Short & present!
トップランカーのクリスマス
五十嵐勝一がクリスマスというものが好きだったのは、小学六年生までだった。家には自分の身長よりも大きいクリスマスツリーが飾られていて、クリスマスの朝にはツリーの下にプレゼントが置いてあった。
今となっては、クリスマスなんて忘れ去られた行事だった――――二十五日、モモのこの顔に出会うまでは。
「師匠、クリスマスです!」
中学生らしい、少しもっさりとした茶色のダッフルコートに身を包んだモモが、いつものゲームセンターの自動ドアをくぐるなり言う。いつも通りクレーンゲームで取ったお菓子を食べていた勝一にとって、馴染の薄い単語だ。むしろ、新しく台に景品を入れていたタダシの方が早く反応する。
「いつのまにそんな悪い単語覚えたんや……」
「え、クリスマス……ですか?」
「それやそれ、昨日も今日もバイトの俺に、なんちゅーこった。耳に悪いわ。染みるわ」
身勝手な言葉を吐く彼の頭には、不本意そうなサンタの帽子が乗っていた。このゲームセンターも一応季節感というものは理解していたらしい。
「……で、クリスマスがなんだって?」
「はい! 母にいつもお世話になっている二人と、何か食べてきなさいよって……」
鞄から茶色の封筒を取り出す。透けて野口英世の顔が見えた。
「理解がある母親でええなァ」
「仲良かった友達は、あんまりゲームとかやらなくって……一時期はタダシさんと師匠の事、あまり良く思っていなかったみたいですけど、前に駅まで迎えに来てくれた時、お二人を見て、大丈夫って思ったみたいです」
どのあたりに安全性を感じるのか。勝一とタダシはお互いを見やって頭を捻った。
「んじゃー、俺もシフト終わるし、ちょっと待ってろや」
「俺、パス」
「え、師匠?」
「明日も学校だし、遅くなったら困るから……」
「遅くなるったって、お前なァ、まだ四時半やで。まあ、お前が行かへんくても俺は行くけどなァ」
「でも、師匠に是非来ていただきたいです! あっちのケーキ屋さん、一度お二人と行ってみたくって……!」
「…………」
タダシの説得はともかく、子犬のような目で見つめてくるモモにはどうにも弱い。諦めて肩を竦めた。
「……ハイハイ……」
「ありがとうございます!」
飛び上がって喜びそうな勢いのモモと自分のテンションの落差に、勝一はなんとも言えない虚しさを感じた。同じ年で、同じクラスであるはずなのに、この差はなんなのだろうか。
「行きたいってのは、そこの角曲がった所やろ? 着替えたらすぐ行くわ」
「はい、じゃあ注文してお待ちしてますね!」
「おおきになァー」
そう言ってバックルームに消えて行ったタダシを見送り、はしゃぎながら自動ドアの向こうに行くモモを、気だるく歩きながらついていく。
外に出た途端に、チラチラと降る雪が鼻に触れる。十二月の気温は優しさなんて微塵も見せない。家の納戸の隅にあった、兄の物だったと思しき古い黒のコートは、通気性だけやたらと良くて困る。
通りを見渡すと、今日がなんの日だかよくわかった。世界は薄暗い中でイルミネーションの光を強調し、通りには一人でいるなんて罪だとでも言いたげなクリスマスソングが大音量で流れていた。手を繋いで歩くカップルも、いつもの倍はいる。
その中、モモはケーキ屋の前で足を止めた。
「ここです」
嬉しそうに目をキラキラさせるモモにも納得できるほど、クリスマスムードに装飾された店は可愛らしい物だった。中々に古いコートを着ただけの、いかにもゲームが好きそうな少年が入るには、いささか勇気がいるとも知らず、モモはちっとも臆さずに入っていく。にこにことショーケースに近づくが、その顔からすっと笑顔が消えた。
「あれ……?」
ふたつ程残っているケーキには、予約の札がふってあり、すでに切り分けられたピースケーキはもう2つしか残っていない。
「すみません、お客様……今日はクリスマスで、これいっぱいで売り切れです。あ、でもお二人でしたら―――」
「あ、いえ……あの……」
親切な店員に言い澱む。この場には、モモと勝一しかいなくても、もう一人。欠けてはいけないのに。
「じゃ、師匠とタダシさんに――――」
