど、皐月はまだあのお嬢につきあわなくっちゃだもんね。ご苦労さん」
双海さんがねぎらってくれますけれど、僕には苦笑いしか返しようがありません。
「もう慣れましたから」
「じゃ、お休み」
「お休みなさい。お気をつけて」
お帰りになられる皆さまに手を振って、ふぅっと一息。
「さ、お風呂に入って寝よっと」
でも、その前に。
弁財家のトイレは、使用人用の物も無意味に豪華に出来ています。ちょっとした一流ホテルのトイレくらいの豪華さくらいはあると思います。無駄に人数がいるものですから、ちゃんと男女が別れている上に、広さも格別です。個室も四つもありますし、小用器も六つも並んでいます。その前でスカートを捲り上げ、下着に手を掛けたところでちょっと戸惑ってしまいました。
(でも、やっぱりズロースというのはどうかと思うんですよね。まあ、他の人と同じようにパンティにガーターっていうのよりはましですけど)
ズロースというのは当然前に穴があるわけではないので、いちいち降ろさないと用を足せないのです。ちょっと、不便です。
用を足していると、入り口の方から調子外れの鼻歌が聞こえて来ました。聞き慣れた声です。
「ふんふん・・・っうわぁ!」
入ってきたのはおやっさんでした。おやっさんと呼ぶと、「料理長と呼べ!」と怒られるのですけれど、どうみても「料理長」という見た目ではありません。
「おやっさん、どうしたんですか」
「な、なんだ、皐月じゃねぇか」
おやっさん、と呼ばれたことにも気付かないくらい、なんだかひどく驚いている様子です。どうしたのでしょう?
「どうかしましたか?」
「いや、俺は後で良いから、ゆっくりな」
「はい?」
一緒にすればいいのに、と思うけれど、何か事情があるのでしょう。用を足し終わってズロースをはき直すと、一緒にスカートの乱れも直します。手を洗って、
「おやっさん、どうぞ」
「お、おう、わりぃな」
入れ替わりでトイレに入っていくおやっさんと別れて、お風呂に向かいました。
無駄に広い弁財邸には、使用人専用のお風呂があって、当然のように男女別れています。
どうやら先客のようです。女性用の入り口の前に、御当主様付きのメイドのお姉さん達がきゃいきゃいとおしゃべりに夢中になっていました。
「あ、皐月くん」
こちらに気付いたようです。声をかけてきました。
「こんばんわ。これからお風呂ですか?」
「そ。今日は急なお客様の所為で仕事が増えちゃって、もう疲れちゃって疲れちゃって」
「あんたはまだ良いじゃない。私なんか今日は休みの筈だったのにかり出されちゃって、踏んだり蹴ったりよ」
「だから、今日はゆっくり一日の疲れを癒そうってね」
「あ、そうだ。皐月くんも一緒にどう?」
「だっ、だだだだだだめですよ、そんな一諸になんて」
慌てて逃げるように暖簾をくぐります。背中でお姉さん達の笑い声が聞こえるけれど、流石に追いかけてきたりはしないみたいです。
からかわれているだけなのはわかっているのですけれど、やっぱりああいうことを言われると焦ってしまいます。
「からかわれやすい外見なのかなぁ」
脱衣所備え付けの鏡を覗いてみました。可愛い、と言う形容が似合いそうな顔は紛れもなく自分のもの。
「はぁぁ」
凛々しい、というのは無理でも、せめて可愛いと言われないようにはなりたいな、と前向きなのか後ろ向きなのかよくわからないことを考えながら、僕は服を脱いでいきました。筋肉は余り付いていないですけれど、よくしまった身体だと言えると思います。
軽く打ち湯をして湯船に入ります。
「ふー」
お湯に入ると息が漏れてしまうのは、日本人の証拠でしょうか。
「でも、お嬢様にも困ったものですねー」
思わず愚痴がこぼれてしまいます。
