Short & present!
COLORATURA MR 3
COLORATURA MR 3
「ぇええ…あー、もう北の山に向かったってー……せっかちー」
「…………」
レイゲン・サラマンダはアベルが送る者と会話しているのをぼんやりと眺め、日記を書いた。彼のやる事なす事をいちいち気にしていたらきりがない。
『白い巻き毛に童顔の持ち主の守銭奴がオレの主人、クーデターを企む役人、アベル・メイカーだ。どんな職業もほぼ完璧に演じるつまり役を造る、造る者という特殊能力を持っている。オレ、レイゲン・サラマンダはいつものように従者兼護衛中だ。オレが人間に化けている竜だからって従者にされたのはぶっちゃけ今でも腹が立つ。
オレは薬草使いだ!
そう豪語したいがそういうわけにもいかないらしい。まぁ、村を助けてくれた義理だ。で、今度は飛んで、北の山に行けとか冗談じゃねぇ』
「あー、レイゲン、だから日記に書いている内容を口に出すのはやめようか?」
「………」
うっかりしていた。少し気を抜くと心の中が筒抜けになる。レイゲンはイライラとため息をつきながら、アベルを見守った。
東の都の圧政に対するクーデターを起こす更なる一歩。
北の山にいる協力者を探せ。
「ちぇー…コーダもレイゲンに乗せようと思ったのに」
「本当はお前だって乗せたくねーっつの」
「またまたぁ」
これは本音だというのに。アベルはいつものように童顔をにこにこさせながら街道を歩いた。その後を一歩遅れながらついていくのが、今の自分の使命。相変わらず、酷く気分の悪い仕事だ。
協力者でもある人狼、スノウの家に着くとなんとなく落ち着いた気分をレイゲンは味わった。銀髪の美女は外で優雅に紅茶を飲んでいる最中だ。
「晴れにしておいたわ」
「本当だ。ありがとう、スノウ」
彼女の天候を操る能力には目を見張るものがある。
「あと、万が一の時の為にこれを貸してあげる。ティグリスに有効だから使って」
「………これねー」
一枚の紙切れには、植物が描かれていた。薬草使いのレイゲンにはひと目でわかった。マタタビだ。
「描く者の力で紙の中に入れたわ。紙に染みを落とせば実態化するようになっているの」
「ふうん」
「便利だな」
「お陰で、嫌な名前だけど」
綺麗な顔をしかめながら、スノウは言った。彼女の名前は、スノウフレイク・グラフィティだ。姓の意味は『落書き』。
「北の山は、ドラゴンが飛べば数時間で着けるわ」
「都に来るまで、寝る時以外もそうすればよかったのにね」
「誰がやるか。お前が寒い寒いブツブツうるせぇから精一杯妥協してやっただろ!?」
人間の方がずっといい、と冷えた紅茶を飲みながらレイゲンは言う。スノウは小さく首を傾げたが、アベルは肩をすくめるだけ。
「それでレイゲン、脱がないの?」
「!!!?」
思わず紅茶が霧になった。上品なスノウの言葉とは思えない台詞だった。ゲホゲホと咳き込みながら、信じられないという顔でスノウを見るレイゲンを、アベルは腹を抱えて爆笑していた。
「お前は笑い過ぎだっ!」
「…くくっ……ぷ…だって……」
「……私、何かおかしな事言ったかしら?」
「いや………」
自覚がないとは恐ろしい。
「前に村で竜に戻ったとき以来、変身魔術織りの服を着てるから大丈夫だ」
「ああ、あれね。いいわよね、いつでも変身できて」
口振りからして、スノウも愛用者らしかった。
「じゃあ、なんでオレがそうじゃないと思った?」
「…………」
「……どうせ田舎者だっての」
無言の台詞で全てを察した。アベルはまだ腹筋を痛めていた。
