Short & present!
白い貴婦人
白い貴婦人
ラブラブラブラブ。
嬉しい事には尽きない。もうすぐ卒業とかそんなんは軽い問題にしかならない。とにかく頭にはラブが詰まっている。アタシの頭にはラブしか詰まっていない。
嗚呼っ! 我が愛しの愛の結晶! 今時ヤンママなんて流行らないのは知っている。それくらいはアタシでもわかる。でもこれだけはわからなかったから不思議!
こんな暖かさは、ずっと知らなかった。
愛する人といつもの如く息抜きと称してデートする。制服でも行けるのはこの辺りじゃ限られているから、周りには知った顔もいくつかあった。まぁ、アタシ達の仲は公認だし、いいんじゃない?
「知ってる?」
目の前の眼鏡男子はきょとん、と目を瞬かせた。
「何が」
アタシの好物のモンブランと自分のコーヒーを注文する事だけに頭を使っていたらしい。頭はいいのに、同時に使えないんだから。でもそんな所も好き。
大好き。
愛してる。
だから、いいよね?
「妊娠検査薬って、思ったよりも簡単なんだね」
かちん、と彼氏は拭いていた眼鏡を落とした。身に覚えのある台詞だから尚更なんだろうな。2ヵ月前。
大丈夫、びっくりしてるのは今だけなんだから。
アタシだって、そうだったんだから!
アタシがいっぱい、いーっぱい愛せば、想いを込めれば通じてくれるよね?
「いるんだ……」
すり、とお腹を撫でる。とくん、と命が芽吹いた体なんだよ。2ヵ月前から2人で共有している、アタシの胎。
「ね……嬉しいでしょ?」
勿論、アタシは信じて疑わなかった。
「……嘘付き」
「え?」
確かに嘘はついた。ぎゅうって、抱き締めてもらった日は、嘘をついた。いっぱい想いを伝えてほしかったから。
「俺は――――大学に行くって、言ったよな…?」
「うん」
コーヒーとモンブランが来た。店員が怪訝そうな目で見てくる。ちょっと空気を読んでほしい。アタシにもわかる。彼氏が怒ってる。
なんで?
「……駄目なの?」
欲しかったの。ずっとずっと。
高級品なんて強請った事ないよ? ブランドのバッグなんかいらない。気持ち悪い匂いの香水もいらない。お高いフランス料理もいらない。
一番欲しい物は、全世界で一番重いなんて言われているもの。
命。
命が欲しい。
「駄目に決まってるだろ…?」
ふつふつと怒りがわき上がるような怖い声。
「…アタシの事嫌い?」
「そうじゃない! 常識的に考えろって言ってるんだ!」
彼氏の声が店中に響いた。周りから集まってきた目に耐えられるような神経の太い人じゃない。モンブランもコーヒーも残して、彼氏は会計だけしてアタシの手を引き出て行く。
「恵の事は、好きだ」
愛してる、と彼氏は蕩けるような科白を吐く。いつもだったら舞い上がっているけど、今日ばかりはそういうわけにもいかない。こんな真剣すぎる『愛してる』なんて、怖いだけ。結婚式だけにしてほしかった。愛してる、の台詞にはモンブランみたいな甘さと、アタシを安心させる遊びが必要。
それでも、アタシ達は遊びじゃなかったはずなのに。
ねぇ、どうして?
なんでずっと欲しがっていたたったひとつが駄目なの?
「ねぇ、」
「なんでそうなるって言わなかった? 俺はそんな話今まで聞いた事無かった」
「だって―――――くれたじゃん」
アタシは今、言葉を非常に選んでいる。
気分を損ねないで、甘えられて、相手に認めさせる卑怯な選び方で。だって本当でしょ? 命の種をくれたのは君だ。
アタシのありったけの想いに、ありったけの想いで応えてくれたのは君だ。それに一番最初にアタシを好きだって言ってくれたのも君だ。
全部、君が始まりじゃん。
こうなる前提はなかったの? やっぱり遊びだったの? おままごとはずっと前に卒業したのに!
