Short & present!
COLORATURA MR
COLORATURA MR
COLORATURA MR
谷がありました。遠い底で川が流れています。
森がありました。深い緑色の木が生い茂る森です。
村がありました。穏やかな性格の人間が住む村です。
森には大きな竜がいました。真っ赤な体が森の緑色に映えます。竜は村の人間や森の動物が好きでした。村の人々も、竜のことが大好きでした。
子供と遊んだり、重いものを運んだり。竜は、村の人と一緒にいるのが大好きでした。一日が終わって森を通り、谷に帰るのを寂しく思うほどでした。
ある日、大きな北の国で、別の竜が暴れてたくさんの人々が殺されたという知らせが村に届きました。その日から、村の人々は竜と一緒にいることを恐ろしく思いました。
少しずつ、竜は避けられるようになりました。
子供は遊んでくれなくなりました。
村の人は荷車を作ってしまいました。
少しずつ、竜は自分の場所を失っていきました。
それだけでは、村の人は安心できません。ある日、竜が森で寝ている時を狙い、村の男たちは竜の体に弓矢を放ちました。たくさんの弓矢が飛び、竜の体はどんどん傷つきます。
竜は叫び声をあげて、谷底に飛んで行きました。竜を殺そうとした村人は谷底をのぞきこみましたが、遠くで流れる川以外、何も見えません。
竜は村から、森から、谷からいなくなりました。
それから2年経ったある日、森から少年が現れました。少年は怯えていて、村の人々に助けられました。
「お願いです、僕をここにいさせてください。奴隷市場から逃げてきたのです。売られたくありません」
村人は優しかったので、少年は薬草使いの家に引き取られました。薬草の使い方を学び、すぐに一人前の薬草使いになりました。
薬草使いのおじいさんはしばらくして亡くなってしまったので、少年は薬草使いの家を継ぎました。彼が亡くなってしまった時、少年は涙が枯れるかと思うほど泣きました。
それからさらに3年経ちました。
アベルは馬に乗っていた。風が頬をなでる感覚が大好きな彼に、馬での旅は苦痛にならない。
「いやー、ここまで強い風だと、流石に苦しいかなー」
細かい事を言ってはいけません。
「え、だって雨だよ?」
雨だろうが嵐だろうが、あなたには関係ありません。
「いや、嵐はきついって。それにこれ見てよー。風速どれくらいだろ、コレ」
……アベルはモノローグに文句を付けながら、ある村を目指していた。
「あ、無視した」
…………
「わかった、わかったって。アベルは旅していた! これで満足?」
ああ満足だとも。
「まったくもう…あー…酒ぇ酒ぇ…」
アベルはブツブツとぼやきながら、小雨の降る村を見回した。目的はこの地にある。だがその前に酒が飲みたい。何かに駆られるかのようにアベルは血眼になって酒場を探す。ようやく酒が飲めそうな宿を見つけ出すと、馬を走らせた。
深い肩の傷が開くのも無視して。
「酒をかければ治るさ!」
アベルは実に清々しく笑う―――治るものか。
同じ頃、レイゲンは薬草の生えている丘にいた。薬草師のだぼついた腰巻を脱ぐと、目の前の池に飛び込む。水底には水生の薬草の根があるのだ。泥でよく見えない中、しっかりと目を見開いて、レイゲンは数本の草の根を引き抜き、水面に向かって上昇した。
「ハァっ…」
肺いっぱいに酸素を吸い込むと、視界が徐々にクリアになる。日光が目に痛いほどだ。
深紅の艶やかなポニーテールに、ヘーゼル色の鋭い目。薬草師らしく古臭い首飾りを身につけて薬剤道具を持ち歩くが、彼は若く洗練されたような雰囲気を醸し出していた。
「レイゲン!」
「え、お、おい! 危な―――ぐばふっ!」
一緒に丘に来ていた子供が、すぐそばに来ていたことに気が付かなかった。池に落ちかけた子供を必死の形相で岸に押し返すが、その代わりに自分が犠牲になる。池の中で再び泥まみれになりながら、レイゲンは水を滴らせながら岸に上がった。
「バカッ! 突然来るな、危ねぇだろ!」
きっちりと叱りとばし、レイゲンはポニーテールを解き、用意していた布で髪と体を荒く拭った。
「ごめんね、レイゲン。でもさ、父さんがね、来てるの」
「あぁ?」
少し荒っぽく聞き返すが、丘の向こうからやってくる大人の影にレイゲンは納得した。
「レイゲン!」
「どうしたんだ、おっさん?」
「ちょっと宿に旅の男が来たんだけどなぁ…肩に傷があって…随分深いんだ。治してやってくれ」
「ん、わかったぜ」
レイゲンは薬草師の正装としてだぼついた腰巻を巻きなおすと、鼻を鳴らして丘を去る。これが自分の仕事。
しかし、正直に言おう。
後々に彼は、この患者にだけは会わない方が良かった、と思う運命にあるのだった。
「あ――――――ッ!」
激痛に顔を歪めて叫ぶ。酷い。肩の傷口に液体が深く浸透していき、細胞を癒しているような、痛めつけているような――――
「叫んでも変わんねぇだろうが…」
「あーやっぱ?」
途端に白髪の少年は叫ぶのを止め、にっこりと大きく笑った。緩くウェーブのかかった真っ白な髪に、大きな垂れ目が特徴の年齢不詳の童顔。レイゲンはまじまじとそんな顔を見つめて、脳内に入れた。
「ねー、名前はー?」
叫ぶのを止めたと思えば。レイゲンは肩をすくめた。
「余裕あるな、オイ。痛み止めはいるか?」
「苦いだろうね。うん、いらない。ねー名前ー」
「…レイゲン。レイゲン・サラマンダ」
レイゲンは苦いというだけの理由で薬を拒否した彼を珍しく思いながら、湿布用の液を煮る。
「あんたは?」
「あー、本名と偽名とどっちがいい?」
「……は? いや、聞いたら、意味無いよな?」
「うん」
彼は安々と頷く。レイゲンは絶句した。
「じゃあ……呼びやすい方」
「アベル」
「…だけか? 短いな」
「本名で教えられるのはそれだけ。本名はジャスティン・フォン・ヤングバード」
「長……」
呆れながら苦笑するレイゲンに、アベルは垂れ目を少しだけ細めて笑った。
「あんた何者だ?」
「ちょっと、ね。東の国から来たんだ」
「東? 山いくつあると思ってんだ…ガキなのに」
「もうすぐ三十だけど…」
「さんじゅっ…!」
レイゲンはまたしても絶句した。そんなレイゲンを尻目に、アベルは傷口をぼんやりといじりながら、血だまりに顔をしかめた。
「君は?」
「……十九」
「見た目より老けてるね」
「童顔に言われたかねーよ」
レイゲンはそう言って、アベルの肩に包帯を巻く。
「…刀傷に打撲なぁ……童顔利用して裏稼業か?」
「まさか」
アベルは即答し、ちょっと迷ってから再び口を開く。
「東の国の役人やってるんだ。外交の。でも今回は密猟もちょっとしたい」
「役人で…密猟? 森の虹リス狩ったら怒るぞ」
怒気を含ませながら、レイゲンは言った。アベルはゆるやかな笑みを浮かべたままだ。
「この国では竜って言われてるね。それを狩りに来たんだ」
「……んなもん、オレがここに来る前に死んだ」
「この村のそばの谷に、最高レベルのレッドドラゴン、つまりこの国で言う火竜がいたって噂を聞いてね」
竜、と聞き、レイゲンは眉間にしわを寄せる。
「そんなの狩ってどうすんだ?」
「お金が欲しいのさ」
「牙にウロコ、角に血に眼球、内臓、骨! 全部合わせたら金塊いくつ分になるかなぁ…!」
金と口に出した途端に、アベルの目は生気が三倍になったかのように、キラキラと輝き始めた。うっとりと虚空を見つめる目を見ながらレイゲンは鼻を鳴らした。
「そんなのは……戯言だな」
「そうでもないよ。きっと、意外なくらいあっさり見つかっちゃうもんさ」
アベルはクスリと軽く笑うと、ケガをしていない方の指で、レイゲンを真っ直ぐ指差した。
