林檎コンビ格納庫
ジャックローズと云うカクテル
「ローズ! ヘイローズ!」
「なんです、大声を出して……」
行きつけのバーの静かな雰囲気を突き破る声の主を、ローズは小声で窘めた。当の本人ことジャックは全く意に介さない様子で、眉を顰めるローズにメニューを見せつける。
「俺らの名前のカクテルがある!」
「……ジャック、ローズ」
ブランデーベースのメニューの欄に並ぶ【Jack Rose】の名前を読み上げると、ゴーグル越しの目と目が合う。
「……【ジャックローズ】ですね?」
「なんだよ、お前、知ってたのか?」
「ノーと言えば嘘になるとだけ言いましょう」
「俺だけ興奮して、バカみてーじゃんか」
「実際そうであるかどうかについてコメントすると面倒なので止めておきます。折角二人揃った機会ですし、オーダーしましょうか。すみません、ジャックローズ2つ」
ローズのオーダーに、茶髪のバーテンダーがにこやかに頷く。すっ、と棚から降ろされ、立ち並ぶ横文字のラベルが貼られた瓶に、ジャックは目を見張った。
「アップルブランデー、グレナデンシロップ、そしてライムジュース」
ローズが小声で読み上げる。鮮やかな緑色のライムが、まさに目の前で絞られ、瓶の酒類と共にシェーカーに注がれ、カシャン、という涼やかな音がする。その先はまさに、プロの技巧。映画のワンシーンみたいにシェーカーが振られるのを、ジャックはぽかん、と口を半開きにしながら眺めていた。
「ありがとうございます」
ローズの声で我に返ってきたジャックの前には、目を焼くような赤を放つカクテルだった。薄く透明なグラスは繊細で、酒を支えるだけで精いっぱいなのではという気さえしてしまう。
「すっげー、真っ赤だな……こんな赤い飲み物、初めて見たぜ……」
「バラの様に真っ赤なので、ジャック「ローズ」という訳です」
「へー。イタダキマス」
おそるおそるグラスの脚を持って、くい、と口に運ぶ。ジャックの唇から舌に落ちていく。
「うま」
第一声の単純すぎる言葉に、ローズは隣で小さく吹きだした。
「そう、ですか」
「笑う事ねーだろ? いや、なんつーかさ」
少ない語彙力でどうにか伝えるべく、またジャックはジャックローズを口にした。
「甘酸っぱい、んだけど、こう、喉を通った時に、ふわーって、酒だ! って感じがすんだよ。すっきりしてて、めちゃくちゃうめぇな、俺ら」
「そうですか」
嬉しそうに笑いながらローズもグラスを口に触れさせ、カクテルを喉に収めた。
「ああ、本当に。シンプルなレシピなので逃げもきかず、バーテンダーの腕前や材料に左右されるところがあるかのでしょう。とても、美味しいです」
「へー、ジャックローズ……」
と、言うジャックの口元に、カクテルの味に満足しただけでは浮かばないはずの笑みが零れる。瞬時にそれを察知し、ローズは僅かに身構えた。
「……ヘイジャック、なにか企んでないかな?」
「よーくわかってるじゃねえか、ローズ?」
ニヤリ、と笑いかけ、そのまま一気にジャックローズを煽り、飲み干す。ぬるくならない内に飲まれて幸せなのか、それとも深く味わわれたか不明なその行為に、ローズは肩をすくめた。
「何事でしょうか」
「決まってんだろ! ジャックローズ、作ってみようぜ!」
「は?」
きょとんとするローズを差し置いて、ジャックはカウンターの椅子から飛び降りた。
「お前、材料知ってるし、さっき簡単だっつったろ? ジャックとローズが作るジャックローズって、おもしれーじゃんか? そうと決まったら、早くしろって!」
「シンプルですが奥が深いというニュアンスであって、それに決まってすらいませ――――ああ、まったく」
最初のミッションは、飛び出していったジャックを追いかける事から。
「んで、材料買ったわけだけどよぉ……」
「はい」
ジャックの安アパートのローテーブルに並べられた材料を二人は揃って見下ろした。
イチゴシロップ(かき氷用)
焼酎
りんご
酢
シェーカー(100均)
「……なんか違くね?」
「そうですか?」
「お前、バーでなんかアップルなんとかとか、なんとかシロップとか小難しい名前の酒の名前言ってたじゃねーか」
「アップルブランデーと、グレナデン……ざくろのシロップですよ。まあ、一般的なスーパーでは揃えられないといういい教訓になったのではないのでしょうか」
「じゃあ買ってる時に言えよ……タダじゃねーんだぞ」
「よくご存じで」
ローズのクレジットカードで買った材料とジャックを交互に見て、ローズは皮肉を交えてぼやいた。
「仕方ねーな。これで作るか」