「……行くぞ、アベル」
「あ、ぶふっ……っちょ……待って………あはははははははは!」
「笑い過ぎだ、この馬鹿!」
「痛っ!」
アベルを一発殴って、レイゲンは足音荒く出ていく。その後ろ姿を見送りながら、スノウはまた一杯紅茶をすすった。
「…………あれならティグリスも認めるかしらね」
自分にはまだこの都での仕事が山積みだ。王手詰みはまだ遠い。
自分の牙の首飾りを取ると、心臓がドクン、と脈打つ。自主的に掛けている魔術も解くと、体はどんどん、膨れ、変形し、大きくなる。
「あー、一週間ぶりだねー」
『見世物じゃねぇっつの』
竜の低い声が、スノウの屋敷の庭に響いた。実際見世物になる予定なのだが。今でも否定し続けている。
真っ赤な翼に、斑模様の鱗、鋭い牙に爪に、額から出ている角。長く太い尻尾もあり、体は大きく、体を伸ばせば小さなやぐらにも安々と届きそうだ。
美しい深紅の体に、その目だけはヘーゼル色だった。
そんな流麗であり恐ろしさも兼ねる竜だ。
「絶対見世物にすれば売れるのに」
『誰がんなもんになるか!』
「まぁまぁ、今は僕を乗せてよ。北の山は寒そうだし、風が当たらないようにちょっと首を上げて、喉に火を通してくれるとありがたいなぁ」
『注文多すぎだ!』
よじよじ、と背中に乗るアベルがちょっと危なっかしい。
『……背中で大丈夫なのか?』
「心配してくれるわけ?」
『違う。絶対違う』
「大丈夫、『魔術師』の力で風避けの術使うから」
『……本当に便利だな』
アベルの能力メイカーは、どんな職業も演じる事。彼は何にでもなれる。魔術師でも音楽家でも盗賊でも。
『じゃあ、火も送らなくて大丈夫だな?』
「えー、面倒くさい」
『ふざけんなッ!』
「うわっと!」
翼を動かすと、かなり懐かしい感覚がした。
「ちょっと、飛ぶなら先に言ってよ」
『うるせぇ! 黙ってろ!』
もう何年も飛んでいないから、使う集中力が酷く大きい。ようやくなんとなく感覚が戻ってくる。足が浮くと、竜にあるまじき不安に襲われた。
『…………』
「久しぶりすぎて怖い?」
『うるせぇっつの!』
図星すぎる。レイゲンは遠くなっていく地面を眺めた後、ちらちらと北を見た。
「そう、あの雪が積もってる山だよ」
『……随分コキ使うじゃねぇか…………』
「あれ? やだなぁ、今始まった事じゃないじゃん♪」
『落とすぞ!?』
罵詈雑言を飛ばしつつ、体を流線型にして空を泳ぐ。ずっと下では、人間に指をさされているとわかった。人間が大好きな自分にとっては酷く居心地が悪い物だ。
「デミファイ、デミファイ!」
「煩い」
東の都の皇帝デミファイは、急に室内に入ってきた男を一蹴するように言葉を吐いた。
「群衆の件なら聞いている。お前は他にやる事があるだろ」
「違うっての! 都の上空にドラゴンがいた!」
「!?」
「しかも、すっげー赤い奴…………どういう意味かわかるか?」
「……紅蓮のドラゴン……」
ドラゴンなら見世物で何回か子供を見た。軍隊に利用されると他国の噂で聞いたが、どれも失敗ばかりだったとも聞いた。
「どこに向かっていた?」
「北の山」
「…………」
予言者の能力を有するが、これはただの勘。嫌な予感がする。
「……軍事設備の用意をしておけ」
「なんだ?」
幼馴染の顔を見据えながら、デミファイは静かに命令した。
「戦闘の準備をしておけ、と言っている」
「……リョーカイ♪」
『…………』
いよいよ北の山に近付いてくると鱗越しに震える体を理解する。大きく口の中で息を吐く。喉の奥で炎が燃え盛るのがわかった。
「あー……ありがと……」
