Short & present!
オリジナル短編
カラフルな納涼
カラフルな納涼
子供の頃はメロン味、ちょっと前まではレモン味、今はブルーハワイ味が一番好きだ。
イチゴ味が好きだった時は、まだない。
「……死ぬ。マジ死ぬ」
「よしよし、とりあえずこのページが終わってからにしろ」
「う~~~~~~~っ……鬼ぃ……」
廻谷夏生(めぐりや なつお)はクーラーの壊れた部屋を恨みながら、麦茶を飲み干して歴史人物の名前をノートに書く。
「足利……なんだっけ?」
「よ・し・み・つ」
「流石」
日本史が一番得意な親友、志間睦月(しまむつき)が羨ましくなる。科目が英語になれば、なんとかこっちのものなのだが。
「つか、ミンミンジージーうっせ―――ッ!」
「仕方無いだろ? 林が近いんだよ」
「ううっ……去年までなら普通にカブトムシやら何やら採って売ってたのに……」
今年に限って、絶賛受験生。夏生と睦月は受験する高校こそ違うが、レベルは似たようなものであった。部活も同じとなれば、休みも同じだ。といっても、もう引退した二人。それはあまり関係ないわけだが。
「ハイ、ソコ。答えは4番」
「嘘、マジ!? 1番じゃね?」
「だからその時代はもう安土桃山で――――」
睦月が髪をかきあげ、夏生のノートに簡単な年表を描き始めた時だった。
「兄ちゃーん」
ふすまが開いて、5、6歳くらいの少女が二人出てくる。睦月は軽くため息をつき、机に汗を垂らしながら振り向いた。
「どーした、卯月(うづき)、弥生(やよい)」
睦月の妹は月を跨いだ双子だ。夏生は一卵性の彼女らを見分けられる睦月を、こんな時ばかりは神だと思う。だが最近は卯月がピンク、弥生が水色のヘアゴムを付け分けているから、なんとかどっちがどっちだか、夏生でもわかった。
「あのね、カキ氷作るの」
「お兄ちゃん達も作る?」
「見ればわかるだろ、勉強中」
「固いこと言うなよ、睦月ぃ!」
カキ氷という単語に、夏生は素晴らしい勢いで反応した。
「もう一時間半くらいやってんだからさ、別に少しくらいいいだろ? カキ氷ぃ~~!」
「……ハァ……」
ため息をつきながらも、睦月は満更でもなさそうな顔で立ち上がる。卯月が弥生をおいて廊下を走ると、すぐに弥生も後を追った。
「メロン、メロン~~~~!」
「弥生、イチゴ!」
「双子なのに好きな味違うのか?」
夏生は痺れた足を伸ばし、先を歩く睦月を追った。
「ん、ラーメンもジャムも、何でも同じのが好きなくせに、なぜかカキ氷だけ違うな、そういえば」
「へー、面白ぇー。あ、オレ、ブルーハワイな!」
「うちにあるのはイチゴとメロンとカルピスだけだ」
「カルピスぅ!?」
台所へののれんをくぐる睦月の背中に、夏生の意外そうな声が浴びせられる。
ガリガリと三人の母親と双子がカキ氷を作っている傍らには二種類のシロップと一緒に、カルピスとコーラが確かに並んでいた。
「あ、コーラあるなら俺それな」
「美味いのか? コーラとかカルピスって」
「美味い。俺はブルーハワイよりもカルピスの方が好きだ」
「へぇ~~、じゃ、オレはカルピスで!」
何事も挑戦! とばかりに弥生に注文すると、彼女ははぁい、と可愛らしく返事をして、白い雪のような氷の上に、アイボリーのカルピスシロップをかけた。
「えへへぇ、上手く出来たよ! はい、なっちゃん!」
「だからー……なっちゃん、っていうの止めろよな……」
夏生は双子と部活動の女顧問からのみ、「なっちゃん」と呼ばれている。小学校二年くらいの時、クラスメイトの妹が夏緒(なつお)でからかわれたのは軽いトラウマだ。
夏生は弥生から呼ばれた「なっちゃん」に苦笑すると、渡された白×白のカキ氷をスプーンで口に運んだ。
冷たい氷の食感に、淡いカルピスの甘さが今まで食べてきたカキ氷とは全く違う味を出す。暑い日に食べる、というのが相乗し、清々しさが気だるさを吹き飛ばした。
「…………やっべー」
「どうした?」
「……メチャクチャウマい! 今日からオレ、ブルーハワイからカルピスに浮気するわー!」
「良かったねー」
