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林檎コンビ格納庫


ローズさんの誕生日


「……魂」
「ん? なんだよ?」
「なんだよ、って……」
 ロリポップをはじめ、マーブルチョコレート、ドーナツ、ジェリービーンズ、ビスケット、その他大量のお菓子が、魂の持つスーパーのカゴにぎっしりと詰まっている。
「そんなに食べるのかよ……」
「ったりめーだろッ! ズノーロードーには甘いもんだって、ジョーシキだろ」
「はいはい……」
 頭をすさまじく働かせているから糖分が足りない、という理屈は、冷音にはいささか納得できないものである。実際に魂があれだけの量を貪っていても、今まで太っていたためしがないのだからちゃんと消費されているのだろう。
「虫歯にならないように気を付けて――――」
「はいはいはい、母親かよ、お前は……よっしゃ、これだけ買えば、あとはジュースジュース! コーラコーラ!」
「まだ買うんだ……」
 冷音は少し呆れ気味にため息をついた。正直、あそこまでお菓子を食べて、太らないのも虫歯にならないのも、誰にも怒られないのもちょっとだけ羨ましい。
 ほんの少しの恨めしさで、小走りの魂の背中を眺めたところ、偶然なのか呪いなのか、それは現実になった。
「ぎゃ!?」
「は!?」
 自分からやや離れたところで、誰かと衝突した。ばらばらとお菓子を零すカゴに、しりもちをついた魂が傍で顔をしかめていた。
「ってぇええ……んだよ、前みろよ……」
「……それはすごく理不尽な台詞だと思う」
 恨めしさが通じてしまったようなこの偶然を、なんとなく申し訳なく思いながら、冷音は魂を助け起こし、お菓子を集め始めた。
「なんなんだよ……」
「――――なんなんだよ、はこっちの台詞だっつーの……!」
「あ、」
 忘れていた、衝突した相手の顔には見覚えがあった。大体季節にそぐわない、派手な服を着ているゴーグルの青年に、冷音はぎくりとした。
「ジャックさん……」
 仮にも先輩分をだいぶ放置した。慌てるジャックをよそに、魂は立ち上がったジャックに向かってへらへらと笑いかける。
「ったくよー、そっちもちゃんと前見て歩いてくださいヨー」
「俺はフツーにしていただけだって……お前がぶつかってきたんだろ?」
 衝突した衝撃で外れ落ちた腕輪を拾いながら、ジャックは不服そうに魂にぼやく。
「……ところでこんなところでどうしたんです」
「明日は、ローズの誕生日だからなっ! 見てみろ!」
 どや顔で見せつけられたジャックのカゴの中には、数えきれないほどのチロルチョコが入っていた。見た途端に、魂も冷音も口元がひきつるのを感じた。
「……誕生日って、おいおい、まさかよぉお……」
「そのチロルが誕生日プレゼントってことで……いいんですか」
「あいつ、チロルチョコ好きだからなー。ちょうど今日、このスーパーでチロル掴み取りウン百円ってやってたから、来ちまったぜ。こんだけありゃ、あいつの鉄面皮だってだるっだるになること間違いなし!」
 誕生日にチロルチョコ――――それでいいのか、とツッコミを入れていいのか、と冷音が途方に暮れる頃、魂が口を開いた。
「いやいやいや、それじゃー流石にマズイっしょ……」
「魂にも人並みの感覚あったんだ……」
 聞こえるか聞こえないかというレベルの小声は、魂の耳には届かなかった。
「じゃー、どーすりゃいいんだ?」
「どーすりゃって……はー、メンドクセ。ま、いっか。俺らも暇だし」
「いや、宿題あるけど……」
「これの会計してくるから待ってろってー」
「…………」
 冷音の言葉はまるっと無視してレジに駆けていく。
「おー、待ってるからなー! 早くしろよー!」
