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Short & present!


COLORATURA MR 4




 COLORATURA MR 4



 戦の種火は宮廷からだった。デミファイは黒い天馬から地に広がる戦火を眺めながら呟いた。
「人が燃えているな」
「おう」
 騎士隊長であり、幼馴染みでもあるエクシードも、灰色の天馬から下を見下ろす。「こりゃすげぇ」などと軽口叩くのも、デミファイの耳には届いていなかった。
「来るぞ」
「お、本当か~?」
 からかうように言ってから、確信しているデミファイの顔を見て舌を巻いた。
「流石は予言者」
「軽口は慎め」
「ハイハイ、皇帝様……じゃ、ひとまず」

 涼やかな音を立てて、エクシードの大剣が抜かれた。

「斬ってくるぜ」






 頭の中でこれが終わったら書く予定の日記の構成をしながら、レイゲン・サラマンダはしなやかであり、かつ強固な翼を気流に乗せながら飛んでいた。
『白い巻き毛の童顔野郎が、オレの御主人のアベル・メイカーだ。造る者とかいうふざけた特別な力を持っている。どんな職業でも演じる、つまり盗賊だろうが魔術師だろうがなんでもなれるんだ。で、オレがなんでそんな守銭奴に――――言い忘れたが、こいつはかなりの守銭奴だ――――仕えているか。従者もしているしボディーガードでもある。
 理由はふたつ。こいつはオレがいた村を救ってくれたから。そして、こいつはオレが竜だと知っているからだ。今でこそこんな竜の姿を晒してるけどな、オレは数年前から人間に化けて薬草使いとして人間的に生活している。人間が好きだからな。村での恩を返すためにオレが都まで従者をしてやる事になったんだが、何故か。何故かこいつのクーデター計画に巻き込まれてる真っ最中だ…………今だからこそ言いたい。ふざけんじゃねぇええええ!』
「……レイゲン、独り言は趣味なのか?」
『違う。断じて、違う』
 必死になってティグリスの言葉を否定しても、背中の三人はこの竜のおかしな言動にひたすら笑うだけだった。
『お前も笑ってるだろ』
 笑っていますが、何か?
『火、吹いてやろうか?』
 止めてください。ペンがぼろぼろになります。
 そんないつも通りのやりとりを含めながらも、緊張は決して和らぐ事はなかった。

 戦火。

 送る者という遠距離意思疎通能力を持ち合わせているエルフのコーダ・クアイオから話された台詞がそれだった。イメージがはっきり通じ、通常の倍速以上で都から伝えられてきたイメージに、四人とも愕然とした。
 人間同士で、殺し合っているような戦火。
 それを伝えられた瞬間に、レイゲンは体が冷たくなるような感覚を受けるほどだった。


『アベル、デミファイはどうやって止めるんだ?』
 竜の喉から今回の首謀でもある皇帝の名前を出すと、アベルは僅かに身を強張らせた。
「あー……正直、あんまり考えてないかな」
『オイコラ。クーデター考えてたのはお前だろ!?』
「そうだけど、僕の理想はあくまで話し合いだったからさぁ」
『話し合いなら、お前はティグリスを呼ばない』
「…………」
 いつものふざけた風合いが色を潜めている。虎の獣人であるティグリス・パッショナー、彼女も小さく頷く。
「デミファイは確かに、思った以上に横暴なようだな」
 皇帝の意見はひとつ。
 能力を持たない者は排除せよ。
 ただの人間はいらない。消えろ。

 アベルはもちろん、情する者の能力を持つティグリスにも、送る者の能力を後天的に勝ち取ったコーダにもその意見には無縁だ。ただ、他人を哀れみ、悼んで行動するわけではない。
 その意見が正当だと思わないから、行動するのである。
 だからこそ、レイゲンも協力していた。

 していた、だが――――ティグリスに言い渡された言葉が忘れられない。
 君は紅蓮の竜だ。
 都の皇帝の一族を護る竜で、君が人間を好くという異常の原点とも云えると、ウチは思う。
 神の使いとも言われて、初代皇帝だけを背中に乗せていた。紅蓮の体を持っていて、以来その赤いドラゴン一族は子々孫々皇帝一族に仕え続けると約束されたんだ。