僕がこの弁財家でお世話になるようになったのは、小学生になって直ぐでした。当時、経済的事情で一家離散寸前だった我が家は、今は隠居なさっている先代様、礼一朗さまのご援助のおかげで何とか窮地を乗り切ったところでした。その後、僕たちは家族でこちらのお屋敷にお礼に窺いました。その時、子供心にも感じるところがあったのでしょう。しきりに「ご恩返しをさせて下さい」と繰り返す僕に、最初は断っていた礼一朗さまでしたが、やがて「孫娘の遊び相手になって欲しい」とおっしゃいました。
今思うと、ああおっしゃったのは礼美お嬢様にすげなく断られて諦めるようにという礼一朗様の思いやりだったのだと思います。実際、礼美お嬢様は「私の周りにいて良いのは私専用のメイドだけよ」と今と変わらない口調でおっしゃいました。
もし何か悪いものがあったとすれば、僕の知識の薄さと、お嬢様の底意地の悪さでしょう。当時、僕はメイドという物がなんなのかなんて知りもせずに、ただ義務感だけから「メイドになればいいんですね」と言ってしまったのです。その時の礼美お嬢様の表情は、今でも忘れられません。面白いおもちゃを見つけたような、底意地の悪い、言い方によっては悪魔のような笑顔でした。「では、今日からあなたは私のメイドですわ」何か言いようのない物を感じて後悔しても、後の祭りでした。男に二言はありえません。
それ以来、こうしてお嬢様付のメイドとしての生活が始まったのです。
本当に、お嬢様は僕をいじめて喜んでいるとか思えません。僕の一人称が『僕』なのも、お嬢様から「あなたの一人称は『僕』です。それ以外は認めません」というお達しがあったからです。お嬢様の理不尽さは今に始まったことではありませんが、意味が分かりません。何か特殊な意味でもあるんでしょうか。
僕がお嬢様から解放されるのは、学校に行っている間だけです。流石に女子校の聖蘭学園に入学する訳にはいきませんでしたから。
「それにしても、そろそろメイド服だけは許してくれないかなぁ」
流石に女装して人前に出るのは情けなさ過ぎます。聖蘭学園までお嬢様を迎えに行くときなど、恥ずかしくて仕方がありません。
でも、それよりも辛いのは、周囲がそれをおかしいことだと認識してくれないことです。
「せめて、メイド服が似合わないって言って貰えるくらいには男らしくならないと!」
幸いな事に、家は空手の道場です。そんな儲からない商売だったから、一家離散寸前になってしまったのですけれど。その道場で、僕は子供の頃から鍛えられて来ました。お嬢様をお守りする役にも立つでしょうから、今もきちんと続けていて、かなりの腕前だと自負しています。
でも、どうやら僕は筋肉の付きにくい体質らしく、どんなに鍛えても、服を着てしまえばそんな事はわからなくなってしまいます。
こうやって服を脱げば男だってわかるのになぁ。
「……男らしくなれるのは、いつのことなんだろう」
男らしい、で思い浮かぶのはあの人のことです。飄々とした優しげな外見だけれど、全てを見通したような達観した視線で、まるで違う世界に住んでいるような雰囲気のあの人。
試合でもすれば、きっと僕が勝つでしょう。多分勝負にもならないはずです。でも、それが喧嘩……もしくは、殺し合いなら。きっと、最後に立っているのは僕ではないはずです。何よりも、僕が太刀打ちできない礼美お嬢様を、まるで手玉に取るように扱うあの小岩井様に、唯一男として認められた方なのです。それだけで、充分尊敬に値します。
「……はぁ」
僕は、お湯のせいではなく溜め息をつきました。あんなふうに、本物の男になれる日なんて、本当に来るのでしょうか。
14/35
- アクセス数

- ページビュー数

プロフィール
- 名前
- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
連絡は「お問合せ」まで。
携帯用QRコード