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トップランカーの戦場


5


【5】
 土曜日。
 コツコツ、と高いヒールの音を響かせながら、釣鐘ホノカは駐車場から微妙に遠い、あの寂れたゲームセンターとの距離に舌打ちをした。
「駐車場もねーなら、とっとと潰れろよ……」
「まーまー♪ 潰れてたら、行く意味もないじゃないですかー」
 きゃっきゃ、と隣でスマホを打っていた女子高生が甘えた声を出す。
「じゃ、ウチ、ちょーっと男に会って来ますんで」
「アタシが全部取り終わる前に来いよ?」
 ポケットからガムを取り出して口に含む彼女に向かって、アイサー!などとふざけて、下着が見えそうなミニスカを翻していく。
 ダサい名前のゲームセンターにはすぐに着いた。足を踏み入れるのも嫌だが、自動ドアの前のポスターにもお目当てのプライズが描かれている。
【『ドラゴン・ハンター2』大人気モンスター グランドブラックドラゴン 1/20スケールぬいぐるみ!】
「イラネー……」
 んなもん邪魔なだけだろが、とぼやきながら、財布を取り出す。目的は勿論転売だ。フィギュアなどプライズの新作は出た時、かなり値段が高騰する。特に今回のぬいぐるみは数量限定ということもある。
 ぬいぐるみなら、棒で突いて落とすタイプか、アームが三本の物であるか。ゲーム機の音が煩い室内に入って可能性をぼんやり考えていた釣鐘の思考は、目当ての台に着いた途端、遮断された。
「…………」
 グチィ、と口の中のガムが強く噛み潰された。
 ぬいぐるみを吊るすD字型のリングに、支える球体付きのバー。Dリングだ。別に珍しくもなんともないし、予想外でもない。が、展開としていいものではない。
「クッソ」
 金食い虫め、と舌打ちする。Dリングのプライズにかかるコインからして、儲けは他よりも下がるだろう。ポケットからコインを取り出し、一回分オマケとなる5枚分を、息をするようにつぎ込んだ。
 クレーンが動き、Dリングを動かすである位置に定められた。下りて行くクレーンをじっと見つめ、一番よさそうな位置で止めた。完璧だ。ズレもなく止まり、アームはDリングを動かす――――ほんの僅かに。僅か、とすら言えないのではと思う程のアームの弱さに、釣鐘の眉間に怒りの皺が寄った。
「ハァア?」
 弱い。あまりにも弱い。アームで動いた距離なんかないに等しい。この近辺のゲームセンターでは見たことが無い。それこそ、クレーンゲームのプロが軒並み並ぶような都会のゲームセンター並みの激辛設定だ。
 急かすように、5回分既にコインが入れられた台が音を立てる。釣鐘が別の位置に狙いを定めても結果は同じだった。
『……んだよ』
 たかだか、五百円玉よりも一回りほど大きいだけのボールにかかったリングなのに、何回アームを当てても、回転するように僅かな動きを見せるだけで、一向に落ちる気配はなかった。
 ボタンを押しても、もうクレーンは動かない。ガム越しに歯ぎしりをして、もう5百円をつぎ込んだ。一回だけ、少し大きく回転するのに期待したが、その期待もすぐに消える。
「ッ……死ねッ!」
 二十分後には、合計二千円があっという間に泡になっていた。エナメルのヒールで台を蹴ると、中でアームを当てた程度に揺れるリングに、また釣鐘の怒りが煮立った。
「すみません、お客様。筐体へのそういった行為は少々ご遠慮いただきたいのですが……」
「はぁ?」
 ディーラーのようなベストというよくある制服の店員が、注意の声をかける。この辺りでは聞かない、訛った発音にわけもなくイライラした。
「あんたらが、こんなの仕掛けるからでしょ。もう二十クレ使ってんのよ?」
「いやあ、すごく人気なプライズなんで、ちょっと辛めに設定しろって事で……」
「ざけんなよ」
「すみません」
 深々と釣鐘に向かって九十度の礼をする店員―――タダシは床を見ながら笑いを堪えきれなかった。釣鐘の視線が逸れて、ひと呼吸入れて、ようやく真顔が取り戻せる。
「とにかく、コレ、なんとかしてよ」
「なんとかと言われましても……」
「アーム弱すぎ! あとボールに滑り止めでも付けてるでしょ!? ふざけてんの!?」
「いやあ、もう取れた人もいますしお客様も取れますよ、きっと」
「嘘吐いてんじゃねーよ」
「いえ、もうあちらの方が既におひとつ」
 タダシの視線を追って、釣鐘は愕然とした。休憩スペースになっている自動販売機の前の椅子には、スマホを弄る、高校生くらいの少年がいた。その隣には、大きな袋をひとつだけでいっぱいにしているぬいぐるみ。ガラスの台の中にあるぬいぐるみと、全く同じものだった。
「まだ……開店して何時間よ……」
 開店してすぐに来て、全部根絶やして転売しようと思ったのに。腕時計を見れば、まだオープンして一時間くらいしか経っていない。
「すごいですよねえ、五分くらいで取ってました」
「……そんなの破格よ。馬鹿みたいに上手い人しか取れない設定なんかにして、客をなんだと思ってんの?」
「……ええっと、仰る意味が――――」
「だから! この!」
「あのぅ……」
 蚊の鳴くような声が、釣鐘の後ろからかかる。不機嫌な顔を露骨に示して振り向くと、大人しそうな顔の少女がいた。釣鐘とは対極の存在であるかの如く、いかにも優等生、というような黒髪に春らしいニットの穏やかな服装のモモ。おおよそこんなゲームセンターには似合わない。
「その、ぬいぐるみ、取りたいんで……あの、代わっていただけないでしょうか……?」
