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Short & present!


メアリー・シェリーの花



 メアリー・シェリーの花




 いつからかわからないような惰性的で刺激的な日々は、一人の警官に撃ち殺されて終わった。この世で最後に見たのはあたしの茶髪と、それをスモークか写真の額みたいにして映る、黒髪の女だった。
 ついでに赤すぎる雨の飛沫。





「♪~~♪……」
 奇才人のシェリーは小さくマザー・グースを口ずさみながら試験管の中で唸るソレを究明していた。または調整とも言うその自称。
 薬品で指紋を失った指に、生まれながらにして持っている浅黒く滑らかな肌は泣いているようでもあった。
 泡を立てながら眠る巨大なフラスコの中のソレは、妙な具合につぎはぎの代物だった。それを見ながら思い出すのは、昔母親に直してもらったウサギのぬいぐるみであった。
「そろそろ……いいかしらね……♪」
 薄い唇が弧を描き、シェリーは試験管から流動体の薬品を排除して、小さく電気を流した。
「リー・ブラック、聞こえる?」
「…………」
 つぎはぎの生き物から言葉は出ない。黒髪の巻き毛は重力に逆らわずに、ぺしゃり、と音を立てて底と肌に纏わりついた。首、顔面、腹、太股、足、手、全部で二十近くの縫合の形跡があるし、肌の色も所々違う。
 フランケンシュタインの怪物が女になったかのような変なソレは、シェリーが期待するような素振りは全く見せなかった。
『……失敗?』
 それでは少し困る、と思った矢先に、ぴくり、と瞼が動いた。



 左目は優しい灰色。
 右目は恐ろしい緑。



 おかしい。あたしは撃ち殺されたはずだ。もちろん人間が死んだらどうなるかなんて知らない。天国に行ったにしても、生まれ変わったにしても、この眼に映る風景はハッキリ言って異常だ。
 重い腕(らしきもの)を持ち上げてみると、真っ先に目に入ったのは縫い跡だらけの手。
 生まれ変わった先は人形か。

 そんなあたしの考えは、外からの第一声に吹き飛ばされた。
「リー、調子はどう?」
 あたしが撃ち殺されるから持っていた名前……。あたしは首をもたげた。くらくらするけど、起き上がれそうでもある。
「……誰?」
 くすんだ液が付いた試験管の内側から、あたしはしわがれた声を出した。浅黒い女は束ねていたポニーテールを下ろし、黒髪を流しながら言う。
「シェリー・ヤヤ、二十歳」
「…どう見ても、二十後半」
 頭痛に苦しむ頭を抑えながら、心の中で彼女の名前を反濁すると、微妙に熱を感じた。
「で……何者?」
 さっきも思ったとおり、何かがおかしい。

 あの日、あたしは死んだはず。

「二年前、4月8日、雨、午後八時」
 シェリーは淡々と言う。
「ルーフシュレイン通りで、突然猟奇殺人犯リー・ブラックに、メア・ロラインが殺されたわ」
「…………」
 警察に撃たれる理由なんてそんな物だ。
 シェリーの言葉はあたしに断末魔の記憶を呼び起させた。魔女みたいな金切り声を上げてあたしに暴行する母さんと同じように、あたしも魔女になっていた。頭は悪くなかったあたしは、随分長く逃げられていた。
 一人目はブライアン、大学の同期。
 二人目はレーナ、気にくわない教師。
 三人目は小太郎、名前は後で知った。

 そして、メア・ロラインの名前も今知った。シェリーは微笑んでいたが、目は冷たくてちっとも笑っていなかった。
「死んでもらうだけじゃ足りなかったから、ちょっと頑張ってみたの。法にも触れたけど、バレなきゃ問題ないわよね」
 シェリーの言葉には、あたしが死んだ方がいいくらいの目に会っているという意味が含まれていた。その時、試験管のガラスが下がって行き、あたしは少し臭い実験室の空気を嗅いだ。

