2009年2月 アーカイブ
2009年2月28日 0時05分43秒 (Sat) 何度も何度も
曲を歌うって、
そこに感情を込めて自分の空気を作って
それが聞いてくれる人を包み込めるくらいまで
研ぎ澄ましてこそ、初めて魅力が伝わるもんなのかも。
とりわけ、歌もギターも
決して簡単にはしていないせいか
相当歌い込まないと、聞いてくれる人に伝わる域、
お客さんを心地よく出来る域までは到達しない。
farewell dinnerは、作って歌いだしてから
3年くらいかな。
基本的にはどのライブでも
必ず歌う自分の定番曲に位置づけている曲だから
ほんと相当歌い込んできた。
最近ようやく、自分の中で
自分に馴染んできたような感じがする。
少なくともこの曲に関しては
サジ加減も自分なりに思うように調節出来るし、
多分ここ一番のステージや、試されるような機会であっても
この曲は自信を持って歌い上げることが出来るんじゃないかと思う。
何十回でも何百回でも
歌えば歌うほど、その曲の表現は深みを増す。
それは、一つ一つの演奏において
試行錯誤を繰り返しながら少しずつでも
修正していってるからかもしれない。
俺は曲を作るのが凄く遅い。
でも、馴染んで十分な魅力を発揮するまでには
凄く時間がかかるから、
なるだけ早く作って、それらを歌いこなしたい。
何百回でも何千回でも。
そうやって何度も何度も繰り返すことで
パフォーマンスは研ぎ澄まされていくんだ。
職人芸って、そういうモンやんな。
そこに感情を込めて自分の空気を作って
それが聞いてくれる人を包み込めるくらいまで
研ぎ澄ましてこそ、初めて魅力が伝わるもんなのかも。
とりわけ、歌もギターも
決して簡単にはしていないせいか
相当歌い込まないと、聞いてくれる人に伝わる域、
お客さんを心地よく出来る域までは到達しない。
farewell dinnerは、作って歌いだしてから
3年くらいかな。
基本的にはどのライブでも
必ず歌う自分の定番曲に位置づけている曲だから
ほんと相当歌い込んできた。
最近ようやく、自分の中で
自分に馴染んできたような感じがする。
少なくともこの曲に関しては
サジ加減も自分なりに思うように調節出来るし、
多分ここ一番のステージや、試されるような機会であっても
この曲は自信を持って歌い上げることが出来るんじゃないかと思う。
何十回でも何百回でも
歌えば歌うほど、その曲の表現は深みを増す。
それは、一つ一つの演奏において
試行錯誤を繰り返しながら少しずつでも
修正していってるからかもしれない。
俺は曲を作るのが凄く遅い。
でも、馴染んで十分な魅力を発揮するまでには
凄く時間がかかるから、
なるだけ早く作って、それらを歌いこなしたい。
何百回でも何千回でも。
そうやって何度も何度も繰り返すことで
パフォーマンスは研ぎ澄まされていくんだ。
職人芸って、そういうモンやんな。
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2009年2月23日 0時51分47秒 (Mon) ミュージシャンとして動き出すまでの足跡
実は音楽活動を始めるようになった時期は
凄く遅い。
2007年、28歳の冬に、生まれて初めて京都のライブハウスに
足を踏み入れたのが、その始まり。
カラオケで歌って歌唱力を磨いてきたから
古くからの友人達は、俺がちょっとは歌えるってのを
昔から知ってはいたけど
ギターは、部屋の中でしか弾いてなかったから
音楽活動をおおっぴらに始めるまでは
親しかった友人達ですら
俺がギターを弾くこと、まして曲を作ったりしてることなんて
殆ど知らなかったと思う。
曲を作るようになったのは、
恐らく25歳くらいの頃からだと思う。
それまでの間、曲を作ることをしなかったのは
当時頭の中でイメージしてた演奏スタイルが
ギターのテクニックを屈指したモノだったから、
そのイメージしたものが作れるくらいに
ギターのテクニックが身に付いてから作ることにしようと決めていたから。
京都時代にfarewell dinnerって曲を作った時、
どうしてもそれを誰かに聞いて貰いたい衝動に駆られた。
