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林檎コンビ格納庫


ハジメテについて√♀


「別に、君が私の初めての相手だったわけではない」
 どういう経緯でそういう話に至ったのか、そんなのはどうでもよくなった。後ろめたさも何もなく、ローズの口からなんでもない事のように飛び出したそれに、ジャックは空いた口が塞がらなかった。
「……変な顔をして、どうしたんですか」
 自分がどういう顔をしているか、なんて、鏡になった窓を見ればわかる。ぶんぶんと首を振って、ジャックは気を立て直した。
「いやいや、そういう冗談はいらなくてだな、ローズ?」
「冗談に聞こえるなら、そうしておけばいいさ。男性はパートナーの昔の相手の話なんか基本的に聞きたくない。というのは、どこかで聞いたよ」
 どこで聞いたんだ、というような言葉よりも、鉄を飲んだような重さがジャックの喉を塞いだ。鏡を見るのも嫌になって、窓辺で乱された髪を梳かすローズに背を向けて寝転がった。寝転がったところで喉元の調子が良くなるわけでもなかったが。
「……俺じゃなかったのかよ……」
「てっきり、知っているのかと」
 いつも通り、照れも焦りもないローズの声が、寝転がる肩にのしかかってくる。
 考えてみれば当たり前だ。溜息を吐けば思い出す程度に、彼女が美人なのは知っている。知っているのが自分だけ、なんて甘い考えだった。
「そんなに落ち込む内容か?」
「ったりめーだろ……だって、俺はなあ! ……」
「…………君は?」
 恥だ。
「……俺は、お前が、初めてだった……」
「…………いや、知ってるが」
「はあ!? い、言ったことないぞ!」
「言われなくても、コンドームの付け方の説明書を読んでいる時点でわかりますし、ねえ?」
 声のトーンが少し変わって、笑われているのがわかる。別に彼女が悪いわけではないし、事実、何も言い返せない。
「…………お前が、初めてだったのに……くそう」
 もうローズ以外、抱く気なんかないのに。彼女も同じはないのは、過去であってもフェアじゃない。
「はあああああああああ、カッコ悪いな……俺……」
「なに、今に始まったことじゃない」
「あー、ハイハイ! ほっとけ!」
 不貞腐れて、ジャックは肩をつっぱる。よっぽど、悔しいのかなんなのか。気付いていないだろうが、ツヤツヤの鏡面仕上げをされた家具に、彼のもやもやした表情が映っている。ローズにも、よく見えた。
 彼女は、すん、と小さな溜息を吐いた。
『君はどれだけ、私を――――』
 自分でそこまで考えて、にやけてしまう。
『―――好きなんだい?』
 不貞寝するジャックに近づいて、横に手をつく。ようやくこっちに目を向けたジャックに笑いかけると、またそっぽを向く。
「あの日が、初めてだったさ」
 ごちゃごちゃとピアスを付けた耳に、少しからかうような声が届いた。
「……そんな嘘じゃ、誰も騙せねーぞ」
「嘘じゃない」
「だって、お前さっき――――」
「あの日まで、夢の中で、君といたした事があった」
 きょとん、としたジャックの目が、ローズの目と合う。

 紹介されて付き合った男がいた。胸もない、愛想もない女には最低限の性欲以上の興味を示さなかった。
 痛みと圧迫感しか与えられなかった。
 ああ、間接的に金は貰ったか。娼婦とかわらない。
 せめて、君だったらと夢想した。

「初めてだったさ」

 ずっと、夢にみた光景だった。背中に手を回させてくれたのも。汗っぽい肌をくっつけてきたのも。全身やさしく撫でてくれたのも。私の名前をずっと呼んでくれたのも。

「現実になったのは、あの日が初めてだった」
 耳にとろけて落ちる、チョコレートみたいな声が脳をくすぐる。ご機嫌の猫みたいに笑って、ローズはジャックのうなじをくすぐった。
「……と、これで、どうですかね?」
「これで、って、いや、そういう冗談はいらな……ッ」
「……どうかしました?」
「や、」
 起き上がって、固まったジャックの顔は、青いような赤いような。優しく、だが絶対に離してくれない強さで、彼はローズの肩を掴む。がーっと赤くなった顔で、目を逸らしながら、
「勃った……」
 とか言うもので。
 ローズは呆れもせずに、また笑った。
「私が、処女じゃなかったとか、そうじゃないとか、云々言っていたが、その件はもういいのですか?」
「いい」
 ぎゅ、と肩を掴む熱さが、なんとも心地いい。
「――――じゃあ、なんとかしますか」
 嘘じゃないのは、ローズの声でよくわかる。冷静ぶっているが、甘さが隠れていないその声。
「お前って、割とかわいい」
「……ご冗談」

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プロフィール

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奏 Euph
割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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