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林檎コンビ格納庫


クリミナルプロポーズ




 携帯端末の示すカレンダーの日にちと向き合い、口元がひきつる。数%のアルコールしか入っていない酎ハイなんかじゃ潤せないその事実に向き合うと、自然と口からため息は零れるものだった。
「どうかしました?」
「イヤ……」
「まさか、ですが。今日は出勤日でした?」
「出勤前日の夜中までセックスするほどマヌケじゃねーよ。ちゃんと休みだから安心しろ」
 スマホはベッドの隅にポイ捨て。缶酎ハイはローズに押し付けて、ジャックはふかふかのベッドの上に寝転がった。隣から部屋の主の怪訝そうな視線が降ってくる。
「もう、来月が誕生日かーって」
「? 君の誕生日。そうですね、来月ですね」
 怪訝そうな表情を変えず、ローズは頷いた。ジャックの誕生日。知ってからというもの、忘れたことはない。居合わせる事が出来ない年もあったが、往々にして彼と祝ってきた。高級なワインを開けた年もあれば、彼の安アパートでビールを飲んだ年もある。今年はどうしようか、そもそも互いに休みがとれるかは、まだ不明だ。
「何かのお強請りです?アルコールのリクエストとか」
「んん……前にお前が言ってた、東北の日本酒が……って違うっつーの」
 見慣れてしまった天井をにらんで、ジャックは苦笑しながらぼやく。
「また歳食っちまうなーって思っただけだ」
「……当たり前、ですね?」
「もうこちとら二十ピー歳……だから、来月になったら……っての考えたくねーなー!ってな!」
 頭を抱えて、軽く、冗談に聞こえるように。
「こー、十年も前は、こんくらいの年になったら、ちょっとくらい出世して、自然と彼女も出来て、結婚して、とか考えたけどよ? 結局お前とバカやって、無駄に歳食ったなーって感じがして……」
 言いながら、ローズの視線を感じる。
「親になりたいとか?」
「や、そーゆー意味じゃねーし、ガキは苦手だし……そうじゃなくって、なんだ、お前とケッコンするのは、ちょっと無理だしな」
 あわてて本音をちょっと付け加えても、ローズの視線が離れることはなかった。
『まじぃ……』
 拗ねたローズの機嫌を戻すのが大変なのを思い出し、目を逸らす。酎ハイをひと口も飲まずに、ローズはベッドサイドにその缶を置き、立ち上がった。ちら、といつものポニーテールが解けた後ろ姿を見て、なにをしでかすかその顛末を、ジャックはひやひやしながら見守る。おもむろに、デスクの鍵付きの引き出しを開けて、真っ黒な箱を取り出した。爆弾みたいなそれを持って、ローズはすたすたと戻ってくる。
「ジャック、これを」
「へ?」
 寝転がっていた体を起き上がらせ、ジャックはまじまじとその高そうな箱を眺める。
「んだこれ?」
「どうぞ」
 その言葉と共に渡された箱。きょとんとしているジャックをよそに、ローズはなんでもなさそうに隣に座りこむ。観察する限りはなんとなく、知識を総動員すれば、どうも腕時計の箱のような高級感だ。
『……早めの誕生日のプレゼントとか言って、アホ高そーなヤツじゃねーだろな……』
 腕に付けていたら手首ごと切られて盗まれそうなものを、ローズは平気で渡してくる。少しそんな不安があるものの、箱の中身を知りたい好奇心には抗えない。ギ、と少しだけきしむ音がする箱を開いた、その目に映ったのは、
「…………」
 銀色。
「…………………」
「リングです」
「……は、ぁああああああああああああああああ!!!!!!!??」
 補足説明のようなローズの一言で、ようやくその銀色に光るそれが指輪だと認識した。
「ど、ど、どういうこ、と、だ??」
「婚約指輪です」
「嘘だろ!!!?」
「そうですねえ……女性的なリングは宝石が付いていますが、あまり君はそういうものを好まないと思いましたので、シンプルですね。一般的な婚約指輪とは違う形のものですが、意味合いは同じです」
「ご丁寧に言ったところで、全然解決してねえぞ!?ってか、なんでこのタイミングなんだよ……」
「いえ、もっといいタイミングで渡すために、前からあそこにしまっておきました」
「うへぇ……マジかよ……いつからやってたんだか……」
「4年前ですね」
「オリンピックかよ?思ったより長いな!?」
 4年。
 確か、こんな付き合いを始めたのが6年前だか、その辺り。なるべく会う時間を少しでも長くしたいと馬鹿を言うローズが、ジャックのアパートの近くのこの部屋を借りたのが、その2年後。つまり4年前だったような気がする。
「お前の、そのデスクと同い年かよ」
「ああ、そうなりますね」
「あー、じゃねーよ……なんでそんな、っつか、俺、男だぞ……」
「知ってますよ。だから宝石類は避けました、と」
「そーゆー意味じゃねーっつの。男だから、お前とケッコンはできねーんだぞ」
「さっきも言われましたし、その点については君よりは博識です」
「じゃあ、」
「生きたくなくなりまして」
 不穏な言葉に、ジャックの声がぴたり、と止まる。
 その反応に、今度はローズがため息をつく番だった。
「―――――私は、ずっと、君がいつか遠くに行ってしまうと知っていた」
「は?」
「君がさっき言っていたように。私といくら体の繋がりを持っても、私が愛を説いても、君は君の体裁がある」
 自らの右手の中指にはめていた、安っぽいシルバーもどきのリングを抜いて、ローズはそのほんの少し剥がれたメッキをなぞる。
「4年間、ずっとそうでした。今日みたいに君と寝た日。DVDを観て笑った日。酒を飲んだ日。喧嘩した日。そして、仕事からここに帰る度。君が私と常にいてくれる未来の保証はなく、君に誰か愛すべき女性が出来たら。仕事で何か月か空けている間、誰かと知り合ったら。私は、ずっと考えていた―――『昔の恋人の結婚式に参列する日』についてを。それを渡そうと思うたびに、君の幸せを邪魔する指輪になってしまうのでは、と怖かった」
「うっわ、ネガティブだなお前……ま、結局そんな女、出来なかったけどな……」
「現実的な話と結果論ですし、これから出来る予定だったかもしれませんよ?逆もまた然り、ですが」
 自分の指輪をもてあそぶ手を止め、ジャックに憎まれ口で返し、ローズは軽く笑った。その微笑みは、ジャックの顔を見て真顔に変わる。
「……で、なーんでそんなオリンピックメダルみてーなもんを、今このタイミングで出してくんだよ?」
「そう……ですね」
 言いよどむように口元に指を当てる。ジャックがじっと見てくるのに観念したように、彼は、口を開く。
「さっき、君が言いました。自然と彼女も出来て、結婚して、と。君も私と、同じことを考えた、と。そう、」
 耳に付きまとって離れず、それは血潮に火をつけた。
「君が、私以外の誰かと生きる」
 想像を口に出して言うと、それはまるで本当に、現実になりそうな気がした。
 目の前に幻想みたいになって、すぐに消え、心がヒヤリと冷たくなり、汚くなる。
「そんな世界で生きていたくない、と思ってしまった」
「……そーかよ」
「ええ」
 苦しそうに、辛そうに、許しを請うように、ローズは言う。
「私には、君だけです。それは変わりません。けれど、私と君には立場というものがある。結婚してくださいなんて言っても仕方ない。君が誰かと添い遂げ、親になるという幸せそうな未来をどうこうする権利なんて、同性の友人である私には一切ありません。並ぶことだって出来ない。けれど、ジャック、」
 右手の中指にはめていたその安いリングを、ローズは自分の左の薬指に付け替える。中指と薬指ではサイズが合わず、少し緩く、かみ合わず、揺れる。それを押し込み、息を吐く。
「岐路に、立ってください」
「……」