「2ヵ月――――十月十日………あと8か月………」
ぶつぶつ、と彼氏は熱に浮かされたようにぼやく。現実味がないらしい。
でも、現実だよ。
君がくれた種が、アタシの中で芽を開いた。
「……来年の九月か……十月になるかな……」
えへへ、と和らげるようにアタシが笑う。でも、それだけで誤魔化せるほど彼氏は頭が悪くない。
全国でもトップクラスの大学に行くくらいだ。
つまり、稼げるんでしょ、いつか。
「俺に、夢を諦めろって?」
「え?」
「そう言ってるんだろ?」
「違うよ?」
「違わない」
いつもとほんの少し口調が違う。どうしちゃったんだろう、アタシの彼氏は。彼氏の夢はお医者さん。子供の頃から憧れていて、アタシは隣で看護婦さんになりたいって思った。今はもう、看護師さんだっけ?
同じ大学の違う学部を狙ったけど、中々難しい。同じ都内にいたくって、そんな大学を必死で探していた。辛くても隣にいて、彼氏は慰めてくれた。
頭を撫でてもらうのが好きだった。
蕩けるような接吻も好き。唇をちょっと噛まれるのが。
で、愛するお返しがしたかったの。ドラマを見ていたら、女の人が『子供が出来た』って言うと男の人は『よくやった!』『ありがとう!』『愛してる!』の連続。
嬉しいものじゃないの?
アタシはこの体が一人だけじゃなくなって、すごく満たされてるよ? ねぇ、君は?
「…………ずっと見てきた」
彼氏はお父さんもお医者さんだ。
それで、彼氏は長男だ。下には妹が2人。
「――――なのに、」
ひとつの命に脅かされる自身のパターン。
例えばハイジャッカーに飛行機を乗っ取られる。
例えばヤのつく人にナイフで脅される。
例えば悪い社長に左遷される。
例えばまだ日も浅い命に、夢を絶たれる。
「愛してる」
ぽつり、と彼氏は言った。学校も終わって、もう冬で。外は夕闇を過ぎた暗さだ。ちらり、と雪が降ってきた。アタシの黒いセーラー服のスカートが揺れる。彼氏は学ランの上のマフラーを握り締めた。アタシが去年作って、送ったんだ。シンプルなモノトーンのマフラー。
「愛してる、でも――――」
「……でも?」
ひとことで真っ逆さまに突き落とす言葉の例。
「重いんだ」
あれ?
アタシ達って『それだけ』なの?
思わずお腹を押さえた。ちょっと待って。君が狼に見える。飢えていて、口元から涎を垂らしている、傷ついた狼。
「待って」
その言葉も聞かずに、彼はアタシを抱き締めた。
「ごめん」
そして、もうひとつ。
「重いんだ」
マロンクリームが溶けるみたいに
アタシ達の3年間が消えていく
親に怒られた。2人揃って。ソフトに言っているけど、怒ったなんかじゃ済まないくらいに激怒された。アタシの中の命をみんな揃って否定した。
肯定してくれたのは親友の子くらい。
彼氏の妹は、彼氏とアタシをほんの少しフォローしてくれたらしい。でもそんなんじゃ足りない。
つまり、この子は生きられない。
それを改めて実感した瞬間に、アタシは酷く泣き叫んだ。赤ちゃんみたいに。だって、アタシの中の心臓がひとつ、消えるんだ。
でもそれを、母さんに向かって、父さんに向かって真っ向から否定できるほどアタシは強くないよ。だって母さん泣いてるんだもん。父さん、会社を休んで諭すんだもん。
先生も来た。
友達の噂になった。
友達は離れて行った。
近所ではひそひそ話が絶えない。
犬が吠える。バウ! ワウ!
彼氏の父さんの病院には産婦人科がある。
いっぱい話して、アタシを安心させるつもりだったみたい。
別にアタシは錯乱していない。いや、ある意味では狂いかけてる。彼氏のあれだけの言葉で。
愛したけど 重いの
アタシが好きになったのは、誰なの?
