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キリ番以外

『郵便屋さん』

出題者:ひなたさん お題  『郵便屋さん』『探偵(もしくはトリック)』『妖怪』

『探偵さん』についてはこちら。二年ほど前のお話。   『ヤクザとサンタとクリスマス』  僕は自転車のペダルを漕ぐ足を速めた。  それに合わせて、目の前のカゴの郵便鞄がガタガタと鳴る音が激しさを増す。 「それで……本当に妖怪なんているんですか、探偵さん?」  首だけ傾けて、ちらりと荷台の方を振り向きながら聞いた。  後ろ向きに座っているので顔は見えないけれど、そこには眼つきが悪い、右目のところに傷のある男の顔があるはずだった。  探偵というよりは、どう見てもヤクザにしか見えない。 「妖怪ってよりは、おばけって方が近いみてぇだけどな。いや、もう何年も存在してて目的を持って行動してんだから、妖怪化してるって言っていいのかもしれねぇ」  妖怪とおばけの違いなんてわからないので、僕はあいまいに頷くだけだった。  それにしても、このあたりに妖怪だかお化けだかがいて、それをなんとかするのに協力して欲しいと言われた時には本当にびっくりした。 「でも、本当に僕は何の役にも立てませんよ?」  そういった知識なんてないし、特別腕に自信があるというわけでもない。  妖怪なんてものに会った時に出来る事なんて、この自転車で逃げることくらいだ。 「ああ、別に何かして欲しいわけじゃねぇしな。どういうことになってんのか、この辺りを軽く案内して欲しいだけだ」  そのくらいなら問題なさそうだ。  毎日配達しているからこの辺りには詳しいし、ちょうど今日は配達する手紙も無い。  それに僕は郵便屋の仕事は人々に幸せを運ぶことだと思っている。  だから困っている人がいるなら協力するのは当然だ。 「でも、そんなのを相手するのに、ひとりで大丈夫なんですか?」  この風体なら密売の拳銃くらい持っていても不思議じゃない気がする。  でも、妖怪とかに銃って効くんだろうか? 「俺も不安なんだけどよ、奈波のヤツがひとりで十分だとか言いやがって……」  どうやら探偵さんのところも色々と大変らしい。  そんな事を話している間に、自転車は住宅街に差し掛かっていた。  そういえば、案内を頼まれていたのに全然それらしい事をしていない。 「ほら、探偵さん。あそこが佐藤のおばあちゃんの家です。おじいちゃんに先立たれてから元気なくて心配なんですよね。こっちは佐久間さんの家で、最近奥さんがおめでたなんです。それで旦那さんが張り切り過ぎてぎっくり腰になっちゃって。ああ、ここは南方さんの家です。猫をものすごく可愛がってて、会う人全員に写真を見せて回ってるんですよ。で、その家が……」  こうやって街を走っていると、たとえ直接会うことがなくても、そこに住んでいる人々の想いに触れることが出来るような気がする。  人々がそこに生きて、生活をしているんだ。  それを感じるだけで、元気を貰える気がする。 「本当にこの仕事が好きなんだな」  こうやって走っているうちに、気付いたことがある。  この探偵さんは、顔や声は怖いけれど、なんだかとても優しい雰囲気を持っている。顔が見えなくて声が聞き取りにくい自転車に乗っていると、それがよく分かる。 「はい。僕は郵便を届けるために生きているんだと言っても言い過ぎじゃないです。生きがいなんですね」  こうやって郵便を運んでいる時だけは、生きているんだと実感出来る。 「……それじゃあよ、なんでこの仕事をやろうって思ったんだ?」  そう聞いてきた探偵さんの声は、それまでと随分と違っていた。  それまでの世間話みたいな口調とは明らかに違う、何かとても重要なことを話す口調。 「え? いえ、理由なんかないですよ」  だから、僕は面食らっていた。  