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Fly higher than the sky.


2

遅刻


『……最悪だ……』
 一時間の遅刻・電池残量8%・チャージ金額不足・休日・乗車率198%。本日の高瀬ヒロカよりも哀れな鳥は、かなり少ないのではないだろうか。当の本人は地下鉄の一角で一刻も早く着いてくれと祈るポーズをしている。
 それにしても隣でイヤホンをしている鳶の翼が非常に邪魔だ。こんな地下鉄に乗るだけで、殆ど使っていないのならさっさと切り落としてほしい程だ。これ見よがしにスポーティーなタンクトップ一枚で、これぞまさしく『これから飛行です』アピールだ。
 わっさわっさと背中に当たるハクトウワシの羽にヒロカがいい加減うんざりする頃、ようやく目当ての駅に着く。
 精算所の長蛇の列に、不快の表情は隠しきれなかった。先頭ではよりによって年寄りのハトが頑張って列を処理する仕事に徹している。努力は認めるがキャパシティオーバーなのは否めなかった。ギリギリと嘴を軋ませていると、後ろからはきはきとした声がする。
「高瀬先輩じゃないっすかぁあああ!」
 不躾に顔を覗き込んできたお喋りで名高いセキセイインコの男には、よく見覚えがある。無礼な後輩の顔にため息を禁じ得なかった。
「なんすか、そんな海のどっかの海溝よりも深い、とびっきりのため息なんか吐いちゃって~」
「休日くらい、研究室の面子から離れた所にいたかったの」
「研究室って言ったって、俺ほど不真面目じゃ面子の一人にだって入れませんって。先輩程真面目じゃないですしー? おこぼれおこぼれ、って言ったじゃないっすか! あれ、言ってないっけ? あれえ?」
「二十回は聞いてるから安心してちょうだい……」
 インコの後輩――――尾田カズオミは洒落た金髪に染まった頭を、薄緑色の翼が生えた手でポリポリとかく。
「精算、くっそ混んでますねーチョーだるいっすねー」
「そう、ただでさえ遅刻なのに……」
「おおお? なんか待ち合わせっすか?」
「そう。尾田君も待ち合わせ?」
「イイエ。俺は折角暇なんで飛こ―――――…………ぅ機。そう、飛行機でも観に行こうかなって! 今回超カッコイイ飛行機飛んでるんすよー! 研究室柄そういうのに興味持つのって悪くないっすよね? ね?」
 インコらしく早口でまくしたてる。これだから彼は、嫌いにはなれない。
「気にしないよ。いいね、あんたは」
「あーーーーーーーーー……すんません」
 眉を下げて率直に謝ってくるが、ヒロカは慣れていた。現実で大人気スポーツの名前を聞くたびに発狂していたのでは、おちおち研究はおろか与えられた調べものだって出来ない。
「待ち合わせっていえば、電話とか通じました?」
「メールは送ったかな。今まで見てなかったけど、返って……」
 タッチ式の端末をポケットから取り出して、メールを見ると、短い文章で要点が簡潔に書かれていた。
『ゴメン! あたしもっと遅れるから、待ち合わせのビル前で時間潰してて……!』
「…………」
「二度寝しとけばよかったって顔しちゃって、どうしたんすか」
「……待ち合わせそのものが遅れそう」
 ありうるとは思っていたが。途端に近く感じられた精算所の列が進むのに合わせていると、隣で尾田が嬉しそうに高い『キー』という音を出した。ヒロカは眉をひそめて窘める。
「鳥系の音はマナー違反だって」
「すんませんってぇ。でも、嬉しくってですね!」
「私の不幸がぁ?」
「イイエ。あ、ハイ。待ち合わせまで暇なら、ちょっと俺と遊びません?」
「生憎、インコの遊びって好きじゃないの」
「この辺りで待ち合わせって、あっちの幕張ツインビルじゃないっすか。美味しいケーキ教えますから、お願いしますよー」
「…………」
 しっかり断っても、ついてきそうだ。インコとはそういう、一秒の暇も苦手な種族だ。暇つぶしに遊ぶために人ごみに飲まれる神経は疑うが、尾田の執念は折り紙つきだ。
 前に並ぶ鳥も、あと一人。
「……つまらなかったら、さっさと飛んでって」