 自分が人間を食うという意味でもなく、殺すという意味でもなく好むのは、そんな皇室の血のせいというイメージが凝り固まる。

 がくん、と急に体が揺らいだ。

「ちょっとレイゲン!」
 アベルが文句を言いかけるが、聞こえない。
『どうするつもりだ』
「あー…だから…」

『デミファイを、殺すのか?』

 レイゲンの問い詰めに、アベルは肩をすくめた。

『それともまだ話し合いとか言うのか? それとも奴を追放か? どうすれば終わるかわかるのか? オレはあいつらを壊せばいいのか? それと「レイゲン、落ち着いてくれ」
 コーダが制止の声を上げるが、レイゲンは目をどんどん緑に変色させていく。
『落ち着いていられるか!?』
「…………」
『アベル、』
 上空は煩いはずなのに、酷く小さいその声が聞いて取れる。

『オレは、人間を殺さなきゃいけないのか?』
「……レイゲン、君は―――――」







 都ではアベルの同僚である、スノウフレイク・グラフィティが働いていた。戦火を消すべく、季節はずれの雪を降らせている。
 庭中の石像も、一般人を殺そう、追いだそうとする兵士を叩き伏せる。
「……何をやっているのかしら」
 月の光を浴びて、銀の狼になると口にくわえていた絵筆で壁を描く。描く物は全て本物になっていった。追手が壁に阻まれている間に一般人は逃げて行く。
「成功させなきゃいけないんでしょ!?」
 清らな彼女にしては珍しく声を上げた。

 いくら待っても、アベル達が来ない。

「どうすればいいのよ―――――」
 デミファイと、アベルと、自分で同期だった。王宮でも遊んでいたのに――――
「いつの間にこうなったのかしら」
 描けば剣が出現する。人間に戻って兵士に致命傷を与えないように切り伏せても――――切り伏せても――――埒が明かない。



「スノウ」

 そう呼ぶのは―――――

「!?」
 アベルと、彼だけだ。
 空に浮かぶ漆黒の天馬は地獄の使者のような印象を与えた。ちらちらとまたたくような雪の中、黒髪の青年は不安定な色合いの瞳でスノウを見据える。
「能力があるのに、戦う必要はない」
「……私は、私の心を通すために戦わせてもらっているわ」
「……また、アベルか」
「ええ……だから、もう止めて。貴方を殺したくないの」
 二本目の剣を描きながら、スノウは凛とした声で言う。
「戯言だな」
「!?」

 空中にデミファイの指が流れるように何かを描く。

 そこから湧きだすように大量に出現したのは――――スノウのものと全く同じ剣。
「それは――――」
 まさか彼のもうひとつの能力は描く者だというのだろうか? 剣を振りかざし、デミファイはそれを投げた。
「正解者は今のところゼロ人だ」
「!」
 狼になって横跳びに逃げるが、次々と剣が襲う。
「ひゅう、随分頑張ってるじゃねーか」
 もう一頭の天馬が駆けてきた、と認識する前に――――

 後ろ足の腱が切られた。悲痛な狼の叫び声が上がる。
「あーあ……落書きのお姉さんもここまでか」
 くすり、と残酷な子供みたいな笑みを浮かべる。亜麻色の髪を吹雪に靡かせ、ふざけるように震えてエクシードは天馬の手綱を握る。
「わくわくするぜ。よろしくな、皇帝様♪」
「煩い」
 煩わしげにエクシードを一蹴する。
「そんなわけだ、スノウ」
 口から零れる吐息は、雪の寒さで朽ちるような白みを帯びていた。呪いをかけるようにスノウは紫色の眼でデミファイを睨みつける。
「―――俺が何の為に動いているかも知らないくせに……」
「……?」
「そんな目で見るな」




 数十本の剣が、スノウに降り注いだ―――――
 突然、空を切り裂くような轟音が響く。
 地響きの衝撃に剣が数本揺らぎ、残った剣もスノウとの間に立ちはだかった強固な鱗に当たって落ち砕けた。