そんな深刻になるような大げさな理由なんてないし、そもそも僕が郵便屋になった理由なんて、探偵さんとどんな関係があるんだろう。 「そんなこたぁねぇだろう。給料が良かったとか、手当たり次第受けたけどここしか受かんなかったとか、あるだろよ?」  何故かしつこい探偵さんに、僕は辟易とし始めていた。  話かけられているせいでお願いされた街の案内も出来ていないし、そもそも妖怪の話と何の関係もない。 「案内が必要ないんだったら……」 「ほら、思い出してみろよ。子供の頃に、なんかなかったか?」  その言葉が、何故か僕の頭に引っかかった。  子供の頃。幼い頃の、もっとも深く刻まれた心の傷。 「……あ」  それで、思い出した。 「そう……ですね。確かに、ありました」 「何があった?」  身を乗り出すようにして探偵さんが聞いてきた。  でも、そのせいじゃない。  思い出さなければいけないことを思い出すために、僕はその記憶を口に乗せた。 「あれはもうずっと昔……僕がまだ、尋常小学校に通っていた頃でした。好きな女の子がいたんです。もちろん、まだ子供でしたから恋と呼べるかもわからない淡いものでしたけど。でも本当に好きで、ずっと一緒にいたいって思ったんです」  思い出した。  彼女と初めて出会ったのは、入学式の日だった。家が全然違う方向だったから、それまで見かけたこともなかった。  でも、会ってすぐに僕達は仲良くなって、冷やかされるのも気にせずに一緒にいたんだ。  女と一緒にいるなんて軟弱だ、とよく殴られたっけ。 「それで、告白しようとして手紙を書いたんです。でも勇気がなくて渡す事が出来なくて。告白なんてしなくても仲良くしているんだし、なんて気持ちもあったんだと思います。二日経ち三日経ち、一週間過ぎて一ヶ月過ぎて。明日は渡そう、明日こそ渡そうと思っているうちに、……その子は事故で死んでしまったんです」  その時、どんな気持ちだったのかなんて覚えていない。  覚えていたら、きっと耐えられなかったから。 「……その手紙を渡せてたら、上手くいってたと思うか?」 「自惚れかもしれないですけど。冷やかされてもしかられても、その子は僕と一緒に居たいと言ってくれました。きっと、上手く行ってたと思います」  本当に、後は勇気だけの問題だった。勇気さえあれば、短い間だけだったかもしれないけれど、後悔のない時間が過ごせたはずだったのだ。  あの手紙を渡せてさえいたら。 「だから、僕と同じ思いをする人がひとりでも減るように。想いを伝える手伝いがしたくて、僕は郵便屋になったんです」  すっかり忘れていた。  いや、忘れようとしていたんだ。  自分でも気付いていなかった心の奥底のもやもやを吐き出せて、僕はすっと心が軽くなったのを感じていた。 「そうだな。想いを伝えねぇで逝かれちまうのは、辛れぇもんな」  後ろからごそごそと動く気配がして、ライターをつける音が聞こえた。  多分、タバコを吸っているのだろう。  探偵さんにも色々あったんだ、と推察するくらいのことは、鈍い僕にでも出来る。 「……その子のこと、まだ忘れてねぇのか?」  ふぅと吐いた煙は、自転車の風に流されて僕まで届かずに消えた。  だから僕も、そのことには気付かないふりをして話を続ける。 「そう、ですね。もう思い出すこともほとんどなくなってしまいましたけど、心の深いところでは忘れられないでいるんだと思います。そのせいでこの年まで独り身ですよ」  自嘲気味に笑った。  もう随分長くひとりだったせいで、自分が寂しがっているのだということにさえ気付かないくらいに慣れてしまった。 「……ああ、そっか。僕が郵便屋をしてるのは、あの手紙を届けられない代わりだったんだ」  多分、本当はそちらの方が強い理由なのだと思う。  自分の手紙を渡せなかった後悔の気持ちを少しでも軽くするために、他人の手紙を配達し続けている。  寂しさを誤魔化すために、他人の手伝いをしている。 