林檎コンビ格納庫
ジャック&ローズ
世界旅行をしよう
「君からは、なんだか貰ってばかりだな」
コンビニで買ってもらったばかりのチロルチョコをジャックから受け取りながら、ローズはそんな事を呟いた。ジャックは自分用に買ったフランクフルトを口に入れたまま、コンビニの袋をぐしゃりとゴミ箱に放った。
「なんだ、突然」
もしゃもしゃと肉の味を噛みしめながら、ジャックは怪訝そうに返す。
「いいえ、なんとなくそう思っただけです。君と会うと――――いや、会わなくても、なんだかいつもいろんなものを貰ってばかりで」
「別にそんなにくれてやった覚えもねーけど……」
「そんなことありませんよ? チロルチョコから始まって、ええと、蒲焼さん太郎、ブラックサンダー、おせんべい、じゃがりこ、唐揚げ、あとは……ああ、ジューCでしたっけ」
駄菓子ばっかじゃねーか。フランクフルトを頬張る口がそのツッコミをする前に、ローズはまた続けた。
「何も、具体的な物ばかりじゃありませんよ。時々、CDをやいてきてくれますし」
「布教ってヤツだな」
「ゲームセンターでは取れたぬいぐるみをくれますし」
「家に置いといてもしょうがねーからな」
「美味しい居酒屋さんも教えてもらったし」
「お前が知ってる店は俺の財布的に厳しいからな……」
「今日の誘いも、もらった」
それだけは言い訳のしようがない。お前と出かけるのは楽しいからな、なんて言葉はフランクフルトの棒と一緒にコンビニのゴミ箱に捨てておいた。
「ふむ…口に出して言ってみると、本当に色々貰ってばかりだ。なんだか申し訳ない」
「別に申し訳なさ感じさせるためにやってるわけじゃねーけど」
「そうかもしれないですが……私も君になにかできないだろうか、と思うわけですよ」
日頃、笑っているか、不思議そうな顔か、真顔か。表情のバリエーションがお世辞にも豊かであるとは言い難いローズがこんな風に悩んでいるのを見るのはちょっとした面白さがあった。
「無理して考える事じゃなくねーか?」
「ああ、では今度うちに招いて料理とか――――」
「それは絶っっっっっ対に、やめろ」
思わず力を込めて言ってしまった。チロルチョコの包みを開いていたローズの手が止まる程に。
「……では、君が、何か欲しい物を言ってくれませんか?」
「はあ?」
「私は結構不器用なので、君みたく、人の喜ぶものを与えるというスキルがなくて。でしたら実際に、君の欲しい物をなにか、なんでもあげるほうが確実かと」
「そーゆー質問する辺り、確かに不器用だな……」
そうぼやき、ジャックは腕を組んで考え始めた。
『欲しい物なあ……』
下衆な考えで真っ先に浮かんだのは、金。
金が欲しいなんて言ったら、ローズは幻滅するか、それとも本気で預金残高に振り込んでくるかちょっと見ものだが、流石にそんな言葉を口にする度胸も、ローズにそれを求める心もない。
ド高級なスピーカーを置くには、住居の防音スペックが足りない。この前見かけたクールな靴は、自分で買いたい。好きなアーティストのCDは、隣のコイツとシェアしたい。
欲しいものはどれも軽々と思いつくが、どれもこれもそんなものばかりだった。
長らく思案しているジャックを見て、ローズは苦笑した。
「意外と無欲なんですね」
「意外ってなんだよ、俺はクソ真面目に考えてんだぞ……」
あと、思いつくような欲しいものといえば。考え込み、首を回して、ローズと目が合った。
あ、コイツだ。
「あった」
「なんですか?」
妙にうきうきと聞いてくるローズに、ちょっとした可愛げを感じてしまった。不覚なそれを押し込んで、指を突きつける。
「お前の、時間」
「は?」
「それだ。クソ忙しいお偉いさんの、プライベートの、時間!」
我ながらいいことを考え付いた。
「普段、一日とか、俺んちやお前んちでひと晩くらいしか一緒にいねーじゃん? んなもんじゃなくってよ、ぱーっと! どっか行こうぜ! おー、それだ! くくっ、交通費だけお前持ちな! ……無理か?」
「ふむ」
無理、ではない。
だが、だいぶ大変そうだ。一カ月に取れるか取れないかの数日の休み。どこか行くなら、少なくとも、3日、4日は連続で欲しいし、国内に限らなければそれ以上。
「いいでしょう」
考えている間に、ローズの口は答えてしまっていた。
「でもそれでいいんですか?」
「それ『が』、いーんだよ、ばーろー。イイデショウ、っつったからには、絶対、だぞ? んで、どこ行く?」
意気揚々とコンビニに戻り、ジャックは雑誌コーナーを眺めた。ジャックと旅行、という響きの痺れがようやく解けたところで、ローズも後を追う。
「りんご食いに東北、長野。アリだなー」
「国内、ですか?」
とんでもない台詞が聞こえ、ジャックの表情が固まった。
「……国外?」
「君の事だから、イギリスまでパブだのクラブイベントに行きたいとか言い出すかと」