「ねー」
シャクシャクという涼しげな音が、台所で奏でられる。
「これ、志間家の氷?」
「当たり前」
睦月の家は製氷店、つまり氷屋さんだ。大きすぎる冷凍庫を探検し、父親から散々叱られたこともある。確かにあの時は、夏なのに凍死するところだった。
「こんにちはーっ!」
「あーはいはい」
玄関からの声に、睦月が駆けていく。夏生はカルピス味のカキ氷に感動しつつ、漠然と睦月を見送っていた。だが、引き戸の志間家玄関が開け放たれ、立っていた人物と目が合い――――むせた。
「お、睦月になっちゃん!?」
「渡先生!? なんでここに!?」
唖然としている睦月と一緒に、夏生も頭上に大量の疑問符を浮かべた。
何故、剣道部顧問の渡麗(わたり うらら)がここに来たのか、皆目見当もつかない。渡は照れ笑いをして、気まずそうに頬をかいた。
「いや~、あたしの叔父さんが今日の縁日でカキ氷やるんだったんだけどさ、昨日ぎっくり腰になっちゃったのよ、コレが。で、あたしが代役!」
「いいんスか? 教師がそんな事やっちゃって」
カキ氷のスプーンをくわえたまま、夏生も玄関に向かって歩く。
「そんな事って……別にあの人がバイト代寄越すわけでもないし、今日なら部活休み! れっきとしたボランティア……ってコトで、な? で、あんたたちは?」
「ここ、俺んちです」
睦月が冷めた口調で告げると、渡は目を点にして表札を見た。
「あー! 道理で聞き覚えがあると思った! なんで? 二人で受験勉強?」
「大当たりっス」
「フムフム、あたしの授業寝てるあんたがねぇ。偉いじゃん」
「日本師は苦手なんスよ!」
夏生が噛みつくと、渡は能天気に笑う。
「ま、やりすぎは息も詰まるし、今夜は二人で縁日に顔出しな! カキ氷二つくらい奢ってやるよ」
渡の宣言に、夏生は子供じみた歓声をあげてはしゃいだ。そんな様子を見つつ、睦月はやはりため息をつく。
「……じゃあ先生、何キロです? 冷凍庫はそっちなんで」
「お、サンキュー、ムッツ!」
「ムッツって止めましょうよ、ホント……」
剣道部ではもう宿命となっている、顧問渡麗のあだ名付け。部内でしか普及しないが、稀に全校の知り合いに広まるから恐ろしい。幸いにも、夏生の「なっちゃん」も、睦月の「ムッツ」も、部内に留まってくれた。
「氷は結構欲しいな。叔父さんが言うには――――」
「はいはい。夏生、カキ氷の皿、洗っといてくれ」
「OK、OK」
夏生は手をひらひらと振って二人を見送り、カキ氷の溶け具合を心配しながら台所に戻った。だが―――――
「……何だよ?」
双子が夏生を睨んでいた。
「「ずるい」」
「何が?」
「二個目のカキ氷」
「卯月と弥生に内緒で、二人っきりで食べに行くんだ」
「う……っ」
小さいとはいえ、女の子。その耳早さに夏生は暑さのせいではない汗をかいた。
「卯月、レモンも食べてみたーい」
「弥生、青いのも食べてみたーい」
「いいなー」
「いいねー」
「わ、わーったって!」
夏生は双子の攻撃にすぐ折れた。一人ずつ交互にコメントされるのは、どういうわけか精神的に効く。
「お母さんに二個目だって知られたら困るから、オレと、睦月と、弥生と卯月と渡先生の秘密な!」
こんなに秘密共有者が多いものかな、とも頭のどこかで思ったが、双子のキラキラ輝く無邪気な笑顔を前に、どうでもよくなってしまった。
「やったー!」
「ママには秘密ね!」
「秘密、秘密!」
「キャハハハハ!」
「わかったら、流しに皿運べよー?」
「「はぁい!」」
ニコニコと笑ったまま、双子が皿を片付けるのを見届け、夏生はようやく食べかけのカキ氷に口をつけた。
「……カルピスだ」
最早、雪のような氷は溶けて、ただのカルピスになりかけていた。ちょっと寂しくて、一気に飲んでしまった。
「ただいま……」
「おー、お帰り。あ、皿は今から洗うから――――」
「お前、弥生と卯月に何か言ったか?」
思わず、透明なガラス皿を落としかけた。
「な、な……なんのハナシかなー……?」
「とぼけるな。押入れにむかって二人がダッシュしていた。浴衣、浴衣ーとか言いながらな……」
