キリ番以外
『うさぎ』
日南森空汰さんの誕生日リク お題 :『うさぎ』『マンガイラスト』 『ヒダマリ』『学生』『誕生日』
「ふう、やっと着いたー」
電車に揺られて2時間半、それからバスに乗り換えて更に一時間。合計3時間半の道のり。
流石にお尻が痛い。
でも、ここじゃなくちゃいけなかったのだ。
「わぁ……想像してたのよりずっとキレイ」
辺りは見渡す限り一面の白詰草。ふわふわした緑と白の絨毯が、遥か彼方の山の麓まで途切れることなく続いている。
子供の言う事だし、思い出の中で美化されているのだろうと話半分に聞いていたけれど、これは確かに『この世のものとも思えない』光景だ。
「えっと……この辺りでいいかな」
少し歩き回って、景色の良い場所を探して腰を降ろした。
と言っても何処を見ても素晴らしい絶景だし、少しくらい歩いたくらいでは景色は全く変わりはしないのだけれど。
脇に荷物を降ろし、一応確認する。
お弁当や必要な物が入ったバッグ、画材の入った鞄と画板に筆洗いバケツ、それから一番大事な……
「ごめんね、狭かったでしょ? もう出て来ていいよ」
そっとバスケットの蓋を開けたのに、すぐに出て来ようとはしない。
「おいでぴょん太。ほら、ぴょん子も」
中を覗き込む。どうやら初めての長旅に驚いてしまっているらしい。
お互い寄り添い合って、バスケットの隅の方で小さくなっていた。
ぴょん太とぴょん子という名前は、お隣に住んでいる留美ちゃんが付けてくれた名前だ。
最初はなんて安易な……と思ったけれど、慣れてみるとそれほど悪くない気がする。
「ごめんね、怖かったよね。もう大丈夫だから出ておいで」
そう言っても全く出て来ようとはしない。
抱き上げて出してやろうかとも思ったけれど、ウサギは臆病な動物だ。落ち着いて、自分から出たいと思うようになるまで待った方がいい。
それまでに少し進めておこう。
ペットボトルから黄色いバケツに水を入れ、太・中・細・平の四本の筆を湿らせる。パレットを出して絵の具の準備。白詰草の緑と白、空の青は多めに持って来てある。それから画板に画用紙をセットして、粗めに削った鉛筆を握る。
これで準備完了。
構図は、この場所に決めた時に大体決まっている。
ウサギ達を何処に配置するか考えながら、私はデッサンを始めた。
お隣に住んでいる留美ちゃんは、昔の一時期だけこの辺りに住んでいたらしい。時々運動のために訪れるこの場所が、本当に大好きなのだと言っていた。
本当に良い場所だ。見渡す限り一面の緑。それを点々と彩る花の白。
見上げれば、それに負けない程の空の青。それを点々と彩る雲の白。
そしてそこに燦々と輝く太陽。
足元には命が芽生え、頭上には風が流れる。暖かな日差しが差し込んでいる。
まだ僅かな時間しか経っていないけれど、もうすでに私はこの場所が好きになっていた。
ごそごそ、という音に驚いてそちらを向く。
バスケットからぴょん子が顔を覗かせていた。
「ほら、おいで。気持ち良いよ」
でも、まだ外に出る勇気まではないらしい。すぐに顔を引っ込めてしまった。
当然だろう。ぴょん子達はずっと狭い家の中で育って、こんな広い場所なんて見たこともない。初めての場所で不安になるのは当たり前。
それがわかっていたので、私は特に急かす事も無く、その様子を眺めていた。
留美ちゃんは動物が大好きだ。でも、留美ちゃんが動物を飼うことは出来ない。
留美ちゃんの病気には、動物の毛が良くないらしい。お医者様から止められていた。だから、どんなに動物が好きでも、飼う事は出来ない。
それなので、留美ちゃんはよくうちに来て、ぴょん太とぴょん子と遊んでいた。
マスクにゴーグル、手袋の完全装備で。
直接触ることも出来ず、直接見ることも出来なくても、それでも留美ちゃんはとても嬉しそうだった。
入院してからは、それすらも出来なくなっている。
だから、見せてあげたかった。
ちょうど一ヵ月後が留美ちゃんの誕生日。そのプレゼントに見せてあげたい。
留美ちゃんの大好きなぴょん太とぴょん子が、留美ちゃんの大好きなこの草原で遊んでいるところを。