 精算所のハトに話しかける前にヒロカがそうぼやくと、後ろで大きな『キー』が聞こえた。
 ようやく精算を済ませ、改札の外に出ると、せかせかと歩く鳥達であふれかえっていた。休日だから、当たり前だろう。都会には珍しい、絶好の飛行スポットも近くにある上、テレビでも紹介されていたツインビルも目の前だ。
 エスカレーターでヒロカ達が地上に出れば、待っていましたとばかりにさんさんと日差しを浴びて煌めくビルが出迎える。ゴツゴツした鳥の手で眼鏡を押し上げ、ヒロカは煌びやかなそのビルに目を細めた。目覚めてからまだ一時間も経っていない目に、この光は強すぎる。
「うっひー、やっぱすごいっすねー!」
 さっきからずっと無視していたが、ふと気付いてやると、尾田は当たり前の事を挟みながらずっと喋っていたようだった。
「知ってますか、先輩? このビルってですね、今じゃむちゃくちゃ有名っすけど、まだ知名度が低かった頃から、結構ドラマでも使われてるんすよ? 特に屋上! ヤバいんすよもう! どんだけヤバいかっていうと、屋上の柵から一緒に飛び立って永遠の愛を誓うとその愛は誰にも破られる事はないっていわれていましてですね、飛んじゃって警備員に怒られるカップルも後を絶たないんすよ~。ロマンっすよねえ~」
「あ、そ」
 尾田の長いお喋りを2%にも満たなさそうな短く低い声の応答で返し、ヒロカは辿りついたビル前の案内板に目を通した。待ち合わせは無駄に高い四十階建のこのビルの二十階だ。エレベーターの文字を見て、少し安心した。
「あれ、ここって一部飛行禁止なんすか。意外っすね~」
「屋内でスポーツやる馬鹿の気がしれないわよ。……私から言わせれば」
 ヒロカの言葉で、また一瞬セキセイインコの口が閉じるが、あくまで一瞬だった。バサッと翼を軽く広げ、尾田は金茶色の手先で一番近くのエレベーターのボタンを押す。
「ニワトリって大変っすね。……俺から言わせれば」
「…………」
 ぶすっとした表情になるだけで、感情的に怒ったりはしない。大体いつも仏頂面でいるが、ヒロカが対人関係に波風を立てるような事をしないのは尾田でさえも知っていた。特にほぼ毎日顔を合わせる尾田ともなれば、なおさらだ。だが、不機嫌になるのは止められない。仏頂面のまま口を開こうとしないヒロカに、尾田は翼を落とした。
「いやいや、別にニワトリだって普通に飛行鑑賞するじゃないっすかー。教授だって、飛行大好きじゃないっすかー。つか先輩も気にしないとか言ったじゃないっすかー」
「私の価値観にどうこう言わないでよ……。面白いからって漫画を勧めて、それが私の趣味に合うかとか別の話でしょ?」
「俺はフツーに、高瀬先輩と漫画――――じゃない、飛行鑑賞楽しみたいだけなんすよー」
「あのね、私が気にしないからって、空気読まなさすぎ。物理的に、無理な事を、どう楽しめって言うの」
 セキセイインコがさらに何か言う前に、エレベーターは二十階で止まり、ドアを開いた。ドアの先には数年前にアーティストが手掛けた、透明な素材がふんだんに使われた、解放感のある吹き抜けを中心にして橋を渡すように、何軒ものブランドショップや甘い香りを漂わせる喫茶店が並んでいる。華奢な柵が飾りみたいにつけられた橋を渡りながら、ヒロカはこんな設計を施したアーティストは絶対にニワトリやペンギンではないと確信する。
 せかせかと歩くヒロカに肩を竦め、尾田は急いで隣に並んだ。
「ごめんなさいってすみませんって。ほーら、高瀬先輩、あっちっすよ。超美味いモンブランがあるんすって」
 甘い物、と聞いて少しだけ歩調を緩め、ヒロカは羽毛が泡立つのを感じた。
 中で外の風景や、芸術的なビルの内装を窓から楽しむ鳥達は、つがいやらカップルやらが山ほどいた。セキセイインコを横目で見る。
「冗談にも、程があると、思わない?」
 皮肉った表情で、声音で、一言一句はっきり言ってみせたが、尾田には暖簾に腕押しだったらしい。首を捻って別の店を指差す。
「じゃあ、もう一軒オススメなのがあっちの右にあるトコなんすけど」
「そういう意味じゃないっ!」
「うひゃっ」