「子供は無邪気デスネ!」
HAHAHAとエセ外国人のような笑い方でごまかそうとするが、残念ながら睦月には通じない。
「~~~~~……ゴメン。でも、頼む! オレも行きたい! カキ氷、タコ焼き、焼きそば、リンゴ飴、食いたい!」
「食うことばっかだな、お前」
「あと金魚すくいと射的な! でっかい出目金も取れるぜ。屋台の帝王夏生さまの称号は伊達じゃない!」
「それが受験の時にプラスになるなら褒めてやる」
「う……っ」
夏生は呻き、蛇口を回して流れる水を止めた。浄水所が近くて、美味しい水だ。布巾で簡単にスプーンを拭くと、睦月は鼻を鳴らした。
「日本史テキスト87ページまでと、理科のプリント2枚がノルマな」
「い!?」
現在、テキスト71ページ、理科プリント1枚につき100題。
「なお、ノルマを6時半までに片付ければ、ご褒美として縁日行きだ」
「マ、マジ!? つかあと3時間かよ!?」
「だ、か、らっ!」
ビシッ、とスプーンの先を夏生に向け、睦夫は厳しくある意味柔和な表情で宣告する。
「弥生と卯月に約束したろ?」
「~~~~……ハイ」
のどまで出かかった言葉は飲み込んだ。
散々妥協して、なんとかノルマを理科プリント1枚分減らすことは出来た。
「お兄ちゃん、浴衣着るかなー?」
「なっちゃん、兄ちゃんよりもおっきいしねー」
「ねー」
「パパも言ってたよね。夏は浴衣かじんぺかって」
「じんぺ、って何だっけ?」
「なんだっけー?」
「わかんないから、浴衣でいいね」
「大丈夫だよねー」
卯月は自分用のピンクの浴衣を出すと、それを畳の上に置き、弥生から水色の浴衣を受け取った。少し前、祖母に作って貰った浴衣は、金魚帯が可愛らしく、色合いもいい。二人共、帯や絵柄の毬や蝶が気に入り、早く着て外に出るのが楽しみなのだ。
「ハイ、パパの浴衣ー」
「パパにも秘密でしょ?」
「なっちゃんが着るの。おっきーから多分大丈夫だよ」
「うーん、そうだねぇ」
「あとねー、お兄ちゃんの浴衣ー」
「これママのだよ?」
「間違いー」
「おバカさんですねぇ」
「バカって言う方がバカだって、パパ言ってたもん」
「えー、じゃあ卯月、バカなの?」
「大丈夫だよ、弥生がバカじゃないから、バカじゃないの分けてあげる」
「おおぅ、バカじゃないの、貰ったー」
「あげたー」
「「キャハハハハ!」」
双子特有らしいやりとりを傍観しつつ、睦月はようやく終わった国語のプリントを採点した。
「3、2、0、2……73点っと…微妙~~…」
「睦月様はいいデスよ……」
夏生はペンを回しながら、睦月の眼前に61と書かれた理科のプリントを掲げた。
「……プラスに考えようか。今の力量がわかった」
「要約すると、次はもっと頑張りましょう、ってトコか?」
「お、国語なら満点取れるぞ」
「そんな国語あるかっ!」
トンッ、とシャーペンの芯を戻すと、夏生は痺れた足を揉みながら時計を眺めた。
「6時20分……よし、ちゃんと終わったぞ!? 行けるぞ!?」
「ハイハイ、わかったっての……弥生ー、卯月ー」
ガラス戸を開けて居間の奥の座敷に入ると、押入れの奥から出してきたケースが開けられ、服が散乱していた。
気付いてはいたがこれ程とは……。睦月は呆れ混じりのため息をつき、帯を締めようと苦心している双子に歩み寄った。
「お兄ちゃん、弥生の帯結んでー!」
「卯月のも、卯月のも!」
「ちょ、母さんにやってもらえって!」
「「ダメ!」」
二人の声が見事にシンクロして、睦月の耳に甲高い声を突き刺す。
「なっちゃんと約束したの! ママには内緒なの!」
「だから兄ちゃん、お願い!」
「………スミマセン、睦月様……!」
「全くだっ! 結び方なんて全然――――」
「あ、帯ならオレ、結べるぜ?」
「は?」
夏生は嬉々として弥生の帯を取り、くるくると軽やかな金魚帯を、苦しくないように結ぶ。あっという間に水色の浴衣にピンクの金魚帯を付けた弥生が出来上がった。
「やったぁ! 蝶々、蝶々! なっちゃん、ありがとう!」