自分の事を良く知っている友人達ではなくて
自分の事を全く知らない人や、音楽の世界にいる人達に
聞いて貰いたかった。
つまり、どういう反応をしてくれるか。
少なくとも、この曲は、自分が昔イメージした演奏スタイルを
体現できた最初の曲だったから、
自分の中では、少なくとも自己満足で終わらない範囲に
仕上がったんじゃないかって思ってた。
でも、自分で作ったモノって愛着が湧くし、
何より作る過程で自分自身が何度も聞くわけだから
刷り込み式に自分の中に刻まれて馴染んでしまう。
だから、どうしても客観的な意見が欲しかった。
初めてライブハウスに足を踏み入れて
初めて演奏した時のことは、実はもうそんなに鮮明には覚えていない。
ただ、部分的にはっきり覚えているのは
ステージで演奏すると、部屋や川辺で演奏するのとは
まったくワケが違ってたなぁっていう実感。
それを克服していかないと、イメージ通りの演奏が出来ないなと思った。
新たに見つけたいろんな課題を
とにかく全力で克服したい気持ちになってしまったから、
本格的に音楽活動をしようと決めた。
それから即行動に移して、仕事が関東で見つかったから
2008年春から関東で音楽活動をするようになった。
それまで、本当に音楽に関わる人達との絡みって
全然無かったから、
人と音楽の話が出来る楽しさは、未だに人一倍感じてしまう。
音楽活動をするようになって
こんなにいろんな人達と関わっていくようになるなんて、
自分の想像を遥かに超えている。
やっぱ音楽の力って凄い。
改めて音楽には感謝したい。
そして、知り合った音楽仲間達にも。
凄く遅い。
2007年、28歳の冬に、生まれて初めて京都のライブハウスに
足を踏み入れたのが、その始まり。
カラオケで歌って歌唱力を磨いてきたから
古くからの友人達は、俺がちょっとは歌えるってのを
昔から知ってはいたけど
ギターは、部屋の中でしか弾いてなかったから
音楽活動をおおっぴらに始めるまでは
親しかった友人達ですら
俺がギターを弾くこと、まして曲を作ったりしてることなんて
殆ど知らなかったと思う。
曲を作るようになったのは、
恐らく25歳くらいの頃からだと思う。
それまでの間、曲を作ることをしなかったのは
当時頭の中でイメージしてた演奏スタイルが
ギターのテクニックを屈指したモノだったから、
そのイメージしたものが作れるくらいに
ギターのテクニックが身に付いてから作ることにしようと決めていたから。
京都時代にfarewell dinnerって曲を作った時、
どうしてもそれを誰かに聞いて貰いたい衝動に駆られた。
自分の事を良く知っている友人達ではなくて
自分の事を全く知らない人や、音楽の世界にいる人達に
聞いて貰いたかった。
つまり、どういう反応をしてくれるか。
少なくとも、この曲は、自分が昔イメージした演奏スタイルを
体現できた最初の曲だったから、
自分の中では、少なくとも自己満足で終わらない範囲に
仕上がったんじゃないかって思ってた。
でも、自分で作ったモノって愛着が湧くし、
何より作る過程で自分自身が何度も聞くわけだから
刷り込み式に自分の中に刻まれて馴染んでしまう。
だから、どうしても客観的な意見が欲しかった。
初めてライブハウスに足を踏み入れて
初めて演奏した時のことは、実はもうそんなに鮮明には覚えていない。
ただ、部分的にはっきり覚えているのは
ステージで演奏すると、部屋や川辺で演奏するのとは
まったくワケが違ってたなぁっていう実感。
それを克服していかないと、イメージ通りの演奏が出来ないなと思った。
新たに見つけたいろんな課題を
とにかく全力で克服したい気持ちになってしまったから、
本格的に音楽活動をしようと決めた。
それから即行動に移して、仕事が関東で見つかったから
2008年春から関東で音楽活動をするようになった。
それまで、本当に音楽に関わる人達との絡みって
全然無かったから、
人と音楽の話が出来る楽しさは、未だに人一倍感じてしまう。
音楽活動をするようになって
こんなにいろんな人達と関わっていくようになるなんて、
自分の想像を遥かに超えている。
やっぱ音楽の力って凄い。
改めて音楽には感謝したい。