そうしているうちに、再びぴょん子がバスケットからひょこんと顔を出した。
今度は顔を引っ込めることなく、周囲の匂いをぴすぴすと嗅いでいる。どうやら落ち着いたらしい。
「大丈夫だよ。おいで」
そっと抱き上げる。ぴょん子は抵抗するそぶりも見せずに大人しくしていた。
そのままバスケットの中を覗き込む。
ぴょん子がいなくなってしまったせいだろうか。そこではぴょん太がますます不安そうな様子でこちらを見上げていた。
やっぱりこういう時には、女の子の方が度胸があるらしい。
地面の上に降ろす。ぴょん子は物珍しそうにうろうろしたり、白詰草の葉の匂いを嗅いだりしていた。
変な病気になったりしないように、身体に悪い化学物質なんかを吸ったりしないように、ぴょん子たちはいつも部屋の中だった。風に乗ってそういうものが来るかもしれないから、窓を開けるのもぴょん子たちを他の部屋へ移してから。
だから、ぴょん子達は陽の光を浴びるのも、今までずっと窓ガラス越しだった。
初めての直接の太陽を浴びて、なんだかぴょん子はのびのびとして見える。毛並みもいつもよりもずっと輝いているようだった。
もしかしたら、今まで可愛そうなことをしてしまっていたのかもしれない。
足元ではぴょん子が白詰草の葉を齧っていたけれど、今日くらいはうるさいことを言うのは止めよう。
それに、きっとここには農薬なんてないだろうし。
デッサンを続ける。
近いところは白詰草の葉一枚一枚までちゃんと描いて、遠くの方はぼかす。
雲は白く大きく抜いて存在感を出して、太陽の光は淡く、優しく。
ふと気配を感じて視線を向ける。
ぴょん太がバスケットから顔を出して、じたばたとしていた。
ようやく落ち着いて、外に出る気になったらしい。それとも、外に出るよりもひとりでいる方が怖くなっただろうか。ぴょん子もそちらを向いて、その様子を見守っている。
ぴょん太しか入っていないバスケットは、その体重をかけられてころんと転んだ。
その拍子に閉まった蓋を押して、ぴょん太がごそごそと頭を出す。
ぴょん太のことはぴょん子に任せておけば大丈夫だろう。私は画用紙に視線を戻した。
……出来上がった絵は、悪くない出来だと思う。素材が良いのだから当然。
の、だけれど。
でも、何かが足りない。
なんだろう。何か、とても大切な何かが。
「んー……何だろ?」
考えてみてもわからない。辺りを見回してみたけれど、書き加えなければならないような何かは見当たらなかった。
足をつつかれる感触に、視線を降ろす。
ぴょん太が足をつついていた。その隣ではぴょん子が水の入ったバケツの匂いを嗅いでいる。
「喉乾いたのかな?」
どうやらそうだったらしい。小さなお皿に水を入れてやると、揃って顔を突っ込んだ。
朝からずっとバスケットの中で怖い思いをしていたのだ。喉くらい渇いて当然だろう。
見上げれば、もう太陽はかなり高くなっていた。そろそろお昼も過ぎた頃だろうか。
「私もお昼にしようかな」
今日は頑張って早起きして、お弁当を作ってきた。
いつもはそんなことしないのだけれど、こんな遠くまで来てコンビニのおにぎりではもったいない気がしたから。
やっぱり正解だった。ココで食べるのには、やっぱり手作りのお弁当の方がずっといい。適当に作った手抜きのものでも、全然味が違う。
一応ぴょん太たちのためにいつもの固形フードを持って来たのだけれど、どうやら必要なかったらしい。初めての自然の葉っぱを美味しそうに頬張っている。
こうやっていると、なんだか小学生の頃の遠足を思い出す。お母さんに作ってもらったお弁当を、友達と並んで広げて、交換したり取り合ったり……
留美ちゃんは、そんなこともしたことがないんだ。
病気のせいで小学校に通えない留美ちゃんは、当然遠足なんてしたことがない。
きっと、両親と一緒にここに来たのが唯一の思い出。
「……続き、描こうかな」
まだ時間はあるけれど、帰りも3時間半かかる。帰らなきゃいけない時間までは、きっとあっという間だ。
画用紙を取り替える。
何が足りないのだろうかと、考えてみた。