母さんも父さんも友達も先生も大好きなの。みんなずっと付き合ってきたよ。彼氏はもちろん、本当に愛してる。
なのに、まだ会った事のない君を、
こんなに深く愛してる。
「大丈夫か?」
彼氏の言葉に、アタシは遠くなってきていた意識が元に戻るのを感じた。
「大丈夫」
と、嘘をつく。疑り深い彼氏はそれだけで済ましてくれない。アタシが大好きな手で、恋人繋ぎをしてくれた。まだこうして触れ合ってるはずなのに、手はどんどん冷たくなるよ。
「大丈夫、だから」
「嘘つくな」
「………そうでもしないと、やってけないよ」
それ以上、何も言われなかった。だってこればっかりは本音だもん。
「堕ろせば大丈夫だから」
一番嫌いなのは主治医の隣にいた女の看護師だった。やすやすと言った台詞はあまりにもさり気無さすぎて、アタシ以外誰も気付いていなかったらしい。
現実が脳髄に突き刺さる。
「ねぇ、お腹減った」
努めて明るく、アタシは言う。彼氏はため息をこらえて立ち上がった。外に出ていつもの場所に行く。うちの学校の生徒が好奇の目で見つめてきた。
「モンブラン。あと、コーヒー……あの時は、悪かった」
「え?」
「モンブラン、結局食べられなかったろ?」
覚えててくれたのが、嬉しいやら悲しいやら。
そんな余裕があったんだ、とアタシは捻くれつつも頷いた。アタシ達がずっと黙っていても、その時はやってくる。モンブランとコーヒーがやってくる。
蕩けるようなマロンクリームの甘さ。
スポンジの柔らかさ。
ちょっとお酒のきいたマロングラッセ。
その味はしっかり覚えている。小さなナイフとフォークをメスと注射器みたいに構えて、その甘味を貪った。
「美味しいよ」
いつもみたいに。
「ひとくちいる?」
いつもだったら照れ臭そうに『あーん』
「いや、いい」
苦い液体を飲み下しながら、彼氏は首を振った。
ああもうすぐ。アタシの体重が軽くなる。
モンブランをたくさん食べて、太りたい。太って、体重増やせば、錯覚できるかなぁ?
そうだよ、モンブラン我慢してたから体重減るんだよ。
お願い、そうであって―――――。
ぽきり。
二次試験を受けている真っ最中に、鉛筆の芯が折れた。
キミが死ねばいいよ 今すぐに
がらん、とした白い部屋。
彼氏が近くで寝ている。テーブルには2人分の合格通知。頭を空っぽにするために、考えないために2人揃って数式を叩きこんだ。その間は泣けなかった。
もう一回受験がしたい。
もう一回心を空っぽにしてしまいたい。
お腹が空っぽになるのはもう嫌。
「お腹減った」
軽くなった体をこっそり動かして、小さな冷蔵庫を開けた。彼氏が買ってきてくれたモンブランがあったと記憶している。
インスタントコーヒーもあった。
姉さんが買ってきてくれた違う店のモンブランもあった。とにかく、何か食べたくって両方箱から出して皿に並べた。アルミホイルがちょっと飛び出る。
メスをぐさり。
ナイフを入れて、クリームが崩れる。
フォークで刺して、
舌と歯で遊ばせて、飲んで、唾液を絡ませる。
嗚咽が漏れた。口元にクリームが付いている。泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、喘いだ。
「……ばか」
頭が冷たい手で撫でられる。
「アタシが悪いの」
否定しない。
否定できない。
「ごめんなさい」
アタシがキミを欲しがったから、こんな風に泣くのは、アタシが弾き堕した結果なんだから。当然の報いだよね?
モンブランが口の中で蕩けて、僅かに口の端を伝って、
無機質な病室におっこちた。
本当だっていいって、思えないの。
だって、アタシが――――――
弱虫だったから。
DECO*27さん「弱虫モンブラン」より。
曲が好き過ぎて、泣けて、重くて。
書かせていただきました。
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- 奏 Euph
- 割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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