『山に着いたらどうすればいい?』
「とりあえず、中腹に……」
『わかった』
雪が降り積もる北の山は美しいものだったが、同時に極寒という厳しさを兼ねていた。中腹に辿り着くと、ようやく人間に戻れると安心した。
「駄目だよ、レイゲン」
『うん?』
「戻っちゃいけない」
ようやく『魔術師』の力を発熱に向けられて落ち着いたらしい。晴れていたとはいえ、かなりの強風だった。気を抜けば落ちていただろう。
『なんでだ?』
「この辺りは本当になにがあるかわからないから」
『?』
「ティグリスが何をしかけるかわからないし」
それを聞いて頭が混乱した。
『あのな、そのティグリスは味方なのか? それとも倒したい敵なのか?』
「前者なんだけど、武道派はただじゃ済まないよ? あー、僕は官僚って顔しているからいいけど」
『実際そうだしな、童顔』
「とにかく、戻るにしても臨戦態勢で」
『…………』
忠告を聞いて、半竜の状態になる。人間から翼と爪と鱗、角と尾が浮き出たような体だ。
「コーダとかいう奴はどうでもいいのか?」
「良くなくはない。もうティグリスに合流していればいいんだけど―――――」
アベルがそう言った途端に、近くの木から鳥が悲鳴をあげながら飛び立った。カラスだ。カラスの大群の中に混じって――――
「!?」
何かがいる。
「下がれ、アベル!」
足を回して、アベルを蹴って雪の上に転ばせた。さっきまで彼の頭があった所はカラスが通る。
「んだ……このカラス……」
何か激情に駆られているような―――――
グルルルル…という獣の静かな声がして、そっちの方向を振り向く。飛び出してきたのは、小柄な虎だった。
「コイツ――――!?」
恐ろしい雄たけびを上げて、レイゲンを目がけて爪と牙を剥いてきた。よく狙って、回し蹴りを食らわすが、避けられる。
「まだだ!」
もう片足が残っていた。だがそれも避けられる――――虎が勝ち誇ったように笑った気がした。
「ふざけんじゃねぇええ!」
頭の中で闘志が湧いた。
両足を下ろしたレイゲンの背中を襲うように伸ばしていた獣の牙は隣からの衝撃によって弾かれた。強い、太い尾の攻撃が当たった。
鋭い獣の悲鳴が上がって、地面に伏す。
腰の袋から麻痺系の粉を出し、虎に向かって投げつけた。大きく吸い込んだらしく、ふらふらと態勢を崩す。
「アベル・メイカー『調教師』!」
アベルが力を発動すると、カラス達は動きを止めた。かなりの数を操るだけあり、彼の表情も珍しいくらいに険しくなった。
「レイゲン! カラスはみんな能力にかかってる!」
「何!?」
一瞬気が散った瞬間に、虎の唸り声が聞こえ――――
「!!?」
突進してきた。慌てて避けたが鋭い爪に鱗の一部と革の薬草使いの服が一部裂かれる。さらに体に盛大な当て身を食らう。
「レイゲン!」
「気が散る! 黙ってカラスを焼き鳥にしてろ!」
爪に魔力を集中させ、虎を狙う。
「まぁまぁか」
「!?」
「さっきのエルフの僕よりはましかもなァ、お兄さん」
「…………」
こんな光景を見た事がある。スノウに会った時と同じだ。
「みんな君がお気に入りみたいだね」
ようやく、険しい表情からお決まりの笑みに戻り、アベルは力を解いた。カラスの群れは林の中に消えていく。
「スノウといいティグリスといい、なんでみんなレイゲンを計ろうとするんだろう」
「気分さ」
「……気分でオレを狙ったのか……」
脱力どころじゃない。
スノウが狼から人間に変身する時とほとんど同じだった。目の前の虎は妙なバキバキという音を立てて二足歩行になる。見ていて気分が良くなるような物ではない。