「ずるいー、卯月もぉ!」
「わかったって、ホラ貸してみろ」
弥生の時と同じように、縁日の夏限定ファッションが出来上がる。ピンクの浴衣に水色の金魚帯。卯月はくるくると跳ね回り、可愛らしくはにかみ笑いを見せた。唖然としている睦月に気付くと、夏生はニヤリと笑った。
「従姉弟の着付け、毎回手伝わされてるからな」
「ああ、道理で」
「二人共、お前やオレの分の浴衣出してくれたみたいだぜ?」
「……着ろと?」
「嫌いじゃないだろ? オレはホラ、そっちのケースの甚平着れば、帯の心配いらねーし」
「……ハァ……」
半ば諦めたようなため息だった。夏生はケースのサイドから箱に入った小さな髪飾りを見つけると、はしゃいでいる双子に渡す。
「鏡見ながら、付けてこいよ」
「「はぁい!」」
浴衣の魔力から覚めないまま、二人はとてとてと洗面所に向かって走って行った。双子の後ろ姿を見送ると、夏生は甚平を引っ張り出し、Tシャツを脱いだ。
「ん……ナニやら微妙なニオイ……」
「じいちゃんのだからな、ソレ」
「うひー……」
紺色地の浴衣を羽織りながら、睦月は現在東北にいる祖父に少し思いを馳せた。
「じいちゃん、結構ガタイがいいから、お前にはちょうどいいさ」
「お、本当だ! それにしても背中の文字って……」
でっかく、黒地に青で、流麗な達筆で
「納涼……」
「氷屋だからな」
「じゃあ本来お前が着るべきだろ」
「俺は帯を結べない」
「言い切られても……」
困る、と呟き、夏生は平たく、少し固い帯を手に取り、睦月の腰に巻きつけた。
「ほい、完成!」
「ん」
少しだけ喜んでいるらしい睦月に、夏生は歯を見せて笑った。
「出来たかー? 行くぜ、お穣様ー」
「「行く行くー!」」
髪飾りをちょっとだけ不格好につけ、どこからか見つけてきた巾着を手にして、双子が玄関に駆けつけてくる。夏生と睦月は財布を出して、下駄を出す。ちょっと大きい黒の下駄に足を入れ、双子は足音を楽しみながら外に飛び出した。
カラン コロン カラカラ コロ カラン カラン コロン
「お、廻谷さんトコの坊主じゃねぇか!」
「よーっす、おっちゃん!」
「お前、今年は受験だとか言ってたが、どうしたんじゃあ?」
「息抜き、息抜き。ホラ、志間家の双子ちゃんに免じて、射的タダにしてよ~」
「んー、めんこいのぉ。よっしゃ、五回300円を200円!」
「四人合わせて300円!」
「「お願ぁい!」」
「あー、持ってけ! 300円だ!」
「「やったぁ!」」
可愛らしくキャッキャとはしゃぎ、コルク弾を詰めた銃を取り、夏生と睦月に支えられながら景品を狙う。
ぽこん
「はい! ガム大当たり!」
射的の屋台から親父臭い声と少女の歓声が響く。もらったオレンジ味のガムを巾着に入れると、卯月はあと二回に賭けて持ち直す。だがそのガム以外は、二人とも全部外れてしまった。
「ハイ、お兄ちゃんはいい顔できるかね~?」
「へへっ、屋台の帝王夏生様を甘く見んなよ!」
そう言うなり、夏生はコルク弾を詰め、素早く狙いを定めて引き金を引いた。
ぽこん、と小気味いい音を立て、双子が好きなアニメの人形が落ちる。さらに立て続けに四回撃つ。菓子箱、千円付きの木片、ペンギンの人形、小さなプラモデル。どんどん落ちていく様は、小さなギャラリーが出来る程だった。
「畜生、お前はあと五メートル離れてやらせなきゃいけねぇの、忘れてたぜ……!」
「残念、しっかり詰めて寄越せよ、おっちゃん!」
「なっちゃんすごぉい!」
「兄ちゃんも頑張って!」
「ああ……」
既に三回外している睦月は、ぎこちなく銃を構えた。
ぺこん。
「あ、惜しい」
「まだあるよ、お兄ちゃん!」
「頑張って!」
妹達の声援を受け、睦月は苦笑しながらイルカの人形を狙った。
「もう少し上だぜ」
「上?」
引き金を引く寸前にかけられた言葉に驚き、やや上へと銃口を上げるだけでロクに狙いも定めず――――
「あ」
撃ってしまった。しかし、人形にかすったコルク弾は隣の菓子に跳ね返り、ぽこんと音を立ててイルカに二回目の打撃を与えた。