「例えば君みたいな竜とか」
わずかな沈黙の後に、レイゲンは盛大なため息をついてアベルの瑠璃色の目を見据えた。
「ふざけるな」
「いだっ」
レイゲンは軽くあしらってアベルの肩傷を叩く。薬草調合を終えた器具を片づけ、アベルの言葉を反濁した。
「竜なんか……ここには―――」
「そう、ぼくの国では狩りすぎて厳しい規制があるけど、こっちなら竜は害獣扱いされているから狩りやすいんだ」
ガイジュウ
「ここには少し前まで竜がいたらしいけど、どうしてレイゲンは知らないのさ?」
「……オレは奴隷市から逃げ出して、ここに来た。村のみんなは迎えてくれた」
「人間のフリしてるドラゴンを?」
「オレはな――――人間だッ!」
レイゲンは怒りながらアベルの前のテーブルに薬と包帯の入った袋を乱暴に置いた。アベルは文句を言いながらも病人として自分を扱うレイゲンを、おかしそうに笑う。
「質問、変えようか。君がドラゴンなら、ぼくをどうする?」
「どんな竜か知らねーよ。だけど、お前を頭からバリバリ喰ってやる!」
「アハハ!」
アベルは声を上げて笑い、息をつくと、ベッドから立ち上がった。
「そこまで言うなら、違うんだろうね」
「ようやく解放か……」
レイゲンは苦笑しながら呟くと、テーブルの薬をアベルに押しつけた。
「あんたは好かねー奴だけど、悪化したらここに来い」
そう言うとアベルは驚いたように目を見張り―――やはり笑った。
「あー、ありがとう」
きしんだ音を立ててアベルは扉を閉める。レイゲンはそれを見送ると、薬草師としてやや焼けた自分の肌を眺め、白い獣の牙で作られた首飾りを握り締めた。
「オレは……人間だ……」
呟きに応えるかのような悲鳴が、広場からレイゲンの作業場まで轟いた。非日常的な悲鳴にレイゲンはいち早く反応し、薬草調合用のナイフをつかんで外に走りだす。
広場に近づくにつれて人は多くなっていった。
『盗賊が……子供を……』
『前にここにいた竜を捕まえに―――』
すれ違う村人の言葉を聞き、レイゲンは唇を噛みしめると、広場を見渡しやすい低い住宅の屋根の上へと登った。
小さな村の小さな広場には百人近くの人々が集まっている。その半分近くが見たことのない服装をしていた。彼らはみんな、ナイフや剣を持っている。
広場の中央で盗賊の男が子供にナイフを突き立てているのを見て、レイゲンは自分を燃やす怒りを感じた。
「だから、竜は私たちが崖から落としたと言っただろ!」
屋根の上まで響いてくる村人の声と盗賊の頭らしい男の声に、レイゲンは姿勢を低くしながら耳をすませた。
「連中は飛べるんだぞ? それに巣穴には宝がたくさんある! ここから遠くに離れるなんてことは無い! 早く本当のことを言え! じゃないと大切なガキが―――ぐっ」
最前で暴言を吐いていた男が倒れる。その脇腹には、レイゲンの拳が喰い込んでいた。拘束する手が緩み、人質として囚われていた子供は思い切って走って行った。
「その服……薬草師か」
「薬草師が闘えて悪いか?」
そう言うと理恵玄は風下の盗賊達に向かって粉薬をまいた。黄色い粉が肌に付くと、体が麻痺して倒れていく。粉が効かなかった、付かなかった数名を見つけ出すと、レイゲンは素早く一人ずつ、蹴り、殴り、倒す。
「竜捕まえてどうするつもりだ、ゴルァッ! どうせ金のことしか考えてないんだろうが。これ以上やられたくないなら、とっとと村から出て行きやがれ」
レイゲンはそう吐き捨てて、相手の腹部にひじ鉄を打ち込んだ。もう立っている者はいない、そう思って動きを止めた時だった。
「動くな」
一瞬、肩が震えるのがわかった。素早く振り返ると、ナイフが一本飛んでくる。とっさに避けて声のする方向を見ると、最初に倒したはずの男が別の少年の喉にナイフを当てている。
「……何が目的だ、あんた」
「もちろん、竜とその巣穴だ」
当然のように言いきられ、レイゲンは唇を噛みしめて怒った。
「竜はオレがここに住む前からいない。森や谷に毎日薬草を採りに行っているオレの言葉だ。間違いない!」
「うるさい!」
男は語気を荒げてレイゲンを睨みつけると―――一瞬驚いたように目を見開き―――笑みを浮かべると、少年の喉にナイフを喰い込ませた。
「止めろ」
静かな声で、静かな怒りをにじませながら、レイゲンは言う。盗賊の男は下卑た笑みを見せ、レイゲンに一歩ずつ近づいて行く。途中でようやく立ち上がってきた仲間の一人にナイフと少年を預けると、レイゲンの前に立ちはだかった。
「竜の牙じゃねぇか」
「!」
レイゲンは思わず首飾りの頂点をいくつかのビーズと一緒に握り締めた。
「違う」
「違うわけがねぇ。火竜の牙独特の赤い模様だ」
「これはオレのものだ!」
抵抗しようと腰の調合用ナイフに手をかけようとした瞬間、対峙する男の後ろにいる盗賊が、少年の喉から血を一筋垂らす。
白い服と肌に流れる鮮血に目を奪われるレイゲンの隙を見て、男はレイゲンの首飾りを革紐ごともぎ取った。
「アツッ!」
力まかせに引き千切られ、首が革ひもに擦れた。だがそれ以上に、体中がざわざわする感覚が押し寄せる。
「どうだ、竜の牙じゃないか! これひとつで金貨十枚はくだらな……」
盗賊たちの目も、人質になった少年の目も、村人の目も、レイゲンに奪われた。苦しげな呻き声をあげ、汗を滲ませる青年は―――
背中に赤い、竜の翼を持っていた。
まだら模様のウロコが浮き出ていた。
鋭い爪や牙、額からは角が生えていた。
「竜…だ…っ」
歓喜と、恐怖と、欲望が混じった声。言葉。レイゲンは嫌悪と懼れを心に巡らせながら、視線を泳がせる。
最悪だ。
ニンゲンになれば、竜でなくなれば、一緒にいられるのだと思っていた。でも、竜であるという事はどんなに姿を変えても纏わりついてくる。
「離しやがれ…オレが目当てだろ? オレと……もうほとんど行ってねぇが、オレのいた所……」
今自分にできることなんて、ひとつしかない。それを察すると、眼前の盗賊男も目を細めて笑う。
「お前が巣穴まで案内して、自分を犠牲にするなら、この村では誰も死なない。村には一切傷つけない。どうだ?」
「乗った」
少しも迷わずに、レイゲンは言い切った。
自分の正体がみんなに知られた今、心配する人間なんて誰もいない。生きていてもしょうがない。守れるならば、本望だ。
人々が息を呑む中、竜は鎖を付けられる。
広場から連れ出され、レイゲンは自分が昔住処にしていた所に連中を案内する羽目になった。森を歩くのは慣れていた。レイゲンは随分長く見ていなかった自分の翼や爪やウロコを苦々しげに眺めた。首につけている革のチョーカーの上から鎖が何重にも巻かれる。
『ケダモノ扱いだな』
見た目六割はなんとか人間なのに。中身が竜であるというそれだけでこれだ。
人間が大好きだから、竜としての自分を死んだことにして、牙を折って力を込めて、『自分』を殺した。
それなのに。
「レイゲン・サラマンダ」
ふいに聞こえた声は隣から。レイゲンは完全な竜化を抑えながら、慎重に隣に目を向けた。白い服に白いフードにマント。とにかく白い少年だ。目も顔も深くかぶっているフードでよく見えない。レイゲンの当惑をよそに、少年は小さな声で言葉を続ける。
「レイゲンって言うのはレイジ・アゲインの略称。つまり『再度の憎悪』って意味かな。サラマンダは火の精霊。君が人間として生きる前に、これを突発的に考え付いたなら面白いね」
「……?」
竜という正体が知らされても言葉をかけられるとは、思ってもみなかった。四方を囲む盗賊に気付かれないよう、少年の口は弧を描いた。
とにかく笑う。人をからかうかのように。
「……まさか」
「嘘付きだねー、レイゲン」