留美ちゃんの誕生日は、ちょうど緑化週間ポスターの校内コンクールの発表日。どうしても、金賞のリボンの付いた絵をあげたい。
アングルを変えて、もう一枚仕上げてみたのだけれど。
「……ダメだ」
何かが足りないのは変わらない。このままでは金賞なんて無理だろう。
私は白詰草の上に仰向けに寝転んだ。
「んー……何が足りないんだろう」
そのまま空を見上げる。
眩しい太陽の光が全身に降り注いでいた。何もしなくても、運動した後のように身体中がぽかぽかしている。
白詰草が風に揺られてさやさやと鳴っていた。それに乗って葉の香が流れていく。遥か彼方を雲がゆったりと泳いでいる。それが太陽に掛かると一瞬だけ風の冷たさが肌を叩き、また姿をあらわすと暖かさが肌を包む。
「やっぱり、無理なのかなぁ……」
絵を見て、ここのことを思い出すことは出来るかもしれない。
でも、ここでこうやって寝転んでいる気持ちになって貰うことなんて無理なのだろうか。
だったら、こうやって絵を描くこと自体が無駄なことなのだろうか。
さわさわ、と頬を撫でる感触に思考が中断する。
見ると、ぴょん太が頬に身体を摺り寄せていた。視線を降ろせば、ぴょん子が胸の上に上ろうとじたばたともがいている。
多分、きっと偶然なのだろう。でも、それはなんだか落ち込みかけた私を慰めてくれているように思えた。
「ありがとね」
ぴょん太の身体に顔をうずめる。
太陽をいっぱいに浴びたぴょん太の身体は、日向の匂いがしていた。それは草の香りと交じり合った、命の匂い。そしてその奥でとくとく鳴っている、心臓の鼓動の感触。
「ぴょん子もありがと」
その身体を抱き上げて、胸の上に乗せる。
高いところに上ったぴょん子は、空を見上げて鼻をぴすぴす鳴らした。
「……手が届きそうだよね」
両手を太陽に向けて伸ばしてみる。
届くわけがない。でも、その手のひらは太陽の光を透かして真っ赤に輝いていた。
やっぱり、ここに連れて来てあげたい。
代わりに絵を見せてあげるのではなく、本当にここに連れて来て、太陽を浴びて白詰草の香りに包まれてぴょん太たちと遊ばせてあげたい。
何とかして、留美ちゃんをここに連れて来て……
「……そうか」
わかった。足りないもの。
絶対に必要で、それが無かったら意味が無いというくらいに大切で、そして、それ自体が私の願いというもの。
いきなり起き上がる。胸の上で転んだぴょん子を受け止めて、慌てて地面に降ろす。
鉛筆なんて使っていられない。私はいきなり筆を取った。
いつもとは違う描き方に、それでもその筆はいつもよりもずっと軽い。
わかった。
その通りだった。
私は留美ちゃんに絵を見せてあげたいんじゃない。
留美ちゃんをここに連れて来てあげたい。この太陽の暖かさを、この花の香りを、若草の息吹を、この涼やかな風を、その肌で、全身で感じて欲しかった。
「……出来た」
絵は見える通りに描くものだと言われるかもしれない。
そこに存在しないものを描くのは、本当は良くないことなのかもしれない。
でも私の書くモノはただのマンガイラストだ。そんな堅苦しい絵画ではない。留美ちゃんを幸せにしてあげるのが間違ったことなのなら、私は間違っていていい。
それに、私にはこの通りに見えている。
太陽の光降り注ぐヒダマリの草原。
その中心で、マスクもゴーグルも手袋も無しで、ぴょん太たちを抱っこする留美ちゃんの姿。
それを覆い尽くすのは、あたり一面の四つ葉の白詰草 。
金賞を取れるかどうかはわからない。でも、金賞なんて付いていなくても、留美ちゃんはきっと喜んでくれる。
それが私にとって、一番大切な賞なのだ。
これを受け取った時の留美ちゃんの表情を思い浮かべて、私はとても楽しみだった。
ちょうど一ヵ月後が、留美ちゃんの8歳の誕生日。
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プロフィール
- 名前
- 未田 尚(まだ なお)
- 通称
- にゃー
- お仕事募集ちう。
- 文章を書く関係ならなんでも。
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