軽い音を立ててイルカと菓子が落ち、屋台の親父はニコニコとそれらを拾って睦月に差し出した。
「まったく……商売あがったりだい」
「あ……あはは……」
照れてちょっと嬉しそうに睦月は頬を朱に染めた。肩を叩いて歓声を上げる夏生と、二人から景品をねだる双子が、何よりも嬉しい。
「…………ハァ……」
和たちは少しだけ溶けた大きな氷と、店の前にずらりと並べた七種類のシロップを眺め、ため息をついた。夏の暑さと氷の涼しさが同時に体を包み込むのは、心地よくて、わびしい。
「こんばんは!」
唐突にかけられた声に、渡は驚いて顔を上げた。見知った顔が二つ、少女の顔が二つ。
「よぉ、やーっと来やがったね! あんたらがお客第一号だ!」
「へ? もう40分くらい経ちません?」
縁日が始まってから、とぼやき、睦月はくじ引きで当てたガンプラを、屋台のアルミ板の上に乗せた。睦月を差し置き、夏生と双子は並べられた七種類という驚くべき量のシロップを凝視していた。
「えっと、イチゴ、メロン、レモン、カルピス、ブルーハワイ、コーラ、グレープ……ああ、七種類だから『にじや』」
夏生は合点がいったというように指を鳴らした。ひかえめなのぼりには、水色地に赤と白で「カキ氷の にじや」と書いてあった。
「そうそう、一個100円だけど、二人分はタダ」
「客が来てないなら、初回サービスで――――」
全員タダに――――と言いかけた夏生の口を、睦月が勢いよく塞いだ。
「このアホッ!」
「ハァ!? ……あ……」
渡のなんともいえない微妙な表情に、夏生は自分を悔いた。
「あ、渡先生……スミマセン」
「イヤ、客が来ないのは事実だし。別に気にしちゃいないさ」
「…………」
気まずく、嫌な空気が流れる中で、双子だけが無邪気に首をかしげた。
「卯月、レモン」
「弥生、青いの」
無邪気に、期待する。
「……オレも……ブルーハワイがいいな」
夏生はうつむいていた顔を上げて口元を引き締めると、ずんずんと渡の隣に入っていった。
「な、なんだぁ?」
渡の白と青の浴衣を踏まないように、夏生は大勢を整えると、大きく息を吸った。
「ハイ、いらっしゃい! にじやのカキ氷だよ!」
ピリピリと空気が震えるような大声は、剣道で鍛えた賜物だろう。周囲が驚くのをよそに、目を見張る睦月達を含めたギャラリーの前で、夏生は口上を続ける。
「使っているのはここらじゃ有名な志間家の氷! 他の屋台のカキ氷が300円の中、破格の200円! それにこの味の種類! ちょっと珍しいカルピスはオレのだッ!」
最後の言葉に、クス、と見ていた女性の一人が笑う。
「じゃあ、貴方のカルピスっていうのひとつ」
「ん、美人さんじゃ仕方無い! 200円な!」
夏生の言葉に、どっとギャラリーが湧く。
「やだ、本当に美味しい!」
「じゃ、わしもひとつ」
「オレもひとつ、レモンな!」
「ねー、僕にも買ってー!」
瞬く間に「にじや」には人が集まり、集めた張本人である夏生ですら少し驚いた。
「あーはいはい、並んでねー」
「なっちゃん、すげぇな!」
「渡先生は睦月とカキ氷作ってくださいよ。弥生と卯月はオレと一緒に呼び込み!」
「あ、ああ……」
「「はぁい!」」
夏生の勢いに押され、志間家の三人も動く。
「さぁさ、寄った寄った!『にじや』の美味しいカキ氷! 歩き疲れた人も、暑くて死にそうな人も、彼女に何か買って食べ歩きたいお兄ちゃんも、ハイ、いらっしゃーい!」
「よったよったー!」
「いらっしゃーい!」
夏生の威勢のいい声に、
双子の一生懸命な可愛らしさに、
人は―――――
「おぉ、屋台の帝王! えらくカッコいいコトしてるなァ!」
「あらヤダ、可愛いわねぇ! じゃあおばちゃん、買ってっちゃうわぁ」
「安いし、美味しそうじゃないの」
「やっぱ夏はカキ氷よね!」
「ちょっとコーラに挑戦するぜ!」
「ああ、本当に美味い!」
惹かれてしまう。
「羨ましい?」
「へ?」
突然隣で氷を削っていた渡からかかる声に、睦月はシロップをかける手を止めた。
「ほら、手を止めない!」
「え、あ、ハイ!」