瑠璃色の瞳が、レイゲンに向けられた。真っ白な巻き毛にゆるく弧を描く口元。
「アベル…お前まさか……」
「こいつらとグル? そんなわけないよ。この人たち気付いてないみたいだけど、ここに来る途中僕を襲った連中さ」
あの刀傷。ようやく合点がついた。
「オレを狩るためか?」
「あー、そうだね。でも連中、僕の事は剣士って記憶しているはずだよ」
「はぁ? あんた役人だろ?」
「うん。官僚組」
アベルは短く小さく返事をし、レイゲンにウィンクした。
「ぼくはね、レイゲン、竜のこと、ずっと探してた。わけあってお金も欲しかったんだけどさ、ちょっと思い直してみたんだ。生きた竜を見せ物にする方が、長期的な金儲けにつながると思うんだけど。一人当たり金貨数枚。一回で十人は来るね、絶対」
「サイテ―だ、お前!」
小声で毒づくと、前を歩く盗賊に目を向けられる。レイゲンは慌てて元の姿勢に戻った。
「ハァ……なんでお前を助けるためなんかに…オレが犠牲になるんだ……しかもあそこまで荒らされるなんて……」
「でもさ、レイゲン。人質に取られたのが『僕』だってわかってても、君はきっと助けてくれたよね?」
「…当たり前だ」
何をされても、どんな扱いを受けても。
「人間、好きでたまらねぇんだよ」
こんなに面白くて、優しかった生き物はいない。言葉が通じる。でも、結局は優しくなんかなかった。でも、それでも、過去でもいい、自分と遊んでくれた。
「人間好きなドラゴンなんて、聞いたことない」
「笑いたけりゃ笑え」
「あははははははははは」
「そんな乾燥した笑いなんか聞いたことねぇなぁ…」
苛立ちながらレイゲンは言う。アベルは乾いた笑みを漏らしながら、瑠璃色の瞳を輝かせた。
「レイゲンさ、僕と一緒に来てよ」
「は?」
「契約しよう」
アベルは例の嫌~な笑顔を浮かべながら言う。
「国まで戻らなきゃいけないし、君で金稼ぎたいし、君ならいい感じの用心棒になりそうだし、僕よりも薬草も使える。僕、どうしても肉弾戦向きになれないんだよなー。契約してくれるなら、村の人みんな救うし、君の事も助ける」
唐突な提案は、天国と地獄なんて言葉がぴったりだった。レイゲンが目を瞬かせている間に、アベルはどんどん話を続ける。
「僕としてはレイゲンから宝石数個も欲しいけどね。結構いい話だよね? 君は村人助けたい。生きたい。僕はお金が欲しい。生きて国に帰りたい。どう?」
「いちいち腹が立つな、お前」
レイゲンは首にかかる鎖に赤く変色しかけ、ウロコが数枚浮き出ている指を絡めながらぼやいた。
「大体、お前に出来るのか?」
小声で尋ねると、アベルはにっこりと、自慢げに笑った。
「僕の名前はアベル・メイカー。東の国の役人で、造る(メイ)者(カー)なんだ」
「め、メイカー…?」
「おい、次はどっちだ?」
「あ……谷に向かって真っすぐだ」
突然の多方向からの言葉にも、レイゲンは戸惑いを隠しながら答えた。アベルはフードの奥でにこにこと笑ったままだ。
「メイカー……優れた特殊才能を無数に持てる家系。簡単に言うと、基本的にほとんどの才能をモノにできる才能を持っている。だからメイカーは自分を造れる。剣士にも魔術師にも楽士にも……盗賊にも、薬草師にも」
「……面白そうに話すじゃねぇか」
「えー、面白くない?」
「面白くねぇよ」
メイカーなんて聞いたこともない。レイゲンがぼやくとアベルは急に笑みを抑えた真剣な顔になる。
「君は選ぶだけでいい。約束を守るかどうかわからない盗賊を放置して死ぬか、それとも僕に任せて本当に村を守らせ、僕と一緒に行くか……君は村の人と一緒にいたいんだろうけど―――」
「無理だ」
レイゲンは即答した。
「そんなこと……出来るわけがねぇよ……」
自分は結局、どんなに自分を装っても竜なのだ。
アベルは自分を造ることができると言っていた。しかし自分はメイカーではなく、竜なのだからそんな芸当はできない。
竜を忌み嫌う人間のそばにいて、彼らにこれ以上恐れられるなんて、耐えられない。
「わかっていてくれて嬉しいね」
なんの感情も込めずに、アベルは言う。レイゲンは怒り混じりの冷視線を彼に向けながら鼻を鳴らした。アベルはあえてそれを無視し、にこやかに口元を歪める。
「どう? 契約に乗ってくれる?」
「……」
自分の身はどうなってもいい
村の人は、自分が愚かに思えるくらい大好きな者は
「…乗るしかねぇんだろ?」
「当たり。随分時間がかかったね」
「本当に守れるんだな?」
「あー、もちろん」
「なら、アベル・メイカー、あんたの話に―――契約に乗ってやる」
刹那、アベルは口の端を歪め、綺麗に、ニヒルに笑った。
「OK」
アベルの言葉と共に、彼の腕に絡んでいた鎖は溶けて拡散し、マントの中に隠していた儀式用の短刀を二本、芝居じみた仕草で手に構えた。
「アベル・メイカー『錬金術師』」
二人を囲っていた盗賊が驚いている間に、アベルはレイゲンの首に絡んだ鎖に剣を突き立てた。すると鎖は一気に錆び朽ちて、嫌な鉄の音と臭いを立てて地面に落ちた。
「アベル・メイカー『剣闘士』」
小さな声で呟くと、剣が鮮やかにアベルの手の中で踊るように動き、瞬時に一人を切りつける。薬草師であるレイゲンでもわかるほど、余計な傷はなく、出血は驚くほど少なかった。
「な、なんだ、こいつは!」
『理屈万歳、酒大好き守銭奴童顔野郎だ』
心の中でそう呟くと、レイゲンはアベル以上に素早い動きで数人の盗賊を瞬く間に殴り倒した。
「抑えろ!」
「まずい…!」
こう大人数でかかられてしまっては、レイゲンとはいえ分が悪い。特殊効果のある粉も奪われてしまった状態だ。
「アベル・メイカー『魔術師』」
小さな呟きと共に、アベルの短刀が襲いかかってきた盗賊の足元に刺さり、森を切り裂くような水柱が現れた。
「な…ッ!」
「あー、レイゲン、僕を守るんだったら、もっと真面目にやってほしいんだよ。僕あんまり肉弾戦向きじゃないし」
「文句言ってんじゃねぇ! いつも使ってる薬草も無いんだ。こんな状態で闘えるわけが―――」
「できるよ」
レイゲンの返答も聞かずに、アベルは答えた。
「だってレイゲン、君は竜だ」
自分を見て怯える人間を見るのが、一番嫌いなのに。
「あー畜生!」
いつの間にかアベルの口癖が移った。レイゲンが竜化を抑えるのを止めると、すぐに体は竜に近づいて行った。首が長くなり、ウロコがさらに濃くなる。服が不格好に破れ、体が大きく、長くなる。
「うわー」
「あ…ああああああ」
アベルの感嘆の声も、嬉しくはなかった。
盗賊も人間で、怯える声が自分を傷つけるのがわかる。
すべてを凌駕するような巨大な深紅の体に、ヘーゼル色の瞳だけが変わらずあった。アベルはその色に気付くと、何がおかしいのかクスクスと笑い、短刀の切っ先をレイゲンに怯える盗賊の残りに向けた。
「アベル・メイカー『調教師』」
その言葉が自分を縛る。人間を傷つけることに怯える体が、アベルの言葉に操られる。
「止めろ―――」
「大丈夫、僕も殺したくないし」
アベルの腕の動きが、レイゲンの体と連動する。操られているという感覚が、レイゲンを支配する。その言葉は何の安心も与えなかった。
「止め――――」
「守るための暴力。正当化する理由、君はわかるかい?」
わかりたくもない。
レイゲンの太く、長い尾や足が強く盗賊を打ち倒し、一人残らず倒してしまった。
そしてそれから半日後。
場所は再びレイゲンの『家』に、二人はいた。
「オレも確かに連中を気絶させた。殴ったし、蹴ったし、倒した」
レイゲンは盗賊から奪い返した『自分の牙の』首飾りをかけ直しながらぼやいた。これでまた、人間を装える。竜化を抑える媒体であるこれは、これからも必要不可欠なのだろう。