「モモさん、」
「?」
振り返ったモモを手招きし、女性の店員に頭を下げる。
「ありがとうございました」
店員も丁寧に頭を下げてくれる。せわしなく店を出て、通りに二人でポツンと立ちすくんだ。
「……残念でしたね、師匠。すみません」
「別に……」
俺の分は無しでも、なんて言ったら、彼女がどんな顔をするのかわかるようになってしまった。
はーっと、手袋越しの手に息を吐きかけ、モモは寂しそうに笑った。
「じゃ、師匠。クリスマスですけど、戻りましょう! 今日もよろしくお願いします。ケーキはまた今度、食べに行きましょうね」
「……あのさあ、」
「はいっ?」
「クリスマスに一番はしゃいでたの、モモさんでしょ」
指摘すると、真っ赤になって静かにモモは俯く。
「す、すみません……」
「別に。悪いとも言ってない」
出会った頃から彼女はこれだ。自分の我を通すのを拒む、真面目で純真な女の子。横断歩道の向こうから、タダシが走ってくるのが見える。何を思っているのか、手まで振って。
そのすぐ傍に小さなスーパーが見えて、ふと思いついた。
「モモさん、さっきのお金ってある?」
「え? あ、ハイ」
モモが取り出した封筒を受け取ったところで、タダシがようやく追いついた。
「お前ら健気やなァ……別に中で待ってても構わへんかったんやで?」
「ケーキ売り切れ」
「……メールなりなんなりで知らせろや」
苦虫を噛み潰したような顔のタダシの前に、千円札を一枚だけ抜いた封筒を差し出す。ぽかん、と表情を変えながら、タダシはそれを受け取った。
「あん? なんや?」
「タダシさん、それでケーキのスポンジと、ホイップクリームと、紙皿とフォークと……あと好きな物よろしく」
「はあ?」
「ゲーセンで、待ってるから。モモさん、行くよ」
そう言い残して、早歩きで行ってしまう。わたわたとモモが付いて行くのを憮然とした表情で見送り、タダシは封筒の中身を数えた。きっとあのISの事だ、何か考えているのだろう。
「天才っちゅーのは、面倒やなァ……」
それに付き合うのは、嫌いじゃない。
くだらない事を考えて、タダシも足早にスーパーへと向かった。
ゲームセンターに戻った勝一は、何食わぬ顔で封筒から抜いた千円札を両替機に入れた。
「し、師匠? どうしたんですか、突然……」
「モモさんが食べたいのって、ああいうお洒落なケーキ?」
「え?」
「もしそうなら、謝る」
落ちてきた百円玉を全部手中に入れ、数え、そう呟く。その視線の先にある、クレーンゲームの山に、さっきの台詞。モモもようやく合点がいった。
「……いいえ」
あの店に着く前と同じように笑って、モモは言う。
「楽しく……師匠とタダシさんと一緒に食べるケーキがいいです」
「……そ」
クリスマスフェアなどとポップが張られているクレーンゲームの台の中には、地域限定の箱入り菓子から、よくあるチョコレートの駄菓子まで、いくらでも詰まっていた。
普段は時々気まぐれでやっているのを見た事くらいしかない、ISのクレーンゲーム。
素早く空間を見て、取れる物、取れない物を見定める。取れる、と確信するや否や、百円玉を滑るように入れて、クレーンの調子を最初から知っていたかのように、お菓子の箱の淵、お菓子を留めるリング、お菓子に付けられたフック―――――片っ端からクレーンのアームを引っかける。
取れると、すぐにモモに渡し、次の台を見定める。モモには聞き馴染んでいた『残念でした』を告げるクレーンの音が、聞こえない。その代わりに『おめでとう!』を告げる華やかなファンファーレばかりが店内に鳴り響いていた。
『師匠……』
彼の背中はとてつもなく近く、とてつもなく遠い。
目を見開き、指は精密にボタンを叩く。その度に、モモの手の中のお菓子が増えていった。
「おい、買うてきたで、イ……」
自動ドアが開き、ゲームセンターの中に入ると、タダシは言葉を紡ぎ忘れ、目はモモの腕一杯のお菓子と勝一を見て、皿のように丸くなる。
「な、な……おま……」
「……ああ、タダシさん……」
ようやく彼の存在に気付いた勝一は、足元の取り出し口からチョコレート菓子を取り、差し出した。
「これ、確か好きでしょ」
