林檎コンビ格納庫
午前3時の誘惑
目が覚めた。
時計を見やるまでもない。まだ深夜だろう。カーテンから零れる街灯の光が目に当たり、私を中途半端な覚醒状態に引き戻した。真っ先に目に触れたのが鮮明な青色でなければもう一眠りできただろう。青白い光に、ちょっとだけ濡れた真っ青な髪の毛がチラチラと規則的に目に触れる。その持ち主に目を移動させたらいけないことくらいわかっていたが、反射というものが人間には備わっている。
案の定、目についた髪の毛の主はカーテンからの光を背に、気持ちよさそうに軽い寝息を立てていた。
『……いけない』
これはいい状況ではない。言いにくいことだが、下品な言葉を使うと、こちらは溜まっている。
愛しい恋人がこの至近距離にいれば、触れたさで手指がいう事を聞かない。
『ジャック』
青色の癖毛に、ちょっと荒れているが健康的な肌色。目つきが悪くて、せわしなく変わる男性的な顔。
何をとっても私と正反対な顔が、眠って、いる。
す、と彼が嫌がりそうなくらい、唇に指を近づけた。何をしているのだろうか、私は。嫌がるのは、起きていれば、の話だ。偶然、だ。身じろぎした君の唇に、私の指が触れる。指先ではなく、少し骨っぽい関節の箇所。偶然触れたその箇所は、目を閉じるととても鮮明だった。少し、荒れていて、けれど、唾液の潤いがある。
キスが、したい。
私と違って熟睡しているらしく、唇に触れただけではどうも起きない。規則正しい寝息が、唇の隙間から零れるのみだ。キスなんかしてしまったら、きっと抑えが利かなくなる。けれど、そのはしたない思いひとつで、私の目はジャックの唇から離せない。
「……っふ」
僅かな興奮の吐息が口から洩れる。自分の唇であるかのように、人差し指を、つ、と動かし、ジャックの唇をなぞる。ゆっくり。口に端に到達すると、頬に手の甲が少しだけ触れた。まだ、起きない。
「ジャック……」
名前を呼んでも、彼の呼吸は軽く音を含み、時々、むにゃむにゃと唾液を飲むように口が動くのみだ。
よこしまな気持ちばかりもたげられる。君には、振り回されてばかりだ。
言い訳の許容範囲、と思い、思い切った。肩を抱くように、腕を穏やかに被せる。髪の毛に少しだけ触れられるように。あ、まだ起きない。腕を乗せたのは少し失敗だった。指が知らないうちに髪の毛をもてあそんでしまう。気付かないよう、そっと軽く耳に触れ、知らず知らずのうちに体が近づく。
まだ、大丈夫。
これなら目覚めたときに「近ぇよ」なんて少し怒られるだけだ。
身を乗り出せば、キスできる距離。この距離だけ、恋人同士みたいだ。恋人同士、だけれど。
あ。
唇の端から、唾液が垂れる。とろ、と透明なそれが、唇を伝う。他人が見れば、だらしない、なんて評価を下しそうだし、いつもの私だってきっとそう思っていたはずだ。けれど、ちょっと今は正常じゃない。頬に、とろりとした、先走りみたいなものが零れるものだから。ジャージの襟に染みを付ける未来を想像した。
性的過ぎではないだろうか。
くい、とジャックの後ろ頭を軽く抱きしめ、その唾液を。
ちゅ、
吸血鬼みたいだ。唾液を舐めとる吸血鬼なんて聞いたことがない。もしも私が吸血鬼だったら、我慢せずにこの唇から血を吸ってしまうのだろうか。
よっぽど飢えていた。頬にキスをし、逆に私の唾液を付けてしまったような気がする。もう少し、と名残惜しくなる前に、唇を離す。落ち着こう。自身がじわりと反応をしたのを感じ、身を引く、と。
私の目に、綺麗な青色が映った。
見慣れているのにカーテンの隙間から差し込んだ街灯の色のせいだろうか。いつも見ているジャックの瞳よりも、やたらと綺麗に感じる。いや、それは問題ではない。彼の目が、開かれている。こくり、と喉がなった。唾液を飲み込んだ音に、ジャックの目が少し細くなる。
「……にしてんだよ」
「……」
言い訳がひとつも思いつかない。いつものように、ヘンタイ、などと言われても何も言えないだろう。寝ぼけ眼の目を軽く擦って―――――君はにやり、と笑った。笑った?
「……トクベツだぞ?」
「とく、べつ?」
戸惑った、さぞかし間抜けな声が出たのに、ジャックがまた笑った。少しにじり寄り―――――私の太ももに、服越しに手を触れる。くい、と体を寄せる。確かに、ジャックは寝起きは少し甘えたがるらしく、セックスした翌朝に私が抱きしめていても、怒らず、そのまま腕に留まっていてくれる時は往々にしてある。
だが、これは。
想像した反応と違う。君は、まだ、全然、わからない。
「おいおい、お前、さっきはあんなに積極的だったくせに……っと言ってるそばから、ローズ、」
ジャック。
「なー、かてーのあたってんだけどよ……」
ジャック。
「……どうする?」
ジャック。
「……いいです?」
「……訊くなよ、んなこと。シたくてたまんねーんだろ、お前」
「……返す言葉がありませんね」
「あーハイハイ。ローズ、許してほしーなら……っ、ん」
得意げな顔が、朱に染まる。
唇を離すを、舌に銀色の唾液が糸を引く。つぅ、と繋がるこれを見るのが、好きで、好きで、たまらない。恥ずかしいのかなんなのか、唇を舐めてたちどころにそれを切ってしまうと、ジャックは私を押しのけ、小さく悪態を吐く。
「バカッ!まっ……だ、何も言ってねーだろッ!」
「そうですけど。で……許してもらえます?」
「……ったく、しょーがねーな……」
いつもより、若干素直な気がする。寝起きのせいか、それとも、私の醜態がよほど嬉しかったのか。どちらでもいいか。
「許してもらえたので、ジャック、」
「ん、」
恋人らしいことが出来る。唇から幸福感が伝わってくる。
「愛してます」
そう言うと、照れくさそうに笑って、私を虜にする。
さて、少し気だるい朝まで一直線だ。
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プロフィール

- 奏 Euph
- 割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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