「だが、あんな乱暴にやりたくなかった!」
「あー、どうでもいいけど服着なよ」
アベルは人間に戻ったレイゲンに言いかけた。レイゲンは恥と怒りに顔を朱色に染める。
「煩い。結局しっかりばっちりオレを利用しやがって」
「僕の従者になってくれるんだから、しっかりばっちり使わなきゃ勿体ないし、君に悪いと思って。それに―――」
「……なんだ?」
レイゲンが荷物をまとめる手を止めると、アベルは素晴らしく清々しい笑みを浮かべて言う。
「僕、人を使役するのって大好きだし!」
「……サイテーだ…」
あまりにも清々しい笑顔で言われ、いっそ怒る気力も失せてしまう。
「僕はお酒と人を使役する事、それにお金に宝石に儲け話。あと可愛い子に繋がるなら、いくらでも努力を注げるさ!」
「……はー……自慢になんねぇな、ホント…」
レイゲンは肩をすくめて呆れると、荷物を詰め込んだカバンを肩にかけた。
「ほら、行く準備は出来た。ここは―――みんながなんとか使うだろうな」
「……そう。じゃあ早く君がいた住処に案内してよ! 僕、早く宝石や金貨の山に逢いたいんだ……!」
「誰が案内するかっ! 契約はオレがお前についていく。それだけだろうが」
「えー」
「えー、じゃねぇっ!」
アベルの批判的な声に、レイゲンは怒って口を尖らせた。
「もうオレはここには戻れないかもしれねぇんだ……オレの住処だけは……オレの物って確実に言い張れる唯一だ。お前にだってやれねぇよ」
「貪欲」
「お前にだけは言われたくねぇ!」
語気を荒げて憤っても、アベルは変わらない緩い笑みを浮かべたままだった。
「わかった。そこだけは君の物だね」
「ようやく妥協か」
ぼやきながら革のサンダルを履き、ドアの敷居を跨ぐと、体が浮くような、軽くなるような、わけのわからない感覚がレイゲンを襲う。
外に出て数歩歩くと、アベルは気がついたようにレイゲンに話しかけた。
「馬、僕はここにおいてくよ。流石にレイゲンだけ馬なしってのはちょっと……泣いてるの?」
「バーカ。誰が泣くか……」
こんな事で泣けるほど、悲しいことに竜は弱くない。
「これだけで泣けりゃ、嬉しい事この上ねぇよ」
「泣きたいときに泣けないなんてね。僕はいつでも泣けるよ。役者能力もあるからね」
「華々しいな」
嫌味か皮肉のように、レイゲンは言う。アベルは村の道をレイゲンの前を早足で歩きながら、笑っているようだった。
村の大通りを歩く。いつも会える人々がみんないない。消えてしまったかのように。まだ恐れられている。悲しい。心がずきずきする。でも、泣けない。
「メイカーは少ないけどその多才性で僕の国ではすごく有名な存在だよ。でも、本当に極めることができる職業はメイカーにも少ない。達人の域に達するには、人並以上の努力はしないと」
「…お前はそうしてきたのか」
「うん。いくつかはね」
アベルは容易く笑いながら教えてくれる。それはレイゲンにとって良いことでもあり、複雑でもあった。
「自分として歩く道なんて、どんな棘道でも華々しいよ」
「イバラなだけにか?」
「君が冗談言うなんて、珍しい」
「知りあって二日経ってないぞ?」
力なくツッコミを入れ、レイゲンは苦笑した。
村と外界の境界である門に着いても、話す事がある。
人間と話すことができる。それだけはちょっとだけ、嬉しかった。たとえ相手がアベルのような人間でも。
村の入り口でもある門の手前でレイゲンは足を止めて、アベルと自分の荷物越しに、もう一度だけ村をざっと見渡した。
「……連中、本当にここの事は忘れているんだな?」
「うん。『魔術師』の力ですごく遠くにいるし、ここでの事は全部忘れさせた。君も薬草で手伝ってくれたしね」
「ああ」
短く返事を返し、レイゲンはすたすたとアベルの横を通り過ぎ、門をくぐった。
「どんな嫌な道でも、華々しいっての」
「あーもう、気落ちしないでよ。生きていれば、いい事があるからさ」
「当たり前だ」
そのために生きている。
また人間と会える。
どうしてこんなに人間が好きなのかわからない。
けれど、また一緒にいられる、遊べる可能性があるなら
自分は精一杯生きていたい
「戻れないなんて上等だ」
「ふーん?」
アベルは悪戯っぽく笑うと、ふわりと村の方向を振り返った。
「アレ、見ても?」
アレ、と言われ、レイゲンもそれにつられて振り返った。村には誰もいなかった。みんな丘に行っていた。
そして―――そして―――
「アベル・メイカー『演出家』」
緑色の丘には赤い花で文字が描かれていた。
集まった人がみんな手を振っている。
ありがとう レイゲン
いつでも帰っておいで!
「……お前、嵌めただろ?」
「うん。みんな、君に謝りたがってたよ。でも、そんな風に呼びとめられたら、君さ、契約守ってくれないかもしれないじゃん? こんな風にドラマティックに! なら、いつかまた戻れるかもしれないって希望持って、しっかり僕の従者してくれそうだし(戻らせるなんて毛頭思ってもいないけど!)」
「気分がノってると饒舌になるな、お前。そしてその微妙な心の声じみたモノはなんなんだ……」
「うん! 気にしなくていいよ!」
清々しい笑みで親指を立てられると、どうしようもない脱力感しか浮かばれない。
「……帰る。村で一生薬草師してる」
「ちょ、待ってよ! 契約違反!」
それを聞くと、門を跨ぐ寸前にレイゲンはアベルに向き直った。
「……オレは帰る! ……お前を国に送った後」
「向こう三十年くらい見せ物になってよ?」
「イヤだね」
べろ、と舌を出して反すると、アベルは皮肉るようなため息をつき、レイゲンの前を歩き過ぎた。
「お金が必要だから集めてるっていうのに……レイゲンのわからず屋…」
「どういうわけで金が必要なのかもわからないのに、か?」
「あー、教えてあげてもいいよ」
「どうせ酒だろ……童顔オヤジ」
アベルはパタパタとレイゲンの十数歩先を小走りで行くと、にっこりとダークスマイルを投げかけた。
「王室反乱―――クーデター起こすんだ!」
コケた。綺麗にコケた。
「ちょっと待てぇえええええ!」
「どうもこっちの王室制度も政府も色々おかしくてさー。ちょっと官僚組の一部で国民と一緒に反乱、クーデター起こそうと思ってるんだよねー」
「言うな! オレにそんなわけのわからん重要言動を聞かせてるんじゃねぇ!」
「えー、知りたいんでしょー?」
「モノによるだろうがぁっ、この暗黒ボケ童顔野郎っ!」
「あはははははははは」
今度は本当におかしそうに、走って追いかけくるレイゲンをかわしてアベルも走る。
「というわけで、レイゲン・サラマンダ君っ! 向こう五十年くらいの僕の護衛・従者という華々しい道、よろしくね! 絶対に命狙われるだろうから!」
「ふざけんじゃねぇええええ!」
心の底から反論しても、契約は守らなければいけない。どっちにしろ、アベルは『調教師』にもなれる。レイゲンは鳥肌を立てながら、せめての嫌がらせのためにアベルを追いかける。
しかし、おそらくこれから何をされても、彼のことは無下に出来ないのだと思う。人間が好きすぎる自分を、これほど恨んだことはなかった。
でもこれは自分の判決だという矛盾! それなら―――
『せいぜい、華々しくなぁ……』
出来そうな気もしないまま、レイゲンは従者としてアベルの後を追って行った。
アベル・メイカー
ABEL MAKER
職業 役人
種族 人間
能力 造る(メイ)者(カー)
レイゲン・サラマンダ
RAGEAIN SALAMANDRA
職業 薬草師(従者兼護衛)
種族 火竜
能力 竜化(人間化)・調合・格闘
TO BE CONTINUE……?