「…………」
モモの手の中にある十個近いお菓子の山と、差し出されたチョコレート菓子と、手元の袋の中にある手作りケーキの材料を見比べ、タダシはへら、と笑った。
「商売あがったりや……うちのゲーセン……」
「……それはごめん」
「ったく、お前って奴ァ……」
「っ!?」
どしん、と肩を叩かれ、勝一が大きく揺れるのにも構わず、タダシは大声で笑った。
「とんだトップランカーやな! おーし、音ゲコーナー行くで! あそこしかテーブルあらへんし、いっちゃん人おらへんからな!」
「……ここで食べていいのかよ……」
「ええわ、どうせ後で俺が掃除するんやから……」
「あ、そ……あ、モモさんありがと」
「え、えっと……」
モモの手からお菓子を取って、階段をタダシと上がっていく勝一の背中――――それを呆然と眺めて、モモはその場に立ちすくんだ。
『私は、』
あんな師匠がいる。あんなにすごい腕前で、あんなに自分達を思ってくれて、彼は――――――
「どないした、モモちゃん?」
ひょっこりと階段の上から顔を出してきたタダシに、モモは慌てて目頭をぬぐった。
「いえ……ちょっと、感動して!」
「感動ってなんやねん」
「感動は感動です!」
そう言い張って、モモは階段を上がった。
「にしても、あいつがあそこまでやれるなんて、初めて知ったわ……」
「流石師匠ですね!」
「とんだプレゼントやわ……サンタみたいな奴」
タダシの言う『サンタ』のワードがやたらとしっくりきて、思わず頷いてしまった。子供な自分に、プレゼントをくれる。
「さっきからごちゃごちゃ、なんだよ……」
音ゲーのコーナーのテーブルで待っていた勝一が尋ねるのに、モモは目をきらきらさせ、子供みたいに力説する。
「師匠がサンタさんみたいって話です!」
「……赤は別に好きじゃないかな」
モモの隣で腹を抱えて笑っているタダシを小さく睨み、チョコレート菓子の箱を開けた。
「じゃ、好きにさせてもらうとするわな」
「ですね!」
「……ご勝手に」
紙皿の上に置かれたスポンジケーキ。準備は万端だった。
『……食べ過ぎた』
マーブルチョコレートと、チョコレート菓子2種類と、ウエハースと、イチゴパイと、小さなチーズケーキと、クッキー、それとホイップクリーム。そんなただひたすら甘い飾り付けを施されたゲームセンター限定のごちゃごちゃしたケーキは、最後はタダシによって勝一の胃袋に押し込められて終わった。この結果になるのは目に見えていたのに、何故駄菓子でホールケーキを作り、あまつさえ3人で食べようという発想に至ったのか我ながら謎だ。
吐きそうになるほど甘い胃袋を抑えながら、ISはゲームセンターで二人と別れた後、駅で五十嵐勝一に着替え、鏡の前で伊達眼鏡をかけた。心なしか少し太ったような気がする五十嵐勝一が、自分に向かって仏頂面を見せている。
それが、一瞬だけ笑った気がした。
目の錯覚じゃないか。伊達眼鏡を少し取ってみて見返すと、やはりそこには仏頂面の自分がいた。
くだらない事をやっている場合じゃない。コートを着込んで、外に出る。さっきよりも雪は弱いのに世界は寒々しく勝一を出迎える。
『こんなに寒かったんだな』
ゲームセンターにいると気付かなかった。無駄に空調ばかり捗っているのだから。雪道をさっさと歩いて、歩いて、歩いて、二十分以上して、ようやく家に着く。ただいま、も言わずに玄関に足を踏み入れる。
外でもないのにそこは寒々しい。
リビングに張ったメモには今朝見た時と同じように『夕飯は冷蔵庫にあります』と書かれてあった。今の調子じゃ食べられそうにない。
暖房がついていない部屋は、室内じゃないようで。
「あーもう…………寒」
ストーブの電源を入れて、手を擦る。良くも悪くも、世界はクリスマスのようだ。
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- 奏 Euph
- 割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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