 ふと、さっきの自分の腕を思い出した。
 慌てて体を見下ろす――――


 それはつぎはぎの裸体。
 さっきの縫い跡がこんな風に続いているとは思ってもみなかったあたしは愕然とした。

 そしてあたしは絶叫した。
 最後に自分の鏡を見た時は覚えている。殺しに行く前に、いつもの身だしなみで鏡を見た。
 ひとことで言い表すと、その姿は酷く『醜い』

 自分で言うのもなんだけど、結構あたしは美人だった。これはあんまりだ。殺人鬼だって女だ。あたしはシェリーの思惑通り、絶望する。あの魔女だって何度もあたしをぶったが、いつもこの顔は避けてきた。
 その顔だって、触れてみると縫い跡があるとわかる。

 突然、ガシリ、とシェリーがあたしの手首をまとめ、頭を掴んだ。そこでようやく、あたしの茶色かった髪の毛が黒になっているとわかった。
「痛…っ」
 その手は髪の毛は愛おしんでいるようでありながら、頭そのものは憎んでいるような強さだった。なるべく髪の毛に触れようとしない―――――敬遠しているみたいだ。
 親指が伸びて、あたしの右目を潰すように閉ざした。左目だけでシェリーを睨むと、彼女は狂人じみた微笑を浮かべる。あたしが言えたもんじゃないけど、こいつは異常だ。


「メア・ロラインは、私の恋人だったの」


 言葉の意味に気付くまでは、あたしにとっては永遠のよう。
「あんた、女でしょ?」
「私が好きになったのは、人間」
 別にあたしは同性愛者に興味も嫌悪もわかない。昔、知り合いにふた組いた。でもシェリーに目の前でカミングアウトされると気持ち悪くてしょうがない。
 なんとかふらふらする体でシェリーを振り払っても、ヘタクソな案山子か不細工な人形みたいな体になってしまった絶望は消えない。

 昔みたいに、シェリーを殺したくてたまらない。

 それなのにその考えがよぎった途端に、左目と心臓が痛くて、痛くて、たまらなくなった。

 痛みに苦しむあたしにローブを放ると、シェリーは階段を上がって行った。
「あなたの部屋はこのドアを開けて右側二番目の部屋。ああ、死ぬ事は許さないし、出来ないわ。脳の命令信号を組み換えてみたの。延命措置もしたし、五十年は生きられるわよ?」
「あんた…ッ!」
 しわがれた声で激しくスラングも使って毒づいても、シェリーは涼しい顔で去っていく。急に何回も呼吸して、苦しくなった。吐き気がする。

 あたしは観念して、足を引きずるように階段を上がった。
 部屋は広く、家具がいくつか。壁にもたれながらクローゼットを開く。気持ち悪くなるくらいレースがついた夜会服から、あたし好みのパンキッシュなもの、ちょっとフェミニンなものまである。見られるとかそういう問題以前に顔を隠したくてフード付きの服や帽子を探しても、見計らったようにそれはなかった。
 鼻を鳴らして、あたしはミニスカートとゴツいブーツ、それとシャツにデニムのジャケットを選んだ。足は比較的縫い跡が少ないから、ハイソックスを履けば大丈夫だ。元のあたしを曲げてるんじゃ癪に障る。


 気を抜いて、うっかり鏡を見てしまって、あたしは後悔した。


 右目は緑色、左目は灰色。シェリーがあたしをフランケンシュタインに改造した結果らしい。顔面を走る酷い縫い跡。
 ちょっと、これはないよ。

 良く見ると、部屋は鏡まみれだった。全部の壁にある。シェリーはかなり性格が悪い奴らしい。なんでメアはあんな奴の恋人だったんだよ。
「…ッ?」
 急に心臓が痛くなった。あと目の奥。