そして、知り合った音楽仲間達にも。
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2009年2月13日 1時34分39秒 (Fri) 辿り着いたスタイル
元々歌う事が好きだった。
20前後の頃は、とにかく歌が楽しくて
カラオケ行ってはいろんな歌を
歌いこなす事が楽しくてたまらなかった。
ファルセットとかビブラートとか
音域とかコブシとか
ひとつひとつテーマを決めては
それを自在にコントロールするために
取り組むことに夢中だった。
伴奏がてら始めたギターは
たまたま誰かのギター演奏を見たのがきっかけで
「せっかく弾くんだったら、ギターの音も
フル活用したい」と思うようになった。
それから、ギターのいろんな演奏方法を
身に付けようと思うようになって、
一弦ずつしか弾けないピックでの奏法よりは
多くの音を同時に奏でられる指弾きの方が
これまたギターの音をフル活用できると思った。
イメージが湧いてしまったから。
歌を歌い、ギターも自らのメロディーを奏でる。
両方がフル稼働して、ひとつの作品として
出来上がったら、相当密度の濃い曲が
出来上がるんじゃないかって自分で思ってしまった。
歌もギターも、どっちも欲張って
音を盛り沢山盛り込もうとするのは
聞き手によってはクドくて胸焼けするような事になるかもしれない。
でも俺自身は、内容盛り沢山の曲の方が好きだから
やっぱ最終的には、何が正しいか、よりは
何が好きか、を大事にした方が、あとあと良いような気がする。
先日音楽仲間から教えてもらった言葉で
「ヴォイシング」というのがある。
voicing、つまりvoice + ingだから
歌わせること、歌っているように作ること、
ってな意味合いだろうか。
ギターの音も、ただのジャカジャカなってる伴奏ではなくて
歌い上げているように旋律を含んだ構造にする。
それがヴォイシングらしい。
まさに、自分が最初にイメージしたスタイルは
ギター演奏のヴォイシングと歌い上げの組み合わせだと思う。
せっかく両方使うんだったら、最大限まで
しっかり活用して良い音を奏でたい。
まさに、ギターの音色と歌の音色のアンサンブル!
そういうスタイルが、自分が目指すところ。
20前後の頃は、とにかく歌が楽しくて
カラオケ行ってはいろんな歌を
歌いこなす事が楽しくてたまらなかった。
ファルセットとかビブラートとか
音域とかコブシとか
ひとつひとつテーマを決めては
それを自在にコントロールするために
取り組むことに夢中だった。
伴奏がてら始めたギターは
たまたま誰かのギター演奏を見たのがきっかけで
「せっかく弾くんだったら、ギターの音も
フル活用したい」と思うようになった。
それから、ギターのいろんな演奏方法を
身に付けようと思うようになって、
一弦ずつしか弾けないピックでの奏法よりは
多くの音を同時に奏でられる指弾きの方が
これまたギターの音をフル活用できると思った。
イメージが湧いてしまったから。
歌を歌い、ギターも自らのメロディーを奏でる。
両方がフル稼働して、ひとつの作品として
出来上がったら、相当密度の濃い曲が
出来上がるんじゃないかって自分で思ってしまった。
歌もギターも、どっちも欲張って
音を盛り沢山盛り込もうとするのは
聞き手によってはクドくて胸焼けするような事になるかもしれない。
でも俺自身は、内容盛り沢山の曲の方が好きだから
やっぱ最終的には、何が正しいか、よりは
何が好きか、を大事にした方が、あとあと良いような気がする。
先日音楽仲間から教えてもらった言葉で
「ヴォイシング」というのがある。
voicing、つまりvoice + ingだから
歌わせること、歌っているように作ること、
ってな意味合いだろうか。
ギターの音も、ただのジャカジャカなってる伴奏ではなくて
歌い上げているように旋律を含んだ構造にする。
それがヴォイシングらしい。
まさに、自分が最初にイメージしたスタイルは
ギター演奏のヴォイシングと歌い上げの組み合わせだと思う。
せっかく両方使うんだったら、最大限まで
しっかり活用して良い音を奏でたい。
まさに、ギターの音色と歌の音色のアンサンブル!