「……あんた、ちょっとお固いからさ。なっちゃんみたいなのが羨ましいかなーとか思ったんだよね」
「イヤ……別に……」
思ってみた事もなかったが、人を惹きつける夏生を真っ直ぐ見つめ、氷に緑色のシロップをかけた。
「ハイ、200円……確かに、羨ましい明るさですね」
「ホラな?」
「でも、あいつみたいな奴だけじゃバランスが悪いので、俺くらい厳しめなのがいた方が、バランスいいんですよ」
「へぇ」
悪戯っぽく渡は笑い、シロップを補充した。
「いい考えじゃん」
「ですかね?」
「でもたまには、バランス少し崩してみな」
「はい?」
イチゴシロップの甘い香りを漂わせながら、渡はニヤリと笑みを浮かべた。
「たまに、自分のやりたい事、バランスとか色々忘れて、パーっとやってみな。厳しいのもいいけど、プラスそういうところがあれば、ずっと付いてきてくれる人が出来るから」
「久々に教師らしいこと言いましたね」
「オイオイ! あたしは毎回、いつでも大人のオンナ教師だよ!」
ケタケタと豪気に笑いながら、白い雪のような氷が盛られた器を睦月に突き出した。
「ハイ、次はカルピス!」
「了解……おい、夏生――――!」
「何だ―――!?」
並ぶ行列の奥で、夏生の声が聞こえる。
「バンバン人呼んでこーい!」
「ナイス、睦月――――ッ! 了解っ!」
「いいぞー、兄ちゃん!」
「やるねェ!」
自分の声に、周りが湧く。ちょっとした充足感が降りかかってきた。
「カッコいいじゃん、ムッツ」
「だから、ムッツって止めてくださいって……」
睦月は苦笑しながら肩をすくめ、紫色のシロップで真っ白な氷を彩った。
夏生は段ボールに手早く「完売御礼!」と書くと、シロップの空ボトルに立て掛けた。
「というわけで『にじや』完売ありがと―――っ!」
「完売ってなぁに?」
「完売っていうのはね、全部売れちゃったって事」
弥生に渡が説明すると、すぐに双子は泣きそうな顔になった。
「弥生の青いのは?」
「卯月のレモンは?」
「大丈夫、心配すんなって!」
渡はアイスピックを取り出すと、クーラーボックスを開けて、何かを突き刺した。体育教師かと疑う力で、その何かを持ち上げる。何かとは、双子と一緒に睦月と夏生も声を上げてしまう程、立派な氷だった。
「ハイハイ、弥生ちゃんがブルーハワイで、卯月ちゃんがレモンね。なっちゃんとムッツは?」
「オレもブルーハワイ!」
「じゃあ俺はグレープ試してみる」
「おし、わかったよ」
氷を機械にセットして、シャリシャリと削っていく様子を、双子は目を輝かせてそれを眺めた。
「ハイ、レモンにブルーハワイ!」
「「ありがとー、おばちゃん!」」
「あのねぇ、あたしはまだピッチピチの二十七歳! 女王様かお姉さまってお呼び!」
「先生、うちの妹達に変な事は――――」
「「ありがとー、女王様!」」
「おう!」
「…………」
本日何度目かわからないため息をつき、睦月は手渡されたカキ氷にストロー製のスプーンを刺した。
「ハイよ、なっちゃん」
「サンキュー、先生!」
やっぱりブルーハワイも捨てがたい。
「先生はイチゴ派?」
「ああ、うん」
渡は自分用にカキ氷をひとつ作ると、下駄の涼やかな音を立てて、屋台前の神社に続く階段を歩いて行く。
「子供の頃からさ、イチゴカキ氷が好きなのよねぇ」
「へぇ。オレはメロン、レモン、ブルーハワイ、カルピスって浮気しまくってるからなぁ」
「カキ氷はいいけど、女の子で浮気したらあんた、殺されるよ?」
「リアルっスね……」
五人で階段を歩き、神社の境内に入った。提灯の灯りに、キツネの石像が照らされる。
「卯月、キツネさんだよ!」
「弥生、ホタルがいるよ!」
「ホタル?」
卯月の言葉に、渡は目を丸くし、卯月の指差す方向に目を凝らした。
「ああ、ホント」
ポツポツと明滅する灯りは、提灯のそれとは違う。神社の北側を流れる小川の元に、ゆっくりと飛び回っていた。
「ホタルだ」
「今年もイイ感じだな!」