谷がありました。遠い底で川が流れています。
森がありました。深い緑色の木が生い茂る森です。
村がありました。穏やかな性格の人間が住む村です。
森には大きな竜がいました。真っ赤な体が森の緑色に映えます。竜は村の人間や森の動物が好きでした。村の人々も、竜のことが大好きでした。
子供と遊んだり、重いものを運んだり。竜は、村の人と一緒にいるのが大好きでした。一日が終わって森を通り、谷に帰るのを寂しく思うほどでした。
ある日、大きな北の国で、別の竜が暴れてたくさんの人々が殺されたという知らせが村に届きました。その日から、村の人々は竜と一緒にいることを恐ろしく思いました。
少しずつ、竜は避けられるようになりました。
子供は遊んでくれなくなりました。
村の人は荷車を作ってしまいました。
少しずつ、竜は自分の場所を失っていきました。
それだけでは、村の人は安心できません。ある日、竜が森で寝ている時を狙い、村の男たちは竜の体に弓矢を放ちました。たくさんの弓矢が飛び、竜の体はどんどん傷つきます。
竜は叫び声をあげて、谷底に飛んで行きました。竜を殺そうとした村人は谷底をのぞきこみましたが、遠くで流れる川以外、何も見えません。
竜は村から、森から、谷からいなくなりました。
それから2年経ったある日、森から少年が現れました。少年は怯えていて、村の人々に助けられました。
「お願いです、僕をここにいさせてください。奴隷市場から逃げてきたのです。売られたくありません」
村人は優しかったので、少年は薬草使いの家に引き取られました。薬草の使い方を学び、すぐに一人前の薬草使いになりました。
薬草使いのおじいさんはしばらくして亡くなってしまったので、少年は薬草使いの家を継ぎました。彼が亡くなってしまった時、少年は涙が枯れるかと思うほど泣きました。
それからさらに3年経ちました。
アベルは馬に乗っていた。風が頬をなでる感覚が大好きな彼に、馬での旅は苦痛にならない。
「いやー、ここまで強い風だと、流石に苦しいかなー」
細かい事を言ってはいけません。
「え、だって雨だよ?」
雨だろうが嵐だろうが、あなたには関係ありません。
「いや、嵐はきついって。それにこれ見てよー。風速どれくらいだろ、コレ」
……アベルはモノローグに文句を付けながら、ある村を目指していた。
「あ、無視した」
…………
「わかった、わかったって。アベルは旅していた! これで満足?」
ああ満足だとも。
「まったくもう…あー…酒ぇ酒ぇ…」
アベルはブツブツとぼやきながら、小雨の降る村を見回した。目的はこの地にある。だがその前に酒が飲みたい。何かに駆られるかのようにアベルは血眼になって酒場を探す。ようやく酒が飲めそうな宿を見つけ出すと、馬を走らせた。
深い肩の傷が開くのも無視して。
「酒をかければ治るさ!」
アベルは実に清々しく笑う―――治るものか。
同じ頃、レイゲンは薬草の生えている丘にいた。薬草師のだぼついた腰巻を脱ぐと、目の前の池に飛び込む。水底には水生の薬草の根があるのだ。泥でよく見えない中、しっかりと目を見開いて、レイゲンは数本の草の根を引き抜き、水面に向かって上昇した。
「ハァっ…」
肺いっぱいに酸素を吸い込むと、視界が徐々にクリアになる。日光が目に痛いほどだ。
深紅の艶やかなポニーテールに、ヘーゼル色の鋭い目。薬草師らしく古臭い首飾りを身につけて薬剤道具を持ち歩くが、彼は若く洗練されたような雰囲気を醸し出していた。
「レイゲン!」
「え、お、おい! 危な―――ぐばふっ!」
一緒に丘に来ていた子供が、すぐそばに来ていたことに気が付かなかった。池に落ちかけた子供を必死の形相で岸に押し返すが、その代わりに自分が犠牲になる。池の中で再び泥まみれになりながら、レイゲンは水を滴らせながら岸に上がった。
「バカッ! 突然来るな、危ねぇだろ!」
きっちりと叱りとばし、レイゲンはポニーテールを解き、用意していた布で髪と体を荒く拭った。
「ごめんね、レイゲン。でもさ、父さんがね、来てるの」
「あぁ?」
少し荒っぽく聞き返すが、丘の向こうからやってくる大人の影にレイゲンは納得した。
「レイゲン!」
「どうしたんだ、おっさん?」
「ちょっと宿に旅の男が来たんだけどなぁ…肩に傷があって…随分深いんだ。治してやってくれ」
「ん、わかったぜ」
レイゲンは薬草師の正装としてだぼついた腰巻を巻きなおすと、鼻を鳴らして丘を去る。これが自分の仕事。
しかし、正直に言おう。
後々に彼は、この患者にだけは会わない方が良かった、と思う運命にあるのだった。
「あ――――――ッ!」
激痛に顔を歪めて叫ぶ。酷い。肩の傷口に液体が深く浸透していき、細胞を癒しているような、痛めつけているような――――
「叫んでも変わんねぇだろうが…」
「あーやっぱ?」
途端に白髪の少年は叫ぶのを止め、にっこりと大きく笑った。緩くウェーブのかかった真っ白な髪に、大きな垂れ目が特徴の年齢不詳の童顔。レイゲンはまじまじとそんな顔を見つめて、脳内に入れた。
「ねー、名前はー?」
叫ぶのを止めたと思えば。レイゲンは肩をすくめた。
「余裕あるな、オイ。痛み止めはいるか?」
「苦いだろうね。うん、いらない。ねー名前ー」
「…レイゲン。レイゲン・サラマンダ」
レイゲンは苦いというだけの理由で薬を拒否した彼を珍しく思いながら、湿布用の液を煮る。
「あんたは?」
「あー、本名と偽名とどっちがいい?」
「……は? いや、聞いたら、意味無いよな?」
「うん」
彼は安々と頷く。レイゲンは絶句した。
「じゃあ……呼びやすい方」
「アベル」
「…だけか? 短いな」
「本名で教えられるのはそれだけ。本名はジャスティン・フォン・ヤングバード」
「長……」
呆れながら苦笑するレイゲンに、アベルは垂れ目を少しだけ細めて笑った。
「あんた何者だ?」
「ちょっと、ね。東の国から来たんだ」
「東? 山いくつあると思ってんだ…ガキなのに」
「もうすぐ三十だけど…」
「さんじゅっ…!」
レイゲンはまたしても絶句した。そんなレイゲンを尻目に、アベルは傷口をぼんやりといじりながら、血だまりに顔をしかめた。
「君は?」
「……十九」
「見た目より老けてるね」
「童顔に言われたかねーよ」
レイゲンはそう言って、アベルの肩に包帯を巻く。
「…刀傷に打撲なぁ……童顔利用して裏稼業か?」
「まさか」
アベルは即答し、ちょっと迷ってから再び口を開く。
「東の国の役人やってるんだ。外交の。でも今回は密猟もちょっとしたい」
「役人で…密猟? 森の虹リス狩ったら怒るぞ」
怒気を含ませながら、レイゲンは言った。アベルはゆるやかな笑みを浮かべたままだ。
「この国では竜って言われてるね。それを狩りに来たんだ」
「……んなもん、オレがここに来る前に死んだ」
「この村のそばの谷に、最高レベルのレッドドラゴン、つまりこの国で言う火竜がいたって噂を聞いてね」
竜、と聞き、レイゲンは眉間にしわを寄せる。
「そんなの狩ってどうすんだ?」
「お金が欲しいのさ」
「牙にウロコ、角に血に眼球、内臓、骨! 全部合わせたら金塊いくつ分になるかなぁ…!」
金と口に出した途端に、アベルの目は生気が三倍になったかのように、キラキラと輝き始めた。うっとりと虚空を見つめる目を見ながらレイゲンは鼻を鳴らした。
「そんなのは……戯言だな」
「そうでもないよ。きっと、意外なくらいあっさり見つかっちゃうもんさ」
アベルはクスリと軽く笑うと、ケガをしていない方の指で、レイゲンを真っ直ぐ指差した。
「例えば君みたいな竜とか」
わずかな沈黙の後に、レイゲンは盛大なため息をついてアベルの瑠璃色の目を見据えた。
「ふざけるな」
「いだっ」
レイゲンは軽くあしらってアベルの肩傷を叩く。薬草調合を終えた器具を片づけ、アベルの言葉を反濁した。