「だったらよ、もう他人の手紙を運ぶのは終わりにすればいいんじゃねぇか?」  不意に胸を抉った探偵さんの言葉に、僕は思わず思い切りブレーキを握り締めた。  急ブレーキをかけられた自転車は前のめりになったけれど、そんな事はどうでもいい。 「止めろって……!」  叫びそうになって、慌てて息を吸う。  何とか息を整え、普通の声が出せているのか確かめながら、ゆっくりと言葉を出した。 「今、言ったでしょう? 手紙を届ける事が、僕の生きがいなんです。……自分勝手な理由で他人の思いを届けようなんて、不純なのはわかっていますけれど」  郵便配達を止めてしまったら、きっと僕はどうして生きていけばいいのかわからなくなってしまう。  それをやめろというのは、死ねと言われたのと同じことだった。  落ち着いたつもりではいても、やっぱり僕はかなり興奮していたのだと思う。  でも、それでも……眼つきが悪いし顔の傷跡も怖いけれど、やっぱり探偵さんの視線は優しげだった。 「あんたから手紙を受け取った奴は、みんな感謝してたよ。で、みんな口を揃えて言うんだ。『もう楽にさせてあげてください』ってな」  楽って、なんだろう。  僕はこの仕事を楽しんでやっているのに。 「皆が、感謝してくれているんだったら……ますます手紙を届けるのを止める必要はないでしょう?」 「手紙を届けるのを止めろなんて言ってねぇよ。『他人の手紙を届けるのは終わりにしろ』って言ったんだ」  意味がわからなかった。  他人の手紙を届けるのが、郵便屋の仕事なのに。  それを止めるという事は、郵便屋を止めるということなのに。 「お前もよ、そろそろ自分の手紙を届けろや。いつまでも後悔したまま、それを誤魔化し続けてるわけにもいかねぇだろ?」  自分の手紙と言われて思いつくのはあの一通だけ。  届けることの出来なかった、永遠に届ける事の出来ない、あの手紙。 「話を聞きに行った全員が言ってたよ。お前のお陰で新しい人生に踏み出せた。だから、次はお前に前に進んで欲しいってな」  そう言って貰えるのは嬉しい。僕だって、本当は前に進んで行きたいと思っている。 「でも、彼女はもう死んでしまったんです」  死んでしまった人に、手紙を渡すことなんて出来ない。  出来るわけがない。 「その子んとこに行きゃいいじゃねぇか。きっと天国でお前のこと待ってるぜ?」  それが出来たらどんなにいいだろう。  でも。 「それは……僕に死ねって言うことですか?」  出来ない。  自殺なんてしたら、天国にいけなくなる。そうしたら、彼女には永遠に会えなくなる。 「……お前さ。なんでこんな夜中に手紙を配ってんだ?」  言われて辺りを見回した。  ちゃんと見えていたから気付かなかった。  辺りは月明かりもない、本当の夜闇の中。  人通りどころか、家の中にさえ起きている人間などひとりもいないくらい。  郵便屋なんてもちろんいるはずもない、街灯すら消えた深夜の街の中。 「ああ、そうか。僕はもう……」  死んでいたのか。 「病気を押して配達に出かけて、そのまま逝っちまったらしい。もう何十年も昔の話なのに、仲間達は郵便屋の鑑だって語り継いでたぜ」  配達中に死んでしまうなんて、迷惑をかけたに決まってるのに。  みんなの顔を思い出して、僕は少しだけ涙が出た。 「ほらよ。これが必要だろ?」  探偵さんは無造作にそれを差し出した。  色あせた、何処にでもあるような茶封筒。でも、間違えようが無い。毎日明日こそはと眺めていたのだから。 「これ……」  子供の頃の汚い字で書かれている、彼女の名前。  裏側には小さく、恥ずかしげに書いてある自分の名前。 「あんたの葬式の後に見付かったらしい。葬式前なら持たせてやったのにって、家族が悔やんでたぜ」  震える手を伸ばす。  それが、寸前で止まった。触れるのが怖くてそれ以上動かない。  その手を取って探偵さんが手紙を押し付けてきた。  