「あんた、あたしに何か細工したんでしょ?」
「さっきも言った通りよ?」
 不健康そうな食事を取るシェリーと再会したのは、その日の夜だった。あたしが起きたのは昼過ぎだったらしい。空腹になった頃、シェリーがハンバーガーばかりを5個くらい持って来て、部屋の机の上に広げた。
「違う。絶対それ以外にもなんかしてる」
「ワタクシエイゴワカリマセーン」
「笑えないっつの!」
「笑いを取るつもりで言ったわけじゃないけど」
「嘘だ、絶対嘘だ」
 いい加減ムカツク。
「まぁ、その細工にいつか気が付くのがあなたの仕事よ☆」
「うわぁ、気持ち悪い」
「そういう事言わないのっ」
 めっ、と星を散らしてくるシェリーはこの上なく気持ちが悪かった。
「……あんたは、あたしを生かして何がしたいの?」
「だって、その顔気持ち悪いでしょ? そのまま生きていれば、罰にならないかなとか思って?」
「フランケンシュタインを作ったわけ」
「自嘲しないでよ。あんなのよりは美人に作ったつもりよ?」
「どこが」
 あたしが毒を吐くと、シェリーは嘲笑って3個目のハンバーガーの包みを開いた。
「不健康」
「そうかもね。人間ドッグで叱られたわ」
「やっぱり」
「まぁ、そのためのあなただけど?」
「はぁ?」
「健康管理してくれる助手も欲しかったし。私、いつもなら昼はヤードで勤務しているから暇はたっぷりあるわよ? 醜い顔晒してどこかに出かけてもいいわ」
「…………」
 鬼畜だ。
「……出歩けるがわけないでしょ」
「命令中枢変えてあるから、命令には従う以外候補はないわ」
「…………」
「同じ理屈で、ここからは逃げられないの」
「カス、飛んでる」
「あ、ごめんちょい」
「謝ってるように聞こえない」
「あらそう?」
「あたし、あんたの事嫌いよ」
「好きになったらそれはそれでびっくりよ」
「この嫌いを言う度に、目と心臓が痛いんだけど」
「…………」
 無言のシェリーに向かって、あたしは息を吸った。


「何がいるの?」


 真っ直ぐなあたしの目に揺るがずに、シェリーはポテトの箱を開けた。
「思ったよりずっと早く気付いちゃって」
「お生憎様。で?」
「メアよ」
 そう言いながら、シェリーはポテトをかじった。



 あたしの中に、メアがいる。



「はぁああ!?」
「あなたに復讐出来て、メアは少しでも蘇ってくれて、一石二鳥よね♪」
「……本当、気持ち悪い……」
「心臓にはほんの少し、脳みたいなのがついていて意識をもっているわけ。それが私を想ってあなたに痛みをもたらす」
「…………本当、気持ち悪い」
 あたしは二回繰り返した。それくらい、あたしに触れてくる。
「確信してたんでしょ?」
 クローゼットを顎でしゃくりながら、あたしは言った。シェリーは含み笑いを見せながら頷いた。
「当たり前でしょ」
「本当に性格悪い……」
「まぁね」
 自覚済みとはますます性質が悪い。
「私、あなたが嫌い」
「奇遇ね、あたしもあんたが――――」


 嫌いと言えないのはメアのせいだ。


「苦しいでしょ?」
「…………本当に性格悪い」
 これもまた、二回繰り返した。シェリーは小さな咳をすると、最後のハンバーガーを貪って、あたしがポテト以外食べていなかった事にようやく気付いたらしい。
「あら、ごめんなさい」
 悪びれもせずに彼女は言った。
「ちなみに最初の仕事は、買い出し。ハンバーガーを十個くらい」
「不健康」
 こっちの方がよっぽど『ごめんなさい』に値する。シェリーはにんまり、と笑みながら、口に付いた油を袖で拭いながら部屋を出て行った。
「またね、リー、メア」
「…………メアじゃないわよ……!」

 あたしはちゃんと自我があるんだ。
 それを言ったらメアもそうだけど、あたしは認めない。

 原作のフランケンシュタインは、フランケンシュタイン博士が怪物のあまりの醜さに逃げだし、怪物に愛する者を殺されて、怪物を殺そうと追って、追って、追って、北極だか南極だかで溺れ死にじゃなかっただろうか。
 その後を追う様に、怪物も死ぬ。
 あたしは怪物じゃない。
 愛する者はもう既に殺したんだ。そういう意味ではどちらかというと魔女なのに、彼女はわざわざ怪物にしたし。
 原作みたいに逃げだせばよかったんだ、あいつも。そうしたら心置きなく殺そうと追えたのに。まだ愛する者が良かったのに。そうすれば原作みたいに殺せたのに。