夏生はカキ氷によるキンキンとした頭痛も忘れ、サクサクと草の生えた境内を双子と進んで行く。ホタルと提灯、神社下の縁日の灯りに照らされ、顔やカキ氷の白や色が、鮮やかに彩られていった。
青 黄 紫 ピンク
シャク
涼やかな音と共にピンク色の氷を砕き、飲み込むと、渡は切なそうに笑って、階段に向き直り、歩いて行く。
「あれ、先生? もう行くんですか?」
「そ、もういかなきゃ」
渡はいつものように笑っている。顔を見なくても、睦月にはなんとなくわかった。
「屋台も片付けなきゃいけないしね。あんたらはここで、もう少し涼んでな」
「いいんスか、先生? オレ達手伝わなくて」
ホタルを一匹、管食したカキ氷の器に捕まえた夏生が、小川から呼びかける。透明な器の中で、光るホタルと、わずかに残るブルーハワイのシロップが一緒にきらめき、とてもキレイだ。
「もう大丈夫、充分すぎるくらい手伝ってもらったしね」
渡はすっきりとした笑みを四人に向け、言う。
「また来年な」
「先生、先生、新学期に会いますって」
ちょっと呆れたような口調で睦月が言う。すると渡は一瞬泣きそうな顔をして―――――笑った。
「ああ、そっか……」
「「女王様ぁ」」
双子が夏生と同じようにホタルを器に一匹ずつ捕まえたまま駆けてくる。
「これね、あげるー」
「だからまたね、カキ氷食べさせてね」
「おう、来年も可愛い浴衣で手伝いに来な!」
「「うん!」」
渡は双子の頭をちょっと荒っぽく撫でると、器を受け取り、立ちあがった。
「じゃ、またな! ゴミは捨ててくなよ!」
「わかってますよ。今日はお疲れ様です」
「あ、ちょっと待ってくださいよ、先生!」
夏生が草を分けながら、小川から走ってくる。
「浴衣……それじゃ、死んだ人っスよ?」
思い切って指摘してみた。右が上になっている自分の襟を見ると、渡は顔を真っ赤にする。
「バ、バーカ! これでいいんだよ!」
「ス、スミマセンって!」
盛大に噛みつかれ、夏生は苦笑しながら謝った。それを見て、渡も思わず吹き出す。
「アハハッ! じゃ、カキ氷食い過ぎで、腹壊すなよ!」
「ハイハイ、じゃあまた」
渡は最後まで笑って、階段を降りて行く。
じゃあ、また
「あ、ホタル!」
弥生が階段の方を指差す。ふわり、ふわり、ひらひらと、灯りが二つ、昇っていく。
「放しちゃったのかなぁ」
「放しちゃったねぇ」
「キレイだね」
「ねー」
双子ははしゃぎながら頭上を飛んで行くホタルを追いかけていった。
シャク
紫色のカキ氷、最後のひと口が喉を冷やしていく。
「まぁ、確かに―――」
「そそっ、本当に―――」
上を見上げると、ホタルが天の川のように群れを作っていた。カラフルなシロップや、縁日の灯りに見慣れた目には、何故か色づいているように見えた。
「キレイだ」
ポツリ、と夏生は呟いた。
四人が屋台のあった所に戻ると、「にじや」の屋台はのぼりを残して跡形もなく消えていた。
八月二十六日
「で、あののぼりは返しに行くのか?」
「おう、ちょっと目立ったけど持ってきたぜ!」
「元気だな……」
カバンの横から畳んだのぼりを入れた袋を出し、夏生は陽気に笑った。そんな様子に笑いながらも、睦月は机にそれを置くように示した。
「だけど、その前に始業式」
「おぅ!」
袋を置いて廊下に並ぶ。体育館に集まると、校長の長い話を気だるく待った。エヘン、という仰々しい咳払いの後に待っていたのは――――
「もうご存知の生徒もいるかもしれませんが……日本史担当、剣道部顧問の渡麗先生が……交通事故で八月九日の夕方……お亡くなりになりました……」
――――思いがけない言葉。
シャク
心臓の鼓動が、何故か、カキ氷を砕くような音がした。
「縁日はいつだった?」
「八月九日」
「三時くらいに睦月んちに来た。それで、車で屋台組みに行った。平谷通りでタンク車と衝突したらしい」
「でも、俺と夏生と弥生と卯月とは……渡先生と七時頃に会って、九時頃まで一緒にいて、別れた」
「なぁ入江、縁日の時にお前、カキ氷買いに来たよな?」
「な、なんだよ突然」
「大事な話、あの時、渡先生いたろ?」
「はぁ?」