くすんだ金色の髪はざっくらばんに纏めてあり、虎目石のような目は恐ろしく鋭利だった。耳は薄い毛が生えており、尻からは虎の尾がそのまま出ていた。スノウよりもずっと粗雑だ。着ている服はどうやって作ったのかわからない、何かの獣の毛皮だった。
「はい、初めまして。ティグリス・パッショナーだよ」
「…………」
「レイゲン、警戒といて」
「偉そうに言うな。お前が声かけなきゃ……」
「そうだと思う?」
「!?」
ティグリスが問いかけたと思ったら、目の前から消えて、後ろに気配を感じる。しかも深紅の前髪が僅かに落ちた。
「………………」
「過信しちゃいけない、コレ基本だ」
その圧力に耐えるが、虎目石の瞳がしっかりと見据えて来て足元があやふやになってくる。
「それより君には頼みたい事がある。ちょっとエルフの子をうっかり危険な状態にしちゃって」
「は?」
「あー、それってもしかしてコーダの事?」
「多分そうだな」
「来た人を片っ端から試すのやめたら?」
「弱い奴を山に迎える気はないね」
ティグリスはそう言いながら伏せ、また虎になった。
「下の寝床に置いている。そっちの赤い兄さんは薬草使いだろう? だったらちょっと治療よろしく」
「ちょ……待てっつの。大体な―――――」
「あー、レイゲンはそこまで人間的にも技術的にも追いついた奴じゃないから無理かなぁ」
「勝手に返事すんな! やってやろうじゃねぇか!」
アベルに向かって激怒してから、ようやくまた彼の策に嵌められたと理解してため息をつく。
「……レイゲン・サラマンダ、薬草使いで……この馬鹿の従者兼護衛で…………竜だ」
「了解」
興味深そうに笑うティグリスの顔が恐ろしかった。
静かに洞穴で苦しむエルフを見つけ、早速腰から薬草をいくつか出す。
「傷口がでかいな……お前、何したんだ?」
「ちょっと手荒に迎えすぎた」
呆れて言葉も出ない。くちゃり、と口の中で薬草を噛み潰し、手の中では木の実の殻を砕いた。更にそれを口に含んで混ぜる。口から掌に唾液と混ざり泡立つそれを出し、指にとって傷口に塗り込む。
「どう?」
「治せるな」
「ドラゴンにはこんな事も出来るんだな」
ティグリスの茶々を言う口を睨みつけ、レイゲンは腰から瓶に入った薬を取り出した。
「竜には、じゃない」
全て否定できるわけではないのが、辛くて、苦しい。
「オレには出来るんだ」
「はいはい、うだうだ言ってないで治す」
「煩ぇよ、この野郎っ」
反発の声を上げ、液体のその薬を黒髪の美青年の口に流し込む。横から流れるのが苛立たしかった。
「飲ませればいいのか?」
「ああ」
「貸せ」
「?」
手を差し出され、思わずその手に入れてしまう。ティグリスは口にその濁った液を含み、エルフの口に唇を当てて流し込んだ。
「……後始末は自分で、か」
今度はレイゲンが茶々を入れると、ティグリスは顔を上げて笑んだ。
「君は男にキスしたくないだろう? ウブだろうし」
「んな……ッ!?」
「あー、当たってるだろうねー」
「お前は黙ってろ!」
「彼だってそうだ。君らみたいなのよりはまがいなりにも雌がいいだろうし」
「…………雌?」
では、ティグリスは。
「どうしたの、レイゲン?」
「………イヤ」
女だとは思わなかった。ここまで激しい色彩を発する雌なんて会った事がない。ティグリスもレイゲンの顔色に気付いたらしく、意地悪に笑った。
「アベルも楽しそうだ」
「楽しくなんかないよー。レイゲンなんか不良だし、煩いし、変な所所帯じみてるし、田舎者だし、鈍いし」
