林檎コンビ格納庫
観察日誌
一月二十日
ジャックの寝姿が面白いから、観察日記をつける事にした。
寒い朝だというのに、昨夜は何回も起きて私に布団を寝ぼけながら押し付けてきていた。寝るたびにまた引きはがすものだから、ちっとも眠れず今に至る。
もうすぐ朝六時だ。ちょっとオフィスに用がある。行かなくてはいけない。メモを残してひとまず出ていこうと思う。一時間、彼が寝ていてくれればいいが。
二月四日
ジャックがベッドから転げ落ちた。
その落ち方がなんとも面白くって、笑いを堪えるのはちょっと大変だった。寝ぼけて何か追いかけるように、自分から落ちた。起きると思ったが、そのまま寝てしまったのがまた愉快だった。
四月六日
昨日は夜更かしした。長らく会っていなかった気がする。前回からひと月以上空いてしまったからそれもそうか。しばらくしたらちょっと出張だ。また、会えないだろう。
――――今日は、寝言を言っていた。内容は、よくわからない。
四月七日
仕事が早めに終わってジャックに会いに行った。昨日は合鍵をもらった。さっき貴重品入れに入れておいた。それにしても、いまどき古めかしい。最近はカードキーや声紋認証が主流なのに。いくらでもコピーが作れそうな鍵だ。
それを使って会いに来てみたが、ジャックは寝ていた。時間が少なく、起こすのも申し訳ないため、特に何もしなかった。二十分ほど、ずっと見ていた。
一度だけ、私の名を呼んでくれた。
五月二十七日
やりすぎたとは少し思っている。
五月二十八日
昨日は起きたとき、昨夜の件で少し怒られた。今日は何もしないで一緒に寝た。髪によだれを垂らされるのはいただけない。
行為の時とは違う声で、私の名を今呼んでいた。
「なんですか?」ときいてみた。答えは、ない。聞き取れないことを言うばかりだ。ずるいじゃないか。
六月二日
帰ったらソファでジャックが寝ていた。合鍵の悪用に入るのだろうか、これは。最初の段階でどういう具合に寝始めていたのか疑問に思う。足が上を向いている。
いつものことながら風邪を引きそうな格好だ。毛布を取ってこなければ……。
六月十八日
拳が当たって起こされた。まだ寝始めてから三十分くらいしか経っていない。正直に言おう、割と苛立たしい。(その後で私の名前を呼んでなかったらすぐにでも起こして) あと二時間経って、私の方が早く起きるだろうから、目には目を、とでも言ってやろうか。
六月二十八日
寝言でも、髪を引っ張られたとしても、そのまま「好きだぞ」なんて言われたら、割と嬉しい。普段言われ慣れていないから、余計にそうなのかもしれない。どんな夢を見ているのかもわからない。けれど、
七月十日
この前は途中でジャックが起きた。
今日はうつ伏せで枕を抱きながら「エビフライが食いたい」だのどうこう言っていた。昨日食べたでしょうに。足りなかったのだろうか。それと、私を枕扱いしないでほしい。悪くはないが、そういう問題ではない。
九月二十日
九月も終わりになってそろそろ寒くなる頃かと思いきや、今日は全然寒くない。というのも、熱い布団がいる。重いし、汗でべたべたするが、―――――いや、重いばかりだ。まったく。
よだれは勘弁してくれ。
十一月一日
今日はジャックがハロウィンだからといって、チョコレート菓子をたくさん買い込んできた。仕事の疲れは彼にも溜まっているらしく、お菓子を齧りながら寝ていた。かくいう私も結構眠い。
今日もまた、ベッドから落ちそうだな、彼は。落ちて起きるか、それとも起きないかわから
(チョコレートの跡がついている)
落ちて、起きた。漫画だったらきっと、ジャックの鼻提灯がぷっつりと消えたところだったろう。いつかは頭から落ちたが、今日は肩から落ちて、首がぎゅっとくるような痛みはない。
「…………てて……」
身じろぎすると、そのままベッドから足も一緒に落ちてくる。ずでん、と小さな音を立てて、ジャックの全身は床に転がった。むっくりと上半身を起き上がらせて、彼はぱしぱしと瞬きをした。
『ねみ……』
寝ぼける視界で時計を探すと、まだ五時だ。寝直そう、と頷いて、ベッドによじのぼった。そこで、ベッドサイドに腰かけている見慣れた背中が見えた。