 笑いながらノリノリで手を振るジャックの横、冷音は今度こそ本気で転べと呪った――――残念ながら通じないようだった。



「すっげー!」
「でっしょー!?」
「…………」
 少しくたびれた駄菓子屋で、わいわいとはしゃぐジャックと魂。ぽつんと冷音は一人だけ入り口に立ちすくんでいた。が、おもむろにつかつかと魂に近づき、どの帽子を小突いた。
「魂……さっき、『流石にマズイ』とか言ってなかったっけ」
「んー? だっておま、チロルだけとか! そこはクッピーラムネとか、ロリポップ、チョコレート、着色料バッチリのぐるぐるゼリーとか、そーゆー派手なのも必要だろ? この店サイコーなんだぜ!? ココアシガレットにミルクせんべい、ヨーグルトにねりあめだって売ってんだからな!」
「……期待したこっちがバカだったよ……」
 がっくりと項垂れる冷音をよそに、ジャックは見たこともないようなノスタルジー溢れすぎる駄菓子に目を見張っていた。
「ローズ先輩、チロルみたいな駄菓子好きなら、こーゆーのもいいんじゃねーのかなーって思うわけで」
「かもな! サンキュー、魂! チロルよりちょっと高そうだけど、仕方ねーな……早速こいつら買い占めて――――」
 ココアシガレットに手を伸ばした、その時。人目につかなさそうな立地の駄菓子屋に、さらに聞き慣れた声の客が来た。
「今日のーおやつー! ……って、おお!?」
「雷刀先輩……!」
 至近距離で開いた引き戸に驚く冷音に、雷刀が目を瞬かせた。後から烈風刀も入ってくる。
「どうしました、雷刀……おやおや……」
「なんでみんなここにいるんだ?」
「それはこっちの台詞っすよ、どーしたんスか」
「ゲーセンに百円全部貢いだおバカさんのせいです……」
 烈風刀の嘆きなどどこ吹く風で、雷刀は駄菓子を物色する。百円じゃなくとも、ここでは何でも買える大富豪だ。
「はあ……みっともない……」
「烈風刀もうまい棒食うかー?」
「サラダ味にしてください。……それで、みなさんはどうしたんですか? 特にジャックさん、こんなところでお会いするなんて……」
「おう! 明日、ローズの誕生日だからよ!」
「チロルチョコだけじゃ物寂しいワケで、駄菓子揃えに来たワケ!」
「……ローズさんの誕生日に……駄菓子、ですか……」
 眉をひそめ、苦笑する烈風刀の横顔に、冷音はようやく味方が来てくれた喜びを隠しきれなかった。
「……ちょっと、ナイ……ですよね……」
「冷音さんも苦労していますね……。ジャックさん、魂さん、流石に駄菓子を誕生日プレゼントというのは、少々不適な気がします」
「えええ、そうっすかー? 俺だったら超うれしーのに」
「そうですね。ですが、ローズさんと魂さんの感覚が同じだとは限らないじゃありませんか? いつでも渡せるような駄菓子ではチープすぎると、僕は思います。そう考えるとこの場合は駄菓子よりももう少し誕生日プレゼントに適した物があると思えませんか?」
「じゃー、なんか他にあるのか?」
「え」
 首を捻るジャックと烈風刀を交互に見て、魂もにやにやしながら言い出す。
「そーっすよ。そこまで言うなら烈風刀先輩も、なんかいいアイディアあるんすかねー?」
「ろ、ローズさんにですか……それは……えーっと……」
 焦る頭に浮かぶピンクの長髪―――がレイシスに取って代わり、思い出した。
「……そうですね、ついてきてください」



 デパートの雑貨屋という慣れない場所で、魂は居心地悪そうにぼやいた。
「烈風刀先輩って、意外と少女シュミなわけなんすかー?」
「違いますっ! ……こほん、レイシスの誕生日のときにプレゼントを買ったのがここなので」
「うひょー、久しぶりー」
「君は駄菓子を食べこぼさないよう、ちゃんとしまっておきなさいっ」
「でも、ローズとレイシスは違うぜ? そりゃー、どっちも主にピンク色だけど」
