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トップランカーの戦場

第三章
音楽ゲーム

1

【1】
 しとしとと小雨が降る中、小さな縦長のゲームセンターの前に彼女は立っていた。白地に黄色の水玉の可愛らしい傘の中で、勝ち誇った甘い笑みが花開く――――





「~♪♪……んー……んん♪……」
「何聴いてるんですか、タダシさん?」
「どぅっひあ!?」
 火をつけられたかのように飛び上がったタダシに、声をかけたモモの方が一歩引いてしまった。カシン、とプラスチックのヘッドフォンがタダシの耳から転げ落ちる。
「ご、ごめんなさい! そんな驚かせるつもりなんて……」
「いや、ええんや……いつからいたんや、お前ら……」
「ヘドバンし始めた辺りから」
「何分観察しとったんや、お前らぁああ!?」
「だ、だって、すごく楽しそうだったので……」
 つい、と申し訳なさそうに微笑むモモは許せるとして、しれっと冷めた目を明後日の方向に向けている勝一は、いつもの事ながら許せる気がしない。
「……金輪際、ヘッドフォンで音楽は聴かんわ」
「明日には忘れてると思うけど」
「そろそろ一発シメたろか、このクソガキ……」
「それで、何聴いてたんですか?」
 憂鬱な空気を吹き飛ばすモモの純粋さに、タダシは少し機嫌を直してひとつの筐体を指差した。
「ファイブサウンズツリーⅨの曲や」
「ファイブサ……って、えーっと……」
「5ツリ。音ゲーだね」
「……音ゲー」
 しみじみと言うモモの視線がタダシの指差す方に向かう。ひとつの木のようなブースで数本伸びる枝のような筐体のパーツには、いくつかのパネルとボタンがついている。
「流れる音楽と一緒に現れる五線譜の音符を、ボタンを叩いたり、パネルを操作したりして捌くゲーム」
「音楽に合わせて……リズムゲーム、っていうのですかね」
「ザックリ言うと、せやな」
 リズム、と知るや否や、モモの眉間に似合わない皺が寄る。
「あああ、私、駄目なんです……。小学校の頃からすごいリズム音痴で……音楽の時間でトライアングルやタンバリンはおろか、カスタネットも任されませんでした」
 誰かに音楽ゲームを紹介するたびに言われるような聞き慣れた台詞に、タダシはけらけらと笑った。
「リズム感あるないは、あんま関係ないで?」
「そ、そうですか?」
「そりゃあ、タダシさんでも出来るくらいだし」
「おい、ちょっとイズ、表出ろや」
 そろそろ怒りの沸点が見えてきた。これ以上いじるのはやめよう、とようやく勝一も見切る程である。
「まあ、モモさんも一回やってみればいいよ」
「師匠が言うなら……やってみます!」
「ほんま子犬みたいやなあ、モモちゃん……」
「じゃあ、そこに立って」
「はいっ!」
 ファイブサウンズツリーこと5ツリの前に立つモモの前には、大きなディスプレイがある。ディスプレイから、上に一本、左右に二本、枝のように伸びていて、それぞれにボタンとパネルとスピーカーがひとつずつ。
「5ツリは画面に五線譜が出るから、それに合わせてボタンをタッチしたり、パネルをスラッシュしたりするゲーム。上の枝の位置は大丈夫?」
「ちょっと手が届きません……」
「じゃあ、調整して、と」
 筐体に百円を入れると、調整画面に切り替わる。ディスプレイの目盛りを下げると、合わせて枝も下がってきた。
「あ、届きます、ちょうどいいです!」
「次に、曲を選ぶんだけど――――」
「タダシさんがさっき聴いてた曲とかは?」
「お、気になるんかいな?」
「あれはタダシさんもクリア出来なくって、慰みがてら聴いているヤツだからやめておいた方が」
「うっせえわ! ボケェ!」
「……これにしておきます」
 びくびくしながら選んだ、運動会でよく聞く『ラデッキー行進曲』に、勝一も頷く。
 ディスプレイに5色のラインが現れ、枝がそれぞれのラインと同じ色に薄く光る。スピーカーから流れる行進曲の音と共に、ラインにマーカーが落ちてきた。
『マーカーと判定ラインガ重なったら、ボタンを押してください』
 懇切丁寧なナビゲーターの声に、モモも頷いてボタンを叩く。
『FINE♪』
「わわ!」
『次はパネルをなぞってください』
『BEAUTY♪』
「こ、こうですか?」
「そう」
 判定のラインとは若干ずれた、あたふたとした動きだが、3連符を丁寧に叩けている。上手い方だ。頭上のボタンをタッチし、そのままパネルをスライドすると、ボーナス得点でディスプレイが光る。モモの目もどんどん輝いていった。
『CLEAR♪』
 澄んだ音色でクリアを告げられ、モモが勝一に向き直る。
「師匠、クリアです!」
「おめでと」
「すごいですね! 楽しいです! 私が知ってるラデッキー行進曲とちょっと違う気もしますけど、面白いですし、腕伸ばして、こう……楽しいです!」
「その気持ち、忘れんといてな」
 ちょっとしょっぱい顔でタダシが言う。勝一もその言葉には小さく頷いた。
「楽しいのが一番だからね」
「え? 楽しくないですか、これ! 他にも色々やってみたいです! あと、この女の子可愛いですね」
「お、モモちゃん、目の付け所がええな! 緑の髪の子やな。5ツリのレギュラーキャラの、ルツちゃんや!」
「そうなんですか! ドレスみたいな衣装とか、色が綺麗です! ……5ツリの他にも、色々音ゲーはあるみたいですね……?」
「せやな。音ゲーは結構でかくって華やかなジャンルやからな! ダンスゲームだとパフォーマーとかおるし、最近は新規層ゲットの為なんか知らへんけど、可愛いキャラ使ってるとこ多いし……」
「人口が多くなってくる分、やっぱり頂上も激戦だし」
「うっ、師匠も言うほど、みんな強いんですか……」
「どこでもそうだけどね」
 実際にどんなゲームにおいても頂上争いは楽ではないし、勝一自身、自ら進んでそれに乗り出そうと、大会に積極的に出るのは控えている。しかし、たまたまプレイしてのめり込むと、全国ランキングに入る才能の片鱗は変わりないが。
『音ゲーかぁ……』
 タダシが好きな曲を布教して、和気藹々とプレイしているのを傍観しながら、勝一はスマホを弄った。
『懐かし……』
 いつだったか。
 そうだ、小学校の頃だ。社会科見学で首都圏に行った時。自由行動の時にはぐれた事。時間内に集合場所までに戻ればいいと達観して、近くのゲームセンターにもぐりこんだ事。
『あの時は何代目だっけ……』
 今はもう5ツリもⅨだが、その頃は確か――――――
「ファイブサウンズツリーⅥ、東京クリック池袋店、クリック杯」
「え?」
 いつもだったら顔見知りのゲーマーが2、3人いる程度のこの場所に、見たことのない女性が立っている。薄いベージュのゴシックなドレスに、人形のような綺麗な肌。おおよそこの場には似つかわしくない彼女は、レースがついた白地に水玉の傘を勝一に向けた。
「ようやく……見つけた……IS!!!」
 大きな彼女の声に、プレイ直後のタダシとモモも視線を向ける。当の本人はぼんやりと、ゴスロリの女性の濡れた傘をじっと見つめていた。
『……しまった』
 傘を持ってくるのを忘れたのを思い出していた。


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プロフィール

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奏 Euph
割となんでもやる、活動的な魚類。
狐狸・二ノ宮翼・塵芥・ラピなど、名前がたくさんあります。
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