『……ってぇじゃねぇか……』
 今にもキレて襲いかかりそうな竜に、スノウは目を見張った。
「……レイゲン」
「スノウ!」
 背中から飛び降りて、アベルはスノウの傷を見た。
「酷い……大丈夫?」
「平気よ……それより――――」
 レイゲンの背中から降りるティグリスとコーダに、スノウは僅かに笑みを残した。
「遅かったって思うの。どう?」
「あー……そうだね」
 言って、スノウの目を閉じさせる。
「アベル・メイカー『魔術師』」
 ぱぁ、とアベルの手が瞬くように輝き、スノウの腱を治していく。その間にレイゲンは半竜に戻る。
 紅蓮の鱗を僅かに残した、人間から竜の紅蓮の尾、翼に爪や牙に角が生えた姿はやや異様だ。紅く長い髪も怒りで緑色に変色した目も、止まりかけた雪景色の中でギラギラと輝く。
「お前は――――久々だな」
「あの時のか」
 デミファイはレイゲンの体を見据える。エクシードも驚きと茶々を混ぜて口笛を吹いた。
「ドラゴンか――――しかも、我が一族のクリムゾンときた」
「それがどうした。今は素晴らしく嫌な雇い主付きだぜ?」
「あー、ちょっとレイゲン……あとで話そうか」
「後で、があるかどうかわかるか?」
 流石に一族に脈々と継がれたドラゴンの末裔だけあって、予言者の自分にも先が読めない。だが、アベルの言葉は予期出来る。
「どうやら、ドラゴンの先は俺でも読めないらしい」
「へぇ」
 にんまり、とアベルは場にそぐわないいつもの笑みを見せた。
「それは、好都合なんじゃないの?」
「……どうだかな」
 天馬が急上昇する。
「ティグリス、コーダ! 下とスノウは任せたよ!」
「了解」
「2人は!?」
 コーダの台詞を聞き流しながら、レイゲンは翼を広げた。アベルが尾を軽く踏みながら背中に飛び乗る。
「僕が決めたんだ。僕が止めなきゃ」
「…初めてマトモな台詞を吐いたな、お前」
 ちろり、と先端が割れた竜の舌が覗く。
「雪は止んでるぜ!」
「レイゲン、その台詞クサすぎ!」
「うるせぇええええ!」
 そう残して、飛び立った。





「デミ、来たぜ?」
 笑みを浮かべながら言う幼馴染。いつの歳になってもそうだ。小さい頃から蟻を踏みつぶしていてはよろこんでいた。その分こちらの気持ちをよくよく理解していると思う。

 力がない者は力のある者を恐れる。
 人間は異端を恐れる。

 実際にデミファイもそのふたつの能力を受け継いだせいで最近までは――――独裁するまでは迫害されていた。

『じゃあ、お前の世界から閉め出せばいいだろ?』

 エクシードの言葉は秀逸だったとも言える。立場の弱い者に成りすまし、成り下がっている必要はないという至上。ずっと力もないくせに上で力のある者を踏みつぶしている連中がいたのなら、潰すだけだ。
 皇帝でありながら下剋上という面白い事態にもなっている。
 デミファイは思い出し、苦笑した。

「相手をしてやろうか」
「…賛成」
 エクシードは大剣を構えて、天馬を空に駆けさせた。
 雪は止んでいる。



「……来るな」
「何?」
「しっかり捕まってろ!」
「うわぁっ!」
 レイゲンの体が大きく旋回する。その途端にさっきまでいた所が大剣で切り裂かれていた。ふ、とエクシードが笑みを浮かべながら現れる。
「よく避けたって言うか? ああン?」
「……この能力は――――」
 周りの風景に溶け込み、霧散する。全身に鏡を目張りしたようなカメレオンのような能力。
「幻鏡……!」
「御察しの通り。避けたのはびっくりだ」
「飛ぶのに慣れてると…風の感触がわかりやすいからな」
「なるほどなるほど」
 アベルにも負けず劣らずふざけた様な口調は変わらない。
「だけどな……予言の力は避けられるか?」
「な―――――ッ!?」



