トップランカーの戦場
4
【4】
カレンダーに大きくマルを書き込む姉に、百瀬海斗はいぶかしげな視線を送った。
「何記念日?」
「記念日じゃないよ、勝負の日」
姉が奮起している。成功するか空回りするかは見ものだが、わざわざそれに首を突っ込むつもりはない。
「ま、勝てるように頑張れー」
「……海斗にも、勝負の日の為に一生のお願いがあるの」
一生のお願いなんて頼りない言葉、モモにしては珍しい。きょとん、と首を傾げる弟に、モモは手を合わせた。
「お願いっ! お小遣い貸して!」
「……っはぁあああ?」
弟に金を強請る姉なんて、聞いたことが無い。典型的な優等生のモモならなおの事、絶対にありえない事だと思っていた。
「どういう事だよ?」
「ちょっと……ゲームで……」
「ゲームぅ? ねーちゃん、最近ゲーセン通いしてると思えば……」
「え、なんでわかるの!?」
「時々、お菓子とかクレーンゲームのぬいぐるみとか持ってくるじゃん」
そう言って海斗はモモの机の上のお菓子とマスコットを一瞥する。
「クレーンゲームにつぎ込む為に、俺のお小遣い使うのかよー……いやだよ、俺……」
「うう……ごめんね……じゃあ、諦める……」
弟に正論で叱られるなんて、姉失格だ。しょんぼりと肩を落とすモモが、姉ながらあまりにも哀れである。
「でも、クレーンで勝負の日ってなんだよ?」
「えーっと確か、タダシさんが言うには『ドラゴン・ハンター2』っていうゲームに出てくるキャラの限定ぬいぐるみが入荷される日で……」
「ドラハン!!?」
突然大声をあげて身を乗り出す海斗に、モモは驚いてペンを取り落しかけた。
「な、な、何?」
「ドラハンのキャラって、どれ!? 赤!? 青!?」
「え、えっと……確かポスター見せてもらったけど真っ黒だった気が……」
「黒だぁあああああ! ねーちゃん、取れんの!? 取るの!?」
「え、えっとぉ……取るっていうか……」
さっきの疑り深いマセた声から一変して、小学生の絶叫になっている。海斗はばたばたとポスト型の貯金箱を机の上から持ち出し、蓋を乱暴にとってがしゃがしゃと振る。落ちてきた紙幣2枚、硬貨数十枚と睨み合い、海斗は千円札一枚と百円を五枚選り分ける。
「あげる」
ぽかんとしているモモにお金を差し出す海斗のまなざしには、身がしまる様な期待が籠っていた。
「ぜってー、取れよ。ねーちゃん」
「……ありがと……」
「って、貰ったんですよ!」
「……なんちゅーか、かわいそやな」
「なんてこと言うんですか、タダシさん!」
「せやかてモモちゃん、弟君に金タカる姉貴なん……いや、ブーメラン発言やからやめとくわ……」
和歌山の実家にいる弟妹達にも似た事をしたのを思い出し、タダシはそれ以上言及するのをやめた。
「……で、段取りはいいの?」
勝一が横からひと押しして、ようやく話が進む。
「おう、万全や! 店長からの信頼は六法全書より厚い俺が頼み込んでぇええ……入荷決定っ!」
バッ、とタダシが指差す先には、派手な色合いのポスターがあった。
「新作ゲーム『ドラゴン・ハンター2』の中でも人気な強敵、グランドブラックドラゴンの1/20スケールぬいぐるみ! 数量限定生産で、オクでの高騰も間違いなしな一品や……!」
「オネガイシマスラッシュ何回分?」
「黙れやクソガキ!」
「すごいですねー……」
ぬいぐるみになって幾分か和らいでいるようだが、強そうなドラゴンの風貌はそのままだ。このドラゴンに、どうやら弟は夢中らしい。
「麻雀仲間にも聞いたけどなァ、どーもこの辺りじゃここだけみたいやわ。餌は万端やな!」
「タイミング良く入荷できるもんだね……」
「ま、元々頼み込んどいたしなァ」
ククク、と悪代官のように笑いながら、タダシはいやらしくポスターに描かれた黒いドラゴンをなぞる。
「花枝ちゃんに引き続き、コイツまで獲られるほど俺は甘くないで……!」
「クレーンは獲るもんだけど……」
タダシは勝一の言葉なんかまったく聞いていないようである。ひたすらおかしくなっている店員に呆れ、勝一は千円札を両替機に入れた。
「どうせ入荷情報聞きつけてくるから、入荷日には絶対来るよ」
「それが勝負の日なんですね」
「そ。来週の土曜日」
あと十日もない勝負の日。
「激辛設定のクレーンにぬいぐるみを入れる。それを、俺とモモさんが取る」
「……はい」
勝一だけではいけない理由がある。この間の日曜日に全然取れなかったぬいぐるみを思い出し、足が少し震えた。
「予定は、このDリングだ」
「Dリング?」
コン、と勝一が叩くクレーンの中には、先端が球状になったバーがあり、ボールの部分にはフィギュアを下げたD字型のリングがひっかかっていた。
「なんだか……簡単そうですね。ひっかかっているリングを落とせばいいんですよね?」
「残念。Dリングは難しい。アームが強くてもリングの中に通すのだって厳しい。しかも今回は激辛設定。アームの力は弱いし、動きも制限付きだから、普通ならお金をかけて徐々にリングを移動させていくしかないね。景品も重いから動きも鈍そう」
「…………」
絶句しているモモの前で、勝一は百円を入れた。
「今回の作戦では、俺は正攻法を使うけど……モモさんは普通じゃない方法を使ってもらう」
「普通じゃないって……」
「集中力も必要だし、場合によってはお金だってかかる。嫌だったら、タダシさんが友達呼んでくれるって言ってたから、勝負はモモさん次第」
ここまで饒舌になっている勝一は久々だ。一抹の不安を感じ取り、モモの思考がふらつく。
棒の先にひっかかっているリングみたいに、重い気持ちと宙ぶらりん。
「モモさん?」
「……師匠、私に、出来ると思いますか?」
「出来るでしょ」
「え!?」
「いや、だって俺と条件同じだし。経験がなくたって、狙う所狙えば――――」
カチ、とアームを合わせ――――勝一は、ISは、リングを落とした。
お金がかかると言っていた、あのリングを。
「ほら、ね」
呆気にとられているモモに、大量のお菓子が入った袋を差し出して勝一は言う。
「オイコラ、またんなやり方で取りくさって……お前こそ出禁にするぞ、イズ!」
「出来るもんなら」
「ぐあああああああああ!」
人気のない、ゲーム音ばかりが響く寂れたゲーセンの中で漫才じみたやりとりをする二人と、モモは一緒にいた。上手いも下手もない。
「私、やります」
「……そう」
振り向いた勝一はちょっと何か含んだような表情だった。いつもの無表情とは違う。弟と同じ、期待。
「やったれよォ、モモちゃん!」
「はい! ぜってー取ります、私!」
「ほんじゃまー……いっちょ……」
チラチラ、と自分を見る視線を無視すると、痺れを切らしてタダシが叫ぶ。
「ぁああ、クソッ! 練習開始!」
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- 奏 Euph
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狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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