「おいおいおいおいおいおい、交通費お前持ちっつったよなあ?」
「使い道のないお金が口座でうなっているので」
いつもなら嫌味だと思える台詞に、今日は違う意味でゾクゾクする。興奮に顔色を変えるジャックを尻目に、ローズはハワイと書かれた雑誌を取る。
「大切な君との旅行に使えるなんて、こんなに嬉しい事はありませんよ?」
「お、おう……」
今度は照れて、赤くなる。
彼以上に、うきうきしているかもしれない。興奮気味にローズの手は、別の雑誌をジャックに差し出す。
「で、どこに行きましょうか?」
ゴミをどかした布団の上に十冊近い雑誌を転がして、ジャックは満足そうにうなずいた。
『北極旅行特集』
「……ってまさかの、北極か……」
あの後、コンビニの喫茶スペースでたくさん買った雑誌を開いて、何時間も話してしまった。どこに行くかが全然決められずに、最終的にあみだくじで決めた。
結果、北極である。
特集の1ページ目を眺めると、満点の星空に虹色にも似たオーロラ。ジャックの目も星に似たようなギラギラを放ち、予想外の旅行の予定に心は虹色だった。
「さーて、と!」
自社で年末に配られていた味の無いカレンダーを何枚かめくる。3か月後のとある日を、大きく赤ペンで○を付ける。
【ローズと旅行!】
カレンダーを元に戻して、赤ペンのキャップをして、にやにやする口元を抑えないで妄想した。
テレビの向こう側でいつか見た、北極の星空とオーロラ。貯金を幾分か崩そう。3カ月先のホテル代などを貯めるため、ちょっとだけ酒やらお菓子を我慢しよう。
そんな気持ちばかり先走る。それは、何もジャックに限った話ではなかった。
同じ頃、ローズもスケジュール帳を眺めていた。ジャックと大通りで別れてから、同じことをもう片手では数えきれないくらいにしている。3カ月先には商談の予定が既に入っている。うまくずらして、その一週間後。
【ジャックと旅行】
思い切って一週間近くも空けてしまった。最終日、おそらく乗り継いだ先の空港で別れ、自分はすぐ仕事に戻る事になりそうだがそれでも構わない。
スケジュール帳を閉じると、目の前のデスクには北極の雑誌があった。北極圏とひと口にいってもたくさんある。どこに行こうか、それの相談にまた会わなければ。
もう一度、スケジュール帳を開いた。
「また、貰ってしまった」
こんなわくわく、生まれて初めてだ。
旅行まであと2か月。ジャックの部屋に、胡坐で二人。
「では、スウェーデンでいいですね?」
「おーう」
ジャックの『北極って、北極じゃねーの?』という間の抜けた質問から早一カ月。テレビや漫画で北極だのどうこう言われているが、もちろんそれは北極圏、という意味である。
そうなると場所の選択肢はいくらでもあり、迷いに迷った結果が、これである。旅行プランは場所ごとに立てて、ジャックに選ばせた。
「スウェーデンってどんなとこだよ」
「オーロラが見える、自然が豊かなところですよ」
「いや、そりゃなんとなくそんなイメージだけどよ」
地図上でどの辺りなのかすらも認識として危うい。
「北欧の国ですよ。今回で覚えてくれたと思いますが、さっきも言ったストックホルムが首都です。英語も通じますが、公用語はスウェーデン語ですね」
「聞いたことねーぞ、スウェーデン語とか……」
「私も少ししかできませんが、それはそれでわくわくします」
「随分悠長で呑気じゃねーの」
「言葉なら、まあ、迷子にならない程度になんとかしておきますよ」
「自信ありげだな」
「不得意な方ではありません」
そう言って、ローズは今日のお土産の林檎菓子を食べて、Äpplen、と呟く。勉強中だ。
「じゃー、頼むぜ」
「君も挨拶出来るくらいにはなっておきなさいな」
「わ、わあってるよ」
うまくできる気がしないが、帰りに本を買うくらいは。そう思いながら、ジャックもお土産の個包装を雑に開ける。
紙面のオーロラを見下ろして、何度目かもわからない、にやり。
「オーロラ、観れるよなあ?」
「天気次第なので、いい行いをしておきましょう」
「げー」
べ、と舌を出すジャックを笑って、ちら、と彼の後ろの壁にかけられたカレンダーを見やる。二か月なんて、こんな調子じゃあっという間かもしれない。いや、違いない。
「――――首都のストックホルムは、世界で一番美しい街とも言われていますよ?」
「あー、見た見た。カラフルだよなあ」
「行くのが、楽しみです」
仕事で行って、見たことあるんじゃねーのかよ、と言いかけて、やめた。ジャックは俯く。ローズの表情はレパートリーが乏しいと前にコメントしたが、あれは帳消しだ。
旅行まで、あと一カ月―――――のはずだった。
ジャックの足はずんずんとローズのマンションに向かっていた。
『すみません。旅行予定日の中、急に仕事が入りました。