「竜なんか……ここには―――」
「そう、ぼくの国では狩りすぎて厳しい規制があるけど、こっちなら竜は害獣扱いされているから狩りやすいんだ」
ガイジュウ
「ここには少し前まで竜がいたらしいけど、どうしてレイゲンは知らないのさ?」
「……オレは奴隷市から逃げ出して、ここに来た。村のみんなは迎えてくれた」
「人間のフリしてるドラゴンを?」
「オレはな――――人間だッ!」
レイゲンは怒りながらアベルの前のテーブルに薬と包帯の入った袋を乱暴に置いた。アベルは文句を言いながらも病人として自分を扱うレイゲンを、おかしそうに笑う。
「質問、変えようか。君がドラゴンなら、ぼくをどうする?」
「どんな竜か知らねーよ。だけど、お前を頭からバリバリ喰ってやる!」
「アハハ!」
アベルは声を上げて笑い、息をつくと、ベッドから立ち上がった。
「そこまで言うなら、違うんだろうね」
「ようやく解放か……」
レイゲンは苦笑しながら呟くと、テーブルの薬をアベルに押しつけた。
「あんたは好かねー奴だけど、悪化したらここに来い」
そう言うとアベルは驚いたように目を見張り―――やはり笑った。
「あー、ありがとう」
きしんだ音を立ててアベルは扉を閉める。レイゲンはそれを見送ると、薬草師としてやや焼けた自分の肌を眺め、白い獣の牙で作られた首飾りを握り締めた。
「オレは……人間だ……」
呟きに応えるかのような悲鳴が、広場からレイゲンの作業場まで轟いた。非日常的な悲鳴にレイゲンはいち早く反応し、薬草調合用のナイフをつかんで外に走りだす。
広場に近づくにつれて人は多くなっていった。
『盗賊が……子供を……』
『前にここにいた竜を捕まえに―――』
すれ違う村人の言葉を聞き、レイゲンは唇を噛みしめると、広場を見渡しやすい低い住宅の屋根の上へと登った。
小さな村の小さな広場には百人近くの人々が集まっている。その半分近くが見たことのない服装をしていた。彼らはみんな、ナイフや剣を持っている。
広場の中央で盗賊の男が子供にナイフを突き立てているのを見て、レイゲンは自分を燃やす怒りを感じた。
「だから、竜は私たちが崖から落としたと言っただろ!」
屋根の上まで響いてくる村人の声と盗賊の頭らしい男の声に、レイゲンは姿勢を低くしながら耳をすませた。
「連中は飛べるんだぞ? それに巣穴には宝がたくさんある! ここから遠くに離れるなんてことは無い! 早く本当のことを言え! じゃないと大切なガキが―――ぐっ」
最前で暴言を吐いていた男が倒れる。その脇腹には、レイゲンの拳が喰い込んでいた。拘束する手が緩み、人質として囚われていた子供は思い切って走って行った。
「その服……薬草師か」
「薬草師が闘えて悪いか?」
そう言うと理恵玄は風下の盗賊達に向かって粉薬をまいた。黄色い粉が肌に付くと、体が麻痺して倒れていく。粉が効かなかった、付かなかった数名を見つけ出すと、レイゲンは素早く一人ずつ、蹴り、殴り、倒す。
「竜捕まえてどうするつもりだ、ゴルァッ! どうせ金のことしか考えてないんだろうが。これ以上やられたくないなら、とっとと村から出て行きやがれ」
レイゲンはそう吐き捨てて、相手の腹部にひじ鉄を打ち込んだ。もう立っている者はいない、そう思って動きを止めた時だった。
「動くな」
一瞬、肩が震えるのがわかった。素早く振り返ると、ナイフが一本飛んでくる。とっさに避けて声のする方向を見ると、最初に倒したはずの男が別の少年の喉にナイフを当てている。
「……何が目的だ、あんた」
「もちろん、竜とその巣穴だ」
当然のように言いきられ、レイゲンは唇を噛みしめて怒った。
「竜はオレがここに住む前からいない。森や谷に毎日薬草を採りに行っているオレの言葉だ。間違いない!」
「うるさい!」
男は語気を荒げてレイゲンを睨みつけると―――一瞬驚いたように目を見開き―――笑みを浮かべると、少年の喉にナイフを喰い込ませた。
「止めろ」
静かな声で、静かな怒りをにじませながら、レイゲンは言う。盗賊の男は下卑た笑みを見せ、レイゲンに一歩ずつ近づいて行く。途中でようやく立ち上がってきた仲間の一人にナイフと少年を預けると、レイゲンの前に立ちはだかった。
「竜の牙じゃねぇか」
「!」
レイゲンは思わず首飾りの頂点をいくつかのビーズと一緒に握り締めた。
「違う」
「違うわけがねぇ。火竜の牙独特の赤い模様だ」
「これはオレのものだ!」
抵抗しようと腰の調合用ナイフに手をかけようとした瞬間、対峙する男の後ろにいる盗賊が、少年の喉から血を一筋垂らす。
白い服と肌に流れる鮮血に目を奪われるレイゲンの隙を見て、男はレイゲンの首飾りを革紐ごともぎ取った。
「アツッ!」
力まかせに引き千切られ、首が革ひもに擦れた。だがそれ以上に、体中がざわざわする感覚が押し寄せる。
「どうだ、竜の牙じゃないか! これひとつで金貨十枚はくだらな……」
盗賊たちの目も、人質になった少年の目も、村人の目も、レイゲンに奪われた。苦しげな呻き声をあげ、汗を滲ませる青年は―――
背中に赤い、竜の翼を持っていた。
まだら模様のウロコが浮き出ていた。
鋭い爪や牙、額からは角が生えていた。
「竜…だ…っ」
歓喜と、恐怖と、欲望が混じった声。言葉。レイゲンは嫌悪と懼れを心に巡らせながら、視線を泳がせる。
最悪だ。
ニンゲンになれば、竜でなくなれば、一緒にいられるのだと思っていた。でも、竜であるという事はどんなに姿を変えても纏わりついてくる。
「離しやがれ…オレが目当てだろ? オレと……もうほとんど行ってねぇが、オレのいた所……」
今自分にできることなんて、ひとつしかない。それを察すると、眼前の盗賊男も目を細めて笑う。
「お前が巣穴まで案内して、自分を犠牲にするなら、この村では誰も死なない。村には一切傷つけない。どうだ?」
「乗った」
少しも迷わずに、レイゲンは言い切った。
自分の正体がみんなに知られた今、心配する人間なんて誰もいない。生きていてもしょうがない。守れるならば、本望だ。
人々が息を呑む中、竜は鎖を付けられる。
広場から連れ出され、レイゲンは自分が昔住処にしていた所に連中を案内する羽目になった。森を歩くのは慣れていた。レイゲンは随分長く見ていなかった自分の翼や爪やウロコを苦々しげに眺めた。首につけている革のチョーカーの上から鎖が何重にも巻かれる。
『ケダモノ扱いだな』
見た目六割はなんとか人間なのに。中身が竜であるというそれだけでこれだ。
人間が大好きだから、竜としての自分を死んだことにして、牙を折って力を込めて、『自分』を殺した。
それなのに。
「レイゲン・サラマンダ」
ふいに聞こえた声は隣から。レイゲンは完全な竜化を抑えながら、慎重に隣に目を向けた。白い服に白いフードにマント。とにかく白い少年だ。目も顔も深くかぶっているフードでよく見えない。レイゲンの当惑をよそに、少年は小さな声で言葉を続ける。
「レイゲンって言うのはレイジ・アゲインの略称。つまり『再度の憎悪』って意味かな。サラマンダは火の精霊。君が人間として生きる前に、これを突発的に考え付いたなら面白いね」
「……?」
竜という正体が知らされても言葉をかけられるとは、思ってもみなかった。四方を囲む盗賊に気付かれないよう、少年の口は弧を描いた。
とにかく笑う。人をからかうかのように。
「……まさか」
「嘘付きだねー、レイゲン」
瑠璃色の瞳が、レイゲンに向けられた。真っ白な巻き毛にゆるく弧を描く口元。
「アベル…お前まさか……」
「こいつらとグル? そんなわけないよ。この人たち気付いてないみたいだけど、ここに来る途中僕を襲った連中さ」
あの刀傷。ようやく合点がついた。
「オレを狩るためか?」
「あー、そうだね。でも連中、僕の事は剣士って記憶しているはずだよ」