 鏡を眺めると、あたしとメアの怪物が見返してきた。コップを投げて鏡を割った。肩で息をして、ベッドで泣いて、そのままあたしは永眠したかった。



「じゃ、行くから♪」
「ハイハイ」
 買い物メモに書かれた物(ハンバーガー十個の他にはジャガイモひとふくろ、それにペットボトルのコーラ一本、お菓子をたくさん、液体洗剤、好きなものひとつ)を眺めながら思うのは、不健康、だとか、あたしは子供じゃない、もしくはメアじゃない、というような事ばかり。
「逃げないでね」
「逃げられないんでしょ」
「そうだけど。言い換えるわ。逃げようとしないでね」
「…………」
「じゃあ、」
「言いたかったんだけどさ」
「何?」
 あたしはまた、新たな事を今朝夢で思い出した。

「あたしを殺したのは――――撃ったのはあんたでしょ?」
「ええ」

 あっさり肯定して、彼女は行ってしまった。やっぱり。
「よくクビにならなかったわね」
 本当にそうだ、と思う。いくら殺人犯でもいきなり撃ち殺したら話にならないっていうのに。

 そこについてはメアを殺したあたしに対する憎しみらしい。

 キャン、キャン
「…………?」
 犬が鳴いている。カリカリとドアを引っ掻いている犬。チワワだ。あたしはあんまり犬が好きな方じゃない。ドアを開こうとは思わなかった。
 殺したらシェリーはどんな顔するだろう?


 やめた。
 今度は犬と混ぜられたら、洒落にならない。
 家中を漁り、二時間かけてようやく針と糸を探し当てた。服を一枚裂いて、縁を丁寧に縫って、好みの服に付けて、フード付きの服の出来上がり。
 着てみて、目深にフードを被るとなんだか涙が出てきそうだ。
 街に出て、ちょっと俯き気味にスーパーを探す。地図は受け取って置いたけどあまり使いたくない。使う必要もないくらい、近くにあった。
 不健康グッズを買って、自分の好きな物を選ぶ段階であたしは悩んだ。今まで欲しいもの、と言われて何か考え付いた事はない。慰み的な彼氏とか?
 特に何も思いつかなかったから、部屋になかった時計を買った。
「はい、お釣りです」
 あたしは無言でそれを受け取る。袋に全部詰めている最中、レジの方であたしについて色々言っている声が聞こえてきた。あえてそれについては何も言わない。


 街の構造は少し歩けばなんとなく理解できた。
 人を殺すのに最適な住宅街と裏路地。
 ナイフも売っていたスーパー。


 あと、動物園。


 動物園っていうのは、あたしはちょっとしか行った事がなかった。その中から聞こえてくる獣の鳴き声は、あたしの気を引いた。

 中でも一番気を引くのが―――――


オカピ  Okapia johnstoni


 コインロッカーに荷物を全部置いて、あたしはその柵越しにオカピを眺めていた。滑らかな茶色の体には、シマウマの足がついいる。それでいてキリンの仲間なのだ。


 鯨偶蹄目キリン科


 あたしは作られたフランケンシュタインの怪物なのに、その生き物は自然に出来たフランケンシュタインの怪物なのだ。


 足の縞模様の美しさから『森の貴婦人』とも呼ばれている。


 あたしとは大違いなのだ。
 あたしは随分と長い間、その生き物を眺めていた。オカピは長い舌で草を食べて、あたしを見返した。なんだか目をそらせなくって、そのままじっと見つめると、ふい、と視線を逸らす。


 あの人――――まだいる。
 よっぽど好きなんだね。
 オカピって世界三大珍獣っしょ?
 ある意味珍獣仲間。


 あたし、耳までメアになったのかな。ここまで耳が良かった記憶はないんだけど。フードをさらに目深にかぶって、それでもあたしはオカピを眺め続けた。


「すみません、」
「?」
 声がかかる。気が付いたら、空は夕暮れがかっていた。
「そろそろ閉園の時間ですが……」
「ごめんなさい」
 なんでこの人、顔が赤いんだ。あ、息が切れてる。走って来たんだ。それくらい、あたしは悪いことしていたかな?
「じゃあ、行くわよ」
 警備員らしい彼は、あたしを最後まで眺めていた。そんなに心配かよ。
 くそっ。





「やーっと、帰ってきた」
 シェリーはとっくに帰ってきていたらしい。あたしを見るとそう言って鼻を鳴らした。
「逃げたかと思った」
「逃げられないんでしょ?」
 篭の中の鳥だなんて綺麗な表現にはならない。シェリーは首を振って、チワワを撫でた。コホ、と小さな咳をするとあたしが買ってきたハンバーガーを貪る。
「逃げたいの? 私は、あなたが苦しめばいいの」
「…………」
 本当に性格の悪い女だ。
「……逃げて、気分的には死にたい」
「あのね、押収品にあった日記読んだんだけど」
「読んだの!?」
 あたしの声は悲鳴に近かった。