「お前、本当に黙ってろ……!」
二人のやりとりを眺め、笑んだままティグリスは立ち上がった。
「アベル、そいつをよろしく。ちょっとレイゲン貸してくれ」
「殺さないでね」
「殺すもんか」
「殺されてたまるか」
三者三様のリスキーな台詞。ティグリスは尻尾を揺らしながら毛皮を身に纏い、外に出る。レイゲンも薬草をいくつか残して彼女を追って外に出た。
外に出ると洞穴の中が随分暖かかったのだとわかった。空はさっきよりも曇り、やや霧が出ていた。少しだけ夕日が届き、山の雪がいかに白いかもわかる。
「で、どんな話だ? またオレを試す云々だったら御免だぜ?」
「いや、単なる確認。この辺りなら広いから、元のドラゴンに戻ってもらえる?」
「…………」
「ドラゴンになるのが嫌いみたいだ」
「そりゃあ…………嫌いだ」
「珍しい」
彼女の言う『珍しい』とか、アベルの言う『面白い』、それに世間一般の『異端』は、ほとんど同義語だとわかった。
『オレは、自分が嫌いだ』
「それはそれは」
力を解き、バキバキと骨が軋むような音を立ててまた大きな竜に戻る。紅蓮の体を眺めながら、ティグリスはその鱗を吟味した。
「もしかして、君は人間が好きか?」
『好きだ』
即答出来る。それくらい、何故か判らないくらい人間という生き物が愛おしくてたまらない。他の仲間の竜のように人間を食べて、歴史に関わるくらいに加担し、操るようなことなんか到底考えられないほど。
村で子供達と遊ぶのが好きだった。
竜の力を村の力に出来るのが嬉しかった。
ある日どこかの竜が暴れて、死人が大量に出て、村に生きていた自分まで危険な生き物なのだと思われた。
そして実際に危険なのだ、自分は。
自分の牙を一本折り、それに変身術に使う魔力を込めた。自分の力をもう少し合わせれば、外側と内側からかかる変身の助け。
人間になった。
竜の時のように石を何百と運べるわけでもない。
人を背中に乗せて飛べるわけでもない。
でも薬草を学んで人を癒せる。
子供の頭を撫でられる。
そして、人間だと偽れば偽るほど、大好きな人間は近くなった。
「ドラゴンが人間に好意をよせるというのは基本的にはありえない。それは自然の摂理に反する。ドラゴンの群れの中で人間の子供が育つという事はあっても、ドラゴンは基本的に人間には接しないし、個人ではなく人間という種族を愛するという事はない」
『…………』
「でも、君はドラゴンだ。それにこの紅蓮の鱗。間違いない」
『?』
ティグリスは疑問符を浮かべるレイゲンに笑い、囁いた。
「ドラゴンにもいくつか種類がいる。腕のないワイバーンだとか、海にいる海竜とか。その種類は約五十種。二割が飛竜と言われていて、分布が確認されている君みたいに飛ぶ能力があるドラゴンだ」
『…………茶色のか?』
「それはストーンベイに住む奴だろうな。西の国でも代表的な飛竜だ」
ティグリスはレイゲンの鱗を一枚、弱めに剥がしながら言う。かさぶたを剥がされるような感覚に、レイゲンは顔をしかめた。
「そして、数少ない飛竜の中でも極めて珍しいものがいる。東の都の皇室にだけ存在していたドラゴンがいたんだ。神の使いとも言われて、初代皇帝だけを背中に乗せていた。紅蓮の体を持っていて、以来その赤いドラゴン一族は子々孫々皇帝一族に仕え続けると約束された」
『…………嘘ならもっとマシなのがあるだろ?』
「事実なんだから仕方ない。ウチだって他にも赤のドラゴンは知ってるけど、それは青の鱗が斑になってるさ…………ほら、やっぱり紅蓮だ」
自分の体を見るのは好きではないが、確かにその体の鱗の色は紅蓮と呼ぶのに相応しい赤だった。