「はぁ? あんた役人だろ?」
「うん。官僚組」
アベルは短く小さく返事をし、レイゲンにウィンクした。
「ぼくはね、レイゲン、竜のこと、ずっと探してた。わけあってお金も欲しかったんだけどさ、ちょっと思い直してみたんだ。生きた竜を見せ物にする方が、長期的な金儲けにつながると思うんだけど。一人当たり金貨数枚。一回で十人は来るね、絶対」
「サイテ―だ、お前!」
小声で毒づくと、前を歩く盗賊に目を向けられる。レイゲンは慌てて元の姿勢に戻った。
「ハァ……なんでお前を助けるためなんかに…オレが犠牲になるんだ……しかもあそこまで荒らされるなんて……」
「でもさ、レイゲン。人質に取られたのが『僕』だってわかってても、君はきっと助けてくれたよね?」
「…当たり前だ」
何をされても、どんな扱いを受けても。
「人間、好きでたまらねぇんだよ」
こんなに面白くて、優しかった生き物はいない。言葉が通じる。でも、結局は優しくなんかなかった。でも、それでも、過去でもいい、自分と遊んでくれた。
「人間好きなドラゴンなんて、聞いたことない」
「笑いたけりゃ笑え」
「あははははははははは」
「そんな乾燥した笑いなんか聞いたことねぇなぁ…」
苛立ちながらレイゲンは言う。アベルは乾いた笑みを漏らしながら、瑠璃色の瞳を輝かせた。
「レイゲンさ、僕と一緒に来てよ」
「は?」
「契約しよう」
アベルは例の嫌~な笑顔を浮かべながら言う。
「国まで戻らなきゃいけないし、君で金稼ぎたいし、君ならいい感じの用心棒になりそうだし、僕よりも薬草も使える。僕、どうしても肉弾戦向きになれないんだよなー。契約してくれるなら、村の人みんな救うし、君の事も助ける」
唐突な提案は、天国と地獄なんて言葉がぴったりだった。レイゲンが目を瞬かせている間に、アベルはどんどん話を続ける。
「僕としてはレイゲンから宝石数個も欲しいけどね。結構いい話だよね? 君は村人助けたい。生きたい。僕はお金が欲しい。生きて国に帰りたい。どう?」
「いちいち腹が立つな、お前」
レイゲンは首にかかる鎖に赤く変色しかけ、ウロコが数枚浮き出ている指を絡めながらぼやいた。
「大体、お前に出来るのか?」
小声で尋ねると、アベルはにっこりと、自慢げに笑った。
「僕の名前はアベル・メイカー。東の国の役人で、造る(メイ)者(カー)なんだ」
「め、メイカー…?」
「おい、次はどっちだ?」
「あ……谷に向かって真っすぐだ」
突然の多方向からの言葉にも、レイゲンは戸惑いを隠しながら答えた。アベルはフードの奥でにこにこと笑ったままだ。
「メイカー……優れた特殊才能を無数に持てる家系。簡単に言うと、基本的にほとんどの才能をモノにできる才能を持っている。だからメイカーは自分を造れる。剣士にも魔術師にも楽士にも……盗賊にも、薬草師にも」
「……面白そうに話すじゃねぇか」
「えー、面白くない?」
「面白くねぇよ」
メイカーなんて聞いたこともない。レイゲンがぼやくとアベルは急に笑みを抑えた真剣な顔になる。
「君は選ぶだけでいい。約束を守るかどうかわからない盗賊を放置して死ぬか、それとも僕に任せて本当に村を守らせ、僕と一緒に行くか……君は村の人と一緒にいたいんだろうけど―――」
「無理だ」
レイゲンは即答した。
「そんなこと……出来るわけがねぇよ……」
自分は結局、どんなに自分を装っても竜なのだ。
アベルは自分を造ることができると言っていた。しかし自分はメイカーではなく、竜なのだからそんな芸当はできない。
竜を忌み嫌う人間のそばにいて、彼らにこれ以上恐れられるなんて、耐えられない。
「わかっていてくれて嬉しいね」
なんの感情も込めずに、アベルは言う。レイゲンは怒り混じりの冷視線を彼に向けながら鼻を鳴らした。アベルはあえてそれを無視し、にこやかに口元を歪める。
「どう? 契約に乗ってくれる?」
「……」
自分の身はどうなってもいい
村の人は、自分が愚かに思えるくらい大好きな者は
「…乗るしかねぇんだろ?」
「当たり。随分時間がかかったね」
「本当に守れるんだな?」
「あー、もちろん」
「なら、アベル・メイカー、あんたの話に―――契約に乗ってやる」
刹那、アベルは口の端を歪め、綺麗に、ニヒルに笑った。
「OK」
アベルの言葉と共に、彼の腕に絡んでいた鎖は溶けて拡散し、マントの中に隠していた儀式用の短刀を二本、芝居じみた仕草で手に構えた。
「アベル・メイカー『錬金術師』」
二人を囲っていた盗賊が驚いている間に、アベルはレイゲンの首に絡んだ鎖に剣を突き立てた。すると鎖は一気に錆び朽ちて、嫌な鉄の音と臭いを立てて地面に落ちた。
「アベル・メイカー『剣闘士』」
小さな声で呟くと、剣が鮮やかにアベルの手の中で踊るように動き、瞬時に一人を切りつける。薬草師であるレイゲンでもわかるほど、余計な傷はなく、出血は驚くほど少なかった。
「な、なんだ、こいつは!」
『理屈万歳、酒大好き守銭奴童顔野郎だ』
心の中でそう呟くと、レイゲンはアベル以上に素早い動きで数人の盗賊を瞬く間に殴り倒した。
「抑えろ!」
「まずい…!」
こう大人数でかかられてしまっては、レイゲンとはいえ分が悪い。特殊効果のある粉も奪われてしまった状態だ。
「アベル・メイカー『魔術師』」
小さな呟きと共に、アベルの短刀が襲いかかってきた盗賊の足元に刺さり、森を切り裂くような水柱が現れた。
「な…ッ!」
「あー、レイゲン、僕を守るんだったら、もっと真面目にやってほしいんだよ。僕あんまり肉弾戦向きじゃないし」
「文句言ってんじゃねぇ! いつも使ってる薬草も無いんだ。こんな状態で闘えるわけが―――」
「できるよ」
レイゲンの返答も聞かずに、アベルは答えた。
「だってレイゲン、君は竜だ」
自分を見て怯える人間を見るのが、一番嫌いなのに。
「あー畜生!」
いつの間にかアベルの口癖が移った。レイゲンが竜化を抑えるのを止めると、すぐに体は竜に近づいて行った。首が長くなり、ウロコがさらに濃くなる。服が不格好に破れ、体が大きく、長くなる。
「うわー」
「あ…ああああああ」
アベルの感嘆の声も、嬉しくはなかった。
盗賊も人間で、怯える声が自分を傷つけるのがわかる。
すべてを凌駕するような巨大な深紅の体に、ヘーゼル色の瞳だけが変わらずあった。アベルはその色に気付くと、何がおかしいのかクスクスと笑い、短刀の切っ先をレイゲンに怯える盗賊の残りに向けた。
「アベル・メイカー『調教師』」
その言葉が自分を縛る。人間を傷つけることに怯える体が、アベルの言葉に操られる。
「止めろ―――」
「大丈夫、僕も殺したくないし」
アベルの腕の動きが、レイゲンの体と連動する。操られているという感覚が、レイゲンを支配する。その言葉は何の安心も与えなかった。
「止め――――」
「守るための暴力。正当化する理由、君はわかるかい?」
わかりたくもない。
レイゲンの太く、長い尾や足が強く盗賊を打ち倒し、一人残らず倒してしまった。
そしてそれから半日後。
場所は再びレイゲンの『家』に、二人はいた。
「オレも確かに連中を気絶させた。殴ったし、蹴ったし、倒した」
レイゲンは盗賊から奪い返した『自分の牙の』首飾りをかけ直しながらぼやいた。これでまた、人間を装える。竜化を抑える媒体であるこれは、これからも必要不可欠なのだろう。
「だが、あんな乱暴にやりたくなかった!」
「あー、どうでもいいけど服着なよ」
アベルは人間に戻ったレイゲンに言いかけた。レイゲンは恥と怒りに顔を朱色に染める。
「煩い。結局しっかりばっちりオレを利用しやがって」
「僕の従者になってくれるんだから、しっかりばっちり使わなきゃ勿体ないし、君に悪いと思って。それに―――」
「……なんだ?」
レイゲンが荷物をまとめる手を止めると、アベルは素晴らしく清々しい笑みを浮かべて言う。
