その他。
ツンツン
前
『ツンデレ』
チリリン、とベルをひとつ鳴らす。その余韻が消えたか消えないかの内にドアが開いた。
「ただ今参りました、お嬢様」
この執事のことをよく知らなければ、馬鹿にされてるんじゃないかというくらいの丁寧さで頭を下げる。
いつもながら、ドアの前で待ってでもいたんじゃないかというタイミングだ。もしそうだとしても驚かないけれど。
ベルをひとつ鳴らした時はこいつが来て、ふたつ鳴らした時はメイドが、みっつ鳴らすと二人とも来ることになっている。
メイドは既にここにいるから、ふたつ以上鳴らすことはないけれど。
「紹介する者がいるわ。マリエ」
「はい、お嬢様」
見えてるのかないのかわからないくらいの細目を微笑みの形に垂らしながら、メイドが進み出てきた。
もちろん紹介するのはこいつじゃない。執事ほどではないけれど、うちの中ではそれなりに古参だ。
というか、今更こいつらに紹介する必要なんかがあるものか。
そうではなくて、紹介しなくてはいけないのはメイドが連れているもうひとり。
「さ、ご挨拶してください」
メイドに促され、その後ろに隠れるようにしていた子供がおずおずと前に進み出た。
「……ケントです。よろしくお願いします」
その子供は、既にお仕着せの執事服を身に着けている。合うサイズがなくてぶかぶかのせいで、着ているというよりは着られているという風情だけれど。
「街で行き倒れていたのを拾ってきたの。そのまま死なれても目覚めが悪いしね。それで、折角だから執事をやらせることにしたわ。あなたが働き始めたのもこのくらいの時だったし」
「新しい執事ですか。それで、私はどうすればよろしいですか?」
少しでも不安そうな表情をすれば可愛げ気があるのに。
「そうね。あなたにも随分長く働いて貰っているし、そろそろいいんじゃないかと思うのよ。……あなたの執事の任を解きます。今までご苦労様でした」
そう言って、椅子ごとくるりと後ろを向く。そのままこいつの顔を見ていたら、ムカついて続きを言うのがイヤになってしまいそうだったから。
「かしこまりました、お嬢様。長らくお世話になりました」
「それで、これからのことだけど。……今言ったとおり長く働いて貰っているわけだし、仕事ぶりも、まぁ悪くはないし」
悪くないどころか、選りすぐりばかりのウチの使用人たちの中でも、かなり出来る方だと思う。でも勿論そんなことは言ってやらない。
「お父様も評価しているみたいだし、他の使用人たちからの評判も悪くないし。よく仕えてくれていると言ってもいいんじゃないかって気がしないでもないかもしれないし。そういうわけだから、あなたはこれから……」
「あの、お嬢様」
「何よ」
ようやく本題に入ろうとしたところなのに。ちょっとイラっとして、メイドを睨み付ける。
「もう行ってしまいましたけれど」
慌てて正面に向き直る。確かに、そこにはもう誰もいなかった。
「……あの馬鹿」
ひとが話をしてる最中にいなくなりやがって。ムカツク。
私は椅子から立ち上がり、執事の部屋へと向かった。何も言わなくてもメイドが後から付いてきて、見習い執事もその後を追いかけてくる。
メイドの糸目が笑っているように見えて、なんだか更にイラっときた。
執事の部屋に着く。だが、そこには誰もいなかった。
一見して、何かが無くなっているということもなさそうだ。
「……部屋に戻ったのではないのかしら?」
「お嬢様、バッグがありません」
メイドが指し示す方向に、確かにあったはずのバッグがなくなっていた。自分の私物は全てこの中に納まります、と見せられたバッグだ。
それ以外のものは、全て旦那様やお嬢様に用意していただいたものです……と、むしろ嬉しそうに言っていた。
「……よく気が付いたわね」
それだけ頻繁にこの部屋に入っているのか。そう思って少しだけイラっとする。
「たまたまです♪」
いつものようににこにこ笑っている。細すぎる糸目が瞳を見せないので、本当のところ何を考えているのかはわからない。
「それよりお嬢様。追いかけるなら急いだ方がいいですよ?」
わかってる、そんなこと。アイツが何をしでかすつもりなのかくらいは。
……まったく、あの馬鹿は。
「行くわよ。車を用意して」
「はい。行き先はわかりますか?」
「何年あいつの主人をやってると思っているのかしら?」
物心ついて二番目の記憶は、アイツを踏みつけて高笑いしてるところだった。何がどうなってそうなったのかは覚えていないけれど。
ちなみに、一番最初の記憶はお兄様に頭をなでられているところだ。そのどちらも……大切な想い出。
車の用意のためにメイドに先に行かせて、玄関へと向かう。
「あの、僕のせいでしょうか」
ひとり着いてきた執事──今のところまだ見習い──がおろおろとした風で言う。行き倒れるような生活から開放されたと思った途端にこの騒ぎだ。この子にもかわいそうなことをした。
「いいえ。私の悪ふざけが過ぎたせいよ。貴方は関係ないわ」
口ではそう言ったけれど、それは嘘だった。
この程度の悪ふざけも通じない、あの馬鹿のせいだ。私のキモチになんて全く気付きもしない。ムカツク。
そんな苛立ちを抱えたまま、私は車に乗り込んだ。
駅の案内所の前で、靴のつま先をカツカツと床に打ち鳴らす。隣で執事見習いがおろおろきょときょとと不審な動きをしていた。
何度か座るように勧められたのだけれど、今は立ち座りの時間も惜しい。五秒おきに時計の時間を確かめる。
「お嬢様」
汽車の時刻を確認に行ったメイドが戻ってきた。時間が惜しいから何も言わず、目だけで先を促す。
「上りの汽車は二分後、下りは四十分後とのことです」
「だとしたら、上りね」
答えながら、私は既に上りホームに向かって歩き始めていた。
