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林檎コンビ格納庫


Colorful


 合鍵をフル活用して、ジャックは普段使われることなどない台所で、豚肉が焼けるにおいを漂わせていた。キャベツと豚肉ともやしを味噌で焼いただけの野菜炒めなのに、ローズはこれが大好きだ。皿に盛りつけたこれを見れば、にこにこ笑いながらいただきます、と言うだろう。
「あち」
 と、ぼやいて皿に盛った。これで完成。ガスのメーターを少しだけ上げ終わった。
 カチリ、とコンロを止めて、皿を食卓に用意した。前はもっと生活感のないローズの部屋だったが、ジャックが色々と持ち込んで、少しは息がしやすいようになった。流石にビールをダースで持ってきたときには顔をしかめられたが。
 さっき連絡が来た。もうすぐ帰ってくるのをそわそわ待つでもなく、ごろんとふかふかのソファーに横になって音楽でも聞きながら。
『そーいえば、』
 あいつ、表情豊かになったな。
 ごろり、とプレイヤーをいじりながら、流れてくる音楽の音量を調節する。
 ローズの顔は、頑張らなくても思い出せた。
『飯に、あんなににやにやするようになって』
 あいつの笑顔は、意外とバリエーション豊富だ。そのバリエーションは差が微妙過ぎて、わかりにくいが。
『あ、別に表情が増えたわけでもねーのか?』
 自分が気付くようになっただけかもしれない。耳に流れ込むハウスミュージックのギュイーンと一緒に、うーん、と首を傾げた。
『けど、それだけじゃねーよな』
 不愉快なことがあっても、無表情になるだけだったはずだ。今ではあんなふうに、眉間に皺をよせたりすることもできる。
 漂ってくる味噌のにおいに鼻をひくつかせながら、ジャックはまた転がった。
『なんかあったな、確か』
 あいつの笑顔の話は―――――とか思った所で、ヘッドフォンの向こう、どこか遠くで、部屋の扉が開く音がした。
 ソファーの向こうのローズの顔を見た途端、ぴくん、とした。ヘッドフォンを外して、へらりと笑う。
「おう、おかえりー、ローズ」
「……ジャック、」
 ジャックが部屋で待っている、というのは時々の現象だ。連絡をしていたから、ここにいるのは知っていたのに、改めて少し嬉しそうにする。
 帰ってきたローズの微笑みを、そのままの意味で受け取っていた時代なんて、もう古い。


 思い出した。なんでそんな、いつも笑っているのか、と訊いたのを。
『そう、教えられました』
 なんでもないように、あいつは笑って言った。
『相手に、良い印象を与えるよう。商談を上手く進められるよう』
 喜怒哀楽をすべて押し殺してきた笑みは、そう告げた。大切な人がいなくなっても、苦手な相手と話す時でも、指先も怠い程疲れていても、
『笑え、と……ね?』
 その日から、ローズの笑顔の種類を見出し始めた。


 随分疲れた顔を引っさげてやがる。いや、それだけじゃない、などと思いながら、ジャックは食卓に並んだ豚肉とキャベツの味噌炒めを見やるローズに歩み寄った。
「作ってくれたのですか、美味しそうですね」
「おう、感謝しろよー?」
「感謝していますよ、ジャッ―――」
 く、と言う口の端に、軽いベーゼ。
 微笑んでいたローズの表情が、色を変える。なんでもない事をしてやった、というように、ジャックが笑い返してくる。
「ヘイローズ、」
「わ、っと…………ジャック?」
 ぐ、と首に腕を回して、ジャックは固い肩と腕の筋肉で抱きしめてくる。いつ風呂に入ったのか、いつもよりいい匂いがちょっとだけした。
「今日は、うまい酒あけよーぜ?」
「…………」
「たまには、お前の好きなワインとかよ」
「…………」
「おっ、なんなら、セックスしてやってもいいぜ?」
「…………まったく」
 ぐ、とジャックの背中に腕を回し返して、ローズは彼に見えない角度で笑った。なんで君にはわかってしまうのか、不思議でたまらない。いつからか、彼には本心がバレバレだ。
 そう、いつからだろうか。
 こんなに心から、本当に笑えるようになったのは。
 カラフルな絵の具か、ペンキか、そんな男は、くっく、としたり顔で笑いながらローズの背中を叩いてくる。
「でけー子供みてーだな、お前」
 なんてけらけら笑うジャックに癒されて、野菜炒めが温め直されるのはしばらく後の話だった。
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プロフィール

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奏 Euph
割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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