質の悪い封筒の、ざらざらした手触り。  ずっと昔、毎日毎日触れていた手触り。 「クリス」  探偵さんの声と同時に溢れた光に、僕は慌てて顔をあげた。  眩い光と共に、僕の視界に純白の翼が広がる。  宙に浮くようにして、女性が姿を現していた。  純白の翼と純白の衣。人間ではありえないくらいに整った顔立ち。  ひと目でわかった。これは、天使様だ。  探偵さんの背後。1メートルほどのところに浮いていた天使様はゆっくりと降りてきて…… 「んーだよめんどくせぇ」  だらけた声を上げて、探偵さんの頭の上にひじを立てて頬杖をついた。  いつの間にかタバコを咥えている。 「こいつの道案内してやってくれ」 「……」  だるそうな仕草で、天使(?)はぷはーと煙を吐いた。 「葉巻ひとケース」 「ふざけろ。マイルドセブンワンカートンが限度だ」  なんだろう、絶対に見たくないものを見ている気がする。 「仕方ねぇな。10ミリので手を打とう」  その……なんだろう、天使のようなものがふわふわと僕の方へと寄って来た。 「んじゃ、ちゃっちゃと行って、ちゃっちゃと終わりにすんぞ」  またふぅと煙を吐く。どうでもいいけれど、煙は他人に向かって吐かない方が良いと思う。 「あの、……僕が手紙を届けなくなったら、みんなはどうなってしまうんでしょう」  ふと、気になって聞いてみた。  僕は、僕なりに誇りを持って仕事をしてるつもりだ。その仕事を止めなくてはいけないことだけは心が痛む。  探偵さんは少しだけ悩んだようだったけれど。 「どうもならねぇよ。お前がしてたのは立ち直るための手助けだ。傷口を縫い合わせる程度のことなんだよ。人間ってのは案外頑丈だからな。時間はかかるかもしれねぇけどよ、いずれみんな自分で解決するもんだ。そもそも、普通死んだ人間からの手紙なんて届くもんじゃねぇ。みんなそんなもん無しで生きてるんだよ」 「安心しました」  安心した。  僕がいなくても大丈夫。  でも、僕がしてきたことも無意味じゃなかった。 「じゃ、そろそろ行くぞ」  タバコを咥えたままの……もういいや、『天使様』が言った。  それに頷こうとして、忘れていたことがあるのに気付く。 「そうだ。探偵さん、もし手紙があるなら届けますよ」  多分、探偵さんも僕と同じような経験をしているのだから。 「……いや、大丈夫だ。お盆とか結構出てくるしな」  どうやら探偵さんは僕なんかには想像もつかないような生き方をしているらしい。  ちょっとだけ笑ってしまった。 「そろそろいいか? いくぞ」  しなくてはいけないことは全部終わった。  渡さなくていけない手紙をしっかりと握り締め、僕は目の前まで来ていた天使様に頷いた。 「じゃ、天界の門くぐるぞ。少し目ぇ閉じてろ。目覚めた時にゃ彼女の前についてるからな」  そうか。それじゃ、彼女になんて言えばいいのか、今のうちに考えておかないと。  ……ううん、違う。僕は郵便屋だ。何も言う必要なんてない。ただ、黙って手紙を渡すだけでいい。  目を閉じる一瞬前に、探偵さんへと視線をやった。  ほんの少しだけ、その手が上げられていた。  僕はきっと微笑んだのだと思う。  でもその時にはもう、天使様の手が僕の額に触れていて。  僕の意識は、ゆっくりと遠くなっていく。  次に目覚めた時は、僕にとって一番大切な……そして、最後の手紙を届ける時。  僕の、仕事終いの時。  そうだ。最後に、まだ僕が郵便屋であるうちに。  どうか、みなさんの手紙が、大切な人に届きますように。  どうか、みなさんの想いが、大切な人に届きますように。 二年ほど前(現在)。    『とりっく あんど とりーと』
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未田 尚(まだ なお)
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