 アンティークな加工をされたノートをぱらぱらと捲りながら困った様子のジャックに、烈風刀は優等生の笑みで応じる。
「レイシスには、マグカップをあげました。食べて終わってしまう日常的な駄菓子より、形に残って記憶に居続ける雑貨の方が、プレゼントには適していると僕は思いますが、いかがでしょうか?」
「……なんかよくわかんねーけど、いいと思う!」
 誰かさんより少し頭のいいちゃらんぽらんな人だな、と思いながら、烈風刀は苦笑した。
「じゃー、俺らの出る幕はもうナシ、か。ちぇっ、残念」
「むしろちょっと安心してるよ……ありがとうございます、烈風刀先輩」
「いいえ、お節介失礼しました」
「じゃー、退散退散……っと」
 ぷらぷら、と手を振って出ていく魂と冷音の後には、魂の咥えた飴玉のいい匂いが漂っていた。
「で、何にするか決めたんですか?」
「ギリギリ俺の財布でも買えるってなると、難しいな……おっ、でもこのキーチェーンならあいつも使えそうだな」
 飾り棚に並んでいたシルバーのキーチェーンは、赤い石の入った林檎のチャームが揺れていた。ローズの手元で使われると思うと、ジャックは胸がそわそわするのを感じた。
「おっしゃ、こいつにする!」
「じゃあ、僕らはここで待っています。……あれ、雷刀?」
「おーい、烈風刀! こっち!」
「大きな声を出さないでください……おや、」
 さっきの注意のせいか、店の中で駄菓子を開くことはしなかったらしい。雑貨屋を出てすぐのところ、甘そうなドロップを舐めている雷刀、ともう一人。もふもふとした犬を連れた小さな小学生の女子はきらっ、と烈風刀に目を向ける。
「れふとおにーちゃん! こんにちはー!」
「りぼんさん、こんにちは」
「今ね、らいとおにーちゃんがりぼんにお菓子くれたの、やさしーね♪」
 いや、きっと魂たちのお菓子のにおいを嗅ぎつけてやってきた彼女に纏わりつかれたのだろう。雷刀の笑顔の元気の良さがいくらか消えている。
「しかし、僕らもそろそろ行きますよ、雷刀。もうジャックさんは誕生日プレゼントを選び終わりましたからね」
「おー、いくいくー」
 ベンチから立ち上がった雷刀だったが、りぼんは烈風刀の言葉を聞き逃さなかった。
「誕生日!? プレゼント!?」
「え、ええ……ジャックさんがローズさんに……今あそこで」
 言いかけた烈風刀の言葉を聞くや否や、りぼんはわたがしを抱えて駆け出した。
「だーーーーーーーーーーーーめーーーーーーーっ!!!」
「「!!?」」
 悲鳴とも似ている大声と共に、わたがしの体が宙に浮いた。
「もがぁあああああっ!!?」
 投げられたわたがしはそのまま、会計に進んでいたジャックの顔に見事に命中する。口の中に犬の毛が入り、ぺっぺと舌を出すジャックの足元にりぼんが追いついた。
「だめじゃないのっ! 誕生日をなんだと思ってるの!?」
「こ、今度は何だああっ?」
「悪ぃ、ジャック! 気が付いたらりぼん……」
「いや、そいつはいいんだけどよぉ……」
 投げられた恐怖にぷるぷる震えているわたがしを、ジャックは手の中で宥めながら、下から睨み付けてくるりぼんと向き合った。
「一年に一回の誕生日だよ!? そんなときのプレゼントはひとつ! ズバリ、ケーキ! おっきい、おいしい、ケーキしかないでしょ!?」
「け、ケーキかあ……」
 確かに、バースデーケーキという言葉があるくらいだ。プレゼントとは別枠に位置しそうだが、りぼんの言う事も一理ある。
「おー、ケーキ! 俺もいいと思うぜッ! 烈風刀とか、作るの上手いじゃんかよー」
「流石に前日に用意を始めるのは無理ですから……」
「だったら、プレゼントのお金で、ケーキ買えばいいよ!」
「っとぉお!?」