 アベルの体がレイゲンから落ちて吹っ飛んだ。

「アベル!!?」
 空中をダイブするように舞うアベルの体を追い、レイゲンは体を小さくかがめた。空気を切る翼の音に、アベルが意識を戻して手を伸ばす。
「っ!」
「よし!」
 がっちりと手を掴んで振り上げ、背中に戻す。
「何やってんだ! …いや、寧ろ――――」
 デミファイが何かを仕掛けた。
 さっきまでの空中には黒い天馬に乗ったデミファイが剣をじっと見つめていた。
「……切れない」
「げほっ…えへへ…レイゲンが調合した硬化薬……服に塗ってあるからね」
「種明かしすんじゃねーよ」
「ほう?」
 レイゲンは無視して、デミファイが剣を再び構える。
「さっきも言った通り、ドラゴンが関わる事は確かに動きがあまり読めない。未来がわからない。俺達以上の力には予言が効かないらしい」
「はっ」
 鼻で笑って挑発した。
「皇帝様の能力も、大したもんじゃないな」
「……どうだと思う?」
 ニヤリ、と黒髪の奥で目が笑うのに、わけのわからない不安と恐怖がレイゲンの頭をよぎった。

 空気が切り裂かれる。

「!?」
 アベルの悲鳴にレイゲンは目を見張った。
「っく…ぁあああ……!」
「……流石に長年一緒にいただけあるな」
 飛散したアベルの血が黒髪を伝う。デミファイはそれを手袋で払い落しながら笑みを浮かべた。
「…どうして……そんな奴に簡単に向けられんだ…お前は!」
「俺を攻撃しようとしているのはそいつも同じだろう」
「違う! こいつは――――」
「レイゲン、」


 静かな制止が聞こえた。


「…あー、いいから、降ろして」
「…………」
「僕は間違ってないし、間違ってもいるんだから」
 乾いた笑みを零しながら、一瞬考える。

 どうしてこうなったんだろうね。

「……ったく!」
 息を大きく吸って、吹けばそれは炎の海を映したような吐息になる。
「!?」
「あっちぃ!」
 デミファイとエクシードの天馬が嘶いた。エクシードの馬は炎蹄のように暴れ、空で転げ回るが、デミファイの馬は致命傷を負ったらしく、流星のように落ちて行く。
「……ちゃんと、」
 生きろ。お前らしく。
 レイゲンは腰のポーチから薬を取り出すとアベルに押しつけた。
「――――落とし前つけてこい!」
「……ははっ」
 ぐい、と一気に飲んでアベルは瑠璃色の目を儚げに揺らげた。
「本当に、田舎臭いんだから」
 レイゲンは否定も反論も出来なかった。声を上げる前に降りて行くのはアベルも同じだったからだ。
「………ッ」
 きっとエクシードを睨んで見据える。天馬の体の一部が焦げているが、無事に暴れた状態を元に戻したらしい。
「お前が行けば、動きも読まれなくって良かったんじゃねェの?」
「そうかもな」
「だけど、こっちに残る理由はズバリ……」
 びしっ、とふざけた笑みを浮かべながらレイゲンを指差す。

「飛べるからだ。俺も、お前も」
「そうだな」

 実際は違う。
 さっきから戦いつつ思った。自分は彼には逆らえない。攻撃のチャンスはいくらでもあったはずなのに、体はほとんど応えてはくれない。
 確かにティグリスの言う通り、皇帝の所持品だった自分は人間を好むと引き換えに『皇帝』を護り通す竜になっていた。だからデミファイとは戦えない。