「男を殺されたからって、母親に云々されたからってあなたまでマイナスに走るのはやめた方がいいんじゃないの?」


 シェリーの言葉は悪魔の言葉みたいだった。汚い奴!
「あんたには関係ないね」
「泣いてる」
「泣いてない」
「泣いてるよ」
「泣いてないったら泣いてない」
「はいはい、わかった。目から汗が出るのね」
「…………」
「メアの目であなたの涙を流すのを見るはどんな気分かと思ったけど、なるほどね」
 こいつはいつもその話ばっかりだ。まだ会って間もないのに、わかる。
「どういう意味よ」
「ノーコメント」
 気分が悪くなりそうだ。あいつは嫌いだ。そう思うとまた心臓が痛む。でも今回は刺すような痛みじゃない。
 しくしくと、ぎゅっとするような痛みだ。

 シェリーはあたしが後で追加として買わされたたシェリー酒を一気飲みして寝た。本当に、殺したくなる顔だ。






「ねぇ、あたしの墓ってないの?」
「……ないわよ」
 シェリーが気まずそうに言うのは意外だった。いつものノリで軽く『ないっしょ』とか言われそうなものだったのに。
「じゃあ、メアの墓は?」
「ある」
 当たり前の事だし、シェリーだって何回も行っているはずなのに、彼女は一瞬躊躇ったようにも感じた。
「行きたいの?」
「行きたくないって言ったら嘘になるかな」
「花持って土下座に行きなさい」
「なにそれ」
 ドゲザするつもりなんか最初っからないに決まっている。でも、花は持って行くつもりだった。シェリーから地図を貰うと、あたしは庭で適当な花を摘んだ。
 この花は知っている。リコリスだ。
 案の定、というかメアの墓は家のすぐそばにあった。何度もシェリーは墓参りしたらしく、心臓と左目は哀しくなる。
 あたしは花を投げつけるように放った。手向ける気にならなかった。もちろん自業自得って話なんだけど、ムカツクくらいメアは羨ましい奴だった。


「メア、あんた、なんであんな奴が好きなのよ」
 あたしの中のメアは答えない。
「あいつ、性格悪いよ?」
 反論するように、心臓に痛みが走った。
「わかった、わかったから」
 気分が悪くなる女だ。本当に羨ましい。どれだけあんたらは信じ合ってんだ。このバカップルが。

 花を投げてから、なんだか胸糞悪くなった。嫉妬だ。あたしだって幸せになりたかった。散らばったリコリスの花を集めて、ブーケみたいにまとめた。
 ぽたん、と細い花びらに涙が散った。
 あたしはずっと泣かないで生きてた。
 あの魔女と戦っていた時だって、全然泣かない悪い子だった。


 R.I.P  メア・ロライン   4月8日 没


 墓石に刻まれた名前は、お涙ちょうだいみたいなもので、またしてもあのバカップルの策略にハマった。
 畜生。




「すみません、」
「え?」
 昨日みたいに声がかかる。実際に同じ警備員の男だった。
「動物園で……会いましたよね……?」
「……会ったよ」
 昔は慣れていた。ナンパだ。別に怪物じゃなかったあたしは、それなりにモテた。警備員は花束を持っていたから、墓参りだとわかった。この辺りはどれだけ田舎なんだ。世間が狭すぎる。

 怪物を好きになるなんて、趣味が悪いに決まってる。

 あたしは身を翻してすれ違った。
「綺麗な緑の目ですね」
「…………」
 それは、あたしの目だ。そういえばずっと右側からしか彼を見ていない。
「あたしを知らないでそういう事言わないで」
「え―――――」
「自信過剰にも程があるわよ」
 毒を投げ、吐いて、帰る。
「あの……すみません、知りたくて……」
 気弱そうなだらしない顔。
「せめて、名前を教えていただけるとありがたいです」
「………」
「嬉しいです」
「………」
 あたしはリーじゃないし。メアでもない。
 あたしは誰なんだっけ。アイデンティティすら奪うつもりみたいだ、シェリーは。あたしは肩をすくめ、ため息をついた。