 その時、選択肢はいくらでもあった。
『いや、ちょっと考えさせてくれ』でも『お前こそいい女見つけろって』でも『流石に重い』でもなんでも。
 けれど。
 ああ、いつだったか。 
 もう忘れてしまうほど昔に寄越した、4桁もしないような安い指輪。『似合うんじゃねーの?』なんて言葉を信じて、それをローズは永遠と、後生大事に付けている。
 ジャックは、手の中の箱に収まった、そのリングと見比べた。値段はおおよそ何桁も違うだろうが、よく似た色形をしているリングだった。もうずっと前から、そう。色のくすんだシルバーが、答えだ。



「ジャック?」
 箱から、ローズの指輪の輝きとは比ではない銀色が取りだされる。
 自分でも驚くほど、躊躇いなく。左の、薬指に。
「……おー、ぴったりだ。わかってんじゃねーの。……ヘイ、ローズ?」

 見せびらかすように手をあげて、笑いかける。くすぐったそうに、ちょっと照れたような、嬉しそうな、カッコつけるような、彼にしかできない表情で、
「似合うだろ?」
 なんて、ジャックは言う。


「……………………ヘイジャック?」
「……んだよ」
「抱きしめていいですね?」
「……」
「キスもしたいです」
「…………」
 最初のため息とは違う質のため息を吐く。見たことがないくらいに嬉しそうなそぶりを見せているのに、苦笑してしまった。
「どー、ぞ、って、おま!!!まだ、タンマ、タンマ!重!!!バ、っ―――ん、――ッカ、早ぇ!!返事くらい待て!!だひっ!?んっ、ッ、バカローズ!!ぁ、ったく、お前……っ!ヘイローズ!!おい、待て!ストップ!」
「なん、ですか!!ジャック!」
 抱きしめてキスしてきた男を押しのける手に、見慣れないシルバーがある。自分が誰のものであるか、なんて告げる刻印にのぼせそうだ。
「だっ、あのな、お前はそれでいいかもしれねーけどな!?俺は!一生に一回出来るかわかんねープロポーズ、することなく人生終わんの嫌だからな!?」
「そ、れは――――――は?」
 勢いを突然削がれた、ローズの呆けた顔に、ジャックは満足そうに笑った。
 それこそ10年前、漠然と考えた未来の話。デスクの中の指輪以上に暖められていたこの言葉を、まさかローズに言うことになるなんて―――――違和感のなさに、また少し笑ってしまう。手と手を重ねて息を吸い、こそばゆさは勢いに乗せて。


「ローズ、」

 今、罪の言葉を。

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プロフィール

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奏 Euph
割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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