「なんだ、つまんねーリアクション! ほら、もっと、こう……」

 にやり。

「怒れよ、デミファイみたいに」
「……ッ!」

 こいつか――――歪みの主は。



『オレは、人間を殺さなきゃいけないのか?』
『……レイゲン、君は――――』

 酷い沈黙の後に、

『――――殺したいの?』
『違う』
『じゃあ、君は人間を殺す必要はない。傷つける必要も』

 アベルは言った。

『僕との契約に、そんなのはないでしょ? 君は従者で、僕のボディーガード。時々見世物になってほしいのが希望だけど』
『……お前な』
 本当に何にでも化ける奴だ。

 ああいう奴を人間というんだ。

 竜の炎息を荒げながら、レイゲンは本来の巨大な紅蓮の竜に戻った。喉と目が熱くなる。
『お前は人間じゃない!』







 屋根の上に降りた。パチパチと地獄みたいに燃え盛る城下町の一角。遥か上空では一頭の紅蓮の竜と黒い天馬が渡り合っていた。
「……アベル、」
 悲しげにマントを揺らす姿にも怯まず、アベルは言葉を紡いだ。
「アベル・メイカー『剣士』」
 力を発動させてから、屋根から飛び降り、地面に転がる。既に息がない兵士の手から剣を取り、構えた。
「……ティグリスがいるみたいな気分だ」
「あー、残念だけど、ここにはいないよ」
 彼女がいれば、情念を共有する力で怒りを押しとどめてくれたかもしれない。だが、いない。
「残念だけど、二人っきりだ」
「お前と二人っきりというのは、随分色気がないな」
 言って、剣を抜いた。
「さっさとするか。エクがドラゴンを留めているのも時間の問題だ」
「怖いんだ?」
 まだ恐怖を持ち合わせているのか。
 揶揄するアベルの言葉に呆れて、跳躍した。
「あのドラゴンは、皇室の物。恐れる理由はないな」
「あー、残念」
 いつもの口癖。

 睨みあって、一閃。
 剣が組あった瞬間に、この場合での勝敗がアベルにまで走馬灯のように見えた。
「っ、アベル・メイカー『錬金術師』!」
 剣を地に刺し、空気の質を変える。爆発音が轟き、水が合成される。巨大な水柱にも臆さないのに違和感を覚えた。


「…デミファイ・エンペル・フォン・プロペット『魔術師』」
 きぃん、と金属音のような音がして―――――水柱が一気に蒸発した。
「…………」
 同じ能力。
 さっきのスノウの力のコピー。
 造る者にしても、自分の一族に彼はいなかったはず。

 残る力はひとつだけ。
「俺が予言者だけで迫害されたわけじゃないのは、知っているだろう……?」
 本妻の子ではない、デミファイ。
 ひとつのピースがかみ合って、色を発する。アベルは思わず苦笑を零した。

「盗人…………かぁ……」

 スラム街の一部に継がれる、盗人の力。相手の能力でさえ、盗み、模写する。盗人の力は生きるためだけの力でもあり、賤しい力とされる。
 宮廷で認められるはずがない。
「この力を貶した奴等にも見せつけたいな。力を知らないくせに、恐れるただの人間のくせに――――見下す」
 怒りの滲んだ言葉に、アベルは心臓が震えるような気分を感じた。知らない内に涙が零れる。それを見つけた瞬間に、デミファイの剣を握る手が強まった。

「哀れむなァアアア!」

 悲痛すぎる叫びを受け止める事しか出来ないのかもしれない。
 剣で切られるなら本望かなぁ?



『ふざけるな』



 ……レイゲン?


「アベル・メイカー……」
 手を伸ばした。
 殺されても、彼の哀しみは消えない。
「『調教師』!」
 叫んだ瞬間に再び、空を切り裂く轟音がする。真っ逆さまに落ちてくる一頭の紅蓮の竜。鋭く並んだ牙に、初めてデミファイは戸惑いと恐怖を覚えた。
 火を吹き、剣が溶ける。
「ごめんね、デミファイ……」
 よろめきながら立ち上がり、アベルは笑んだ。
「でも、いい歳なのに駄々っ子は困るよね?」
「……!」
 一歩、後ずさる。
「レイゲン、後の一人は?」
『空の上にほっぽり出してきた』
「うわぁ、ちゃんと片付けて来てよ」
『お前が呼んだんだろうがっ!』


 そのやり取りに幻想を見る。


『デミファイ、お菓子食べないのー?』
『食えるか。俺はそんなの嫌いだ』
『じゃ、僕らで食べちゃうよ?』
『さんせー!』
『ちょっと待て! そんなに残ってるなんて聞いてないぞ!?』
『気を使ってくれたの? 私は嬉しいけど…』
『ばっかだな~♪』
『アベル、お前…………ッ!』