「僕、人を使役するのって大好きだし!」
「……サイテーだ…」
あまりにも清々しい笑顔で言われ、いっそ怒る気力も失せてしまう。
「僕はお酒と人を使役する事、それにお金に宝石に儲け話。あと可愛い子に繋がるなら、いくらでも努力を注げるさ!」
「……はー……自慢になんねぇな、ホント…」
レイゲンは肩をすくめて呆れると、荷物を詰め込んだカバンを肩にかけた。
「ほら、行く準備は出来た。ここは―――みんながなんとか使うだろうな」
「……そう。じゃあ早く君がいた住処に案内してよ! 僕、早く宝石や金貨の山に逢いたいんだ……!」
「誰が案内するかっ! 契約はオレがお前についていく。それだけだろうが」
「えー」
「えー、じゃねぇっ!」
アベルの批判的な声に、レイゲンは怒って口を尖らせた。
「もうオレはここには戻れないかもしれねぇんだ……オレの住処だけは……オレの物って確実に言い張れる唯一だ。お前にだってやれねぇよ」
「貪欲」
「お前にだけは言われたくねぇ!」
語気を荒げて憤っても、アベルは変わらない緩い笑みを浮かべたままだった。
「わかった。そこだけは君の物だね」
「ようやく妥協か」
ぼやきながら革のサンダルを履き、ドアの敷居を跨ぐと、体が浮くような、軽くなるような、わけのわからない感覚がレイゲンを襲う。
外に出て数歩歩くと、アベルは気がついたようにレイゲンに話しかけた。
「馬、僕はここにおいてくよ。流石にレイゲンだけ馬なしってのはちょっと……泣いてるの?」
「バーカ。誰が泣くか……」
こんな事で泣けるほど、悲しいことに竜は弱くない。
「これだけで泣けりゃ、嬉しい事この上ねぇよ」
「泣きたいときに泣けないなんてね。僕はいつでも泣けるよ。役者能力もあるからね」
「華々しいな」
嫌味か皮肉のように、レイゲンは言う。アベルは村の道をレイゲンの前を早足で歩きながら、笑っているようだった。
村の大通りを歩く。いつも会える人々がみんないない。消えてしまったかのように。まだ恐れられている。悲しい。心がずきずきする。でも、泣けない。
「メイカーは少ないけどその多才性で僕の国ではすごく有名な存在だよ。でも、本当に極めることができる職業はメイカーにも少ない。達人の域に達するには、人並以上の努力はしないと」
「…お前はそうしてきたのか」
「うん。いくつかはね」
アベルは容易く笑いながら教えてくれる。それはレイゲンにとって良いことでもあり、複雑でもあった。
「自分として歩く道なんて、どんな棘道でも華々しいよ」
「イバラなだけにか?」
「君が冗談言うなんて、珍しい」
「知りあって二日経ってないぞ?」
力なくツッコミを入れ、レイゲンは苦笑した。
村と外界の境界である門に着いても、話す事がある。
人間と話すことができる。それだけはちょっとだけ、嬉しかった。たとえ相手がアベルのような人間でも。
村の入り口でもある門の手前でレイゲンは足を止めて、アベルと自分の荷物越しに、もう一度だけ村をざっと見渡した。
「……連中、本当にここの事は忘れているんだな?」
「うん。『魔術師』の力ですごく遠くにいるし、ここでの事は全部忘れさせた。君も薬草で手伝ってくれたしね」
「ああ」
短く返事を返し、レイゲンはすたすたとアベルの横を通り過ぎ、門をくぐった。
「どんな嫌な道でも、華々しいっての」
「あーもう、気落ちしないでよ。生きていれば、いい事があるからさ」
「当たり前だ」
そのために生きている。
また人間と会える。
どうしてこんなに人間が好きなのかわからない。
けれど、また一緒にいられる、遊べる可能性があるなら
自分は精一杯生きていたい
「戻れないなんて上等だ」
「ふーん?」
アベルは悪戯っぽく笑うと、ふわりと村の方向を振り返った。
「アレ、見ても?」
アレ、と言われ、レイゲンもそれにつられて振り返った。村には誰もいなかった。みんな丘に行っていた。
そして―――そして―――
「アベル・メイカー『演出家』」
緑色の丘には赤い花で文字が描かれていた。
集まった人がみんな手を振っている。
ありがとう レイゲン
いつでも帰っておいで!
「……お前、嵌めただろ?」
「うん。みんな、君に謝りたがってたよ。でも、そんな風に呼びとめられたら、君さ、契約守ってくれないかもしれないじゃん? こんな風にドラマティックに! なら、いつかまた戻れるかもしれないって希望持って、しっかり僕の従者してくれそうだし(戻らせるなんて毛頭思ってもいないけど!)」
「気分がノってると饒舌になるな、お前。そしてその微妙な心の声じみたモノはなんなんだ……」
「うん! 気にしなくていいよ!」
清々しい笑みで親指を立てられると、どうしようもない脱力感しか浮かばれない。
「……帰る。村で一生薬草師してる」
「ちょ、待ってよ! 契約違反!」
それを聞くと、門を跨ぐ寸前にレイゲンはアベルに向き直った。
「……オレは帰る! ……お前を国に送った後」
「向こう三十年くらい見せ物になってよ?」
「イヤだね」
べろ、と舌を出して反すると、アベルは皮肉るようなため息をつき、レイゲンの前を歩き過ぎた。
「お金が必要だから集めてるっていうのに……レイゲンのわからず屋…」
「どういうわけで金が必要なのかもわからないのに、か?」
「あー、教えてあげてもいいよ」
「どうせ酒だろ……童顔オヤジ」
アベルはパタパタとレイゲンの十数歩先を小走りで行くと、にっこりとダークスマイルを投げかけた。
「王室反乱―――クーデター起こすんだ!」
コケた。綺麗にコケた。
「ちょっと待てぇえええええ!」
「どうもこっちの王室制度も政府も色々おかしくてさー。ちょっと官僚組の一部で国民と一緒に反乱、クーデター起こそうと思ってるんだよねー」
「言うな! オレにそんなわけのわからん重要言動を聞かせてるんじゃねぇ!」
「えー、知りたいんでしょー?」
「モノによるだろうがぁっ、この暗黒ボケ童顔野郎っ!」
「あはははははははは」
今度は本当におかしそうに、走って追いかけくるレイゲンをかわしてアベルも走る。
「というわけで、レイゲン・サラマンダ君っ! 向こう五十年くらいの僕の護衛・従者という華々しい道、よろしくね! 絶対に命狙われるだろうから!」
「ふざけんじゃねぇええええ!」
心の底から反論しても、契約は守らなければいけない。どっちにしろ、アベルは『調教師』にもなれる。レイゲンは鳥肌を立てながら、せめての嫌がらせのためにアベルを追いかける。
しかし、おそらくこれから何をされても、彼のことは無下に出来ないのだと思う。人間が好きすぎる自分を、これほど恨んだことはなかった。
でもこれは自分の判決だという矛盾! それなら―――
『せいぜい、華々しくなぁ……』
出来そうな気もしないまま、レイゲンは従者としてアベルの後を追って行った。
アベル・メイカー
ABEL MAKER
職業 役人
種族 人間
能力 造る(メイ)者(カー)
レイゲン・サラマンダ
RAGEAIN SALAMANDRA
職業 薬草師(従者兼護衛)
種族 火竜
能力 竜化(人間化)・調合・格闘
TO BE CONTINUE……?
- TOP
- Blog Ocean
- トップランカーの戦場
- Fly higher than the sky.
- 林檎コンビ格納庫
- ユメクイ
- G・D・F
- パイレーツ・アミュレット
- character
- Short & present!
- Pict
- BBS
- LINK
- Reborn!
プロフィール

- 奏 Euph
- 割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
携帯用QRコード
- アクセス数

- ページビュー数
