トップランカーの戦場
3
【3】
「こんにちは、師匠!」
昨日とは打って変わって、いつものゲームセンターはいつも通りの、がらんとした空気に変わっていた。レポートが山場だ、などと言っていたタダシは、今日はまだ来ていない。
モモは比較的静かなクレーンゲームコーナー前にある案内の椅子で足を揺らしていた。
「……いつも早いね……」
「私の家、学校のすぐ近くで。放課後の寄り道は校則で禁止されて、一回家に帰るんですけど、家で着替えて自転車で来ればすぐですよ」
「いいね」
家に立ち寄ったら一時間も遊べない自分には、羨ましい限りだ。ゲームセンターからわざわざ遠い立地を選んだとしか思えない、嫌がらせの様な場所にある。
「それにしても、昨日はタダシさん可哀そうでしたねえ……」
「あー、乱獲ね……」
自動販売機でオレンジジュースを買い、勝一はプルタブを起こした。
「昨日、あの後会った」
「へ?」
「キツい臭いの、乱獲の人」
モモが面食らっているのを気に留めず、勝一はジュースを飲んでいた。
「じゃあ、乱獲しないでくださいって言ったんですか?」
「『先に取れ』『僻むな』だってさ」
「そんなの酷いですよ!」
「酷いって言ったって……」
「私、そういうのって見過ごせなくって」
そういえばモモは、坂戸東中学校生徒会役員を任されるほどの優等生だった。今更ながら思いだし、勝一は軽々しくこの話題を引き上げた事を後悔した。
「師匠!」
突然の大声に、勝一は怯んだ。
「……何?」
言いそうなことは大体わかるが―――――
「その人に乱獲は駄目だって、わかってもらいましょうよ!」
―――――わかっていた。大体一語一句、同じような台詞を想像していた。
「駄目って……モモさん、俺達が口出しする事じゃないって……乱獲する人がいたら、大抵は店員が注意するもんだし」
「じゃあ、タダシさんに話します!」
「……どうだろ」
彼があの『釣鐘先輩』とやらに話をしようとした所で、軽く一蹴される気がする。いや、間違いないだろう。
「もう俺もひと言言ったし、これ以上何かしたくないんだけど」
「ううっ、聞けば聞くほど……師匠の心遣いを無下にするなんて……っ! 私、悔しいです!」
「別にモモさんが悔しがる事じゃないし……」
「……タダシさんが悲しむのも、師匠が軽視されるのも嫌です」
首を振って、モモは強くクレーン台の中のぬいぐるみを見つめる。
「このまま黙ってはいられませんよ……」
あまりの頑なさに勝一は肩を竦めた。
「その内どっかの店員が注意するだろうし、なんとかなると思う」
多分、と言いかけた所、自動ドアが開く。人間が萎れると、おそらくこんな感じなのだろう。ゾンビのようなタダシはふらふらとゲーム台にもたれ掛かった。
「た、タダシさん?」
「モモちゃんに……イズかぁ……やられたわ……この辺り一帯のエクアリのフィギュア探したけど、全滅やったわ……」
「さ、探したって……」
「レポート山場じゃなかったのかよ」
「レポートやってる場合じゃないわァ、だあほう!」
阿呆はどっちだ、駄目大学生、と心中冷静にツッコミを入れる勝一の前で、タダシは昨日より更に大げさに嘆く。
「麻雀仲間から情報聞いて、ショッピングセンターも、坂戸町のゲーセンも2つ、全部まわったんやで!?」
「そんなタダシさんにいい言葉があるけど」
「なんや……」
「『骨折り損のくたびれもうけ』」
「はっ倒したろかこのガキィッ!」
「本当に、乱獲って言葉がぴったりですね……」
もういっそ感嘆してしまっているモモにターゲットを変えて、タダシは喚く。
「こんな乱獲なんて聞いたことあらへんわ! オクに出すにしたって、もっと少ないやろ……」
「あのゲームはタダシさんみたいなコアなファンがいるから、乱獲だけが原因じゃないと思うけど。元々入荷数も少なそうだし」
「せやかて……イズゥウウ……! 男には守らなアカンもんがあるやろ!? つか俺、ああいうの許したらアカンと思てんねん……!」
「モモさんみたいな事言わないでよ……」
「でもなんとか出来ませんか? せっかく誰が乱獲の人かわかるんですから……」
「なんやて!?」
「昨日師匠がお会いしたって……」
しまった。モモの口からその言葉が出た途端、タダシが力を込めて勝一の肩をがくがくとゆする。
「誰や! つかそこまでわかってんならなんで何もせえへんのやぁああ! 俺の花枝ちゃん!!」
「ぃ、い、や、何回も言うけどひと言言ったし……」
「千言くらいいてこませやァアア!」
「勘弁……してよ……」
「た、タダシさん、師匠死んじゃいますって!」
「この程度で死んどったら、ネズミの国のジェットコースターで何人死んどるんや!」
「あー……も、う……」
彼らに関わっていると本当にいい事が殆どない。むせて咳き込む勝一に、ようやくタダシが肩を解放する。
「……頼むって、なァ、イズ。なんとか懲らしめたってくれたら、オレンジジュースでも奢るわ」
安いんだよ、と言い返す気力もなく、勝一はまた咳き込む。
「だ、いたい……他力本願すぎ……だろ……」
「お前みたいなクソガキのひと言で足りへんし、乱獲はする。言っても聞かん奴にはわからせるしかないわ。出禁にするには、ちょっと弱いしなァ……それに、ここを出禁にしたって根本的解決にならへんやろ」
「すみません、出禁ってなんですか?」
「出入り……禁止……の事……」
くらくらする頭を押さえて、勝一はぼやく。帰ろう。彼らの興奮状態を一人で受け止めるのは荷が重すぎる。
「別に一人が止めたって、また乱獲する人くらい出てくるって……」
オレンジジュースの缶を捨てて帰り支度をする勝一を、モモは悲しそうに見つめた。
「師匠は……そう思うんですか?」
「だって…………」
現実はゲームみたいに上手く行かないのは、よく知っている。
「それが現実だから」
「そんなぁ……」
「悪いけど俺はただのゲーマー。警察でも、店員でも……正義の味方でもないから」
「……そう、ですか……」
「うん、そう」
うなだれるモモに少し胸がチクリとしたが、勝一は体を逆方向に向けて自動ドアをくぐっていく。
「じゃあ、また」
まだ何か言いたげなタダシも、泣き出しそうなモモも、鬼の心で見て見ぬふり。
これが正しい選択。下手に表に出ては損をするし、無視を決め込むのが一番いい―――――だが、勝一のその判断が正しいか、正しくないかは彼が決める事ではなかったらしい。
後ろに、気配が二人分。
変装をしているという自覚がある分、常に周囲には気を付けている。あまりにもあからさまな尾行に、勝一は信号で立ち止まり、深いため息を吐いた。これでは『五十嵐勝一』に戻れない。
「勘弁してくれよ……」
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狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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