「あんたの事は嫌いじゃないけど、一緒にああいう場所に行けるかって言ったらそういうもんでもないでしょ? それっくらい常識的に考えて。いい?」
「で、出ました……高瀬先輩の、常識攻撃……」
「はっ倒されたいの?」
「ややや、そういう意味では決してなくてですね。俺は純粋にあそこのケーキがオススメなんで、高瀬先輩にも食べてもらって喜んでほしいなーっていうキワメテ純粋な気持ちで動いてるんす! ……ハイ!」
「あーそう。じゃあ、別にテイクアウトでもいいね」
「え」
「じゃ、これ私の分。六百円で足りるでしょ」
「先輩……」
 何か言いたそうな尾田の手に小銭を握らせ、ヒロカは今日一番の笑顔で手を振った。
「それじゃあ、私の分はよろしく。タルト系が好きだから♪」
「……あいっす」
「……何さ、その顔」
「やーいやあー」
 眼鏡の奥で目を細めるヒロカの視線から逃げるように、尾田は視線を泳がせた。
「いやあ、先輩、可愛いなってー……そんな顔されたらイチコロっすよ、俺」
「……悪いけど、成績が悪い留年候補は嫌いなの」
「そんなぁ! 先輩、辛辣!」
「だからとっとと買ってきて!」
「ハイ! もー!」
 ブツブツと独り言を忘れない辺り、インコだ。小銭を握りしめたまま、飛行禁止地帯でもないのに、ヒロカを気遣ってせかせかと足を使う。
 近くの休憩用の椅子に腰かけ、ヒロカは吹き抜けになった空間を見上げる。ビルの中なのに、何十人もの鳥が飛び交っている。最近は羽を染めるのがちょっとしたブームで、流行カラーのオレンジ色がよく目立つ。
 ショッピングを楽しむグループやカップルの間を、女性ボーカルの曲がBGMでかかっていた。
『マリカだ』
 まだ少し眠い頭を起こそうと、思考する。音楽プレイヤーには、彼女の――――大人気歌手ことMaricaの曲ばかり入れている。安っぽい歌詞を書いているプロデューサーだかアーティストだかの腕は疑うが、彼女の声は素晴らしい。やや幼い、可愛らしい高い声なのに、はっきりとした熱が籠った歌声。イヤホンで聞くと、頭の中に浮いては消える儚さもわかる。
 その辺の柱に貼られた巨大なポスターにもあどけない顔のカナリアがいて、『Marica』のロゴと共に化粧品の宣伝に徹していた。
「先輩?」
 尾田が見下ろしてきて、Maricaの世界は消えた。無表情――――むしろ心地よさそうだったヒロカの眉間に寄った皺に、尾田はうへえ、と舌を出した。
「もー! そんな顔しないでくださいよー! 俺だって結構落ち込むんすよ!?」
「……元々あんたを喜ばせるつもりなんかさらさらないんだけど……」
「悲しいっす……」
 そう言いながら、いい匂いを漂わせる紙袋をヒロカに渡す。インコの中でも鮮やかな尾田の黄色い手は、ちょっと目がちかちかした。
「ブルーベリー?」
「大当たりっす」
「ありがと、いただきます」
 自分の好物を把握されているのもそれはそれでどうかと思うが、研究室であれだけブルーベリージャムのサンドイッチを食べていれば仕方ない。これだけ食べているのにちっとも目は良くならないのだが。
 紙袋の中から姿を見せたブルーベリーのタルトに、ヒロカの舌は口内に唾を垂らした。口に入って、唇で隠れたクチバシがいい香りのするタルトを砕くように齧ると、その向こうに甘酸っぱいブルーベリーの味が広がる。下に隠れていたカスタードの甘さもちょうどよく、こんな一等地を射止めた理由がよくわかった。
「いかがっすか?」
「尾田君にしては上出来。90点」
「やっりぃ! ちなみにあと10点は?」
「あんたがいる事でマイナス」
「……悲しいっす……」
 聞いたセリフを繰り返して語彙力の低さを露呈しながら、尾田は自分用のコーヒーを啜った。
「先輩の待ち合わせの人って誰ですか?」
「んー、友達」
「や、そりゃわかりますけど。もっとディティールをですね」
「そーねー。あんたって昔っから仲がいい友達とかいる?」
「いますよー。うちの学校ですと、萩原と、市之瀬と、あとうちの学校じゃないっすけど、南谷と、あとコーちゃんとー」