睦月の言葉に、クラスメイトは眉をひそめた。
「お前らと、幼稚園くらいの女の子二人で、カキ氷屋の屋台やってただろ?」
「「ぇ――――――――――?」」
疑問の声は、消え入りそうだった。
一年後
「メロン味200円、毎度!」
「さぁさ、寄った! 『にじや』のカキ氷だよ! ここの縁日名物! 食べなきゃ損だよ!」
「美味しいよー!」
「よー!」
「ちょっと睦月、遅い!」
「じゃあお前も手伝えっての!」
一ヶ月ぶりに会った睦月は、大会で会った時よりも背が高くなったようだった。だがそれ以上に、自分の背も伸びていると夏生は自負できる。
「お、今年もしっかりやってんな!」
「去年のカキ氷、すごく美味しかったわぁ」
「おじいちゃん、買ってぇ!」
「はい毎度!」
にぎやかな縁日の波の中でも、ひと際大きな列を作る。「にじや」の屋台では、男子高校生二人と小学校に入った双子が、カラフルなカキ氷を打っていた。
のぼりをとっておいて良かった。
渡の叔父に相談して、またこんな風に「にじや」を出して、働ける。
黄色と青のカキ氷を手渡し、夏生は息をついた。
「……今年はさ、イチゴ味食べてみる」
「食べたことないのか?」
「市販のやつ、ガキの頃にひと口だけ」
そんなものとは格が違う氷の山を眺め、夏生は甚平の襟を直し、睦月が渡してくる器に盛られた氷の山に、コーラのシロップをかけた。
「腹壊してもいいからさ、今年の夏はちょっとこの全色を制覇してみたいんだ!」
「オイ、明後日交流試合とか言ってなかったか?」
「大丈夫だ! 中一の時、一日にアイス四本とスイカ半分近く食べても平気だった!」
「……呆れていいところだな」
そう言って睦月は、昔と変わらない呆れ混じりの笑みを浮かべて肩をすくめた。
「弥生もメロン!」
「卯月もぶどう!」
しっかりと夏生と睦月の話を聞いていた双子が、客を呼ぶ声を止めて振り返る。相変わらず耳早い二人に、夏生も睦月も、そろって苦笑した。
「ダメだ、母さんに叱られるから……」
「「ええ~~~~っ!」」
「……二つまでな」
「「やったぁ!」」
キレイにハモる双子の声は、どこかコミカルで思わず笑ってしまった。
「ちょっと、イチゴまだぁ?」
「あ、ハイハイ、ただいま!」
意識が逸れていた。夏生は慌てて目の前の仕事に帰ってくると、慣れた手つきでピンク色のイチゴシロップを、白く雪のような氷の山にかける。
「まったくもう、あたしがいないとそんなにダメ?」
「へ?」
思わず顔を上げ――――その陽気な笑顔を見て―――――イチゴシロップが指に垂れてしまった。
彼女は200円を夏生の手に押しつけ、屋台のサイドに回って中に入ってきた。睦月も目を見張って、彼女を見つめる。どっかりとクーラーボックスに座り込み、透明な器の中のピンク色に彩られた氷を口に入れた。
シャク
「イチゴって舌の色が変わらないからいいのよねー。うん、今年も美味しいじゃん」
「わ、わた……」
驚きの声を怖々と上げる夏生に、彼女はニッコリと笑みを浮かべ、もうひと口、カキ氷を口内に滑らせた。
「ホラ、そんな風にさぼってるとバイト代のカキ氷、やらないよ!」
「……ハイ!」
「さ、さぼってなんかいませんよ!」
渡の言葉に、揃ってつられて笑みを浮かべて応えると、目の前の仕事に戻っていった。
年に一回、夏に一度、御盆には少し早い時に
毎年、そんな不思議な事が起きる
カラフルに暑い夏の夜を、彩ってくれる
「ハイハイちゃんと並んでー! 世界で一番美味しいカキ氷屋『にじや』でーす!」
「「でーす!」」
珍しくマトモなノリで書きました。カキ氷の中では、俺はブルーハワイとレモンが好きです。
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プロフィール

- 奏 Euph
- 割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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