 懐かしい声がする。
「俺は本当に―――――」
 別の剣を構える。剣が向かってくる。



「何がしたかったんだろうな…………」
「……僕は知ってるよ」
 いつだって、この笑みが傍にいた。
「もう認めてくれない人はいないよ」
「…お前みたいな詐欺師が、ずっと傍にいれば良かったんだ」




 ぷつり、と体が開く。血溜まりに2人揃って倒れた。


『アベル! デミファイ!』

 紅蓮の竜の声が遠い。火の爆ぜる音がする。エクシードが天から駆けてきた。しばらくして――――何も感じなくなる。










「大体、収まってきたな」
 踊る者の能力で飛んでくる物を避けながらコーダは兵士を蹴り倒す。ティグリスは慕情や憐憫、情けに愛情や懐疑心を兵士の心に呼び寄せながら頷く。
「レイゲンとアベルが決めていればいいんだけどな」
「ちゃんと――――やってくれるわよ」
 意識を取り戻したスノウが荒い息を上げながら支持を与えた他のクーデター組の背中を見送りながら言う。
「デミファイとアベルは……唯一の親友だもの」
「……親友ねぇ」
 そうとは思えない、という言葉を、コーダは喉の奥に押しとどめた。だが――――



 大きな光が空を裂くような筋を作った。


「!?」
「なんだ!?」
「……あれは――――」


 王宮から伸びる大きな光の筋。


 紅蓮に輝く鱗を持つ竜の背で、デミファイはマントをたなびかせていた。その左翼にはアベルがいる。

「アベル・メイカー『演出家』」
 光の力に、音の反響術。もう彼の声は都中に広がる。何を言うかは、もう彼次第だ。
『俺は――――』


 何を言おうか。
 皇帝としてずっと君臨していたのに、さっぱり言葉が浮かばない。無表情のまま凍りついているデミファイに対し、レイゲンは僅かに背中を揺らせた。
「…っと」
『今はお前が御主人だ』
 睨みつけてくる怒りの冷めたヘーゼル色の目に睨まれ、デミファイは戸惑った。
『しっかりした奴が御主人じゃないと、誇れねぇよ』
「…………」
『子供の頃に教わったろ?』


 レイゲンの言う通り。
 娼婦の母は教えてくれた。宮廷で誰も教えてくれなかった事を。


『……法令は、取り消す。俺に――――皇帝に異論がある者は言え。拡声はされる』


 領土中にざわめきが広まった。


「とうとう尻尾を出したな! この薄汚い餓鬼が!」
「そうだ! 盗人の力を持っている!」
 事情を知っているらしい、逃げ纏っていた官僚の人物が何人か声を上げた。盗人、という言葉にスラムの人々が反応しているとも知らずに。

『俺は自分の血を誇りたい。皇帝の物だけでなく――――母の、娼婦の血もだ』
「そんな血なんか誇っても―――『黙れ!』


 竜の雷のような声が響いた。
『自分が自分でいて何が悪ぃんだ…? デミファイは皇帝に異論がある奴って言ったんだ。個人じゃねぇ。誰が戦火を引いたかわかってるのか……?』
「そ、それは――――」
『デミファイだけ、だとか言うのか? そんな奴等は人間とは思えねぇな』
 それならば遠慮ない。
「レイゲン、それすっごく悪役の台詞だからねー?」
『う、煩ぇ! お前は黙ってろ! だからな! つまり! 立て直したい。デミファイの全てを―――罪も血も全部―――ひっくるめて認めて、立て直したい奴は残れ。能力も人間じゃない奴も人間も関係ない』
「俺の言いたい事を見事に持って行く奴だな」
「ねー? すっごい田舎者でしょ?」
『黙れ、とりあえず黙れお前ら』
「…………俺もか?」
『お前は…………』
 黒髪の奥で、眼が初めて光を持つ。
『好きにしやがれ……』