「……ローズ?」
こんな時間に、お前起きてんのかよ、と揶揄するように声をかけてみるが、返事はない。ひょっとして、と思うと、少し目が覚めてきた。
そぅっとベッドを回り込んで、ローズの正面に立ってみる。俯いている顔を、音をたてないように覗き込んで見ると、世にも珍しいものを見つけた。ローズの寝ているところだった。綺麗なまつ毛が閉じられており、少しだけ開いた口の端には、チョコレートが少しだけ付いていた。床に目をやると昨夜開いたポッキーが、齧りかけの状態で落ちていた。
それを拾い上げて、ジャックは口に入れた。
『だいぶ疲れてんじゃねーかよ』
久々に会えたのは、嬉しくなくもない。
寝顔にお目にかかれたのも、まあ悪くない。とはいえ、昨日会った時の似合わないくまの出来た顔は、ジャックを心配させるには十分だった。
寝てろよ、と言っても、ローズは首を横に振った――――長く付き合ってようやくわかったが、こいつは意外と強情だった。こと、自分に関しては。
照れる考えを振り払うように首を横に振った。
ポッキーを飲み込んで、どうこの状態をベッドに引き戻してやろうかと思案するジャックの目に、手元のノートが触れた。
こんなとこまで仕事なんてご苦労な――――と思ったところで、その端っこに「?」が浮かぶ。
七月十日
この前は途中でジャックが起きた。
『なんで俺の名前?』
起きるかもしれない、なんてことも忘れて、ローズの左手からそのノートを取った。よっぽど疲れていたのか、手からノートが消えたことにも気づかずに眠っていた。
ぱら、と少しめくっていく――――
めくっていく―――――
……めくって――――ジャックはどんどん、自分の顔色が赤になったり青になったり、するのを感じた。
最終的に、一月二十日のくだりを見て、はー、とため息を吐く。半年以上前から、何をやっているんだか。
『暇な奴……』
ヘンタイかよ、と思いながら、顔を手で覆った。
そういえばそうだ。
疲れているくせに、こいつは自分より早く起きてばっかりなのも思い出す。ちら、ともう一度、ノートを見下ろした。
六月二十八日
寝言でも、髪を引っ張られたとしても、そのまま「好きだぞ」なんて言われたら、割と嬉しい。普段言われ慣れていないから、余計にそうなのかもしれない。
朝の陽ざしが瞼を突き抜けてくる。はっとしてローズが顔をあげると、目の前の時計が朝の六時を告げていた。
「……仕事だ」
今日は早く終わらせて、明後日は空港に行かなければ――――と考えたところで、ノートの存在を思い出した。今日は途中で寝てしまった事を書かなければ。
ぱら、とノートをめくる。今日のページで止まった。
十一月一日
今日はジャックがハロウィンだからといって、チョコレート菓子をたくさん買い込んできた。仕事の疲れは彼にも溜まっているらしく、お菓子を齧りながら寝ていた。かくいう私も結構眠い。
今日もまた、ベッドから落ちそうだな、彼は。落ちて起きるか、それとも起きないかわから
(チョコレートの跡がついている)
お前俺のことどんだけ好きな
この前、ヤッてる時にぶん殴って悪かっ 後でチロルチョ
ヘイ、ローズ すきだ
汚い走り書きと、修正の黒い線の嵐だった。くる、と首を回して後ろで寝ているフリをする彼を見やった。
まあ、そのフリに乗っておきましょう。パタン、とローズはノートを閉じて笑った。
「愛していますよ――――ジャック、あなたのこと」
狸寝入りを決め込む彼の肩がぴたり、と止まり、がっと耳が赤くなる前に毛布をかぶった。それで十分だ。
十一月十六日
仕事を早めに切り上げて、彼の家に来てみた。
今日こそジャックは起きていた。だいぶ、嬉しい事を言ってもらえた。なんといっても、寝言じゃない(笑)
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プロフィール

- 奏 Euph
- 割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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