 リコリスが揺れるだけ。毒があるくせに。



「帰ったわよ、シェリー」
「御帰り」
 彼女はあたしの笑みを見て、くすり、と笑った。
「どうしたのよ?」
「あんたの思惑って大っ嫌い」
 別に『リー』が大好きだったわけじゃない。
「ねえ、あたしの名前、覚えてるわよね?」
「忘れるわけがないじゃない。私が殺したんだから」
 自然界では絶対に生きていけないハイブリット――――チワワ――――を撫でながら、シェリーはくすり、と笑った。
「あたしは、メアリーでいい」
「…………面白い名前」
 あんたの手の上で踊るのは、癪な事に悪くない。あの警備員にも、メアリーと吐いた。
 別に心はつぎはぎじゃないんだ。
 あー腹が立つ。
「あなたって面白いわよね」
「殺人鬼なのに?」
「まぁね」
 彼女はハンバーガーを齧りながら言った。物を美味しそうに食べる奴っていいと思う。
「もっともっと、見ていたかったのにね」
「?」
 ふぅ、と彼女は息を吐いた。
「足りない臓器があったから、私のやつあげたの」
「………何に?」
「あなたに」
「……どういうこと?」
「臓器が足りないからちょっと色々拝借したわけ」
「……」
「私の肝臓とか、呼吸器の一部とか」
「!?」
「また会えて、嬉しかったよ、メア」
「な――――」



 勝手すぎる!
 そうあたしが毒づく前に―――――








 シェリーは血が混じった咳を吐いて死んだ。







「さて、君の名前は?」
「メアリー」
 あたしは黒いフードをしっかりと被って、棺を眺めた。同僚の連中はシェリーの趣味を知っているからあたしについては何も言わなかった。どういう意味だかはわかるけど、なんとも言えない。
 メアリーであるからには半分はそうだから。


 勝手だ。あの女は。
「性格も悪いし、胸糞悪くさせる天才だし、気持ち悪いし、勝手だし、不健康だし、本当に死んで良かった……!」
 墓の前で盛大に毒づくと、心臓と左目が痛い。



 もとはといえばあたしが殺したかったのに。
 あいつは言いたい事だけを言って、死んでいった。顔の縫い目をなぞる。
 胸糞悪い。
 残されたフランケンシュタインの怪物は死ぬんだ。
 逆を言えば、博士が生きていれば、生きられるんだ。大切な物を奪い続ける追いかけっこが好きだったんだ。

 今度こそリコリスをメアの墓と並ぶシェリーの墓に投げつけると、真っ赤な花びらが舞い散った。



 あたしはシェリーが遺した研究室の試験管にぼちゃぼちゃと欠陥だらけの体をぶち込んだ。棺に入っているのは粘土で作った人形と、ちょっとだけのシェリーの髪だけだ。

 この気持ちはあんたの遺産だよ。
 今度はあたしが、あんたと会いに行く番だ。






『次のニュースです……サウザンターン動物園の警備員J・Tが、檻から逃げ出したライオンに襲われた模様です……現在意識はありますが重傷で……』




「メアリー……シェリー……」
 あたしが彼に名乗った名前を呟く警備員。
「ねぇ、あんたあたしが好きなの?」
「…………」
「フランケンシュタインが好きなんだ?」
 こくり、と二回とも彼は頷いた。
「ねぇ―――――



 その先は秘密。



 試験管の中でフランケンシュタインの怪物は溺れる。シェリーとあの警備員の名前ジェイクで、ジェリーといったところかな。
 チワワがキャンキャンとシェリーに反応する。シェリー単品じゃ、あたしは愛せそうにないからね。原作をぶっ壊してやる、と思って、あたしも勝手になろうと思って、

 メアがもう一度逢いたいと思っているらしいから、あたしは左目と心臓のうずきを止めるために、怪物を組み立てる。

 これは報復だ。

 目覚める日は近い。あたしは休憩がてらシェリーの墓に遊びに行き、リコリスを飾った。怪物が起きるまで、あたしの名前はあと少し、メアリー・シェリーだ。








 フランケンシュタインの作者、メアリー・シェリーより。

プロフィール

プロフィール画像
奏 Euph
割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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