Short & present!
シヅココロナク、華ノチルラム 幻ツナ同盟さんへ
シヅココロナク 華ノチルラム 幻ツナ
「久方の光のどけき春の日に しづこころなく花の散るらむ」
自分の周りにはこんな人々ばかりだ。ツナはもうそんな環境には慣れていた。
「……中学の頃―――」
幻騎士が少し反応を見せるのが、ツナにはどうしようもなく嬉しい。
でもそれを顔に表すことは許されていない。そんなこともできないボスがいては、ボンゴレはもう終わりだと悟らせるようなもの。
「百人一首、国語の授業でやっていたんです」
「そうか。俺はすべて覚えた」
「……流石ですね。日本人みたいだ」
ツナは屈託なく、幻騎士に向かって笑いかけた。ツナがそんな風に笑うのが、幻騎士にはどうしようもなく照れる。
でもそれを顔に現すことは許されていない。そんなこともできない者が下にいては、何の力にもなりはしない。
「それで―――その歌も聞いたことがあります。1年の頃友達の得意札でした。どういう意味で―――なんで突然?」
ツナの言葉にはとげもなにもなかった。
幻騎士は脇に抱えた書類に、わずかに爪を立てる。
ツナは静かにのどを鳴らす。
「日の光はのどかにさす。春の日である。しかしどうして桜の花は静かに散ってはくれないのであろう」
「どこかで覚えたみたいですね」
「一部は意訳だ」
それを聞くと、ツナは少し驚いたように、元々大きい目をわずかに開いた。
「そう―――だったんですか」
「……この部屋は…カーテンを閉め切っているな」
「いつ狙われるかわからないので」
「窓はある」
「おれのわがままです」
ツナは蛍光灯の下で笑った。日の光の下で笑っていれば、もっとずっと綺麗なのに。
「そっかぁ…桜かぁ……もう何年も見ていないですね。白蘭さんから送られる花も綺麗だけど……もう春ですね」
「先日、任務で日本に行った」
「咲いてました?」
幻騎士は静かに首を横に振った。
「膨らみかけた蕾の横に、雪が散っていた」
「そうですかぁ……3月ならそうかもしれませんね…」
おれの卒業式もそんな感じでした。そう告げて、ツナは立ち上がる。幻騎士に背を向け、大きな窓の傍に立った。真っ黒なカーテンは、日の光なんか欠片も通してくれないらしい。
「おれ、卒業式はずっと桜が散っていてほしかったんです。桜吹雪の中で、獄寺君や山本、京子ちゃんたちと笑っていたかった。でも、中学の時も、高校の時も雪が降ってました」
幻騎士は黙って聞いている。
心の中では、他の男の名前が出る口を、どうにかして塞ぎたいだけ。言葉にだけ集中して、それをギリギリ抑えて。
「……桜が静かに散ってくれないのは、激しく吹雪みたいに散ってくれる方が、綺麗だから―――かな?」
「お前がそんな答えを出すのは意外だな」
「…もっと静かなイメージですか?」
ツナはずっと、静かに笑う。
「こんな風に笑うのは、この世界に入ってからです。前にもこんな風に笑う時があったかもしれません。でも、あの頃はもっと素直に笑えた―――桜吹雪って、風に素直なんですね」
「詩的だな」
褒め言葉ともつかないような返答。ツナは一瞬だけ、素直に笑えた。
「忍ぶれど色に出でにけりわが恋は 物や思ふと人の問ふまで」
ツナが百人一首の句を覚えていることに、少し驚いた。
「驚きました?一人少なくとも一首は覚えさせられたんです。なんか恥ずかしい歌ばっかりで…結局、目をつむって1枚選んだんです」
今まで人に知られないように隠していたのに、とうとうその恋心が顔色に表れてしまったのか。どうかしたのか、と人に問いかけられるほどに。
「……書類は置いておくぞ」
「いつもありがとうございます。今度また桜の話、しましょうね」
「ああ」
あんな歌を詠まれては、もうそっけなくしか言葉が返せない。幻騎士は後ろ髪を引かれるような思いで、執務室を後にした。
花は生けられ、愛でられるもの?
几帳面に、日本から桜の蕾を買い、桜の話を多く知り、次に会う時はきっと――――そんな夢物語を見ていた。
「愛してはいけなかったのか?」
いいえ、と答えてほしい。イタリアの空っぽの執務室には簡単に足を運べた。ボンゴレの幹部クラスの者は、ヴァリアー以外ほとんど日本に移っている。
執務室のカーテンを開けると、日が差し込んだ。しばらくすればイタリアにも本格的な春はやってくるだろう。
ジンジャーに頼み込んで、晴のリングの力で活性させた桜はすぐに艶やかな華を咲かせた。写真なんかで見るよりはずっと綺麗だ。
「お前だってそうだ」
写真や絵なんかではいけない。今、目の前にいて、笑っていてほしいのに、今この瞬間、自分の目には映ってくれない。それくらい遠い存在になってしまっている。
自分たちが殺した。
直接ではないにせよ、愛しい人を手にかけた。
むしろ直接、この手で―――この剣で殺せればよかった。
「本当に、桜は静かに散らないのだな」
突然、風に吹かれたかのように、軽く儚く、艶やかに散ってしまった。自分がこんなにも愛している花びらが、静かに散ってくれない。あっという間に自分の手の中から抜けてしまう。
鎮静効果も付けていない桜の枝からは、風のない執務室であるにも関わらず、はらはらとその花びらが床に散っていた。日の光の中で。
どんな形でもいい。この華を見せてやりたい。見せて、その素直な笑顔が見たい。静かに散らないで、艶やかに、鮮やかに見届けるのが、最後の自分の願い。あどけないあの顔が、桜と一緒に目に焼き付いてしまう。
剣と拳が舞った。瓦礫の中で空を見上げ、手を伸ばすと虚空をつかんだ。一瞬、目の前に浮かんだその少年と、あの華がつかめそうだったのに。
「幻想か」
とうとう自分も末期になってしまったらしい。
「静かに散ってくれないのは――――理由がわかる」
その理由が、自分に重なる。
どんな形でもいいからその目に止まり
「一瞬の記憶に残してくれ」
目に留まる術。
お前は命を失って散り、俺の心に留まった。
俺は命をかけて戦いに散り、お前の心に留まればいい。
シズココロナク 華ノチルラム
艶やかに、鮮やかに、愛した者は散ってゆく。
桜の美しい季節になりますね。
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プロフィール

- 奏 Euph
- 割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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