林檎コンビ格納庫
君の香り
待ち合わせは大体いつも互いの部屋どちらか。部屋のドアを開けたジャックのなんとも言えない表情に、ローズは首を捻った。
「それは、どういう顔かな」
「さ、け、くせえええ……」
「お酒?」
くん、と自分の肩あたりを嗅いでみるが、鼻がもう慣れてしまっているのか、今ひとつジャックの言う酒臭さがわからない
「酒。チョー高そうな酒の臭い……あと、こいつもド高級そうな、甘ったるい香りがするぞ、お前……どこ行ったんだ……」
「甘い……ああ、そうですね。仕事ですから」
仕事の都合で顔を出した得意先の宴会を思い出す。主催の趣味なのか、ワインを開けてホテルの高層階で話すようないつもの風ではなく、もう少しだけ下品で――――腕に絡んできた香水臭い、甘やかされて育ってきたと思しきお嬢さんは嫌でも覚えている。
数十分前までその場所にいたのを敏感に察知したジャックの鼻には少し感心した。
ローズのそんな感心をよそに、部屋に彼を招き入れると、ジャックはローズの背中を小突くように押す。
「おたかそーな酒の臭いなんかさせちまって。ったく、嫌味かお前は。とっととシャワー浴びて来い」
「……君のシャンプーは髪の毛がぎしぎしするのですけど」
「お前んちのじゃねーからな。いいから」
急かされて、野郎二人が動くには狭く、短い廊下を通って、促されるまま脱衣所だ。
この前ジャックの部屋に来た時と変わっているところと言えば、歯ブラシが新しくなっていることくらいだろうか。温度の扱いも見知ってきた、温度の勝手の悪いシャワーから少しぬるいお湯が微妙な勢いで出てくる。
『犬みたいだな、ジャックは』
安いシャンプーで髪を洗いながら、ローズはしみじみ思った。自分でわからない自分の香りにあそこまで簡単に反応する男は世界中に彼しかいない。
香水のキツいお嬢さんにしがみつかれた腕を白い泡で洗い流した。今度のシャワーの温度は熱すぎだ。
『そんなにわかりやすいものだろうか』
ジャックが仕事で汗の臭いを散らしてくるときは、流石に不快になる程度なのでわかる。が、しかし。
脱衣所からコートを片手に出ると、汚い部屋の奥にある布団に寝転がっていたジャックが顔をあげた。
「おー、ちゃんとシャンプーもしたか?」
「……ギシギシします」
長髪をタオルで乾かしながらローズがぼやくのを聞いて、ジャックは以前ローズのシャンプーとコンディショナーを試しに使い、髪がまるで別人の手触りになったのを思い出した。
隣に座り込むローズからは、もう酒の臭いはしない。香水の臭いもしない。上体だけ起こして鼻を近づける。
「よしよし」
「ちょっと、おやめなさいな……」
「ちゃんと牛乳石鹸の匂いがすんな――――――お、」
「ん」
くすぐったさに身じろぎして、ローズは自分の首に手を当てた。鼻か、それかもっと別の何かが当たったところが、ちょっと熱い。少し肩の距離を離れさせてローズが睨むと、くくっ、と笑うジャックと目が合う。
「お前の匂いだ」
「まるでヘンタイですね」
「うるせー、お前だって俺のニオイくらいわかるだろ」
「わかりま――――」
せんよ、と言おうとして、腕に押される。布団に頭が落ちる前、ふわり、と少しだけしょっぱい匂いを感じた。何かのような、と形容できる匂いではないが、知っている香りにそわそわする。
部屋の中に散乱していて、気付かなかった。
近すぎて、もはや自分の匂いとして扱っていた。それが、ジャックのにおい。わかりやすいのに、なぜ気付かなかったのか。
やや細いローズの身体から、シャワーの熱で浮いた汗の香もした。
「――――ワカッテマスヨ、って顔してるぜ、ローズ?」
「……君が汗くさいだけ、かと」
「イヤミな奴」
ローズのにおいがする首筋を舐めると、そこから皮を剥がすかのようににおいが広がる。
その間も、ジャックのにおいは鼻孔を刺激した。こんなにわかりやすいものに、気付かなかったのか、気付かないようにしていたのか。どちらにしろ、感想は一種類。
「くやしい、ですね」
苦笑気味な声が鳴って、今日の夜は幕が上がった。
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プロフィール

- 奏 Euph
- 割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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