そういうスタイルが、自分が目指すところ。
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2009年2月4日 1時23分16秒 (Wed) 生産型と消費型
人を二つに分けるとするなら
生産型と消費型に分かれると思う。
音楽で言えば、作りたい人と聞きたい人。
よく誤解される。
「音楽、沢山聞いてるでしょ?」と。
よく誤解される。音楽理論に詳しい人なんじゃないか、と。
俺は音楽に関わっているし
作ってる音楽も、メロディーやギター演奏が
比較的凝っていたりするみたいだから
そういう部分から、誤解されるんだと思う。
でも、周りが思ってるほど
実は音楽をそれほど聞かない。
音楽理論なんて全然分からないし、
コードの名前も殆どしらない。楽譜も読めない。
音楽知識に乏しくても
それでも十分自分が作りたいものは作れる。
そんなに沢山の情報は必要ないと思っている。
きっと、吸収するより生み出す方が好きなんだ。
俺から見ると、周りにいる人達は
圧倒的に消費型の人が多い。
つまり、音楽を沢山聴く人。
いろんなモノを食べて回ったり、
いろんなモノを見て回ったり、
いろんな国や文化を満喫したり。
そういった、情報の吸収自体に喜びを感じる人達。
そんなに沢山の情報を吸収したなら
それこそいろんなモノを生み出せそうに感じる。
俺から見たら…ね。
でも、生み出すことにはあまり興味がないらしい。
消費型の人は。
吸収して楽しんだら、それで終わり。
取り入れること自体が、多分楽しいんだろう。
俺は、何かを生み出すための材料として
いろんなものを吸収する。
何か生み出すためには
それを生み出すキッカケになるような情報が
一つだけあれば十分。
沢山の情報を吸収するキャパもないし、
あんまり必要だとも思ってない。
多くの消費型の人にとっては
何かを生み出す時、沢山の情報を吸収してから
初めて何かを生み出すことが出来るのかもしれない。
でも究極な生産型の人って
ほんと、特別情報を仕入れなくても
新しいモノを生み出せるんよ。
例えば、ノーベル賞を受賞したとある研究者は
人の論文を全く読まないらしい。
ただひたすら考え、ただひたすら新しいモノを
作り出したいのだろうな。
俺も究極の生産者を目指したいな。
生産型と消費型に分かれると思う。
音楽で言えば、作りたい人と聞きたい人。
よく誤解される。
「音楽、沢山聞いてるでしょ?」と。
よく誤解される。音楽理論に詳しい人なんじゃないか、と。
俺は音楽に関わっているし
作ってる音楽も、メロディーやギター演奏が
比較的凝っていたりするみたいだから
そういう部分から、誤解されるんだと思う。
でも、周りが思ってるほど
実は音楽をそれほど聞かない。
音楽理論なんて全然分からないし、
コードの名前も殆どしらない。楽譜も読めない。
音楽知識に乏しくても
それでも十分自分が作りたいものは作れる。
そんなに沢山の情報は必要ないと思っている。
きっと、吸収するより生み出す方が好きなんだ。
俺から見ると、周りにいる人達は
圧倒的に消費型の人が多い。
つまり、音楽を沢山聴く人。
いろんなモノを食べて回ったり、
いろんなモノを見て回ったり、
いろんな国や文化を満喫したり。
そういった、情報の吸収自体に喜びを感じる人達。
そんなに沢山の情報を吸収したなら
それこそいろんなモノを生み出せそうに感じる。
俺から見たら…ね。
でも、生み出すことにはあまり興味がないらしい。
消費型の人は。
吸収して楽しんだら、それで終わり。
取り入れること自体が、多分楽しいんだろう。
俺は、何かを生み出すための材料として
いろんなものを吸収する。
何か生み出すためには
それを生み出すキッカケになるような情報が
一つだけあれば十分。
沢山の情報を吸収するキャパもないし、
あんまり必要だとも思ってない。
多くの消費型の人にとっては
何かを生み出す時、沢山の情報を吸収してから
初めて何かを生み出すことが出来るのかもしれない。
でも究極な生産型の人って
ほんと、特別情報を仕入れなくても
新しいモノを生み出せるんよ。
例えば、ノーベル賞を受賞したとある研究者は
人の論文を全く読まないらしい。
ただひたすら考え、ただひたすら新しいモノを
作り出したいのだろうな。
俺も究極の生産者を目指したいな。
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