 一歩。前に出る。
 ひとつ、息を吸う。

『俺が全ての元凶というのは否めない』

 ぶちり、と胸元の紋章を引き抜く。

『皇帝の座を降りても構わない』

 跪いて、剣を捨てる。

『ただ、彼の言う通りだ。俺は俺だ』




 乾いた空気に、その言葉だけが響いた。
 ひとつ、静かな拍手が起こる。
 ふたつ、更なる拍手が起こる。


「さてさて……」
 翼をもがれた馬を走らせながら、亜麻色の髪の騎士が恐怖を顔に浮かばせたままやってくる。ティグリスは虎の尾を僅かに振りながら、爪を舐めた。
「ウチはあの二人と同じくらい強い――――けど、」

 逃がさない。

「あの二人ほど、甘くはないんだ」

 血塗られた爪の跡では、一人、男が倒れていた。









 三ヶ月。

「アベルも、大変みたいだけど、知ってるか?」
「西の国との外交だったか?」
 デミファイは木の根に躓きかけながら問い返した。
「ああ。だからこうやってオレ達が動いてるんだけどな」
「……悪い事だったとは思っている」
「責めるわけじゃねぇよ」
「……」
 なんとなく、自分と彼は似ている。
「間違っちゃいない。少なくとも……最後の言葉はな」
「……やっぱり、あんたと旅に出て正解だ」
「所詮パシりだけどな…!」

 西の国に行って外交に行ったまま中々帰らない。西の国に威圧を与えないため、竜になったまま行く事はティグリスとスノウに禁止された。
 西の都まであと少し。
「これが終われば、あいつとの契約も終わりだ!」
「まだ終わってなかったのか?」
「『やだなぁ、都は西の都だよ? お馬鹿さん☆』………」
「……気の毒だ」
「だから! とにかく! 今回で終わりだ! 終わったら西の村に戻る! そこでガキと遊ぶからな!」
「……変なドラゴンだ」
「黙れ、このヘタレ皇帝」
「ヘタレらしく、あんたとその村に行くか」
「…………」
「駄目ならいい」
「いや……悪くない……。とにかく! 行くぞ!」
 今度こそ、と足を進めて――――奇妙な音に気付く。
「……非常に、嫌な予感がする」
 予言者の力が警鐘を鳴らす。デミファイの言葉に、レイゲンは思わず足を走らせた。
「待て、ちょっと待て―――――」



 山道を駆け下りて、街に降りれば――――



「あ、そうそう、もう少し看板を右にすればいいでしょ? で、あの位置にして――――」


「…………お前……ッ」
「アベル・メイカー……」



 東国皇室の紅蓮竜
 RAGEAIN SALAMANDRA
 近日公開! 閲覧料銀貨3枚



「…銀貨三枚とは……」
「そんな目でオレを見るな!」
「あー、レイゲン。ちょうど良かった! どうこの見世物小屋?」
 見世物小屋だと堂々言い切るアベルは、いっそ清々しい物があった。
 そしてそれだけで許すレイゲンでもなかった。
「……何するつもりだ?」
「えー、ずっと言ってたじゃん? 君を見世物にしたら素晴らしく儲かるよね! うん、絶対そうだって! 前売りを買う人がもう百人近くいるんだよ?」
「ふざけんなっ!」
「だってレイゲン、人間好きなんでしょ? だったら人間楽しませるために、華々しく!」
 せいぜい華々しく。
 村を出た頃に思った。確かにそう生きる事が希望だった。

 ……だが、こんなのは違う。絶対に違う。

 ぶつり、
「あー!」
 首から自分の牙で作った補強魔法の首飾りを外すと、体がどんどん膨張する。紅蓮の竜の隣でため息をつく皇帝に、珍しく建築物の上で慌てるアベル。
 その表情に少しせいせいした。
『いい加減にしやがれ……』

 尻尾を思いっきり揺らし、昼食時で人のいない見世物小屋に当てた。ばらばらになった木の破片に、人々は驚き、デミファイは呆れ――――アベルは残念そうに跳んで、別の家の屋根に避難して笑った。



「よしっ、もう少しいい感じの小屋を作ればいっか♪」
『この童顔守銭奴―――――ッ!』



 人間を愛する異端の竜を含めて、誰とも違う存在が今日も生き続ける――――そんな世界がある場所で、色付いていました。





                      Fin


 COLORATURA MR 完結です。
 ありがとうございました。

プロフィール

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奏 Euph
割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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