「無駄な名称を私の頭に入れないで……まあ、そういう感じ。男の人で言うと、腐れ縁? そうでなくっても、友達とか、気の置けない仲」
「出身同じなんすか? どこでしたっけ?」
「……長野」
 前に何回も言った気がする。このトリ頭、と以前言った時と同じように心の中でなじったが、尾田はその時と同じ反応を示してみせた。
「長野っすか! やっべーすね! クソ田舎じゃないっすか! 電車通ってるんすよね!?」
「あんた、毎回思うけどどんだけ長野馬鹿にしてんのよ!」
「だって~……海ないですし、飛行するにしたってフライダイビングは出来ないじゃないっすか」
「諏訪湖ってでっかい水たまりがあんの」
 湖には中学の時に見学で行ったことがある。平日なのにも関わらず飛行に興じる大学生やら社会人やらで賑わっていた。いくつかある飛行競技の中でもややマイナーなフライダイビングなのに、長野県中のフライダイバーがよく集まっていた。クラスの男子がいつかダイバーになってオリンピックに行くと豪語していたっけ。
 そんな幼心に神聖な場所をでっかい水たまり、と形容するのは割とぴったりだと自信があった。そもそも海だってでかい水たまりみたいで、世界の陸地なんか3割。水たまりに浮いている泥や石みたいなものではないか、と常々ヒロカは思っていた。へー、などとどうでも良さそうな声を出して、尾田は珍しくちょっとだけ黙った。
「……湖でやってるの知ってるくらいには、飛行の事知ってるんすね」
 今度はヒロカが、ちょっと黙った。
「……あんたにそんな頭使う事が出来るなんて知らなかった」
「別にカマかけたわけでも、嵌めたわけでもないですって。ただの感想っすよ。先輩、飛行に過敏すぎっす」
「ハイハイ、そうかもね」
 これ以上彼と一緒にいられる気がしない。馬鹿正直な尾田は好きではないが、このこみあげる僅かな憤りを制御するには、ブルーベリータルトだけでは足りそうにない。ガツガツと少しみっともない食べ方をするヒロカに、尾田はやたら大事そうにコーヒーを手で包んでとんでもない事を言う。
「でも、俺、そーゆーヒロカ先輩、結構好きなんす」
「ッ……どーも」
 むせかけたタルト生地を喉に押し込み、ヒロカは冷静に尾田を見下げる。
「でも冗談は休み休み言って」
「や、冗談じゃないですって。少し考えてくれるだけで、超嬉しいっす」
「悪い事言わないから別のインコにいいなって。あんたブサイクじゃないんだから。あんたのお喋りに付き合える程のニワトリじゃないの」
 自分の精神衛生を鑑みた結果は明らかだ。オスには申し分ない顔立ちをしているが、男女の仲で四六時中一緒にいられる気がしない。何より同じ研究室の同期にニヤニヤされるのが目に見えて癪だ。これだけ理由がずらりと並んでいるのに、困ったように笑って食い下がる尾田に、一秒一秒鋭利な心が削られていく気がする。
「ヒロカ先輩が真面目に顕微鏡見てる横顔とか、好きっすよ?」
 こいつがインコだからだ。インコで、口先が慣れているから、こんな馬鹿みたいな台詞だって、嘴が震えそうな言葉だって、今日の天気みたいなノリで話せるんだ。
 私がニワトリだからだ。今までニワトリで得をした事なんか一度もないから。そもそも私自身をちゃんと見ていてくれた親族以外なんて、あの友達しかいなかった。
 こいつが一応オスだからだ。
「先輩?」
「…………黙って。ちょっと黙って」
 翼もないから逃げることだってできない。鳥が鳥人間に進化していく前からそうだ。ニワトリは食べられるのみで、生きる術なんて殆どない。今だって、食べられる寸前。
 尾田がにやにやしているのがわかる。ちら、と見上げると見事にその予想は当たった。顔を直視するのが辛くなり、逃げ場を探って辺りに視線を泳がせる。せめて、冷静に考える時間を―――――
 そう求めた先に、彼女はいた。
「……先輩?」
「…………まりか」
「え?」
 流行りの帽子から零れ出る金色の長い髪。同じ様に金色に近い薄黄色の翼は、染めたあとが一切なく、天然なのだとひと目でわかる。帽子でも眼鏡でも隠しきれない、ため息が零れる程の美しさは、まさしくカナリアだ。細く、しなやかでどこか幼い体がフロアに降り立ち、少し辺りを見回した。と、ヒロカと目が合うや否や、大きな眼鏡の奥を輝かせて、ぶんぶんと大きく手を振る。