 苛立ちに任せながらガムを噛みしめ、釣鐘は笑った。
「そーよねえー代わりばんこよねえーごめんねー?」
「ぁ……アリガトウゴザイマス……」
 きつい香水の臭いがする釣鐘が横にどき、モモに場所を譲った。
『バーカ』
 こんな激辛設定のプライズが、こんな中学生程度に取れるわけがない。
『ま、これで取れなかったらこの馬鹿店員も納得して、設定甘くすんでしょ』
 狙い目はそこだ。そうでなくとも、この少女が途中のいい所までリングを持って行けば、両替の時くらいに割り込める。所謂ハイエナ、と呼ばれる行為だ。
「早くしてよね。アタシだってソレ、チョー欲しいんだから……」
「あ、はい……すみません、じゃあ……」
 モモはポケットから五百円玉を取り出した。弟の海斗から貰った軍資金は、殆どが練習に使われ、これが最後だ。ごくり、と息を飲んでガラスの台を見つめると、ガラスの反射越しに勝一と目が合った。
 休憩スペースから、こちらを見守っている。
『師匠が……見てくれてる』
 大丈夫。それで大丈夫だった。
「すみません、すぐに取りますので」
「……は?」
 モモの口から飛び出した、彼女のものとは思えない挑発的な台詞に驚いたのは、釣鐘だけではなかった。タダシも驚いたが、ひっそりと心地よく笑った。
 動き出したクレーンを、ボタンで操作する。同じ台で、同じリングを何回も練習した。
 釣鐘が辿ったのと同じように、僅かにリングをずらすだけ。隣で彼女は鼻で笑っていたが、無心になったモモの耳にはもはや届いていなかった。
『Dリング相手には、必殺技がひとつある』
 6回中、3回で位置を整える。ここからだ。
『設定によっては使えないし、位置を見極めるのも難しいから、どんな台にも使えるわけじゃない。けど、今回はゲーセン側の意向で設定は整ってる。あとはモモさんの腕だけ』
 勝一に教わった、Dリングの必殺技。
『ここ』
 4回目、それまでと全く違う位置で止まったクレーンに、釣鐘の笑みが消えた。落ちていくアームを止めず、無制限に下ろす。リングに触れることなく、そのほんの少し先。バーの先端に付いたボールの、さらに先端。落ちていくアームがバーを押し、跳ねかえった張力で、リングが揺れた。
「えーっと……」
 ちょっと左過ぎた。5回目でもう一度リングの位置を整えた。最後の6回目。約束をしたのだ。
 絶妙な位置で、クレーンが止まった。落ちていくアームは止まらず、滑り止めが付いたボールを下に押さえつけ、バーを歪ませ、ぬいぐるみの重さでリングはずれ――――――跳ね返った張力の衝撃が加わったその瞬間、リングはバーを離れた。
 オメデトウ! と祝う華やかな音が店内に響き渡る。呆然とする釣鐘の前でモモは屈み、下から抱きかかえなければいけない程大きなぬいぐるみを取り出した。
「……お待たせしました」
 笑顔のモモに我に返り、ぴきぴきと釣鐘の頬に奇妙な皺が寄り、真っ赤に染まっていく。
「ッ……! 早く! どきな! ああ? ちょっとアンタ! 中にぬいぐるみ無い! 早く!」
「え? あぁ、すみません」
 白々しくタダシは謝り、カウンターに出向く。リングを付けたぬいぐるみと、もうひとつ。
「そうそう、これも付け忘れてましたわー。店長に怒られちゃいますね、こんなんじゃ……」
 用意した台詞を棒読みしたような演技力の無さに、傍で聞いていた勝一は呆れ気味だったが、釣鐘は真っ青になった。
 バーに吊るされたぬいぐるみと一緒に、今までになかった張り紙。
【おひとり様おひとつ限り】
「では、お客様の為に位置も少し甘めにしましたので……」
 初日の出に当たったかのような清々しい笑顔でタダシは台に施錠し、釣鐘に向き直った。待っていましたとばかりに、最高の皮肉を添えて。
「ごゆっくり、お楽しみください!」
「~~~~ッ! やってらんない! 帰る! もうこんなゲーセン、二度と来ないし!」
 踵を返して、釣鐘はヒールの音を響かせて出ていく。自動ドアの向こうでは例の後輩が待っていたらしく、わきから飛び出してきた。
「先ぱ~い! チョー待ちましたよぉ、待ちくたびれ……あれ、ぬいぐるみは――――」
「うっさい!」
 とんだとばっちりを食らっている女子高生にだけは、ご愁傷様、と思った。オレンジジュースの缶をゴミ箱に捨てて、勝一はぬいぐるみの台に歩み寄った。
「少ないお客さん、一人減っちゃったな」
「少ない、は余計やわ」
 先程の取り繕った敬語はどこへやら。タダシはカウンターの向こうから数量限定のぬいぐるみを大量に出しながら叫んだ。
「こいつらにはしっかり稼いでもらうでー! だはははははは!」
「……」
 なんて煩い。静かにぬいぐるみに顔をうずめるモモとは正反対だ。
「お疲れ様、モモさ……」
「……ずびばぜん……」
「……」
 彼女の弟もかわいそうなものだ。新品のプレミアぬいぐるみを、涙と鼻水で汚されるなんて。
「その、えっと……」
 汚れは勲章、と納得してくれればいいのだが。言葉に迷った末、勝一は何も言わずにモモの頭を撫でておいた。タダシが茶化してくるまで、撫でていた。


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奏 Euph
割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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