嬉しくない。
「まぁ、長い歴史でお伽話になっていたみたいだ。国で必要とされる時以外、クリムゾンドラゴンは世界を巡っていた。ある日突然帰らなかったが、多分どこかで死んだんだろう。卵のひとつふたつ産み落として」
『………』
「帝国の件は伝えられていなかったみたいだが、血は流れているらしいな」
『煩い』
レイゲンは人間に戻りながら、鋭く言い放った。
「オレは人間だ」
「いや、ドラゴンだろう」
「人間だ。とにかく、竜とかなんとか言う前に、オレは、人間が好きで、人間だ」
ティグリスに言うよりも、自分に言い聞かせるような感じだった。
彼女の目を睨みつけて気を張っていると、その虎目に何かを抜かれたような奇妙な感覚に襲われ、力が抜けていく。よく見ると、ティグリスの目は妙な具合に煌めいていた。
「ウチの『情する者』の力だ」
「パッショナー…………」
「簡単な感情ならある程度操れる。激情に駆らせたり、わけもなく悲しませたりする事だな」
さっきカラスを操っていたのはそれか、と一人納得した。
「君はドラゴンだ。それは事実で変えられない」
「…………」
「でも、君が人間好きだというのはウチでも否定できない」
「……!」
意外な台詞に、耳がひくり、と動いた。ティグリスは尻尾を揺らしながら頷く。
「君には契約している主人がいるみたいだ」
「…お見通しかよ」
「そうだな」
アベルとは、契約をした。自分に纏わりつく忌々しい鎖みたいだが、同時に自分の仁義の至上でもある。
「というわけで、何も伝えられていない君は血以外に帝国に対する柵はないし、好きにするといいさ」
「話が早いんだな」
「長い話は嫌いだね」
レイゲンを一笑して、ティグリスは洞穴に戻って行く。
「待て」
「うん?」
自分の口からこんな言葉が出せるとは思ってもみなかったが。
「アベルがクーデターを起こす仲間を探している。お前は協力しない……じゃねぇ……してくれないのか?」
「イヤダ」
きっぱり跳ねのける。
「なんでだ?」
「ウチは東の中将だったけどさ、ちょっと奴隷解放運動で損傷事件起こしちゃったわけ。向こうには……そんな理由じゃ戻れないに決まってる。マタタビ積まれてもごめんだね」
「…………」
「それで君らは来たんだ」
くだらない、と嘲笑う彼女に、わけもなく怒りは浮かんだ。
「お前は能力者だから関係ないかもしれねぇけど、他の適さない奴は――――切り捨てられる奴は――――」
皇帝デミファイの創造する国は、メイカーやパッショナーのような能力を有さない者は切り捨てる。
「アベルは守銭奴で、ヤクザで、強引で、ウザくて酒と金と人を使役する事が大好きで、童顔で、気持ち悪い奴だけどな、理不尽に対抗している部分だけは正当だ」
「あー、ちょっと、レイゲン言い過ぎ」
「…………来んな、お前はっ!」
いつの間にか洞穴から出ていたアベルに吐き捨てると、レイゲンは足音荒く洞穴に入って行った。
「……お前が協力しようがどうだかどうでもいいけど、こいつがやる事を『くだらない』とか言うんじゃねぇ」
虎目石を睨みつけるのに、もう遠慮なんかいらない。
「雪に埋もれて引き籠ってる虎縞野郎よりはマシだ」
そう言って洞穴の奥に潜って行く。ティグリスはその太い尾を眺めながら、ふいにくすくすと笑いだした。
「面白いドラゴンだ」
「でしょ?」
僕が見つけてきたんだ、と得意げに言う彼はとてつもなく胡散臭かった。ティグリスはひくり、とひげを動かして伸びをした。
「そうかそうか、君がやろうとしている事は、そこまでくだらない、でもなかったわけか?」