「仕方がない、というのは心外ですね。イチゴシロップは君の独断と偏見ですけど、それ以外は私がまがいなりにも考察して選択しています」
「じゃあまず、なんで焼酎なんだ?」
どん、と強烈な存在感を誇る焼酎を指さし、ジャックは怪訝そうに尋ねた。
「ジャックローズの材料のアップルブランデーはりんご酒を蒸留したものです。ブランデーそのものが焼いたワインという意味なので」
「なるほど。焼酎も焼くって書いてあるし、なんかそれっぽいな」(脚注:まったくの別物です)
「これをシェーカーに入れて、切ったりんごを入れます」
「おっしゃ」
ローズの言葉を聞くや否や、ジャックは得意げな顔で器用に皮を剥いて、角切りにされたりんごをシェーカーに入れる。
「あとは、あの真っ赤なシロップ」
胸のワクワクに応えるよう、ポン、と軽い音を立てて、ジャックはシロップの蓋を開けた。グレナデンシロップの代わりに、とイチゴシロップが目分量でシェーカーに入れられる。(脚注:まったくの別物です)
「確かに真っ赤になりますね。甘い匂いもします」
「にししっ、そーだろ? んで、最後に――――」
「はい」
ローズの手に掲げられた、似合わない酢の瓶。
「ライムはなかったし、レモンも売り切れだったけどよぉ……他になにかなかったのかよ」
「君の家には柑橘類を絞るためのスクイーザーもない。ですと、こういう瓶やパックに入ったものを使うしかありません」
「ま、酸っぱいっつったら酢だよな」(脚注:まったくの以下略)
これまた、目分量で入れられる。数分間でシェーカーは赤い、少し甘酸っぱいようなにおいのする液体で満たされていた。
「そういや、確かどっかで貰ったグラスがあった気がする。ちょっと待ってろ」
「ジャックにしては気が利いていますね」
とはいえ、どれくらいかかるやら。ローズは押し入れに向かった青い髪を眺め、思案した。ジャックの事だからどこにしまったかも忘れていそうだ。気長に待つ間になにか―――――
『……そういえば、氷がありませんね』
バーで飲んだジャックローズはよく冷えていた。それこそグラスが軽く結露するほどに。しっかり冷えていることがカクテルの肝ともいえる。
『まあ、ジャックも氷くらい持っているかと』
軽率に安そうな冷蔵庫の冷凍室を開けてみると、いくつかの冷凍食品はあるものの氷は見当たらなかった。がさごそと漁って出てきたものは、
『ああ、これなら代用に』
やや茶色っぽく、小ぶりな保冷材だった(※良い子は真似しない)。なんの躊躇いもなく、ローズは保冷材をシェーカーに入れる。じわり、と茶色い何かが滲んだのを気にも留めず、蓋を当てる。
『しっかり振れるように……』
出来る限り強く、蓋をする。その手元の隣に、カタン、と細長いワイングラスが置かれた。
「あったぜ」
「こちらも、氷を入れました。振りますか?」
「勿論だろ!」
言われると思った、と苦笑するローズを差し置いて、ジャックは安っぽいシルバーに光るシェーカーに手をかける。
「こーだったよな?」
見よう見まねで、シェーカーを振る。
バーで見たバーテンダーの動きとはあからさまに違うレベルで、不格好。カシャカシャ、という音よりは、ガチャガチャなんて音が似合いそうだ。
「んで、こーして、」
きゅ、と上の蓋を取って、グラスに中の液体を注ぐ。イチゴの香りと、酢のにおいがする液体が流れ落ち、グラスに赤い池を作った。
「なんかすっげー赤い! それっぽいな!」
「酸っぱいにおいもしますね」
「じゃーまず、俺が飲んでみるか! ……っと、」
ニヤリ、とローズに向かって笑いかける。
「アップルブランデーってことは、俺ら、林檎コンビってことだな?」
「……ですね」
そうそう。嬉しかった。
ジャックローズというコンビ名に名前に反応して、得意げな顔で見せつけて、ワクワクきらきらした目で材料を漁って、いつまで経っても飽きさせない。
一緒にいるのを、楽しがってくれる。
『君相手だから、まあ、こんなばかな事にも付き合っているよ』
同じ笑顔で返して、ローズはジャックの喉にぐびり、と落ちていくカクテルを見送った。
ジャックがトイレで吐き散らすまであと1分。
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プロフィール

- 奏 Euph
- 割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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