調整しましたが、どうしてもうまくいきませんでした。
本当に、申し訳ありません。必ず、埋め合わせをします。』
ローズからメールが届いたのは、一週間前だった。文章から滲み出る、とめどないそれは、しょっぱい何かを堪えているみたいな気がした。
仕事から、もう帰ってきているはず。教わったナンバーを押してロックを解除し、エレベーターで物理的な高さと金銭的な高さが比例するその部屋の前に立つ。ゴンゴン、と部屋のドアを叩くと、しばらくしてから見知った顔が出てきた。
「ジャック、あの、」
「入るぞー」
ローズの言葉を遮って、ジャックは部屋の中に入ってしまった。追いながら、ローズは言葉を無理やり探した。
「怒って、いますよね」
「いや」
きっと、嘘だ。
彼にようやく、何かあげられると思ったのに。一週間前に決まった悔しさが、またローズの胸を締めつけた。
「本当、申し訳ありません」
せっかく、彼だって休みを取ってくれたはずなのに。
後ろで泣きそうな顔をしているローズをよそに、ジャックは珍しく少し散らかった部屋に、肩にかけていた大荷物を置いた。
「あの、ジャック、」
「ローズ、どうでもいいから、延長コードと皿5枚、貸せよ」
「……?」
「なんだ? 眠いのか?」
「いえ、その……どうぞ」
何も怒っている風でもないジャックと、彼の謎の行動に、ローズは素直に従わざるを得なかった。大人しく差し出された延長コードに持ってきた機材を接続する。コンセントを探してプラグをさし込み、スタンバイはOK。
大人しく差し出されたいくつかの皿に、ザラザラと紙袋に入っていた白い固形物を入れるジャックに、ようやく言葉が戻ってきた。
「……なんですか、それは」
「ドライアイス」
たくさんのそれにペットボトルの水をかけると、すぐにポコポコと泡立った。ジャックは靴を脱ぐと、深皿に入ったそれを持って、ローズのデスクに勝手に足をかけた。一番背が高い本棚の上にそれを乗せる。白いスモークが本棚の上から落ちてきた。
皿が全部本棚に乗ると、広い部屋でもかなり煙が満ちる。無言でジャックは換気扇のスイッチを入れ、少しだけ窓を開けた。カーテンは閉じたままだ。
「よし、ローズ、そこ座れ」
「は、あ……」
言われるがままに、ベッドに腰掛ける。ジャックは再び置いた機材をいじり始めた。
ちゃんと謝れてもいないのに。ぐる、とまた、嫌なものが胸の中を巡り始める。君と行くはずだった、北極の世界。
「ジャック、本当に――――」
「おっしゃ!」
ジャックの声に、また言葉が埋められた。
いや、彼の声だけじゃない。
ローズの部屋は、北極になった。
「見ろよ、ローズ!」
「わ、」
暗くした室内で、ジャックの腕がローズをベッドに転がす。見慣れたはずの自分の部屋なのに、そこは全くの別世界だった。ふわり、と漂う幻想的な色合いのオーロラに、近いような、遠いような、そんな満天の星空。
ベッドに転がされ、部屋の光景を見上げて言葉を失うローズに、ジャックはにしし、と笑った。
「驚いたか? どーだ、どーだ!?」
「……どうしたんですか、これは」
「ドライアイスのスモークに、プロットしたオーロラっぽい光当てただけ。んでもって星は、そーゆーオモチャが売ってんだよ」
いまどき探すの大変だったけどな! なんて笑いながら、ジャックはローズの肩を小突く。
「北極はまた今度行こーぜ。いやむしろ、北極だけとか、俺にしちゃ無欲すぎんな! 世界旅行! お前の時間、がーっつり奪って、世界旅行! 行っちまおうぜ! 俺と、お前で!」
「…………」
「そんときまで、いい子のローズはこれでガマンできる! ……よな?」
最後だけ、ちょっと自信を無くした。ローズはじっと、無表情のまま、部屋の天井を見上げているだけだった。
ゆらめく、緑、ピンク、と色を変えるオーロラ。ドライアイスなのがわかりやすく、プロットした光が天井の蛍光灯まで当たっている。あそこに移る星は、南十字星だ。北半球という設定では見えないだろうに。
どれもこれも、とても安っぽい。だが、とても、安く言っていいのなら、そう、嬉しい。
「Vi är ett tillsammans」
「? なんか言ったか?」
「……いいえ、」
ベッドの上で、二人寝転がりながら、星とオーロラを眺める。
なんだ、ここは北極だったのか、なんて思う。
「そうですね、ジャック。世界旅行をしましょう」
「おー! 期待してるぜ!」
「ふふ……やっぱり、君からは貰ってばかりだ」
「いくらでも貰っとけ!」
「ありがとうございます」
隣でローズがようやく笑ったのを、オーロラの光越しに見て、ジャックは満足げに足を組んだ。
いつか、隣に並ぶ相手と、世界旅行。
悪くない未来だと思う。
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