 救世主! と言わんばかりに尾田から離れ、ヒロカは気を引き締めるように眼鏡を押し上げて歩み寄った。
「ヒロちゃん!」
「マリ、あんたね……なんつー危なっかしい……」
「ごめ……だって、ヒロちゃん待たせてると思って……」
 ヒロカと同い年であるはずのその鳥は、ヒロカには絶対真似できない可愛らしい仕草で半笑いし、思い出したように勢いよく頭を下げた。
「そうだ! ごめんね、ヒロちゃん! 私、むっちゃくっちゃに遅れて、本当、ああもう言い訳なんてしないけど、ほんと……わわっ」
 バサッとパステルカラーの帽子が落ちるのに、また慌てた。肩を竦めて帽子を拾った所で尾田の存在を思い出す。
「尾田君、悪いけどまた……」
「マリカ……だ……」
 インコなのを疑う程に、茫然と絞り出した声。呆けた顔は、フロアの壁に貼られたポスターに映るのと同じ顔のカナリアを目前にし、震えながら飛行用と思しき高感度なカメラをポケットから取り出す。ヤバい。ヒロカは直感した。
「マリ、うちの学校わかるよね?」
「え、うん……」
「もしはぐれたら――――――」
 その先を言える事はなかった。限られた時間で引っ掴んできた新しいジャケットを纏ったヒロカの体を、尾田が押しのける。
「ま、ママママママママリカさんですよね!? 俺、大ファンっす!! 先月のアルバム買いました! 大好きっす! ツアーも行きました!! さ、サイン……サインを……! あと写真お願いしていいっすか!?」
「え、えええ……っと……」
 困り顔のマリカの周りに、一人また一人と、鳥達が群がってくる。
 まりか?
 マリカ?
 あの――――Marica?
「サイン……」
「やっべ、本物だ……」
「幕張でマリカ発見……っと」
「すご、超かわい!」
「マジヤバイ!」
 集まってきた声を見渡して、取り繕うように困った顔をして、マリカは金色の翼を広げた。
「あ、ありがとう、ごめんね!」
 そう言って、フロアを軽く飛び立つ。その速さは、カナリアにしては恐ろしく早かったが、負けじと集まった彼女のファンも色とりどりの翼を広げた。
「マリカ!!!」
「ちょ、追いかけなきゃ!」
「待って!」
「マリカちゃーん!」
 馴れ馴れしく呼びやがって。
 さながら雀の大合唱。そんな楽団の行進を、ヒロカは下から傍観していた。カラフルな点描のようなその群れは一人の金色の鳥を追って、警備員の注意なんてどこ吹く風。ああ、外まで出て行った。何かが転がる音もする。
『振り払うのは大変そう』
 達観した心持ちでマリカの身を案じるが、前にも似たような事は慣れる程度の回数はあった。彼女も首尾よく、あとで落ち合えるだろう。
 軍勢が倒して行った植木などを戻す従業員や、マリカの追っかけと思しき親に残されたヒナ鳥を保護する従業員から八つ当たりのひと睨みをいただかないべく、早めに退散する事にした。
 ふと、さっき尾田が勧めてくれた店の前を通りがかると、そこは唖然とする店員がいるだけで、同じ店とは思えない程だった。これなら入っても良かったのに、などとくだらない事を考えてしまう。
『……ったく』
 マリカの帽子を被って、すっかり誰もいなくなったフロアのウィンドウに映る自分を睨む。とにかく幻滅した。尾田にも、絶望的にパステルカラーが似合わない真っ赤な髪の自分にも、ニワトリにも。
 帽子はすぐに取って、鞄の中に大切に入れた。大学に帰ろう。
 そういうもん。昔から知っている通り、所詮ニワトリはそんなもんだ。








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プロフィール

プロフィール画像
奏 Euph
割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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