「ようやく気付いた?」
ここにはもう、5年近く通っている。ティグリスは初めて、小さく頷いた。
「ウチは頑固だからな」
「あー、うん」
「デミファイを間違っているとも、正しいともウチは思わない」
「うんうん」
「だけどな、」
くすんだ金髪を振るって、言う。
「君とレイゲンは信じてみたくなるな」
「変わっていく世界に興味があるだけでしょ?」
「まぁな」
「無理して起き上がるんじゃねぇぞ?」
「…………ああ」
「……ティグリスは単なる馬鹿じゃないけどな、色々イカれてるな。お前が悪いわけじゃないだろうから安心しろ」
「そうだな」
エルフの男は納得するように小さく頷いた。
綺麗なエルフだ。滑らかな黒髪の美青年で、口からは少し煙草の臭いがする。目は金と緑のオッドアイだった。
「名前は?」
「レイゲン。レイゲン・サラマンダ」
「竜だな」
「…!」
特徴的なドラゴンに対する呼び方。
「俺は、コーダ・クアイオ……西出身だ」
「ああ……オレもだ」
地味な会話をしながら、傷口を包帯で塞ぐ。竜が薬草使いをしているとは、我ながらいつも可笑しいと思うが、それは自分の誇りでもある。
『さっきの口移しの事は伝えない方がいいだろうな……』
「あ、コーダ、起きたんだ! ティグリスの熱烈キッスが効いたみたいだね!」
「…………」
自分の気遣いを根元から折ってきたアベルに殺意が湧いた。
「お前、もう帰れ!」
「あーうん。言われなくてもそろそろ帰るよ?」
「は!? 来たばっかだぜ!?」
「ティグリスが協力してくれるみたいだから、早く帰らないわけにはいかないでしょ」
「………」
「ウチの気が変わって☆」
アベルに並んでウザいとか思ってしまった。
「……アベル・メイカーか」
「うん、久しぶり。こっちが僕の奴隷のレイゲンだよ」
「誰が奴隷だっ!」
「冗談冗談。使用人のレイゲンさ」
「誰が使用人だっ!」
「え、違うの?」
「違うに決まってんだろうが、このボケ!」
「……変な奴」
アベル関連の奴には大抵こう言われる事には残念なくらいに慣れ始めている。
「ところでコーダ、送る者の能力使って都の状態見てくれない?」
「……なんでだ?」
「うーん……ちょっと」
気になるのは、宮殿から感じた冷たい視線。
「嫌な予感がするだけ」
「………わかった」
センダーは、遠くにいる者との意思疎通能力。
「俺の能力は後天的だからな、よっぽど向こうの思考がはっきりしていなくちゃ……時間はかかる」
「構わないよ」
アベルの言葉にため息をついて、目を閉じる。
見えた光景に背筋が寒くなった。
数分もしない内に目を見開いたコーダに、アベルは小さく首をひねりながら呟いた。
「あー、早いね…?」
「イメージがハッキリしすぎだ…!」
顔が青ざめてしまう。慌てて起き上がろうとしてよろめく体が苦痛だった。
「ちょっと待て、急に立ち上がるな馬鹿!」
レイゲンに叱咤されるがそんな事に構っていられない。
「駄目だ! 早く行くぞ!」
「……君、何が見えた?」
ティグリスの静かな声に、コーダは声を震わせながら言った。
「戦火だ……」
ティグリス・パッショナー
TIGRESS PASSIONER
職業 無職
種族 虎族
能力 情する者
コーダ・クアイオ
CODA QUAIO
職業 武道系列官僚
種族 エルフ
能力 踊り者 送る者
レイゲン・サラマンダ
RAGEAIN SALAMANDRA
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