真面目に過ぎるあの馬鹿執事は、汽車の時間も全て把握している。汽車なんてほとんど使わない私が、いつ乗ることになってもいいように。だから、出発直前に駅に着いたのなら、それはたまたまではなくその汽車に乗るためだ。
小走りになりそうな足を必死で抑える。レディはいつでも優雅に、エレガントに。使用人のためなんかにドタバタ走るなんてこと、あってはならない。
私がホームにつくのと、汽車が入ってくるのは同時だった。
乗られてしまうと探し出すのは面倒だ。それに、探すために乗り込んで、出発してしまつてから実は乗ってませんでした、では間に合わなくなる。
もう少しだけ、急いでも良かったかもしれない、と後悔しつつ、ホームを見回す。
いた。
汽車の方を向いて、まだこちらには気付いていない。
ムカツク。主人である私がここにいるというのに、気付かないとは何事か。
ツカツカと歩みよる。わざと大きく足音を響かせているのに、まだ気付かない。ムカツク。
イライラが最高潮に達し、すぐ後ろまで来て……わかった。
気付いてないんじゃない。気付かなかったことにしようとしているんだ、と。
私に何か言われれば、それに従わないわけにはいかないから。気付かなければ、命令されなければそれに従わなくていいから、
ムカツク。ムカツク。ムカツク。
そうまでして──したいのか。
「命令よ。こちらを向きなさい」
だから、してやった。命令を。こいつが今、一番して欲しくないことを。
「はい。お嬢様」
すぐに爆発しそうな怒りをぐっと抑える。
「遠くに行けば、私に迷惑がかからないと思った?」
「はい」
顔色も表情も変わってはいない。
「それで? 薬かしら? それとも首吊り?」
「発見される心配のない山奥で、飛び降りようと思っていました」
どれだけ飛ぶのが好きなんだ、こいつは。いや、前の時は私が言ったからか。
……もしかして、だから今もなのか。
「そう。とりあえず、歯を喰いしばりなさい」
言い終わらないうちに殴った。グーで。
本当は歯を喰いしばるまで待とうと思っていたのだけれど、忍耐がそこまで続かなかったから。
「……私の知らない何処か遠くで死んでるって思うと、それだけですごい迷惑なんだけど?」
「申し訳ありません」
人を殴り慣れていないのに、いきなり拳で殴るのは無謀だったかもしれない。
手首が痛い。捻ったか、挫いたか。でも、平手なんかじゃ気が済まなかった。
殴られたこいつより、多分私の方が痛い想いをしていると思う。理不尽だ。
……自業自得か。
「あなたが出て行ったせいで続けられなかった話の続きをするわ。……貴方の執事の任を解いて、私付きの執事長に任命します。今まで以上に励みなさい」
「はい、お嬢様」
今まで以上、というのがどれだけ無茶な要求か、わかってて言ってやった。今だって寝ている時以外……下手をしたら、寝てる間も私のために働く夢を見ているんじゃないかというヤツだ。
それでも、もう二度とこんなこと考えられないくらい、私のために働くこと以外考えられないくらいこき使ってやる。
「とりあえず、執事長としてこの見習いを一人前に育てなさい。それから……そうね、せっかく執事長になったんだから、それに相応しい呼び方をしてあげる。貴方のことはこれから爺や……ジィと呼ぶわ」
「かしこまりました、お嬢様」
あっさりと頷いた。二十歳前で爺や、なんて嬉しいわけが無いのに。
「とりあえず、切符の払い戻しをして来なさい。それが終わったら帰るわよ」
「はい、直ちに」
見習い執事を引き連れてジィが姿を消すのを確認してから、挫いた手首を押さえた。 滅茶苦茶痛い。
「良かったですね、お嬢様」
そう言いながら、メイドが救急箱を取り出した。なんでこんなものを持っているんだ。
「全然良くないわ。いらない手間がかかっただけよ」
そう。騒ぎを起こしてまた元に戻ったというだけのこと。あと手首がものすごく痛い。
手首に湿布を貼られながら、私は溜息を吐いた。
「それにしてもお嬢様。ジークフリートの愛称は、ジィではなくてジークだと思いますよ?」
……何を言い出すんだ、こいつは。
「でもジークよりジィの方が親しげですし。私たちもジーク君って呼んでますから、お嬢様だけの呼び方という感じで良いですよね」
じっ、とメイドの目を見詰める。ニコニコと微笑む糸目には、悪気も悪意も見えはしなかった。
「……あなたは能天気で良いわね」
「はい。人間、少し単純過ぎるくらいの方が、しあわせになれるんですよ」
いつもどおり、のほほんと微笑んでいる。その邪気のない笑顔に、私も毒気を抜かれていた。
いつも素直で裏表無いこのメイドは、女の私から見てもかわいらしいと思う。いつも意地を張って見栄を張って嘘をついてばかりの私とは正反対だ。
だから、アイツはこいつを好きになったのだろうか。
「……そうね。同感だわ」
私もこんなだったら。
例えば、誰かに……あくまで誰とは特定しない誰かにだけれど、好きになって貰えたりしたのだろうか。
しあわせに、なれたのだろうか。
もちろんそんなこと、『例えば』以外ではない。私はそれが出来る性格でも、それが許される立場でもないのだから。
「……帰るわよ」
「はい、お嬢様」
確かな足取りで歩いて来るジィと、その後を頼りなくついて来る見習い執事を見つけて、私は立ち上がった。
所詮、私にはこの生き方しか出来ないし、しようとも思わない。
例え、隣の芝生がどんなに青く見えたとしても。
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プロフィール
- 名前
- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
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