 ジャックの手を強引に引いて、りぼんは雑貨屋を抜け出す。すぐ近くには、なるほど、彼女の好きな甘そうなケーキがずらりと並んだ店があった。ショーケースの中には誕生日向けのホールケーキもある。
「みんなで美味しいケーキを囲んで、みんなで美味しく食べれば、きっとみんなハッピーになれるの!」
 そしてりぼんにも、ケーキちょうだい! と言葉に出さなくても、彼女のよだれで言いたいことがわかる。
「でも、ケーキかー」
 美味しそうな大きいホールのショートケーキを眺め、実際ジャックの気持ちは揺らいでいた。どこかに遊びに行くにしても、いつも二人でお決まりの店に行くばかり。その程度だ。
 ケーキを買って大人数で祝った時――――ローズの少し照れた顔が見てみたい気もする。想像もできないその顔を考えて、ジャックは頷いた。
「じゃー、俺、これにする! やっぱり、ケーキな!」
「わーい!! りぼんにもね!」
「……いいんですか、ジャックさん……」
「へ?」
 烈風刀が指さす方には、ショートケーキの値段がふられていた。さっきのキーチェーンは3000円だったが―――――
「ろっ!?」
 倍の値段に、思わず声が裏返り、むせた。心配そうにりぼんが見上げてくる。
「どーしたの、ジャックおにーちゃん?」
「や、ややややや! な、なんでもない……」
 一応、買えないこともないが、圧倒的な予算オーバーに財布が悲鳴をあげそうだ。
『一年に一回、一年に一回………』
「だ、大丈夫か、ジャック?」
 雷刀の心配する声も、あまり届いていない。考え込むと、妄想の中のローズがニヒルな笑みに苦みを添えて言ってくる。
『そんなに無理をしなくてもいいですよ、ジャック……w』
 などなどと。
 最後の「w」が、ムカついた。
「無理じゃねーよ!! くっそー、俺もオトコだ! ケーキくらい、わけねーっつの!」
「ちょ、ちょっとジャックさん……落ち着いt――――」
「美味しいケーキでした。Merci beaucoup.」
 綺麗なフランスの発音と共に、財布を取り出すジャックの腕が何かに当たった。
「うおっと!?」
「あ、失礼いたしました……と、これは……」
「ロワーレ先生」
 仮面をつけた青年が、大事そうに剣を抱えたまま店内から出てきた。ロワーレは目をぱちくりさせて、並んだ4人と一匹を見渡す。
「おやおや、皆様お揃いで……どうなさったんですか? ああ、こちらのお店のケーキでしょうか? とても素晴らしい味わいですよ」
 滑らかで丁寧な口調は、うっとりとショーウィンドウのケーキを見つめ、どんな味であったかをなんとなく想像させるものであった。
「やっぱりここのケーキで正解……ってヤツか……」
「正解?」
「ローズさんの誕生日プレゼントの話なのですが……少々迷ってしまって」
「ああ、成程。でしたら私、ぴったりの物を存じております!」
「ジュワユース絡みなら、カンベン……な?」
 剣を振りかざすこの音楽教師はへたをすればジュワユースの事しか語りそうにない。今回は珍しく、首を横に振った。
「残念ながら、そういうプレゼントは向いていないと思いますのでね……参りましょう、いいところに案内しますよ?」
 4人と一匹が首を傾げるのを余所に、ロワーレは綺麗な所作で服の裾を翻し、微笑んでいた。




「というわけで、私秘蔵のカーヴ(ワイン貯蔵庫)です!」
「「「寒っ!?」」」
 途中の公園でバタフライキャットに出会って、一行から抜けていったりぼんに倣えば良かった。
 ワインに適した温度に設定されている貯蔵庫は、嬬武器兄弟、ましてやジャックの服装には圧倒的に寒い場所だった。
「っつか、なんでワイン!?」
「おや、ローズとは前にワインについてお話ししました。中々なワイン通のようでしたが」
「はあ? し、知らねえ……」
「ワインは、音楽の様に繊細で、軽やかで、まるで人格があるかのように個性的な飲み物ですよ、ジャック」
 愛おしそうに横向きにされたワインをひとつ手に取り、ロワーレはワイン通であるかのように語る。
「誕生日に、相手と同じ生まれ年のワインを送るのは、とても一般的な風習でもあります。雷刀、烈風刀、あなたがたには少しお早い話ですがね」
「ええ、そうみたいですね……」
「あと数年経ったら頼むわ……」
 上着を着てくるんだった、と後悔する寒さに腕を擦りながら二人は頷いた。
「ここにあるワインは、全て私が取引したものです。さすがに値段が値段なので、物によってはただでお渡しすることが出来るわけではないですが……少しはお安く、お譲りしましょう」
「ひー、ロワーレ先生太っ腹……」
「さてジャック、ローズのお好きなワインはご存知ですか?」
 ここまで言われてしまっては、後には引けない。ローズの誕生日について考える気持ちもさることながら、この寒い空間をいち早く出たい気持ちが大きい。
『っつっても、俺、ワインについてとか全然知らねえ……』
 確かにローズと何回かワインを飲み交わしたことはあったが、いちいち長ったらしい名前を覚えていることはなかった。
 ああ、でも確か、ちょっといつもより短い名前があったような。必死に口からひねり出す。
「……えええっと……確か……先生みたいな名前の……『○5』?」
「……まるご?」
 うろ覚えのジャックの台詞に、ロワーレがピンときたように頷く。
「ああ、『シャトー・マルゴー』ですかね。確かに、ローズの好きそうな、華やかで女性的な味わいの、まるで宝石のようなワインですね。こちらです」
 ますます寒そうなところに……と思いながら、三人は颯爽と歩くロワーレのあとをついていった。いかにも、な貯蔵棚に手を伸ばし、ロワーレはひとつの古めかしそうな瓶を取った。
「『シャトー・マルゴー』。とても美しい味わいの、ボルドーワインです。誕生日プレゼントにはうってつけですよ」
「美しい、なんて味で使う表現なのかよ……」
「おや、ワインを語るには美味しい、とか甘い、酸っぱいなどという直線的な単語だけでは勿体ない。いいですか、ワインの味と言うものは――――」
「だぁあああ! いいから! こ、これで! これにしといてくれって!」
 これ以上腹を冷やしたくない、と半泣きになりながらジャックはロワーレに主張した。ワインを横向きにしたまま、ロワーレはにこりと笑う。
「きっと喜んでくださいますよ。ジャック、あなたには特別お安くお譲りしましょう」
「ドーモ……現実的なお値段、いくらデスカー?」
「そうですね。この年代でこれですと、少しお安くして、6万円ですかね」

 ジャックの手が、びしりと止まった。

「ろ」
「?」
「ろく、まん、えん……………」
 後ろで雷刀と烈風刀も身が固まる。ロワーレただ一人だけがきょとん、とワインを掲げたまま首を傾げていた。
「おや、ジャックも、お二人まで、どうなさいました?」
「……ロワーレ先生、よく聞いてください」
「はい」
 あまり言いたくない台詞ではあったが、と烈風刀はいまだに硬直しているジャックの代理を務める決意を固めた。
「ジャックさんの財布の中身は、その六分の一もありません」
「………」
 今度はロワーレの表情が固まる番だった。




 待ち合わせに遅れないよう、ローズは歩調を早めた。誕生日にちゃんと休みを取れるなんて珍しい。仕事が終わったのはだいぶ遅くなったが、明日はジャックと遊んでいられる。
 そわそわする気持ちに任せてマンションに戻る。
 部屋の前には約束通り、彼がいた。思い悩んだ横顔が、チロルチョコを食べていた。
「ジャック、」
 ローズに声をかけられて、ジャックはびくり、と顔を向けた。
「お呼びですか?」
 誕生日も秒読み。そんな時に呼び出してくれるなんて、素敵だ。
 そんなローズの前で、ジャックはしどろもどろになりながら口を開く。
「あ、あのよー、ローズ……」
「?」
「俺、ほんっっっっとーに色々考えたんだけどよ……! 烈風刀とか、魂とか、ロワーレ先生とかにまで色々訊いたし? えーっと、まーだけど、そのー……悪ぃな、プレゼント用意できなかった」
「プレゼント」
「おう」
 あの後、ロワーレは泣かんばかりの勢いで謝ってくれた。しかし残念ながら、その時は既にタイムリミットだ。自分が指定した待ち合わせに遅れるわけにはいかない。ロワーレの事は嬬武器二人に任せて、飛び出してきた。
 ギリギリ5分前に着いたジャックは、最初に買ったチロルチョコしか持っていなかった。こんなもの、と頬張って、もう3個目だ。
「プレゼントなんて、もしかして用意してくださったのですか」
「いや、結局用意デキナカッタワケデ……」
 思わず言葉がカタコトになってしまう。きょとん、と見慣れた顔が首を傾げる。
「チョコレート」
「あ、あー、これか? ……食うか?」
「いただきます」
 そう言って、手袋を嵌めた手が嬉しそうにちっぽけなチョコレートをつまむ。
「それ、たくさんあるぜ。いくつでもくれてやるよ」
「本当ですか」
 情けなさそうな面持ちで、ジャックはポケットからわんさかチロルチョコを取り出す。色とりどりのチョコレートに、ローズの心は少し弾んだ。
「じゃあ、これと、これと……」
「……お前、こんなんでいーのかよ?」
 最初は自分だって、これでいいと思っていたが、今日一日、色々なプレゼントを見た後にはどうも霞んでしまう。たかが、ちっぽけなチョコだ。綺麗な包装がされているわけでも、リボンがかけられているわけでも、お高いブランドの名前が付いているわけでもない。
「勿論。それどころか、嬉しいですよ」
 本当か? と疑いたくなるような台詞だったが、少し浮足立ったローズの声音は、間違いなく本物だった。
「だって、ジャック、他でもない君が、私の誕生日を祝ってくれるなんて。素敵じゃありませんか。それにさっき、いろんな方に訊いてくれたと」
 そこまで気にかけられるなんて、思わず心は躍ってしまう。仕事だの、勉強だの、社交辞令だの、そんなものばかりが散りばめられていた世界は、いつからかカラフルなリボンが巻き付いたギフトボックスみたい。
「……お前がいいならいいんだけどヨ……」
 安い奴、と喜べばいいのか、期待されていない、と嘆くべきなのかわからないところだ。
「……って、あああ、もう十二時だよな!」
「ああ、そうかと」
「――――っと……なんつーか、あー……」
 実際に口に出すのが照れくさい。耐えかねて、ポケットのチョコを右手いっぱい詰めて、ローズの胸元に押し付けた。
「おめっとさん」
 ぶっきらぼうで、ジャックらしい。
 チョコレートが落ちないよう、両手で受け止めた。四角くて甘い、想いが詰まったチョコレート。ぶっきらぼうな言葉のラッピング。
 口元を綻ばせ、ローズは言う。
「私はこれが、十分以上に嬉しいよ、ジャック」
「…………」
「ありがとうございます」
「……ドーイタシマシテ」
 見てろよ、来年はもっと嬉しくしてやる、なんて言葉は口の中にとっといて―――――とりあえず今夜は、チロルチョコで誕生日祝いだ。
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プロフィール

プロフィール画像
奏 Euph
割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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